Startup:コロナ危機とスタートアップの今

PIETER BRUEGHEL THE ELDER (DETAIL, PUBLIC DOMAIN)

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。スタートアップにはユニコーンではなく、“コックローチ”が求められる時代が到来したようです。

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Image: PIETER BRUEGHEL THE ELDER (DETAIL, PUBLIC DOMAIN)

毎週月曜はWiLパートナーの久保田雅也氏のナビゲートで「次なるスタートアップ」の動向をお送りしていますが、今週と来週は2週にわたり、「新型コロナを通して見えるスタートアップの現在地と未来」をテーマにお送りします。

3月12日にWHOがパンデミックを宣言してから1カ月。今、アメリカのスタートアップ界で何が起きているのか、そして示唆される変化の行き先を整理していきましょう。

NO COMPANY IS IMMUNE

誰もが、逃れられない

まず、もろに打撃を受けている業種は、トラベルや外食などのホスピタリティライドシェアなどのモビリティです。

トラベル系は本当に大変で、突然売上がゼロになるほどの衝撃を受けています。予約が90%減の地域もあるAirbnbは10%の高金利の融資と株価を切り下げてのワラントで10億ドル(1,100億円)の資金調達を実施しました。売上が80%減った外食系にとっても大きな打撃で、レストランの顧客管理ソフトのユニコーン企業Toastは3,000人いた従業員半分の解雇に踏み切り、身売りの噂まで出ています。

短期的に恩恵を受けているのは、ヘルスケア(リモート、メンタル、ホームフィットネス)、教育、エンタメ、eコマースなどです。ZoomやSlackに加え、Notionなどコラボレーション・生産性改善ツールも伸びています。ヘルスケアや教育分野ではIT導入で「3年分が3カ月で起きた」ほどの変化が起きています。

DADO RUVIC/REUTERS
DADO RUVIC/REUTERS

しかし、失業率がいずれ30%に達し、人々が職を失い可処分所得が減れば、Netflixやゲームより「生きる」ことが大事になります。

人の移動が減って旅行業界が苦しいのが第一波、やがて旅行業界にソフトウェアを売っているSaaS企業に影響が及ぶのが第二波です。コロナは長期戦の様相を見せており、第二波、第三波と影響が全業界に及ぶのは避けられません。もはや「恩恵を受ける業界」など存在せず、マイナスが20%なのか80%なのかという程度の差に過ぎないと言えます。

STORM OF LAYOFF

レイオフの嵐

シリコンバレーではレイオフの嵐が吹き荒れています。特徴的なのは、明らかに苦しい企業だけでなく、キャッシュが潤沢で健全な企業もレイオフに踏み切っている点です。不透明な未来に万全の備えをするとともに、「最悪の最悪」までを想定した徹底したコストカットを行い、「いつキャッシュが尽きるのか」を幾つものシナリオで試算しています。

そして、既存顧客のケアに時間を割いています。新規の顧客獲得の減速は止むを得ないため、現在の顧客の解約を食い止め、拡販に注力しています。営業チームをカスタマーサポートに振り向けるなど、全社を挙げた総力戦です。

REUTERS/BRENDAN MCDERMID
REUTERS/BRENDAN MCDERMID

2018年のリーマンショック時と比べ、多くのスタートアップが迅速かつ冷静に対処していると言えるでしょう。前回のショックを経験した起業家は殆どいませんが、不況期の対処に関する知見が蓄積・共有されているとともに、経験豊富な社外取締役やアドバイザーなど、層の厚みでカバーしています。

日本との違いは、リアルに失業者が溢れる点です。自分の知り合いや友達で職を失くす人が続出します。顔見知りのレストランやショップの店員など、多くの人が路頭に迷います。

カルチャーや規制の違いからリストラも経費節減や給与カット程度で、Zoom飲み会の様子がFacebookにポストされる日本に比べ、シリコンバレーを包む空気感はより緊迫度が高いかもしれません。今後6カ月でスタートアップの25〜35%が倒産するとの見方もあります。

VENTURE CAPITAL

VCの事情

さてスタートアップの資金調達はどうなるのか、VC業界に目を向けて見ましょう。

VCは皆「これまでどおり積極的に投資している」と言いますが、実際のところ既存の投資先のレスキューが優先で、新たな投資に求められる水準は一層厳しくなっています。実際ここ数カ月は新規投資をストップしているVCもあります。対外的にはそうは言わないケースも多く、スタートアップの間には不満も噴出しています。

SaaStrの創業者であるジェイソン・レムキンの投稿 @jasonlk/TWITTER
SaaStrの創業者であるジェイソン・レムキンの投稿 @jasonlk/TWITTER

投資ステージに関しては、シード期とレーター期の両極から影響が始まっています。シード期は特にエンジェル投資家の投資意欲が減退しています。ファンドではないため、いくらまで投資するという予算がないためです。

