🏛 気候テックに新局面。IRAの基礎知識

この1週間で注目すべき動きをひとつピックアップ。8月12日、米下院は、同国で史上最大となる気候変動対策法案を可決しました。
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Illustration: Quartz

Topic of this week: 8月12日、米下院は、同国で史上最大となる気候変動対策法案を可決。この「インフレ抑制法案」(Inflation Reduction Act、IRA)は、税還付、補助金、融資を通じて3,700億ドル(約49.2兆円)規模を気候変動対策に投資するもので、これにより数百万人の雇用創出、消費者のエネルギーコストの節約、温室効果ガスの排出量の大幅削減が期待される。 


再生可能エネルギーや電気自動車(EV)などを扱う米国の気候テック企業は、長い間、2つの大きな課題に直面してきました。

1つは、規模の拡大です。大学や政府、ウォール街からは、研究やイノベーションを支援するための資金が潤沢に提供されてきましたが、クリーンテックを大規模に構築するための設備に対する資金はほとんどない状況でした。このため、米国で税金を投じて生み出された知的財産は、最終的に中国などのメーカーに輸出されてしまうことが多かったのです。

2つめは、予測不可能な税制です。再生可能エネルギーに対する補助金は、伝統的に、数年ごとに議会の再承認を必要としてきたため、経営者はハラハラしながらその行方を見守り、また、手頃で信頼できる民間資金を確保するのに苦労してきました。

12日に下院で可決した「インフレ抑制法案」(Inflation Reduction Act、IRA)は、ジョー・バイデン大統領が8月9日に署名した国内での半導体の製造・開発を支援する「CHIPSプラス法」(CHIPS and Science Act)、そして、昨年11月の1兆ドル(約133兆円)規模の「インフラ投資法」に盛り込まれた気候変動対策条項に続くもので、上記の2つの課題の解消を目指しています。

シンクタンクのサードウェイ(Third Way)で気候・エネルギー担当のシニアバイスプレジデントを務めるJosh Freedは、これらの法案について「米国のクリーンテックがついに中国と競争し、勝てるようにするため、あらゆる手段で経済の仕組みを組み替えるものだ」としています。

これらの法整備によって税制優遇措置の規模は拡大し、対象分野も増えています。この措置は米国内での製造を強化するために設計されたもので、今後10年間は続くでしょう。気候変動関連のスタートアップのインキュベーターネットワークであるニュー・エナジー・ネクサス(New Energy Nexus)のCEO、Danny Kennedyは、気候テック企業は、このチャンスを利用してこれまでアクセスすることができなかった膨大なプライベート・タックス・エクイティ資金を活用しようと躍起になっている、と指摘します。

中国との地政学的な緊張、新しいインフラをめぐる承認作業の遅れ、労働者の雇用と訓練、気候テックに詳しい世代に対する新しいリソース教育の必要性など、これから先もさまざまな問題が待ち受けています。しかし、少なくともバイデンに関しては、この10年間、米国の気候変動関連企業を悩ませてきた「政策への不安」という精神的負担を取り除くことに成功したと言えるでしょう。

エネルギー貯蔵技術開発企業、フルエンス(Fluence)の政策イノベーションマネジャーであるDan Patryは、「正直言って、こうしたことはもう考えたくもなかった」と言います。「ようやくゴールラインを越え、実際に仕事ができるようになることに、とても興奮している」


THE ELECTRIC COMPANIES

おトクなEVは?

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Photo: Rebecca Cook (Reuters)

もしあなたがEVの購入を検討しているのなら、なにを買えばいいのでしょうか? この問いはIRAの新しい税額控除ルールの一端を理解するのにちょうどいい問いです。というのも、このルールによって一部のクルマはより手頃になる一方で、別のクルマはより高くなるからです。

現在、テスラ(Tesla)の「Model 3」やシボレー(Chevrolet)の「Bolt」のように、それぞれ20万台以上を売り上げている車種は、税額控除の対象ではありません。来年にはIRAによってこの販売上限が撤廃されますが、他の規制が導入される予定です。

IRAの税額控除を受けるには、自動車の価格が一定額(トラックとSUVは8万ドル、それ以外は5.5万ドル)以下であること、購入者の収入が独身なら15万ドル以下、既婚なら世帯で30万ドル以下であることが条件となります。

また、対象車両は北米で組み立てられたものでなければなりません。さらに2024年からは、北米で組み立てられたバッテリーを搭載していることに加えて、このバッテリーには北米または米国と自由貿易協定を結んでいる国で採掘・加工された鉱物が使用されていることが条件となります。

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Graphic: Quartz

現在、米国で販売されているEVの大部分(テスラの2モデルとシボレーの「Bolt」)は、来年には税額控除の対象となるでしょう。

しかし、本当の山場を迎えるのは、バッテリーの調達要件が導入されたときです。バッテリーに使われる金属の採掘と組み立ての大部分は、中国(および米国が自由貿易協定を結んでいないその他の国)で行われています。バッテリーの新たなサプライチェーンを構築するには何年もの時間が必要で、このルールが変更されるか導入が延期されない限り、ほとんどのEVは、2024年には税額控除の対象外となる恐れがあります。


