Startup:コロナと戦う謎のバイオベンチャー

Startup:コロナと戦う謎のバイオベンチャー

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Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けします。

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Image: REUTERS/DADO RUVIC/

世界で新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。自宅待機やイベント自粛で患者の急増を抑える「ピークカット」は時間稼ぎで、収束には治療薬やワクチン開発が不可欠とも言われます。

1月に中国の研究チームが新型コロナウイルスのゲノム情報をインターネットで公開し、世界でワクチン開発競争の火蓋が一斉に切られました。世界がコロナで大混乱するなか、医療の最前線では「ポスト・コロナ」を見据えた熾烈な覇権争いが始まっているのです。

世界が固唾を飲んで見守るワクチン開発競争のトップを走るのは、大手製薬会社でも大学の研究機関でもなく、設立10年目のスタートアップ。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、バイオテック業界に旋風を巻き起こす秘密企業Moderna Therapeutics(モデルナ・セラピューティクス)を取り上げます。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

Moderna Therapeutics(バイオテック企業)

  • 創業:2010年
  • 本社:米マサチューセッツ州ケンブリッジ
  • 創業者:Stephane Bancel, Noubar Afeyan, Robert Langer
  • 事業内容:メッセンジャーRNA(mRNA)をベースとした治療薬およびワクチン開発

BIOTECH SAVES HUMANS

救いの手、バイオテック

2月下旬、Modernaは「新型コロナウイルスの治験用のワクチンが完成した」と発表しました。コロナウイルスのゲノムデータが公表されてからわずか42日後という異例の早さです。

3月16日には協力先のアメリカ国立衛生研究所(NIH)で、人間に投与する第一段階の臨床試験が開始されています。トランプ大統領も「人類の歴史上最も早いワクチン開発だ」と成果を強調しました。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

世界が待ち望むワクチン。開発に成功した企業は巨大なメリットを得られると想像してしまいますが、ワクチンは完成まで数年かかるのが普通で、パンデミックには適さないのが常識でした。

2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の際は、人間に投与する臨床試験まで20カ月を要し、ワクチンができたときには感染が収束していたそうです。

しかし今回、Modernaは最新のテクノロジーと遺伝子工学を駆使し、異例の早さで実用化を目指しています。これは彼らのアプローチが、従来の製薬企業と全く異なる画期的な方法を採るからです。

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SOFTWARE OF LIFE

生命のソフトウェア

従来のワクチンはウイルスを科学的に処理し無毒化してつくられます。バクテリアなどで培養した「不活性化したウイルス」を人間に投与し、免疫が体内でつくられます。

一方、Modernaは、いわば人間自身に薬をつくらせるというアプローチです。DNAに記録された遺伝情報は「メッセンジャーRNA(mRNA)」にコピーされ、この「指示書」に基づいて新たなタンパク質が生成されます。このmRNAを人工的に生成し、人間に投与しタンパク質を発現させ、免疫を獲得するのです。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

従来のようにウイルスをつくり培養する必要がないため、大幅に時間が短縮できます。ゲノム編集のように遺伝子を操作しないため、変異することなく安全です。

ワクチン毎に異なる開発、製造のプロセスは不要で、Modernaは必要なタンパク質のゲノムデータに基づき、mRNAという指示書をATGCの4つの文字列で「コーディング」するだけです。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

ウイルスに触れることなく、コンピュータで「薬」を「設計」するこの過程を、ModernaのCEOのStephane Bancel(ステファン・バンセル)は「Software of Life(生命のソフトウェア)」と呼んでいます。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

WHO IS MODERNA

謎の革新的企業

Modernaの創業は2010年。ハーバード大学の研究成果をベースに、Flagship Pioneeringというライフサイエンス専門のベンチャー育成機関の支援を受け、立ち上がりました。

当初はその存在を隠して水面下で事業化を進め、ウェブサイトも存在せず、投資家もFlagship一社のみ。「mRNAを用いた創薬」という難しい課題に対峙し、ひたすら目の前の研究に向き合う日々でした。

彼らに転機が訪れたのは2013年3月。大手製薬企業のAstra Zeneka(アストラゼネカ)とmRNAの開発と商用化に向けた5年間のパートナーシップ契約を締結し、2億4,000万ドル(約266億3,000万円)という破格の契約一時金を受取ることで合意し、世界を驚かせました。臨床試験前の提携での一時金としては歴史上最大規模でした。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

