New Normal
新しい「あたりまえ」
Quartz読者の皆さん、こんにちは。毎週金曜日のPMメールは「New Normal」と題し、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。英語版はこちら。
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新型コロナウイルスによって、世界は不況へ向かってまっしぐらに進んでいます。
そんななか、シリコンバレーでは、「イノベーション」に対する従来の姿勢を変える時が来ている、と訴える声が上がっています。
ベイエリアを拠点とするベンチャーキャピタリストであり作家でもあるアレックス・ラザロウ(Alex Lazarow)は、「イノベーションの世界は“更新”されなければならない」と言います。そして、その“更新”は、Lazarow言うところの「フロンティア」において、すでに「かなり進行している」とも。
Lazarowが説く「イノベーションの『ニューノーマル』」を、詳しく見ていきましょう。
the potential in emerging markets
フロンティアはどこ?
Lazarowの言う「フロンティア」とは、シリコンバレーに比べ、はるかに少ないリソースとネットワークで運営されている新興市場を指します。
Lazarowは、こうした地域の起業家たちはシリコンバレーの起業家を超えるイノベーションを起こしていると言います。
いわく、持続可能性と長期的な成長に焦点を当てているベンチャー企業は、パンデミックをサバイブする力をもっている。ゆえに、新型コロナウイルスに端を発した不確実性の時代にあって、スタートアップは「シリコンバレーのユニコーン」ではなく、むしろ「フロンティアのラクダ」のような存在になるべきである──。Lazarowは、そう語ります。
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シリコンバレーのスタートアップは、豊富なリソースという特殊な文脈によってのみ成功を収めていると、Lazarowは言います。一方、新興市場において、そうはいきません。
例えば、2017年、有数の規模を誇るスタートアップ・エコシステムをもつブラジルにおけるベンチャー投資額は、5億7,500万ドルでした。一方、シリコンバレーでははるかに上回る85億ドルの投資が動きました。
しかし、新興市場の伸びしろは驚異的です。翌2018年には、ブラジルのフィンテック企業PagSeguroが、ニューヨーク証券取引所でSnapchatのIPO(2016年)以来最大のIPOを果たし、23億ドル近くを調達しました。2019年には、ソフトバンクが50億ドル規模のSoftBank Innovation Fundを立ち上げていますが、このファンドは「急成長するラテンアメリカ市場に特化した史上最大のテクノロジーファンド」とされています。
資金調達はより民主化され、世界の他の地域でも利用できるようになっています。かつてのグローバル資本のダイナミクスが、今、シリコンバレーではないところで起きているのです。
What went wrong with Silicon Valley?
シリコンバレーの「悪」
2017年、シリコンバレーは大きな逆風にさらされました。
Uberをはじめとするスタートアップはその倫理を問われ、Airbnbのようなプラットフォームは近隣地域への影響を問われ、性差別やハラスメントについての訴えが止みませんでした。ソーシャルメディアが2016年の米大統領選挙において果たした負の役割もまた、問われることになりました。
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Lazarowは、シリコンバレーの“ユニコーン狩り”戦略を、「自宅を抵当に入れて新しい家を3軒買うようなものだ」とたとえています。
すべてがうまく進んで市場が想定通りに動けば、莫大な報酬を得られるのは間違いありません(たとえば、Facebookがそうでしょう)。しかし、このアプローチには、すべてを失うリスクも付きまといます。
シリコンバレーのスタートアップのバーンレート(資本燃焼率)は、1999年以降、最も高い値を示しています。さらに彼の調査によると、赤字企業で働く労働者の数は、この15年間でもっとも多くなっているともいいます。
今、意識は変わりつつあります。ベストプラクティスはグローバル化し、イノベーションのリーダーシップもますます分散化しています。
「シリコンバレーがその地位を維持するためには、進化し、学び、信念の多くを見直す必要がある」と、LazarowはQuartzに言います。
Perks of the frontier
フロンティアの特典
Global Entrepreneurship Networkのレポートによると、2019年現在、エコシステムの価値に貢献している地域は50近くを数えます。
スタートアップのエコシステムが、米デトロイトからインド・ベンガルール、プエルトリコ、ケニア・ナイロビまで、世界中で生まれています。そしてそれらエコシステムは、世界中で約130万社のテック系スタートアップをサポートしているのです。
世界には480のスタートアップ・ハブがあります。ユニコーンの約10%が、シリコンバレーでもヨーロッパやアジアの主要都市でもない地域に拠点を構えています。そして、世界の起業家は、シリコンバレーの起業家を急速に追い越そうとしているのです。
「Uberが7,500万人のユーザーを抱え、中国のDiDiが5億5,000万人のユーザーを抱える一方、Grab、Gojek、99、Cabifyのようなラテンアメリカ・東南アジアのスタートアップは、それぞれ3,600万人、2,500万人、1,400万人、1,300万人のユーザーと、遠く及ばない。しかし、1998年に設立されたPayPalは2億6,700万人のユーザーを抱えていたが、10年以上時が過ぎてインドで設立されたPaytmは3億人のユーザーを誇っている」
アフリカのM-Pesa、ルーマニアのUi-Path、インドのBharat Matrimony…。Lazarowが挙げるこれらの起業家は、シリコンバレーよりもむしろサンパウロの起業家との共通点が多いと、Lazarowは言います。
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また、フロンティアのイノベーターは、技術革新の世界に民族的、文化的、そして時にはジェンダーの多様性をもたらしていると、Lazarowは主張しています。
