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India Explosion
爆発するインディア
Quartz読者のみなさん、こんにちは。気候変動は、恵みの海も破壊しようとしています。遠く離れたインドでは、働く女性や高齢者に対するケアをはじめ、地球規模で解決されるべき問題系が浮き彫りになっています。英語版(参考)はこちら。
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2020年1月18日。カルナータカ州南部の小さな漁村サシヒスルの暑い土曜日──。太陽が真上から照り付け、雲ひとつない空にその光が眩しい。時刻は午後12時30分。
62歳の漁師スーリヤ・サリアン(Surya Salian)は、投網を手に、腰の高さまで水に浸かります。腕を目一杯振って円形のネットを投げると、数秒間、空気中にきらめく半透明の円を描き水面に吸い込まれていきます。
数分待って引き揚げると、身をよじる小さなイトヒキサギが1匹。白砂の海岸に今日4匹目の小さな獲物を置いて、サリアンは言います。「今年は魚が採れず飢えることになりそうだ」
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2020年1月19日午前4時、アラビア海は爽やかな空気に満ちています。そんななか、イワシ漁のため15海里ほど沖へ出る大型漁船は出港準備を終えました。
この船の乗組員のほとんどは、オディシャ、ジャールカンド、アンドラプラデシュといった貧しい村の出身で、仕事とよい生活を求めてここに行き着いた人たち。でも希望は打ち砕かれようとしています。6時間後に港に戻った船に魚の気配はなく、彼らに支払われる日当もありません。
昨年8月以降、小規模な漁業者から巨大なトロール漁船に至るまで、あらゆる漁師が悲嘆に暮れています。海に魚はいないのです。
通常、モンスーン後は漁のピーク期ですが、インドの中央海産漁業研究所(CMFRI)の当局者は、モンスーン後でも、漁獲量が大幅に減少していることを確認しています。
CMFRIの主任科学者兼責任者であるスニル・モハメド(Sunil Mohamed)は、ここ数年の沿岸海産魚の生産量の減り具合を懸念しています。CMFRIのデータによれば、2018年の漁獲量は前年比で9%減少。アラビア海、特にカルナータカ州沿岸の水域で多く水揚げされていたイワシは、2018年は前年からほぼ半減。イワシは「長い間、漁獲量の30〜40%を占めていましたが今は5%にまで減った」とモハメドは言います。
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WHY THE DECLINE
漁獲量が減ったワケ
漁獲量が減少した理由はさまざまです。第一に、気候変動の影響で海面温度が上昇し、海洋の性質が変化したため魚の餌となる植物プランクトンが減ったこと。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は昨年、人為的な海洋温暖化のせいで、アラビア海のサイクロンの発生頻度が前例のないレベルに上がることも報告しています。
第二に、持続不可能な漁法です。ブルトロール、ペアトロール船では機械化された2つのボートの間にネットを張り、数キロメートルにわたってネットを引きずります。この時、同時に海底から底棲性資源まで削ぎ取ってしまいます。ライトフィッシングでは、強力なLEDライトを取り付けたネットを水中に沈め、光で魚の群れを引き付け、産卵を控えた成魚を捕まえます。
2016年12月から、ブルトロール船での漁はカルナータカ州政府によって禁止され、ライトフィッシングはゴアで禁止されています。しかし、この禁止措置がそこまで効果がないことを州の役人とトロール船の漁師自ら認めています。
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「依然として違法漁業は行われています」とマンガロール漁業局のマンジュラ・シュリシェイノイ(Manjula ShriShenoy)副局長は言います。「12月には違法操業をしていたボート2隻と登録証明書をごまかしたジェネレーターを見つけました。罰金はそれぞれ4万ルピー(約5万8,000円)と6万5,000ルピー(約9万4,000円)です。