Modernaは「がん患者1人ひとりに合わせたオーダーメイドの抗がん剤をつくる」など常識を覆す革新的な企業として注目を集めます。ビル・ゲイツ財団や米国国防省からの助成金も得て、2018年には1億1,000万ドル(約122億円)を投じて20万平方フィートの最新鋭のmRNA製造施設を建設します。

同じく2018年にはナスダック市場に株式公開を果たし、IPO時の時価総額75億ドル(約8,320億円)はバイオテック企業として最高額でした。

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Image: MODERNA THERAPEUTICS

一方、Modernaは秘密主義的で謎も多い企業です。公開している新薬候補は初期段階のものが多く、現場で使われる薬はまだ出ていません。

最近はCRISPRなどのゲノム編集技術の進化で、「mRNAベースの創薬は非現実的で時代遅れ」という批判もあります。新型コロナウイルスのワクチン開発でも、Modernaの臨床試験が順調に進んだとしても、実際にワクチンが我々の手元に届くのは1年か1年半先とも言われています。

STARTUP IN POST COVID-19

コロナ後の世界

新型コロナのワクチン開発はModerna以外にも世界の大手製薬企業、大学、ベンチャーが凌ぎを削る、混戦状態にあります。

先日もトランプ大統領が、ドイツのバイオテック企業であるCure Vac(キュアバック)のワクチン研究を米国に独占しようと、10億ドル(約1,100億円)の拠出を打診したという報道がありました。これを受けてドイツの大臣は「我々は売り物ではない」とコメント。新型コロナの薬開発は政治闘争の様相を呈しています。

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Image: REUTERS/JONATHAN ERNST

新型コロナの影響が甚大であるほど、処方薬やワクチン開発のゴールテープを最初に切る国は、強力なカードを手に入れます。

スタートアップにとっては厳しい時代ですが、人とモノの移動が制限されたことで、デジタル化は大きく進みます。次のGAFAが産まれる混沌期を経て、よりITへの浸透が深まったポスト・コロナ時代に、テクノロジースタートアップは一層輝きを増すはずです。

新型コロナのワクチン開発競争で先頭を走るのが設立10年に満たないバイオテックベンチャーであるという事実が、その未来を予感させます。世界の混迷は先が見えませんが、「ワクチンが完成した」という一報がModernaから届く日を、心待ちにせざるを得ません。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. リーンスタートアップ失敗の条件。ほとんどのスタートアップはカスタマーサクセスを理解せずに失敗する──エリック・リースの『リーン・スタートアップ』は、起業家のバイブルとしてヒットしましたが、相変わらずスタートアップは失敗を続けています。WeWork、Uberなどのケースから、スタートアップががつまづく「新たな条件」が見えてきます。一見、市場に最適化されたように見えた企業が、スケーリングを急ぎ悪しき慣習が蔓延し、時に一時的で大規模な「詐欺行為」を働けば、その未来は危うい……。
  2. 新技術でコロナ撲滅に挑むFelix。ワクチン開発レースが加熱するなか、米発のバイオベンチャーFelix(フェリックス)は、ウイルスを使ってバクテリアを殺すというアイデアで新たなアプローチを模索しています。同社はすでに、10人のグループに対し初期のテストを実施。アプローチを実証する段階にあります。
  3. 自動車メーカーが人工呼吸器製造へ。新型コロナウイルス対策に熱心とは言えなかったテスラCEOのイーロン・マスクは3月18日夜、「不足しているのならテスラは人工呼吸器を製造する」とツイートしました。NY市長の呼びかけで始まったこの動き。22日にはトランプ大統領が、自動車メーカー3社(テスラ、フォード、GM)に人工呼吸器製造を許可する意向を示しました。
  4. ソフトバンク出資の衛星スタートアップに破産フラグ。2019年11月にソフトバンクと業務提携契約を締結した英発スタートアップOne Web(ワンウェブ)は、資金繰りが悪化したため破産申請を検討しています。同社は2月7日、3月21日にそれぞれ34機の衛星の打ち上げに成功していますが、通信衛星プロジェクト通信衛星プロジェクトはスペースXやアマゾンが参入する競争激しい分野で、厳しい状況に置かれています。

今週の特集

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今週のQuartz(英語版)の特集は「Why startups fail(なぜ、スタートアップは失敗するのか)」です。スタートアップのムーブメントが世界を覆いはじめても、やはり成功するのは難しい。そんな中で、スタートアップの成否を左右する一つの要素について、Quartzがレポートします。

(翻訳・編集:鳥山愛恵)

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