Startup:上場したくないスタートアップ

Startup:上場したくないスタートアップ

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Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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「上場は起業家の夢」と言われたりしますが、今アメリカでは、上場したくない企業が増えています。「上場企業は多くの雑音に取り囲まれる。人々は株価や企業価値についてあれこれ言い続ける」と言って、テスラの非公開化を目指したのは、あのElon Musk(イーロン・マスク)でした。

実際、上場企業数は減っています。昨年のIPO件数も前年比14.2%減と、1990年代をピークに右肩下がりの状況です。

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上場すると、以下の様なデメリットがあります。

  1. 短期業績ばかり求められ、長期の成長を追い求められない
  2. 経営陣も社員も株価にばかり気を取られ、事業や顧客に集中できない
  3. 情報開示が求められ、自社の状況がライバル会社に筒抜けになる

とはいえ、投資家や社員がストックオプションで利益を得るには上場は避けて通れません。それなら「ユニコーン時代に相応しい証券取引所を作ってしまえ」とシリコンバレーで新たなプロジェクトが進んでいます。

創業者は、あの『Lean Startup(リーンスタートアップ)』の著者で連続起業家のEric Ries(エリック・リース)。そこにMarc Andreessen(マーク・アンドリーセン)やPeter Thiel(ピーター・ティール)など、シリコンバレーの重鎮がこぞって支援しています。

今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、謎に包まれた新時代の証券取引所「LTSE:Long Term Stock Exchange(ロングターム証券取引所)」に迫ります。

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Long Term Stock Exchange(新たな証券取引所)

  • 創業:2015年
  • 創業者:Eric Ries, John Bautista
  • 調達総額:6,870万ドル(約75億6,000万円)
  • 事業内容:長期投資を促す仕組みを取り入れた証券取引所の運営(予定)

DISADVANTAGES OF IPO

IPOしないスタートアップ

投資家、というと業界調査や企業分析をして、信じた企業の将来性に賭けるファンドマネージャーをイメージするかもしれませんが、実際にはこうした人同士の取引は圧倒的に少数です。

いまや株式市場における取引の主役は、アルゴリズムを用いた高速自動取引(アルゴ取引)。1秒間に数千回も取引をし、僅かな利ざやを積み上げていくのです。0.001秒を先回りして大量に売買して巨富を独り占めする姿は、最近映画にもなりました。

株価の変動でさや抜きをする彼らの株価保有は平均10分。株式は上がっても下がっても動けばいい。企業の成長には全く関心がありません。今や株式取引高の約半分がこうしたアルゴ取引で、圧倒的な取引量で株価形成を主導しているのです。

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一方で企業はというと、日々の株価に右往左往です。研究開発などの不確実で長期のプロジェクトよりも、短期の業績が優先されます。あのディズニーですら、ストリーミングの新事業を発表したところ株価が10%下がり、翌日社内は大混乱したそうです。

「いつでも、いくらでも資金調達ができて、長期的に企業を応援してくれる株主だけに囲まれて、情報開示も限定的であるならば、上場したいと思う人がいるだろうか?」

起業家が目指す長期成長と、短期のさや抜きにしか興味のない投資家。上場を境に直面するこの断絶が、シリコンバレーの起業家には深刻に受け止められています。今や、上場は「夢」や「ゴール」ではなく、投資家へエグジットを提供するための「必要悪」とも言えます。

WHAT IS LTSE

LTSEとは

「近視眼な経営への呪縛は、社会や従業員などのステイクホルダーにとって悪い経営判断を招く」様々な企業のアドバイザーやコンサルタントを通じ、エリック・リースはそう確信し、2015年にLTSEを設立し、新たな取引所の創設に乗り出します。

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エリック・リースはベストセラー『Lean Startup』の著者として世界的に有名ですが、LTSEの構想はこの300ページの本の最後の2ページに触れられています。「現実味がなく、著書全体の信頼性を損なう」としてカットすべきとアドバイスされますが強行。そして4年の時を経て、自ら起業するに至るのです。

謎に包まれたLTSEですが、最大の特徴は保有期間に応じた議決権です。経営陣や社員以外でも、長く株式を保有する株主は多くの議決権が得られます。短期業績に連動した経営陣への報酬は禁止。短期業績の開示は必要最小限のみで、長期でサステイナブルな成長に向けた戦略を開示し、実行が求められます。

ビジネスモデルは取引量に応じたフィーではなく、情報開示や株主管理などの様々なツールの利用料課金です。金融界では企業を「Issuer(発行体)」と呼びますが、「我々の顧客は企業でありその経営者だ。企業は株券の印刷機でも、金融商品の製造機でもない」と批判しています。

