Guides: #5 グローバルトレードの袋小路

Guides: #5 グローバルトレードの袋小路

A Guide to Guides

Guidesのガイド

Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレターではQuartzの“週イチ”特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。

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──いかがお過ごしですか?

うーん。だいぶ暇になってきましたね(笑)。

──そうなんですか?

まあ、そうじゃないですか。新しい仕事は入ってこなくて、コロナ前から動いていた仕事は片付いていっちゃうので。

──たしかに。

今後が不安ですよね。それはそうとQuartzも大変じゃないですか。80人レイオフって、The New York Timesに出てましたよ。

──いや、そうなんです。日本版はそもそも数人しかいないチームなので、影響は今のところないんですが、海外を見ると、それこそWIREDやVOGUEをパブリッシュしているコンデナストもVICEも、どこも苦しそうです。

広告収入が激減しちゃったらメディアは相当厳しいことになりますよね。自分がWIREDのときに関わっていたコンデナストは、ファッション広告で儲けてきた会社ですから、ファッション業界がストップしてしまったら身動き取れなくなってしまいますよね。

──今回の〈Guides〉のテーマとも関係しそうです。

まさにそうなんですよ。

Globalization and Digitalization

本題に入る前に

REUTERS/CARLOS BARRIA
REUTERS/CARLOS BARRIA
Image: REUTERS/CARLOS BARRIA

──今回は「グローバルトレードの行き止まり」というテーマで、医薬品、肉、ハンドサニタイザー、そしてジーンズを題材に、それぞれのサプライチェーンがCOVID-19によって受けている影響を詳細にレポートしています。

どれも面白いんですが、個別の話に行く前にちょっと余談なんですが、先日「デザイン経営」なるものをテーマにしたオンラインイベントに参加したんです。そこで、他の登壇者の方と色々と議論をさせていただいたんですが、そもそものところで、なぜ、いま“デザイン”なんてことばを持ち出して、経営のあり方の刷新を考えなくてはいけないか、というところでやっぱり、いまひとつコンセンサスが取れていない感じがしましてですね。

──はあ。

例えば、イベント中に、こんな質問があったんですね。「デザイン経営の前は一体、何経営なんだ」と。

──いい質問ですね(笑)。

そうなんです。

──答えはなんなんですか?

「科学的経営」が正解なんです。つまり、経営は計算可能で、計算論的に予測ができるという前提に立っているのが、これまでの経営だという見立てが、デザインシンキングとかが重視されることの根拠になっているわけです。

で、当然、理屈としては、その科学的経営が通用しなくなったから別のやり方が必要だということになっているわけなんですが、問題は「なぜ科学的経営は通用しなくなったのか」というところにあるわけですよね。

──ですね。計算ができなくなり、予測ができなくなくなった、その理由ということですよね。

です。

──何が理由ですか?

基本、グローバル化とデジタル化のふたつがその理由なんですよ。で、グローバル化というと途端に自分とは関係ないや、となってしまいがちなんですが、例えば、こうしてみなさんがQuartzなんていうアメリカのメディアを読むことができているのも、そもそもがグローバル化の結果なわけですよね。日本で、例えばWIREDやVOGUEのような外資系メディアが日本でビジネスが成り立つのは、そもそも広告クライアントがグローバル化しているからなんですよね。

──そうなんですか。

例えば、VOGUEの日本版のローンチは2000年前後だったはずですが、このときに同時進行で何が起きていたかというと、表参道にグローバルブランドの直営店がずらりと並ぶということだったんです。それまで日本での外国ブランドのビジネスって、ほとんどがライセンスビジネスだったんですよ。

REUTERS/YUYA SHINO
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Image: REUTERS/YUYA SHINO

──と言いますと。

要はロゴの使用料を払って、日本国内で勝手にビジネスしていいよ、と、簡単に言えばそういうことです。昔は、結婚式の引き出物とかで「イヴ・サンローラン」のタオルとか、よく見かけたじゃないですか。

──そうなんですね。

あったんですよ。ところが90年代後半を境にして、全世界すべてのプロダクトを本国直轄下に置くということが起きるわけです。「直接やるんで」となるんですね。

グローバルブランドの大手で最後までライセンスビジネスを保持していたのは、おそらくバーバリー(Burberry)で、Burberryのマフラーとかを女子高生が平気で着けることができたのは、それが日本向けにつくられたライセンス商品だったからで、この商品には本国のデザイナーはまったく関わっていないわけです。

