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India Explosion
爆発するインディア
Quartz読者のみなさん、こんにちは。今年最後の金曜日、仕事納めの方も多いのでは? 今週も次なる巨大市場「インド」の今を伝えていきます。英語版(参考)はこちら。
インドは世界中のフィンテック・スタートアップを巻き込んだゴールドラッシュの最中にある。
特に、インド最大のデジタル決済企業であり、ソフトバンク・ビジョンファンドの出資先で日本のPayPayの親としても知られる「Paytm」が、Walmartが展開する「PhonePe」や、Googleなどの世界規模の巨人と熾烈な戦いを繰り広げている。
インドでのデジタル決済をめぐる環境の変化はPaytmのストーリーを辿ることで見えてくる。Paytmが創業した9年前、競合はMobikwikなどの国内企業だけで、インドにはこれという金融サービスがずっと存在しなかったのだが、世界第2位の人口を誇るインドで金融サービスを提供できれば、大きなチャンスにつながる。企業の幹部や投資家たちがここに目をつけた。
インドのデジタル決済セクターは2018年の2,000億ドル(約22兆円)から、2023年には1兆ドル(約110兆円)にまで成長すると見込まれている。
Paytmはインドのデジタル決済産業において約60%のシェアを持つ存在だが、近年は潤沢な資金を背景に世界の巨大企業が続々とインドに攻勢をかける。「資金面について言えば、Googleは投資の手を緩めることはないでしょう」そう語るのは、Forresterのリサーチ・アナリスト、アルナヴ・グプタ氏。「Paytmは、さらなる資金調達を行わなければ、こうした企業に対抗することはできません」
専門家は、Facebookによるサービスが開始されれば、Paytmはすぐに業界トップの座を追われるだろうと警告する。
しかしPaytmがこれを静観しているわけではない。競争の傍らでPaytmは決済事業だけでなく、他のベンチャー企業にも資金を投じている。「多くの人々に向けて、貸付、保険、投資、株式仲介など、より多くの様々な金融商品とサービス」を提供することによって、Paytmが「ダブルアップ」するためだとPaytmの副CFOであるヴィカス・ガルグ氏は語る。
CASHING IN
儲ける秘訣
Paytmの歴史は、2000年にインド工科大学(IIT)の卒業生、ヴィジェイ・シェカール・シャルマ氏が「One97 Communications」という、クリケットの試合のスコアや、お笑いコンテンツ、音楽などを提供するモバイルサービス企業を立ち上げたところから始まる。シャルマ氏は、2009年にiPhoneがインドで登場した時に電話が全てスマートフォンに切り替わっていくと考え、電話での決済に対応したモバイル商取引サービス、Paytmを2010年8月に設立した。
Paytmは、伝統的な小規模店舗(キラナ)を含む、インド最大規模のネットワークにサービスを提供。QRコードを利用した、低コストのデジタル決済の導入を進めた結果、今では都市人口100万人未満の町や村までにも浸透。約1,400万の加盟店がPaytmのプラットフォームを使用し、月間8億件以上の取引がある。
政府によるデジタル化推進に加えて、交通違反の罰金、高速道路の通行料金などの支払いに対応したことも、プラットフォームの成長に貢献した。
「新しいビジネスモデルを作り上げ、規模を拡大し、インドの特徴を押さえ、普及力を備えた強力なブランドを築きました」とスタートアップを追うアナリストのハリシュ・HV氏は語る。
「Paytmの強さの鍵は、膨大な数の顧客と事業者をカバーしている点です」
副CFOのガルグ氏はこう言う。
「(人々は大規模なユーザー獲得に目を向けるが)Paytmの多くのサービスが初めて市場に導入されたものであるということは、大して注目されません。私たちは、知見を集めて、ゼロからサービスを作り上げるために、ユーザーや出店者と実地でやりとりしています」。
新たな顧客獲得に向けた取り組みも怠らなかった。TechSci Researchのコンサルタント、スクリティ・セス氏は、このアプリを複数言語で提供することで、インドの各地域、特にティア2(地方中核都市)および3の都市でユーザーを増やすことができたと指摘する。
最大の強みはその遍在性。Paytmの平均トランザクション頻度は高く、平均トランザクション値は低くなっている。「Paytmは、割引駆動型の利用ではなく日常アイテムに使用する消費者の習慣になりつつあります」と、市場調査会社Kalagatoのアマン・クマールCEOは今年初めQuartzに語った。
しかし大きな懸念がある。
新規ユーザーは、大幅な割引やキャッシュバックキャンペーンによって加入したのが大半なのだ。「ブランド構築とビジネスの拡大により、Paytmは現在大きな損失を被っています」と前出のセス氏。インドで新しいサービスを展開するには避けられない道だが、大きなコストを伴う。
DEALING WITH DISRUPTORS
ディスラプターの戦い
オンライン決済サービスの覇権争いが激化する前から、Paytmは一連のアップダウンを経験してきた。
2016年、インド決済公社(NPCI)は、ユーザーが銀行口座の詳細を必要とせずにアプリ経由で送金・決済できるUPIを開始。インド独自の規格のプラットフォームで、今年11月のUPIトランザクション件数は前年同期比132%増の12億件を記録した。