レーター期はソフトバンクビジョンファンドが姿を消し、ヘッジファンドやコーポレートベンチャーファンドなど、いわゆる“Tourist money”(ツーリストマネー)の撤退が始まっています。株式市場の調整を受けて、バリュエーションが大きく切り下がっているのもレーター期です。

ダウンラウンドも頻発しています。電動キックボードのLimeはバリュエーションを80%下げて資金調達に動いています。あとがないスタートアップと、投資を渋り有利な条件を引き出そうとするVC。ここ数年続いた起業家優位なVCとの力関係の「逆転現象」が起き始めています。

REUTERS/HEINZ-PETER BADER
REUTERS/HEINZ-PETER BADER

また転換社債や劣後債など、ストラクチャーを工夫しての調達も見られます。今回は銀行や金融機関のバランスシートが健全なため、デット調達は活発に検討されています。

現在世界のVCには1,890億ドル(約20兆円)の投資余力(ドライパウダー)があるとされていますが、実はこのうち3分の1から半分程度は、既存の投資先の追加投資予算(リザーブ)であって、新規投資には充てられません。

VCの新たなファンドレイズも厳しくなります。機関投資家のオルタナティブ投資枠の中で、ベンチャーだけ突出することはありえません。新規のファンド組成のサイクルを伸ばそうと、VCは投資ペースを落とします

一方で、こういう時代の転換期こそ有望なスタートアップが生まれるのも事実。投資先の発掘や検討に時間はかかりますが、VCが投資の手を緩めることはありません。コロナ禍はVCにとっても本当の実力が試される、試練の時なのです。

INVISIBLE BARRIER

会えないことの「壁」

現在VCの目の前にある案件の大半は、コロナ前からの検討案件か、昔からよく知る信頼関係のできた起業家からの相談です。今回VCに課せられている大きなチャレンジは、「一度も直接顔を会わせたことのないスタートアップに出資をコミットできるか」という点です。

REUTERS/DADO RUVIC
REUTERS/DADO RUVIC
Image: REUTERS/DADO RUVIC

これは、村のようなクローズドなコミュニティが基盤のシリコンバレーのエコシステムを根底から揺るがす変化といえます。コロナショックはVCのもつ「企業の目利き力」に本質的な問いを投げ掛け、ビジネスモデルの変革を迫っているかもしれません。

すでにスタートアップと投資家のダイナミックな淘汰が始まっているシリコンバレー。この変化に適応でき、生き抜いた企業はさらに強くなり、ポストコロナで繁栄することでしょう。ユニコーンではなく、コックローチが求められる時代。まずは生き抜くことです。

来週は、コロナ危機の対岸に行き着いた先の「不可逆な変化」に焦点を当てながら、未来の話をお届けします。

久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. 感染チェックアプリが5月ローンチ。AppleとGoogleは10日、新型コロナウイルスの感染リスクをチェックできる分散型モニターツールの共同開発を明らかにしました。感染者が確認された際、過去14日間に蓄積された近隣のスマホの識別情報がクラウドに送られ、濃厚接触の可能性があるユーザーに通知される仕組み。日本では、シンガポールで使われているものの導入が検討されています。
  2. ラッキンコーヒー不正発覚は氷山の一角? コロナ禍が落ち着きを見せる中国で、安さを売りに店舗数でスタバを脅かしていた瑞幸咖啡(luckin coffee)の不正会計が明るみに。国内市場で価格競争に強い安価な商品を武器に拡大を重ね、世界の大口投資家から資金を調達し、ついに昨年米国で上場…理想通りの軌跡を辿った中国企業の不祥事は、他の中国企業の失速も招く可能性ががあります。
  3. 屋内退避でスタートアップに打撃。3月11日〜4月10日でレイオフされたスタートアップの従業員は1万6,229人。4月2日時点では94社で計7,793人が解雇されましたが、8日には185社1万5,653人とほぼ倍増しています。レイオフの3分の2を占めるのは、シェルター・イン・プレイス(屋内退避勧告)によって苦境に立ったセクター(食品、旅行、フィットネス、不動産、輸送、小売)です。
  4. 利用者爆増とともに批判も膨れ上がる。昨年末時点で1,000万人だったZoomのアクティブユーザー数は、3カ月で2億人にまで急増しましたが、セキュリティとプライバシーを巡る論争も噴出しています。ミーティング中に部外者が侵入し人種差別的な画像を投稿したりする「Zom-bombing」についてFBIが警鐘を鳴らしているほか、NY Times紙によるとZoomにはデータマイニング機能が搭載されており、専門家からはソフトウェアをインストールするべきでないとの意見も。ニューヨーク市教育局をはじめ複数の団体がZoomアプリの使用を禁止しています。

(編集:鳥山愛恵)

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