しかし、これは氷山の一角に過ぎません。取り締まりを継続するにはスタッフが足りません。毎日何隻の船が出港しているのかさえ把握できていません。船は午前2時、午前3時、午前4時に戻ってきますが、全てを監視するほどスタッフはいないんです」
違法漁業のために12海里の領海に加え200海里の排他的経済水域(EEZ)をパトロールする権限を持つ沿岸警備警察は、公式なコメントを控えています。
OVERCAPACITY OF BOATS
増え過ぎた船
1986年、カルナータカ州政府は、増え続ける漁船を規制するために、海洋漁業(規制)法を導入。すべての船にライセンス取得が義務付けられ、州の漁業部門に船舶を検索する権限が与えられています。その後、エンジン馬力の上限など、いくつかの規則が設けられてきました。
漁業部門の記録ではカルナータカ南部で登録されている漁船は、トロール船1,285隻と、まき網船57隻、その他1,487隻です。しかし、実際ははるかに多く、部門の職員と地元のトロール船協会もその事実を認めています。「漁師でなくても船は所有できます」と、地元のトロール船協会のニッティン・クマル(Nithin Kumar)。規制の行き届かない、事実上、野放しの状態が続いています、
THE “ORIGINAL” FISHERS
“元祖”漁師
この状況でいちばんのしわ寄せを受けているのは、ダクシン、カンナダで昔から伝統的な漁法を続ける漁師です。
カルナータカ州南部の14の漁村、1,200人のメンバーを擁する漁業組合は、昔から漁業を営む人たちの間に広まった不満の受け皿として、2019年12月26日に設立されました。
彼らの多くは、海とともに生きてきた「モガヴェーラ族」です。海にはもう何もないと、彼らは絶望に打ちひしがれています。「資本家は私たちからすべてを奪い去り、政府は助けてくれない」
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NO FISH NO MONEY
魚もお金もない
42歳のベンカテッシュ(Venkatesh)は、2隻のボートを所有しています。15馬力の船外エンジンを搭載したモーターボートと、川で使う伝統的なカヌーです。海に漁に出て収穫がなければ、川に出てアサリを探します。川もダメなときには、他人のトロール船に船員として乗り込み、数万ルピー相当の魚を1匹釣り上げる毎に、1,000ルピー(約1,400円)の報酬を受け取ります。
しかし、去年の8月以降、厳しい状況が続いています。「12月26日からは、海で何も獲れていません」こう話す彼に周りの漁師たちも頷きます。「私が漁を続けるのに毎月少なくとも5,000ルピー(約7,200円)必要なのですが」
同じく漁師のシリス・ケルクラ(Shirish Kerkura)は、「今は漁獲量が少なくなっているのに、魚の値段は上がっている。週に一回釣れた魚を売ったお金で、残りの日を喰いつないでいます」「それでも12月下旬からの状況はかなり悪い。政府は何か対応するべきです」と切実に支援を求めています。
前出の漁協以外からも悲痛な声が上がっています。1932年に設立された同州シャシヒスルー漁協の会長によると、464人の組合員のうち、少なくとも150人が組合から教育、健康、結婚、生活費のために融資を受け、少なくとも25人が返済できなかったそうです。
SUPPORT FOR WOMEN
女性の支援
65歳のレメラ・メンデラ(Remela M Mendela)は魚売りで生計を立てています。1月17日の金曜日、午前3時30分に目を覚ました彼女は、お茶を口にします。前夜から用意していたバスケットを手に取り、4人の売り子仲間と一緒にバンに乗り込み、50 キロ近く離れた同州のマルペ港に向かいます。
着いたのは午前4時30分。ここで2万1,000ルピー(約3万円)分の魚を仕入れ、午前9時30分までに約20キロ離れた別の市場に向かいます。そこで魚をすべて売り切り、帰宅するのは午後8時30分。仕入れ、販売に丸1日かけた彼女の純利益はゼロでした。「その日の稼ぎは、その日の足代と食費に消えます」
女性漁師への支援は特に何もありませんでした。道具も交通費も、何から何まで自腹で賄ってきました。