ところが、本国直轄のプロダクトを日本で売ろうと思ったときに、女子高生御用達のマフラーが同じブランド名で売られてるのはまずいわけですよね。同じロゴの入ったタオルやスリッパとか。

──たしかに。

なので、それをバサッとやめるということが起きるわけで、Burberryの「ブラックレーベル」とかがなくなったのも、そういう理由なんです。

──なあるほど。

で、そのときに、これまでスリッパのブランドだと認識されていたブランドを高級ブランドとしてリブートしなくてはいけないので、そのためのマーケットの再活性化を図る目的で必要になるのがメディアということになるわけです。

つまるところ、VOGUEの日本進出は、広告主であるグローバルブランドと二人三脚で仕掛けられているものだということなんですね。で、その後、今度はテック系のビッグプレイヤーが世界を席巻するようになると、その広告費を追いかける格好でグローバルメディアが世界進出していくことになる、と。

──面白いですね。

REUTERS/YUYA SHINO
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Image: REUTERS/YUYA SHINO

Global trade, rerouted

「世界貿易」の袋小路

その延長戦上にQuartzのようなメディアもあるのかもしれませんが、要は何が言いたいかというと、グローバル化っていうのは、実はとても身近なことだということなんですが、個人的な認識で言いますと結構具体的なかたちで、この20年の間わたしたちの生活を変えていったように思うんです。

というのもそもそもグローバル化せず鎖国するように生きていけるのであれば、そもそも経営のやり方なんか変えなくてもいいわけです。デザインを経営に入れなくてはダメなのだという圧が、そもそもどこから来ているのかといえば、外国企業がすでにそういうかたちでアップデートしちゃっているからで、そこと取引をしようと思ったら、これまでのやり方を変えざるをえないということじゃないですか。

──大企業になればなるほどそうでしょうね。

そうなんです。で、グローバル化とデジタル化がセットで起きると、何が問題になるかというと、とにかく物事が複雑になるということなんです。世界中にサプライチェーンやディストリビューションのネットワークをはりめぐらせるわけですから、やたら錯綜するのと、デジタル化によって情報やお金の流れがめちゃくちゃにスピードが上がってしまう上に双方向性をもつようになるので、ただでさえ錯綜しているネットワークのなかをあらゆる方向に向けて情報やお金が動くことになって、基本、制御不能になるんですね。

──コントロールができない。

はい。コントロールできないということは計算も予測もできないということでもありますから、これは、もう当然、これまでのやり方じゃダメだなとなるわけですが、今回のGuidesでは、そのことに繰り返し言及されることになります。COVID-19は、その複雑な機構の根源的な脆弱性を明らかにした、ということなんですね。

──はい。

例えば、ジーンズを題材にした〈Jean production shows how Covid-19 has devastated the fashion industry〉を見ると、ファッション業界は、中国の衣料資材と、低賃金の途上国での生産に長いこと依存してきたわけですが、ロックダウンで消費が落ち込んで、誰も服を買わないという事態になってきますと、当然メーカーのHQは大変困ることになります。

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もっと困るのはその仕事で家計を支えている、例えばバングラデッシュのファクトリーワーカーでして、記事のなかには、賃金の未払いをめぐってダッカでデモが起きていることが報じられていたりします。なので、そもそも服が売れないところに、デモに対する対応なんかもしなくてはいけないわけですよね。

で、今回のようなパンデミックが厄介なのは、「じゃあ、よそに工場を移すわ」ということもできないところなんですよね。

──というのは?

コロナウイルスのリスクは、どこの国に逃げたからといって減じるわけでもないからですが、願わくば、補償がしっかりしていたりする国に行きたいと思ったりもするんでしょうけど、そうなってくるとその瞬間における各国の政権の危機管理能力の当たり外れに左右されてしまうわけで、その点でも「どこに行くのが安全か」の算段は不確実性のなかにしかないんですよね。

──ほんとですね。政治も経済も文化もつながってしまい、相互に影響しあっちゃうわけですね。

そうなんです。Guidesの冒頭で紹介されている〈Covid-19 could change how dependent the world is on China for drugs〉という動画(日本語字幕版はこちら)は、製薬業界がいかに生産を中国に依存しているかを指摘するもので、これはファッション業界もそうですが、中国への集中的な依存というのが、まずは大きく問題視されています。