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最近では、上場時に創業者に大きな議決権を与える「複数議決権」方式が普及してきました。変化の激しいIT業界ではトップの強力なリーダーシップが重要なため、創業者に特別なコントロールを与える仕組みです。GoogleやFacebookをはじめ、今や多くのIT企業が採用しています。

一方で、一般株主との公平性など、複数議決権も不完全です。かのWeWork問題も最後に経営者に「No」を突きつけたのは株式市場でした。LTSEは市場メカニズムのメリットを肯定しつつ、より安定的で公平な仕組みで解決しようという試みです。

LTSEはピーター・ティールやマーク・アンドリーセンなど、シリコンバレーの重鎮から約6,870万ドル(約75億円)を調達。構想に賛同し集まった50名弱の社員には元NASDAQ(ナスダック)や財務省で証券取引業務に精通した大物も含まれます。

そして設立から4年余りを経た2019年5月、LTSEは米証券取引委員会(SEC)から正式に証券取引所として承認されました。

ちなみに東証も「日本取引所グループ」という社名で、自らも上場する株式会社です。LTSEは、顧客である経営者の不満と向き合い、課題を解決することで取引所という業界をディスラプトする、スタートアップそのものです。証券取引所での起業も驚きですが、旧勢力に潰されず、新たな取引所として承認されるアメリカのイノベーションの奥深さを思い知らされます。

WALL STREET VS SILICON VALLEY

ウォールストリート対シリコンバレー

短期志向の株式市場への批判は、エリック・リースだけではありません。世界最大の資産運用会社であるBlack RockのCEOであるLarry Fink(ラリー・フィンク)やトランプ大統領までが、四半期開示の見直しを促しています。

一方、LTSEへの金融界の反応は「コンセプトは良いが、どうやって実現するのか?」と冷ややかです。

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いかに短期投資家を排除するのか、取引量(流動性)は確保できるのか、など疑問は山積みです。LTSEによればこれらは全て解決済みで、今年中の事業開始を予定しているそうです。

最近は「直接上場」の議論も盛んです。40年前に設計された上場プロセスは「完全に壊れている(broken process)」と、VCの重鎮が声を上げ始めています。公開価格の値付けなど、証券会社を介した人為的で不透明なプロセスは批判にさらされています。

未上場市場が巨大資本の参入によって大きな赤字を許容し長期的な成長を促す一方で、ヘッジファンドやアルゴ取引に代表される株式市場はより短期的な視点で企業を評価するようになってしまいました。深まる溝、高まる摩擦。上場は、企業成長の一里塚にすぎませんが、この日を境に取り巻く環境が大きく変わる。

LTSEや直接上場の議論は、シリコンバレー対ウォールストリートの権力闘争を体現しているとも言えそうです。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. 「アリペイ」ついに上場へ動き。アリペイ「支付宝(Alipay)」で知られる、アリババの関連会社アント社が今年ついに香港取引所(HKEX)に上場する可能性が高い。これまでに何度も同社の上場観測は持ち上がったが、実現には至っていなかった。企業評価額は1,500億ドル(約16兆5,000億円)超とされる。
  2. Amazonがインドを網羅する…。Amazonは18日、商品の保管・配達で、インドの伝統的な小規模店舗(キラナ)と提携したことを発表した。インド全土に1,400万以上あるとされる小売店舗数のうち、85%以上がキラナ。ジェフ・ベゾスCEOは同日、ムンバイのキラナを訪れた写真とともに「(この提携は)店主の収入アップの助けになる」とツイートした。
  3. オーストラリア発、最新ユニコーン。オーストラリアに拠点を置く、ホテル予約システムを開発・販売するSiteMinder(サイトマインダー)は7,000万ドル(約77億円)を調達し、評価額11億ドル(約1,200億円)に達した。昨年の同社の年間経常利益は1億ドル(約110億円)を超え、うち8割はオーストラリア国外からだった。
  4. 米発ユニコーントップ10。過去5年間で2倍の数になった、成長目覚ましいユニコーン。アメリカ発の最新のユニコーン企業の調達総額はトップから順に、Airbnb、Stripe、SpaceX、Palantir Technologies、Epic Games、Robinhood、Instacart、DoorDash、Rivian、Magic Leap。

今週の特集

Pac-Man played on a historic Commodore 64 computer.
40 years after Pac-Man, we still don’t understand what games are about.
Image: REUTERS/Wolfgang Rattay

今日20日の日本時間夕方から配信される、今週のQuartz(英語版)の特集は「Gaming’s next level(次のレベルにいくゲーム産業)」です。今や、世界の人口の3分の1が手にするゲーム、もはや業界の枠を超え、娯楽から行政、ヘルスケアに影響を与える最先端を、Quartzがレポートしていきます。

(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:COURTESY OF ERIC RIES、LTSE、ロイター)

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