そこで2012年に国家漁業開発委員会とカルナタカ州政府は、小規模な魚市場の労働者支援を目的として、カルナータカ州沿岸の3地区で女性のための現代的魚市場10施設の建設を提案しました。
そのひとつである漁村パドビドリの市場の販売者は、女性の魚売りが多くを占めています。州政府(カルナタカ州水産局)が9割、中央政府(国家漁業開発委員会)が1割を出資した計76万9,200ルピー(約110万円)で運営されています。運営はパンチャーヤトと呼ばれる、インドの地元の村落組織が請け負い、そこからさらに業者に委託しています。
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魚売りの女性たちは、指定された売り場を使う場所代として1日あたり20ルピー(約30円)を収めます。ルールに従った人は引き換えとして、州政府から保冷ボックスなどの物品支援を受けることができます。
ただ、支援が始まったのは喜ばしいことですが、市場の環境は満足のいくものではありません。排水やトイレの設備など、衛生状態は悪いまま。場所が設けられたことに意義はありますが、改善の余地は十二分にあります。
SUPPORT FOR ELDERLY
高齢者への支援
女性だけでなく、高齢の漁師たちも苦境に立たされています。ある、老漁師は数週間前にボートで漁に出た際に高波が押し寄せ、船で転倒し胸郭を痛めました。最寄りの政府病院は彼の村から20キロも離れているので、たどり着くのも一苦労です。仕方なく、近くの私立病院にかかかりましたが、8,000ルピー(約1万1,500円)の高額な治療費を負担することになりました。
市場で魚を売る女性にも高齢者がいます。63歳の女性はここ数年、関節炎がひどくなってきました。しかし弱音は吐いていられません。漁師の夫は75歳でこの5年間、全く漁に出ていないと言います。
夫婦の頼みの綱は、月1,000ルピー(約1,400円)のわずかばかりの年金です。しかし、足りるはずもありません。高齢になれば医療費はつきもの。夫婦は言います。「年金はすべて医療費で失くなります」
This week’s top stories
インド注目ニュース4選
- インドに広まるコロナの噂。多くのインド人が、新型コロナウィルスは中国科学院武漢ウイルス研究所でつくられたものとするフェイクニュースを信じています。1月末にデリー大学とインド理工学院に所属する研究者たちがまとめた論文を発端に、物議を醸した陰謀説。すでにインドに定着してしまったようです。近頃では議員が、治療に牛の糞が効果ありとツイートするなど、不審な情報が出回っています。
- 2年越しの歴史的判決が下る。インド最高裁は4日、暗号通貨取引を禁止する命令を「違憲」とし、撤回を要請しました。2018年4月6日にインド準備銀行(RBI)から暗号通貨での実質的な取引禁止命令が出されてから、2年越しでの撤回です。これまでインドの仮想通貨取引所は銀行から口座へアクセスできませんでしたが、今後はインドの法定通貨からアクセス可能になります。
- トランプ訪印で霞んだ暴力……。イスラムを排除するインド市民権法改正の賛否をめぐり、暴徒化したヒンドゥー教徒がムスリムなど45人を殺害した事件が改めて批判されています。警察は暴徒を見逃して、殺害を黙認しており、この風潮が全国に広まればさらに暴力が拡大することが危惧されます。
- 日本人の出国は事実上不可能に。インド政府は3日、日本人への発給済みビザを無効にする措置を発表しました。これにより、日本からインドへの出張者はNG、インドで勤務する日本人社員がインドを出国した場合でも出国の時点でビザが無効になるため、関係する日系企業は事実上、日本人社員をインドから出国させられない状態です。
【今週の特集】
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Quartz(英語版)の特集は「Beyond student debt(学生ローンの先)」です。生涯学習の必要性が注目される中、教育の内容とともに、そのための学資金の集め方にも変化が求められています。借金に苦しむことなく、必要なスキルを習得できる未来をQuartzがレポートします。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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