米国のベンチャーキャピタルにおける意思決定者(主にパートナーレベル)は、その90%が男性です。女性の創業者が一人でもいるテック系スタートアップは20%に満たないと、彼は言います。
しかし、例えば中東に目を向けると、魅力的な傾向を見いだせます。
MIT Technology Reviewのレポートによると、中東のスタートアップ企業の25%以上が女性によって設立されているか、あるいは女性によって率いられています。
これは、特定の分野において男性優位のレガシーがないことや、女性に開かれたキャリアパスが少ないことなど、さまざまな要因が考えられます。また、失業率が高いことが多く、テック系スタートアップは女性にとって魅力的な機会となるのです。
Be a camel, not a unicorn
ラクダになれ
シリコンバレーとフロンティアモデルの間には、3つの重要な違いがあるとLazarowは言います。
まず、「従来の常識は、“創造”ではなく“破壊”にとらわれている」ということ。フロンティアでは、イノベーターは全く新しい分野を開拓しています。
次に、「シリコンバレーがユニコーンの育成に努めているのに対し、フロンティアではラクダを育成している」ということ。
Lazarowは、次のようにQuartzに語っています。「世界では、起業家たちはシリコンバレーとは逆のアプローチをとっている。つまり、彼らが追求しているのは、『最初から持続可能な経済性があり、コストを管理し、責任をもって規模を拡大したい』ということ。リスクが管理されているということは、成果の観点から見ると、より高い確率で成功へと到達することができる」
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最後に、「フロンティアのイノベーターは、ただ“Aプレーヤー”を雇うのではなく、“Aチーム”を構築している」ということ。
「シリコンバレーには豊富な人材プールがあるので、起業家は必要に応じてAプレーヤーを採用し、従業員を簡単に入れ替えることができる。ゆえに、高い離職率を許容できた」と、Lazarowは言います。「しかし、フロンティアのイノベーターは、チーム単位で成長するマインドセットをもっている。ゆえに、利益とインパクトをベースにした目標を、ビジネスモデルの核となる部分に織り込むことができるのだ」
The new order
新たな秩序
新型コロナウイルスは、こうした変革をあと押しすると同時に、新たな課題と機会を提示しているといえます。
Global Entrepreneurship Networkの2020年4月のレポートでは、追加資本の調達がなく収益/経費も変わらないままだと、10社のうち4社のスタートアップが、今後3カ月で消えることになると示唆されています。
しかし、データをみれば、フォーチュン500の半数以上が危機的な時期に創業し、金融危機においても50社以上のユニコーンが誕生したことがわかります。
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今、世界は、制約のある状況下で成功しインパクトを与えうる、サステナブルなスタートアップをいかに構築するか、そのモデルを求めています。
「テクノロジーを使って製品やサービスの提供方法に革命を起こし、満たされていないニーズを解決し、マスマーケットの課題に対するソリューションを生み出すことができる。これこそが大きなチャンスだ」と言うLazarowは、さらに次のように付け加えます。
「この危機を振り返ってみても、我々が学んでいることは、決して新しいことではない。失業率の上昇、医療制度の不備、経済的な不平等は、長きにわたる課題だった。この危機は、こうした問題を明らかにしているにすぎない。この巨大で難解なCOVID-19の問題は、最大のチャンスでもある」
では、今、スタートアップにアドバイスするとしたら? Lazarowは次のように答えてくれました。
- ディスラプターではなく、クリエイターであること
- グローバルに考え、多様な経験を活かし、分散した従業員を活用すること
- 長期的な視点で考えること
- 大きな危機の中にあるチャンスを見つけること
- 自分は何に関心があるのか、と自問すること
- 自分にとって本当に意味のあることに集中すること
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- カナダがワクチンの臨床実験へ。カナダ初となる、COVID-19ワクチンの臨床試験がカナダ保健省によって承認されました。首相のジャスティン・トルドーは、ダルハウジー大学ハリファックス校のカナダワクチンセンター(CCfV)の研究者が中国の開発者と協力して、可能性のあるワクチンの臨床試験を実施すると発表。これは、世界中で準備ができている、あるいはすでに試験が行われている12種類のワクチンのうちのひとつです。
- スペインでは「室内でも」マスク着用。スペインでは、社会的に距離を置くことができない場合、屋内でも公共の場でもマスクの着用が義務化されます。5月21日(現地時間)に施行されるこの法律は、6歳未満の子供と健康上の問題を持つ人々だけは免除になります。多くのヨーロッパ諸国では、公共交通機関でのマスク着用を義務化しているが、スペインの法令はさらに厳しく規制したものになりました。
- ギリシャでまもなく観光業再開。5月20日(現地時間)にテレビ演説を行ったギリシャ首相のキリアコス・ミツォタキスは、観光を6月15日から再開し、人気の観光地への国際チャーター便は7月に再開すると述べました。この発表は、EUの観光大臣が「ヨーロッパの観光を迅速かつ完全に回復させるために必要なことは何でも行う」ことに合意したことによるものです。
- 「免疫パスポート」は導入すべき? 英国、チリ、ドイツ、イタリアを含む政府が、免疫パスポートを検討しています。免疫パスポートとは、COVID-19から回復した人々がもらえる物理的またはデジタルの文書であり、一定期間病気から免疫があることを証明するもの。これにより、職場への復帰や旅行も可能になります。しかし、パスポートをもっている人は比較的普通に生活できますが、そうでない人は不便な生活を強いられるため、差別の対象となる危険性があるとも懸念されています。
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