Paytmのような民間の電子決済サービスにとって、モバイルウォレットを時代遅れにしているUPIは邪魔者だ。PaytmはUPIに対抗するべく、2018年5月にBHIM UPIをプラットフォームに統合したが、これまでのところ「成功」とは言い難い状況だ。
とは言えここにPaytmの強みがある。逆境の波を乗り越え、その過程で多様化しインド市場でやっていける形を模索してきた。一方でネックは、未だ膨大なコストがかかっている点だ。
ただ、こうした混乱の中でもPaytmが困らなかったことが1つある。そう、資金調達だ。
新しいイニシアチブを拡大するために、Paytmは継続的に資金を投入し続けている。今年11月25日にPaytmは、アメリカに本拠地を置くT. Rowe Priceやソフトバンクグループ(SBG)傘下の投資ファンドから、10億ドル(約1,100億円)を調達。バリュエーションは160億ドル(約1兆7,500億円)という驚異的な額に達した。
ソフトバンク(ビジョンファンド)は現在、Paytmの株式の20%を保有。アリババは約40%と今年8月に独立したPaytm Mallの株式42%を持つ。
電子ウォレットやモバイル決済に加えて、Paytmはオンラインショッピング、チケット予約、ゴールド購入など多様な機能を提供しているが、将来的にアプリ内に、ライブTV、ニュース、クリケット、エンターテイメント動画、ゲームなどを拡充するために約3000万ドル(約33億円)を投じる予定だ。
立ち上げた新たなベンチャーは成功を収めつつある。運用開始後2年以内に、Paytmは5,200万人以上のユーザーを抱えるインドで唯一の収益性の高い決済サービスとなった。さらに、投資信託を購入できるアプリPaytm Money。投資信託の販売にあたり、Paytm MoneyはRIA(登録投資アドバイザー)の認可を受けており、インドにおける最大級の投資信託販売プラットフォームに成長した。
「この成功を融資、保険、クレジットなどのより多くの金融サービスに転じ、旅行、映画、ゲームなど他の消費者向けビジネスを立ち上げることができると確信しています。」と同社の副CFOガルグ氏は話す。
Paytmは、文房具やユニフォームの配達、教育保険、教育ローンなど、インドの1000億ドル(約11兆円)規模の教育分野でも存在感を示している。
バーンスタインのアナリストは「支払いの収益化の大部分は他のサービスのクロスセリングによってもたらされる可能性が高い」と述べている。つまり、新しいベンチャーを試すのにメリットがあるというのだ。
それを裏付けるような、インド国外での新たなチャレンジの結果も。Paytmは2017年にカナダで請求書支払いサービスを開始。カナダのGoogle PlayストアとApple App Storeの両方でカテゴリトップにつけている。今年10月には、ソフトバンクとYahoo Financeとの合弁会社を通じて決済アプリPayPayを日本で展開。11月の時点で、2000万人の顧客を獲得した。
「インドでは、非常に競争の激しい環境で、低コストで拡張性の高いモデルを構築できます」とGard氏。「インド市場の勝者は、世界どこであっても成功できるのです」。
This week’s top stories
インド注目ニュース5選
- 貧困対策プログラムが大気汚染を加速させる。インドの農村地域の住民に労働を保証する貧困対策プログラムNREGA(インド全国農村雇用保障法)によって労働者への賃金がアップ。人件費を捻出するため収穫作業に割安なコンバインを使う農家が増加したが、コンバイン収穫は手作業よりも残留物が多く出る。このゴミを燃やして処理するため火災が急増。推定では、11月と12月にかけてデリーで発生したヘイズの4割がこういった火災によるものだと示唆されている。
- インドIPO、4年ぶりの落ち込み。Refinitivのデータによると、今年インドのIPO(新規公開株)による資金調達額は28億ドル(約3070億円)で、4年ぶりの最低額となった。2017年に同117億ドル(約1兆3,000億円)という記録的な数字を記録し注目を集めたインドのIPO市場だが、翌2018年には55億ドル(6,030億円)まで落ちた。ただ一部のアナリストからは、2020年は株式市場を押し上げるような政府改革が実施される可能性があると、明るい見通しも。
- 「幽霊が見える」患者を治療する専門講座がスタート。北部のバラナシにあるBanaras Hindu University(BHU)で、心身症(超常現象と混同されることが多い)の治療者を育成する専門コースが設置された。インドの伝統医療・民族医療であるアーユルヴェーダの専門家が指導にあたる。報道によると、大学が「ゴースト関連の病気を治療するためのアーユルヴェーダ療法」を提供する試みは世界初。
- GDP成長率6.1%を維持=IMF。23日に国際通貨基金(IMF)が発表した報告書で、インドの2019/20年度国内総生産(GDP)成長率を6.1%と予測。これは、先立って他機関が示した予測値をはるかに上回るもので、インド準備銀行(RBI)は5%、スタンダード&プアーズは5.1%、ムーディーズは4.9%、フィッチは4.6%との予測を発表していた。
- 中国EV二輪車メーカー、インド進出へ。ダオEVテックは約1億ドル(約109億円)を投じ、南部ハイデラバードに工場を整備中で来年2月から稼働する見通しで、2020年内にインド全域に販売網を広げる考え。インド政府はEV車両の普及を促進しているものの、充電施設などのインフラ整備が当面の課題だ。
(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:ロイター)