Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺

Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺

Next Startups

次のスタートアップ

Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週月曜日の夕方は、WiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで、「次なるスタートアップ」の最新動向をお届けしています。

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: EPA-EFE/CLEMENS BILAN

「コロナ失業」という言葉の現実味が増してきました。日本でも先週からTwitterに「#コロナ失業」が出現し、先行きの見えない不安に拍車がかかっています。

アメリカは失業保険申請数が異次元の伸びで、失業率は年央までに15%に達するとの試算もあります。拡大、成長を謳歌してきたシリコンバレーでも、徐々にレイオフが始まっています。

こうした状況下で、スタートアップを解雇された人たちの駆け込み寺とも言える企業が存在します。今週お届けするQuartzの「Next Startup」では、スタートアップ退職者のストックオプション行使を助けるSecFiを取り上げます。

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: SECFI

SecFi(ストックオプション行使支援)

  • 創業:2017年
  • 創業者:Frederik Mijnhardt, Wouter Witvoet
  • 調達総額:557万ドル(約6億円)
  • 事業内容:ストックオプション行使支援

EVAPORATING WEALTH

幻の「報酬」

スタートアップに参画した社員の一攫千金を実現する手段が、ストックオプションです。

ストックオプションとは、予め決めた価格で自社の株式を購入できる権利のことです。企業が急成長して株式の価値が上がると、大きな資産を築くことができます。優れた人材を確保するための「スタートアップにとっての最強の武器」と言えます。

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: REUTERS/MIKE BLAKE

しかしその会社を辞めた、また解雇された場合、この権利がどうなるかご存知ですか? アメリカでは通常、退職後90日以内にストックオプションを行使しないと失効します。いくら安い株価とはいえ、お金がないスタートアップ社員にとって、90日という短期間での購入資金の工面は一苦労です。

さらに、一定の条件を満たさない場合は、株式の含み益にも課税されます。急成長するスタートアップの場合、税金だけで数千万、数億円に上ることもザラです。上場していれば市場で売って現金化できますが、未上場の場合はそうも行きません。

一攫千金のアメリカンドリームを体現するスタートアップの世界。ところが実態は、なんとスタートアップ社員の75%が、こうした理由でストックオプションを行使できず、泡と消えてしまいます。金額にすると毎年300億ドル(3.3兆円)が、行使されずに消えていっているのです。

PAIN TO BE CURED

現れた救世主

SecFiの創始者Wouter Witvoet(ワウター・ウェイボット)もスタートアップに身を捧げ、そして苦い思いをした一人です。

4番目の社員として参画したスタートアップを退職したときの話です。ストックオプションの権利行使に約500万円を用意しましたが、人事部からの電話で、「ストックオプションを行使すると、含み益に課税される」と知らされます。その額、なんと2億円。到底工面できるわけもなく、保有していたストックオプションは全て紙屑となったのです。

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: WEALTHSTACK TV/YOUTUBE

ウェイボットは「自分と同じような人を救いたい」と起業を決意します。スタートアップ社員のストックオプションに関わる税務相談や資金支援をワンストップで提供するプラットフォームであるSecFiを立ち上げました。

SecFiは急な解雇や退職で、ストックオプション行使に資金が必要な人に、特別な融資を行います。上場や買収などで株が現金化した場合のみ返済し、得た利益の一部をシェアします。

金利は7〜12%ですが、株の売却時まで繰り延べられますので、当面の資金負担はありません。株式を担保に取りますが、5〜7年で上場しそうなスタートアップが中心です。金額はまちまちですが、下は数百万から上は数億円まで幅広いです。もし上場もせず、買収もされないなどで現金化されない場合は、返済義務は無くなります

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: SECFI

この資金を提供しているのが、ウォール・ストリートの金融投資家です。SecFiはニューヨークのヘッジファンドから、5億5,000万ドル(約605億円)の借入枠を得ています。

SecFiのスキームは急成長する有望なスタートアップ株式に、ストックオプション価格という割安な株価で投資できる魅力的な投資機会を提供します。さまざまなスタートアップへの分散投資もでき、リスクも抑えられます。

