金曜から月曜にお引っ越し:1週間で起きた世界のニュースからひとつピックアップして深掘りするニュースレター。今日は「ナンシー・ペロシ米下院議長の訪台」について。
ニュースの見出しから「戦争」の文字が消え去るまでには、かなりの時間がかかりそうです。しかし、より大きな戦争が起こる可能性があることを考えれば、それも当然でしょう。
8月2日、米国のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問すると、世界中の視線が南シナ海に向けられました(ロシアの国営メディアや外交官でさえ、ウクライナよりも中国や台湾の話題に言及していたほどです)。
中国側の反応は迅速でした。台湾に対する数々の制裁措置、米国との防衛・気候変動に関する協議の中止、そしておそらく最も心配なのは、台湾海域に軍艦とミサイルを送り込んだことです。
この緊張が南シナ海での戦争に発展する可能性はまだ低いとみられますが、その潜在的影響は人にとっても経済にとっても非常に恐ろしいものであり、熟考が必要です。4日に中国が発射した弾道ミサイル5発が沖縄近海に着弾した際に日本が実感したように、事態の行方を心配しなければならないのは台湾だけではありません。何億もの人びとが、中国の「攻撃範囲内」で暮らしているのです。
ロシア産エネルギーへの制裁が経済を混乱させているとしても、中国を孤立させようとする作戦、あるいは中国自身が孤立しようとする作戦が仮に現実化すれば、その混乱もかすんでしまうことでしょう。
米シンクタンクのランド研究所(RAND Corporation)の報告書(pdf)では、米中が1年間にわたって戦争状態となった場合、米国のGDPは5〜10%、中国のGDPは25〜35%減少すると試算されています。中国のGDPのうち外需は実に約15%を占めています。戦争によって他の経済国が中国からの輸入停止を余儀なくされれば、その国の人びとは長期間にわたって厳しい不況に直面することになるでしょう。
他の国も同様に、十字砲火を浴びることになります。中国の輸出品の3分の2は、米国と同盟関係にある国々に提供されていますが、これらがストップします。レアアースや台湾製半導体の輸出は、現代のデジタル機器を支える心臓部ですが、これらも停止に近い状態に陥るでしょう。
ロシア産の石油とガスに代わるエネルギーを見つけるのですら、世界は苦労しています。ましてや巨大な市場、巨大な労働力、巨大な工場──中国が世界経済に提供するすべてのものに代わる存在をすぐに見つけることは、不可能です。
THE BACKSTORY
背景を整理する
- 映像は粗いが、そのはっきりとした声は紛れもなく彼女のものだった。1991年、ペロシは、少人数の米代表団の一員として、天安門広場を訪れました。その2年前に亡くなった、民主活動家たちを追悼するためです。警察に追い払われるまで花と横断幕を掲げていた彼女は、こう語っています。「天安門広場は、わたしたちを惹きつける場所だ。天安門に引き寄せられずにここに来ることはできない」
- ペロシの台湾訪問は、数十年にわたる中国との対決における最新の一コマに過ぎない。彼女はチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマと親しく付き合い、中国の指導部に反体制派を刑務所から解放するよう圧力をかけ、中国での冬季五輪のボイコットを呼びかけ、また、香港の活動家を米議会に迎え入れたこともあります。
- 米国が中国との貿易・投資関係への依存度を高めても、ペロシの姿勢は揺るがなかった。「もしあなたが商業的な利益を理由に中国の人権を守るために立ち上がることができないのなら、どこに行っても、人権について発言する道徳的権威を失うことになる」と、彼女は最近述べています。しかし、ペロシと中国の決裂が決定的となったのは、8月5日です。中国はペロシ個人に対する制裁(具体的内容は明らかにしていません)を科し、彼女は中国の制裁対象となった最も地位の高い米当局者となりました。
The sand trap
砂の城
ペロシの台湾訪問を受けて中国が台湾に対して行った報復措置の中には、「天然砂」の輸出禁止が含まれています。
砂はガラスやコンクリート、モルタルなどの原料となるため、建築には欠かせません。台湾はかつて砂の多くを中国から輸入しており、15年ほど前には輸入量の8割近くを中国から輸入していたほどです。
しかし近年、台湾は中国産の砂を排除する動きをみせています。住宅やオフィスタワー、工場などといったビルの新造を、北京の輸出政策に左右されないようにしようとしているわけです。
とはいえ、砂の輸出禁止が建設業に与える影響は非常に深刻なものとなりそうです。2019年に台湾が砂・砂利の不足に直面したとき、台湾政府の閣僚は、年あたり推定3万件ともいわれる建設プロジェクトの遅れを避けるべく、国内供給を強化しようと奔走しました。今回の禁輸が実際に与える影響はともかく、砂の輸出禁止は中国政府の台湾に対する、とくに建設業界に対する姿勢を象徴しているといえます。
WHAT TO WATCH FOR NEXT
注目すべき動き
- 台湾は「封鎖」されるか。ペロシの訪台後、中国軍は台湾につながるシーレーンを封鎖することで、初めて台湾周辺の海上封鎖を行いました。これは一時的なものでしたが、より大がかりな封鎖を行うことも可能だという警告と証明の意味もあります。
- 戦闘機が増えている。中国共産党系メディアの『環球時報』は、台湾に戦闘機を派遣することを提案しました。中国軍機がすでに台湾の防空識別圏を日常的に飛び回っているとはいえ、これは極端な挑発行為といえるでしょう。
- 海運の混乱→サプライチェーンの混乱。国連によれば、南シナ海は世界の海上貿易の3分の1を担う重要ルートです(pdf)。本格的な戦争はおろか、緊張が大きく高まっただけでも、海運は大きな打撃を受けるでしょう。それも、世界が2年近くサプライチェーンの問題に対処してきたこの時期に。
- 深刻化する半導体不足。すでに世界経済を悩ませているもうひとつの問題である半導体不足は、台湾が貿易のできない状況に陥れば、さらに深刻になります。最先端の半導体チップの90%以上は台湾で生産されており、これらの半導体製造工場が中国の支配下に入ったり、何らかの影響を受けるようになったりした場合、世界経済に激震を引き起こすことになります。
- 緊急外交の成果はいかに。理論的には、米国も中国も、熱い本格的な戦争、冷戦、あるいは貿易戦争であっても、失うものが多すぎます。ここ数日の中国による軍事的威嚇と制裁は、米国と台湾に、現状を過度に乱さないように思い知らせることだけを目的にしているとみられます。そして、水面下で両国の外交官たちに事態を沈静化するよう促すことになるかもしれません。
One ✈️ Thing
ちなみに……
ナンシー・ペロシのアジア歴訪に際して、世界は彼女が台湾に訪問するか否かを固唾をのんで見守っていました。彼女の乗った飛行機がクアラルンプールを離陸し北へ向かったとき、何十万人もの人びとがFlightRadar24にログインし、彼女がどこへ向かうのかを確認していたほどです。
ペロシが乗ったボーイングC-40Cは米空軍の737型機で、そのフライトは約7時間に及びました。その旅の一部始終を約290万人がFlightRadar24のウェブサイトで追うことに(FlightRadar24の歴史の中で最も多く追跡されたフライトだったとか)。結果、サーバーに負荷がかかり、一時的にアクセスが制限されたようです。
今日のニュースレターは、QuartzのSamanth Subramanian(グローバルニュース・エディター)とNicolas Rivero(テックレポーター)がお届けしました。