ロシアのウクライナ侵攻は、小麦を含む主要食品の貿易に混乱を生みました。米国をはじめとする先進国は、アフリカ諸国など食品価格の高騰に苦しむ国への食糧支援を拡大していますが、ビル・ゲイツはこれについて、世界的な飢餓への取り組みがいかに遅れているかを示す事例だと指摘します。
ゲイツはQuartzとのインタビューで、戦争や経済危機、気候変動などが原因で食糧援助の必要性が増す一方で、低所得国における農業研究分野での投資が低水準のまま停滞していると指摘しています。アフリカの気候や現地で栽培されている農作物に合わせて干ばつ耐性のある種子を開発していくための技術革新など、科学によって実現可能なアフリカ独自のイノベーションこそが、飢餓から抜け出すために効果的かつ持続可能な手段になるというのです。
ゲイツが示唆するように、現在のアプローチは傷にバンドエイドを貼っているだけで、根本的な治療にはなりません。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団の最新レポートによれば、2015年の国連総会で採択された17分野169項目にわたる「持続可能な開発目標(SDGs)」うち、世界全体で達成できそうなのは2項目にとどまります。
この2項目は、いずれも乳幼児死亡率に関するものです。このレポートにデータを提供したワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)によると、このまま進むと5歳未満児の予防可能な死亡を1,000人当たり25人以下にするという目標は、2030年までに到達が可能だと考えられています。また、新生児死亡率も2030年までに出生1,000件中12件以下まで低下する見通しです。
ただ、安定した食糧供給や安全な水の確保、教育、HIVやマラリアなどの蔓延防止といった社会、環境、健康面でのゴールは、依然として手が届かない状況にあります。ゲイツはこれについて、パンデミックとウクライナ危機が障壁となっていることは認めつつも、政府が財政支出の方向性の再検討に消極的であることも一因だと話します。
──食糧援助に多額の資金が投じられていることの何が問題なのでしょう。
ゲイツ:食糧支援が多くの命を救っていることに疑いの余地はありません。ただ、非常に難しい部分もあるのです。支援の量が多すぎたり少なすぎたりすることで、食品価格が地元の農家の生産コストを下回り、援助先の農産物市場をめちゃくちゃにしてしまうかもしれません。
緊急の食糧援助と並行して種子の改良を進め、農家に改良品種を栽培するよう促し、融資のシステムを確立して農家が必要な肥料を購入できるようなアイデアが求められています。農業システム全体への投資が絶対的に不足しているのです。
アフリカ大陸を見ればよくわかります。人件費の安さと広大な土地があることを考えれば、アフリカは食料の純輸出国になれるはずですが、生産性が低いために純輸入国のままですね。(解決には)「イノベーション・パイプライン」が必要ですが、これは生産性を高めなければならないということだけでなく、地理的な要因もあります。赤道に近づくほど、農業における気候変動の影響が大きくなるためです。また、アフリカは世界で唯一、人口が急成長している地域であり、これは大きな課題となるでしょう。
──アフリカの食料安全保障への取り組みにおいて、どのようなアプローチが望ましいと思われますか。
2030年までに、公的な種子の研究に年間最大20億ドル(約2,845億円)の資金が投じられることが、目標として挙げられます。達成できるかはわかりませんが、これは実現可能な範疇です。
また、アフリカの科学者たちに対して、ゲノム編集や新たなテクノロジーを利用してつくられた種子をいつまでに採用すべきなのかという問いを投げかけていかなければなりません。世界で起きているイノベーションとその採用、そしてアフリカが変化に伴うトレードオフを受け入れる力は加速していくはずです。一定の進歩はありました。多くの革新的な作物が規制当局の承認待ちの状態で、これは気候変動の適応策としては間違いなくリストのトップに名を連ねるでしょう。
よりよい種子がなければ、わたしたちは確実に失敗します。トウモロコシ、米、小麦以外の農作物に目を向けると、ソルガム(モロコシ)、キビ、キャッサバではイノベーションはほとんど起きていません。農業分野でのイノベーションでは、アフリカの生態系と農作物は優先事項ではなかったのです。
──SDGsについては現時点ではどうでしょう。多くの場合において、わたしたちは目標達成に向けた道から外れてしまっているように思えます。