SecFi以外にも、QuidESO Fundなど、同様のサービスを展開する企業が存在します。IPO長者など富裕層を相手にする金融はWealth Management(ウェルスマネジメント)と言いますが、SecFiなどお金持ちになる前のサービスを“Pre-Wealth”(プリ・ウェルス)と呼びます。

GROWING PROBLEM

深刻化する問題

未上場のまま多額の資金が調達できる環境が整い、スタートアップの上場までの期間は長期化しています。CB Insightsによると、2013年のテック企業の上場までの期間は設立から平均6.9年だったのに対し、2018年は10.1年でした。

「ユニコーン現象」など、未上場のまま企業価値が青天井に上昇し、ストックオプションの価値は上がり続けます。一方で上場はどんどん先送りになり、現金化の機会はなかなか訪れません

辞めてもストックオプションの行使が難しいなら、ますます会社にしがみつこうとします。シリコンバレーの強さの源泉である「人材の流動性を損なう」と、ベンチャーキャピタルの大手(写真下:Andreesen HorowitzのパートナーのScott Kupor)なども声を上げてきました。

Image for article titled Startup:「コロナ解雇」の駆け込み寺
Image: ANDREESSEN HOROWITZ

この問題が深刻なのは、退職する社員にモラルハザードが産まれる点です。ストックオプションの行使をしやすくして、退職してもその会社の株を持てるとなれば、残った社員の努力に「タダ乗り」できてしまいます

株だけもらって、次のスタートアップに移る人が増えるかもしれません。未上場なのに個人株主が増えて、企業の管理コストが上がるという別の問題もあります。

なお、日本では「退職するとストックオプションは行使できない」と定めているケースが殆どです。上場までの期間がアメリカほど長くなかったり、容易に解雇ができないなどの点も作用しているかもしれません。

CIRCULATING TALENT

循環する人材

レイオフの嵐が吹き荒れ始めたシリコンバレーで、SecFiには顧客が殺到しています。

一方、今回のコロナ禍で、スタートアップの景色は一変しました。SecFiにとっても、今後はスタートアップの上場見込みも不透明なため、融資に慎重にならざるを得ません。まして、レイオフを行なっている企業は将来の見通しが暗い場合も多く、退職者もストックオプションの行使に二の足を踏んでしまいます。

高い給与や安定したポジションを捨て、リスクを取ってスタートアップに飛び込んだ社員の努力が適切な形で報われることは重要です。飛び出した人材は他の会社に移ったり、また新たに起業したりと様々ですが、この循環がエコシステムを強くします。コロナ禍の暗闇の中で、この瞬間にも、次のGAFAが産声をあげているかもしれません。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

1. レイオフはまだ序章。New York Timesの集計では、50以上の新興企業がわずか数週間で約6,000人の従業員を削減予定、またはすでに削減したと答えました。特に旅行系スタートアップは大きな痛手を受けており、Airbnbは雇用とマーケティング(8億ドル規模)を停止。スタートアップは2008年のリーマンショック時よりも深刻な状況に直面していると、Glassdoorの上級エコノミストDaniel Zhaoは指摘します。

2. 中国ロックダウンで急成長のダークホース。中国ショッピングアプリのランキングトップに躍り出たDingdong Maicai(叮咚買菜)に注目が集まっています。注文を受けてから配達までわずか30分。将来の注文を予測するビッグデータ主導のアプローチを採用することで損失率は1%と、業界平均の3〜10%を大きく下回るそうです。

3. ビル・ゲイツ支援の人工肉スタートアップが加速。ビーガンフードを手がけるNature’s FyndがシリーズBの調達ラウンドで8,000万ドルの投資を獲得。アフリカ豚コレラ・新型コロナウイルス流行を背景に、植物由来の代替肉の安定性や安全性への関心が高まる中国・アジア地域での拡大を計画しています。Nature’s Fyndはゲイツを会長に、ジェフ・ベゾスやジャック・マーらによる投資イニシアチブ「Breakthrough Energy Venture」の支援も受けています。

4. 中国の中小企業7割超が再開。中国経済産業局による中小企業モニタリングから、3月29日の時点で、全国の中小企業の76.8%が作業を再開したと発表されました。約2週間前の調査では約60%でした。

(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:SECFI、ロイター)

このニュースレターはSNSでもシェアできます👇。Quartz JapanTwitterFacebookで最新ニュースもどうぞ。