BY THE NUMBERS

数字でみるIRA効果

  • 21%:IRAにより予測される、2030年時点での米国の温室効果ガス削減量
  • 170~220ドル:再生可能エネルギーの導入による効率改善と電力の低コスト化により、米国の家庭が1年間に削減できると予測されるエネルギー支出の平均金額
  • 85ドル:煙突などの発生源から回収され、埋設された二酸化炭素1トンあたりの税還付額。以前の法律では50ドルだった
  • 620億ドル:再生可能エネルギー、バッテリー、EV、その他のクリーンテック機器の国内製造を支援するために支出される補助金、融資、助成金
  • 1万4,000ドル:ヒートポンプや電気ストーブなどの家庭用電化製品のアップグレードに対して支払われる還付金額の1世帯あたりの上限
  • 400億ドル:ローン・プログラム・オフィスを通じて、クリーンエネルギー・プロジェクトに利用できる追加融資保証の金額。同オフィスは米エネルギー省の組織で、知名度は低いが資金力があり、テスラに初期の支援を提供した
  • 7億ドル:先進的な原子炉の燃料で、現在はロシアからしか入手できないウラン「HALEU」(High-Assay, Low Enriched Uranium)の国内生産のための資金

ONE ⛽ THING

バイデンの譲歩

IRAを成立させるための政治闘争で、バイデン政権は化石燃料産業への譲歩を法案に盛り込まざるを得ませんでした。そのひとつは、メキシコ湾とアラスカでの石油・ガス開発のリース権をオークションにかけるよう政府に義務付けるもの。また、別の条項では、内務省が毎年200万エーカーの陸上用地と6,000万エーカーの海上用地を石油・ガス産業のためにリースで提供することを求めています。

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Photo: Lee Celano (Reuters)

活動家たちはこれらを「気候変動に関する自殺協定」と呼んでいます。一方、アナリストの中には、大手化石燃料企業は、われわれが恐れるほどには、これらの開発に熱心ではないだろうと考える人もいるようです。いずれにせよ、これらの協定によってIRAは骨抜きになってしまった面はありますが、それでもIRAは必要不可欠な存在なのです。


5 GREAT STORIES FROM ELSEWHERE

世界の注目記事

  1. 🍃 排出量のモデリング:IRAが議会に提出されると、この法案の気候への影響を計算する「競争」が繰り広げられました。いくつかの試算では、2030年までにCO2排出量を約40%削減できると予測しています。記事では、これらの計算を誰が行い、どの程度正確なのか、また、特に実施に伴って避けられない障害を考慮した場合に、排出量のモデル化にどの程度の誤差が生じるのかを調べています。[Scientific American]
  2. 😜 いたずら好きな人:いたずらをすることは、たとえそれが何かに違反する行為だったとしても、観察者にとってはしばしば愉快なことです。オックスフォード大学で哲学を研究するAlex Moranは、世の中のウィットに富んだ人やいたずら好きな人が賞賛に値するのかを考察しています。Moranは歴史上の例を挙げながら、なぜいたずらが人が考える以上に重要なのか、説得力のある理由を述べています。[Aeon]
  3. 🤖 アイロボット買収の意味:今月初め、アマゾンは床掃除機「ルンバ」のメーカーであるアイロボット(iRobot)を17億ドル(約2,260億円)で買収しました。ホールフーズ(Whole Foods)のCEO、John Mackeyによれば、この買収には掃除機以上の価値があるようです。彼は、この動きが、特に倉庫ビジネスを自動化しようとするアマゾンの大きな戦略の一部である可能性が高く、多くの点で2017年のホールフーズ買収と似ていると説明しています。[Nasdaq]
  4. 🐟 ギョっとする展開:フィッシュオイルは、糖尿病から心臓病、がんなどのあらゆる病気に効く「聖杯」として重宝されてきました。しかし、そのような主張にもかかわらず、フィッシュオイルが実際に健康にどのような効果をもたらすかは、まだはっきりとはわかっていません(10億ドル規模のサプリメント産業では、フィッシュオイルは莫大な利益を生んでいますが)。記事によれば、大手製薬会社が資金提供したある怪しげな研究によって、悩ましい結果が出たため、研究は新たな展開を迎えているそうです。[The Atlantic]
  5. 🕺 トリニダード発のバイラル:チャットニー・ソカはトリニダード・トバゴ、スリナム、ガイアナで見られる音楽の一種で、ソカ・ビートとカリプソを混ぜ合わせ、ヒンディー語と英語の歌詞をつけたものです。いま、この音楽がTikTokでブームを巻き起こしています。記事によれば、一役買ったのは、トリニダードのミュージシャン、Vedesh Sookooで、彼の曲「Meat is for Man」は、TikTokとInstagramで1億回以上再生され、Z世代の心をつかんだのです。[gal-dem]

今日のニュースレターは、QuartzのTim McDonnell(気候レポーター)とNicolas Rivero(テックレポーター)がお届けしました。