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これは日本政府も問題にはしていまして、「サプライチェーンの強靭化」を謳って中国国外へ生産拠点を移す企業に対する支援を打ち出していたりするはするんですが、香港のInkstone(South China Morning Post)が日本企業に問い合わせて5社ほどから回答を得たところ、トヨタやLixilといった企業は、中国国外への移管は考えていないと言うんですね。

──あれま。なんででしょう。

基本は、それによって自社のプロダクトが中国市場から締め出されてしまうのがイヤだからでしょうね。

──って、こうなると経済の問題というより政治的な問題ですよね。

そうなんです。これはハンドサニタイザーに関する記事〈The global machine keeping hand sanitizer available during Covid-19〉で触れられていることですが、台湾とオーストラリアがマスクの原料となるファブリックとハンドサニタイザーの原料となるエタノールとを交換する取り決めをしたというんですが、緊急時には、こうした政府レベルの“調達”がないと、いざマスクが足りない、サニタイザーが足りない、となったときににっちもさっちもいかなくなります。

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世界のCOVID-19対策を見てみると、行政サービスを展開する上で、物と人の“調達”というのは大きな問題になっており、その調達能力が対策の正否をわけたことを思えば、「サプライチェーンの確保」という問題は何もビジネスに限らず、国にとっても重大な問題なわけですよね。

──アベノマスクとか、まさに、そうですよね。

そうなんです。原材料の調達から分配の仕組みまでを一気通貫で、短期間で整備しなくてはならない、ということになるわけです。アジャイルな動きが必要ということになるわけですが、これは何も政府だけでなく、末端の生産工場までもが、そうした動きに対応できるものとなっていないと、なかなかできないんじゃないかと思います。

実際アベノマスクみたいなことはアメリカでも起きていまして、政府が発注した業者がどうにも怪しいトンネル会社みたいな業者だったとか、結構起きていたりします。

で、批判のされかたも日本に似ていたりするんです。「世界はわれわれを哀れんでいる」「第二次大戦時に毎時8機の戦闘機をつくれた国は、いまや全国に十分なマスクを行き渡らせることすらできない」「わが国の対応はロクなインフラも行政府もなくリーダーは頭悪すぎるか腐敗しすぎているベラルーシかパキスタン並だ」。これ、The New York Timesのコラムです。

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──どこも似たりよったり、と。

ですね。ただ、Guides内でも何度も触れられていますが、サプライチェーンの再構築にあたっては、それをガバナンスする上で「透明性」が何よりも大事だ、とされています。

マスクひとつを取っても、サプライチェーンがきちんと透明化されずに、どこかで誰かが流通を妨げているのではないか、とか、誰かが生産をサボタージュしているのではないか疑念が生まれるところから、買い占めのような事態が起きるわけで、台湾のように少なくとも市中在庫のありかだけでも透明化されていれば、不安感はそこまで高まらないんだと思うんです。配ると言ったはいいけれど、いつ届くのかもさっぱりわからないというなかに置かれることの方が不安だと思うんですけどね。

──DHLなんかのデリバリーで、自分のオーダーした品物がどこにあるのかが見られるのは、安心感ありますよね。どこで止まっているのかもわかりますし。

Guidesのなかでは、COVID-19によって明かされたのは、「いかに自分たちが脆弱なサプライチェーンに依存して生きているのか」を、一般市民の多くが悟ったことだ、と書かれていますが、そうであればなおのこと、透明性は大事なんでしょうね。

〈Coronavirus is a moment of reckoning for global supply chains〉では、製造・ロジスティックを研究する大学の先生は、企業内においても「サプライチェーンの透明化が鍵」と語っていますし、サスティナブルサプライチェーン・プログラムを主導しているMIT教授は、「これまでサプライチェーンは秘されてきたものだが、それは永遠に変わるだろう。自分が手にしている製品にどのような人たちが関わっているのかを、人びとはもっと知ることを要求するだろう」とも言っています。

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──なるほど。今後、「サプライチェーンの強靭化」がビジネスにとっても行政にとっても大きな課題になっていくなかで、自国で完結させるということが重要になるんでしょうか。

どうでしょうね。〈Covid-19 could change how Americans eat meat for decades〉はアメリカの食肉業界が受けている打撃を問題にしていますが、自国内で完結してはいながらも、食肉工場がホットスポットとなってしまったことで、食肉流通が20%も減るほどになってしまったわけですから、自国ならいいのか、というのは必ずしもそうではなさそうです。