ゴールに向けた軌道から大幅にずれています。大きく考えるとふたつの原因があり、まずはSDGsのゴールの多くが非常に野心的なものであるためです。深刻な問題のない平和な時代であったとしても、目標を達成する可能性は低かったでしょう。
ただ、児童や妊産婦の死亡率など「やればできる」タイプの指標についても、4つのことが起きて影響が出ています。まずは新型コロナウイルスのパンデミック。次にロシアのウクライナ侵攻と、それによる肥料の価格高騰があります。ウクライナ危機のために、国際援助の予算にも影響が及ぶかもしれません。3点目は、インフレが加速するなかで借り入れによる支出が拡大しているという各国の財政状況で、言い換えればアフリカの債務が深刻な問題となりつつあるのです。
そして最後は、気候変動でしょう。もちろんこの問題は昔から知られていましたが、熱波や洪水など気候変動の結果として生じるマイナスの作用が予想より早いペースで起きています。これら4点が合わさった結果として、わたしが考えていたよりもはるかに厳しい逆風が吹いているのです。
いまは、例えば新たなマラリアの治療薬など、イノベーションという意味で驚くべきことが起こるのを期待しています。HIVの治療や栄養学分野での発見、妊産婦死亡率の低下など、イノベーション・パイプラインによる成果には、すべて非常に興奮させられます。
食料安全保障や女性のエンパワーメントといったことには、長期的な投資が必要です。欧州を中心に気にかかる問題が起きていますが、世界はこうした目標に注目すべきなのです。
──挙げていただいた「逆風」を考慮するなら、SDGsの達成に向けたアプローチを根本から考え直す必要があるのでしょうか。
まず、パンデミックが起きるまではすべてがうまくいっていたのです。前進はしています。HIVによる死者は減少し、ワクチン接種率は上昇しています。子どもの死亡数は半分にまで落ち込みました。また、マラリアとの戦いにおけるイノベーション・パイプラインがこれほどまでに進化したことは過去にありません。
市場システムの下では、もっとも貧しい人たちのためのイノベーションが促進されないことは事実です。賢明かつ道徳的な政府による支援が必要とされているのは、ひとつにはこのためです。また、慈善家たちに自国以外にも資源を寄付するよう働きかけていくことも必要になります。
困難はあるものの、いまと根本的に異なるアプローチが求められているとは考えていません。パンデミックやウクライナ危機がなければ、いつかは経済のサイクルを好転できていたかもしれないのです。この状況が永遠に続くわけではありません。
──11月にはエジプトで第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)が開かれます。気候変動を巡る国際的な金融支援が焦点となる見通しですが、現在の金額は必要な水準をはるかに下回っています。状況を変えるにはどうすればいいのでしょう。
対外援助と気候変動のためのファイナンスは、実際には分けて考えられるものではありません。対外援助として下痢止め薬を購入していた国に、それはやめてお金はすべて気候変動対策に使いなさいとは言いませんね。下痢のような問題が悪化しているのは気候変動が原因で、結局のところ、すべてはここに集約されるのです。
期待をもてるような要素はあまりありません。米議会では「アメリカ・ファースト」という流れが根強く、また欧州各国では電気代やガス代への補助金が総額で域内総生産(GDP)の2%に達しています。今後はウクライナの再建とウクライナ難民絡みの予算も必要です。
つまり真剣に考える必要があります。会議の回数や先進国からどれだけの金額を引き出すつもりなのかなど、正直どうでもいい話なのです。
COPが毎年の開催になったとき、実は少し不安でした。活動家たちの主張はもっともなのですが、1年間でどれだけのことができるかという彼らの感覚が……なんと言うか、スコットランドでのCOP26はまるで昨日のことのように思えますが、もうCOP27ですね。(1年とはいわず、例えば)5年ごとなら、ほぼ足並みを揃えることができていたのです。
1,000億ドル(14兆3,400億円)というお金が存在しないために話し合いが紛糾しないか、もしくは1,000億ドルの資金援助という目標を達成したことにするために、援助の定義そのものを変えてしまうといったようなことが起きないか、気がかりです。「金はどこにあるんだ」という怒鳴り合いでなく、会議が建設的なものになることを願っています。
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