──何が問題だったのでしょう。

アメリカの食肉の80〜90%が、たった4社に依存しているというのが指摘されている根本の問題のようです。長年の効率化の波のなかで、経営統合が進んだことで、効率よくビジネスはできるようになったのと引き換えに耐性が損なわれてしまった、と食肉業界の人物がインタビューに答えています。

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さらに深刻なのは、こうした経営統合によって、それまでもっと分散的に編成されていたサプライチェーンがズタズタにされてしまったことで、結果オルタナティブなオプションがないということなんだ、という指摘です。「数多くの優良な生産者が、経営統合のなかでビジネスを絶たれてしまった。一度失われたものを復活させるのはとても困難だ」

──深刻ですね。

一極集中は効率はいいが脆弱だ、というのが結論になってしまいそうです。

──「自立とは依存先を増やすことだ」ということばを聞いたこともあります。

当事者研究の第一人者の熊谷晋一郎先生のことばですよね。おそらくその通りなんだと思います。加えて、COVID-19が明らかにしたのは、さっきもお話したように「こっちがダメなら、こっちに移す」ということでは脆弱性は解消しないということで、結局のところ、その発想を根幹で支えている「安さ」と「効率性」を求めて世界中、あるいはアメリカの食肉業界でいえばアメリカ中をさまよい、外部をひたすら資源化して食いつぶしていくやり方が、やっぱり問題なんじゃないかと思うんです。

REUTERS/MIKE SEGAR
REUTERS/MIKE SEGAR
Image: REUTERS/MIKE SEGAR

──いい加減、「もっと安い外部」もなくなりつつありますしね。

ジーンズの記事のなかでは、グローバルブランドが生産拠点を中国から東南アジアに移す計画や、大きなマーケットに近いところに生産拠点を移す「ニアショアリング」の計画も紹介されていますが、これだけでは結局、原材料の中国の一極集中という根本問題は解決されません。

そうしたなかナイキやアディダスやH&Mが、関係工場や施設との関係性を、ただの下請けではなく、ブランドにとっての真正のパートナーとして再構築するという手立てを打っていることが紹介されています。工場にきちんと投資し、戦略ゴールをともに共有していくようなやり方ですね。

──いいですね。

これはおそらく先ほどお話した透明性に関わる部分だと思うのですが、これはサプライチェーンに関わる主体全員をインクルードしステークホルダーとみなし、ビジネス全体にコミットしてもらうということで、そうでなければ、ネットワーク内で情報を透明に共有もできませんよね。

──ほんとですね。

そもそも、サプライチェーンといったときの「チェーン」ということばが、もはや時代に適さないということなのかもしれません。鎖ということばの響きは、何かを強制的に繋げとめておくという響きがありますし、一本の線としてどこかの1点につながっているような直線的なイメージもいまひとつな気がします。鎖はひとつが切れると、全部が分断してしまいますし。

REUTERS/TEMILADE ADELAJA
REUTERS/TEMILADE ADELAJA
Image: REUTERS/TEMILADE ADELAJA

20世紀型のサプライチェーンを構成しているのは、末端は隣の人が何をしているかもわからなくて“中央”だけが全体像を見ている官僚性の分業機構なんですよね。むしろ「サプライネットワーク」と呼んだ方が、危機においてさまざまな迂回ができたり、自在に伸縮できたりするイメージがあるので、おそらくはそういうものとして製品なりサービスなりを、ステークホルダー全員で保持していくという発想が大事なのかもしれません。

──「オープンイノベーション」なんていう考え方は、そもそもがそういうものですよね。

デザインシンキングの話に戻すなら、関係企業や顧客との関係性や、人材やアイデアの「調達」を、より柔軟でレジリエンスの高いものとしてデザインし直そうというところにその本質があるわけで、結果として今回の危機のなかで、強い耐性を見せた組織は、きちんとアップデートができていた組織だということになりそうです。そういう意味で、今回の危機はリトマス試験紙みたいなものでしたよね。

──ほんとですね。

ハンドサニタイザーの記事のなかで、サニタイザーの生産に素早く乗り出したビール工場の話が出ていましたが、状況に合わせて臨機応変、融通無碍に対応できるような、有機的な調達・生産・デリバリーの仕組みをつくっていくことが、遠回りのように見えて、むしろ「強靭化」への近道なのかもしれません。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。ポッドキャスト「こんにちは未来」では、NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設( @BlkswnR )。


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