A Guide to Guides
Guidesのガイド
Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレターではQuartzの“週イチ”特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。
──今回のお題は、若林さんの大好きなネットフリックス(Netflix)です。
そうですね…。
──あれ、もっとノリノリなのかと思ってましたが。
ノリノリじゃないわけでもないんですが、先日からずっと話題になっている『テラスハウス』の問題があるじゃないですか。
──出演者の木村花さんがお亡くなりになった。
そうですそうです。番組制作にあたっていたフジテレビが謝罪はしていましたが、Netflixは何も言わないのかな、と気にしていたのですが、どうもいまのところ何も出ていないようで、それがちょっと気になっているんですよね。
──どの辺が気がかりですか?
ちょっと遠回りな話になるかもしれないのですが、いまちょうどミネアポリスで黒人男性が警官に殺害されたことを受けて全米で激しいプロテストが起きていますよね。
──はい。
で、そのなかで、トランプ大統領のツイートに対して、Twitterが「fact check」のフラッグを立てたり表示制限をかけたりしたことで大統領が激怒して、大統領命令を発動して「つぶしてやる」といった剣幕で脅していたりするんですね。そうしたなか、Facebookのマーク・ザッカーバーグがFOXテレビのインタビューで、「ソーシャルメディアプラットフォームは”真実の裁定者”であるべきではない」といった発言をしたことで、リベラル側のメディアが「トランプ寄りの発言だ」と噛み付いたりしているわけです。
──TwitterのCEOのジャック・ドーシーは、それでちょっと株が上がっていますね。
そうなんです。そうなんですが、ここがもしかすると大きな分岐点になるかもしれないな、と思うのは、これまで「メディアプラットフォームはニュートラルな存在で、そこで発せられたコンテンツの責任は一方的にコンテンツメーカーの責任」としてきた、“プラットフォーム”というものの建て付けや考え方が、もはや保持できないようになっているように見えるところなんですね。いま、極端なことを言ってしまえば、プラットフォームは「どちらの陣営なのか」の選択を迫られているように見えるんですね。
──右派のFacebook、左派のTwitterといった感じになる、と。
わかりませんけれど、トランプとTwitterのこうした軋轢を見ていると、「ザックは信用できない。FBアカウントを削除しよう」とか「Twitterはつぶれりゃいい」とか、両陣営から反対プラットフォームに対する批判や罵声が飛んでいますので、プラットフォーム自身がいくら“中立”を装ったところで、受け手はもうそうは受け取らなくなるという事態が進行しているように思うんですね。
──どっちがお好きです?
ザックとジャックならジャックですかね。
──どうしてですか?
ジャックは、一回お会いしたことがあって、スコット・モリソンがデザインしたという洒落たジーパンを履いて首からライカのカメラをぶら下げている、そういうカルチャー好きな人なんですね。彼が創業したSquareの理念も好きでしたし。一方、ザックには自分からするとどこにも興味をもてる要素がないんです。これは個人的な見解ですよ。といって、Twitterが大好きかと言われたら、そういうわけでもないですし。でも、ジャックには、それなりに好感もっています。
──なるほど。
いずれにせよ、パンデミック下でのミスインフォメーションの問題の対応として、FacebookもTwitterも、YouTubeも、かなりプロアクティブに、誤情報を削除するなどの手立ては講じてはいまして、これまで以上に社会的責任を果たそうという動きは見えたのですが、そうした動きは、やはりどうしたって、ある種の理念性の発動になってしまうので、中立的ではなくなるわけですよね。
というのも、いまの言説空間において、確定的な真実は存在しないわけで、「パンデミックはビル・ゲイツみたいな金持ちが起こしたものだ」というような言説だって、それを信じている人たちにとっては、それを“誤情報”と断定して検閲することは権利侵害に見えるわけですし、それをいくら「陰謀論だ」と言ったところで、相手方は、自分たちが納得できるだけの十分の根拠をもっていて、それでもって彼らのなかでメイクセンスしているわけですよね。
──中立とは何かと考えると、実に難しいですね。
そもそも「中立という立場が存在する」という考え自体がフィクションだったのかもしれない、ということを明かしたのが「ポスト・トゥルース」という言葉の真意だったのだとすれば、とっくに中立性というのは損なわれているのかもしれません。
──なるほど。
いわゆる“プラットフォーム”と言われるもののニュートラリティが、どんどん後退していく過程と同時進行で、例えばNetflixなりAmazonなりが、自社コンテンツをどんどんつくっていくようになると、これは結構ややこしいダブルスタンダードが存在することになってきそうで、コンテンツが増えて行けばいくほど、自分たちの立場というものが明確になっていくわけですから、それでいて「プラットフォームとしてニュートラル」という状態は並存できなくなっていくんだと思うんです。
──立場、ですか。
つまり木村花さんの一件で自分が気にしているのは、Netflixが「自分たちはプラットフォームとしてディストリビュートしているだけなので、制作サイドで起きた問題は無関係です」というつもりでいるのか(おそらく契約上はそういうことになっていそうな気もしますが)というところなんですね。
──どうなんでしょうね。
『テラスハウス』はもともとがフジテレビの制作物だったわけですが、問題になったシリーズは「Netflixオリジナル」ですから、出資もしているはずですし、漏れ聞こえてくる話によれば「Netflixオリジナル」については、詳細なデータ解析に基づいて脚本づくりに関与しているとも聞きますので、Netflix側の制作への関与がまるでなかったという気もしません。
スタッフクレジットを見るとNetflixの方がエグゼクティブ・プロデューサーになっていますので、実際どの程度現場にタッチしていたかは不明ですが、肩書き上は一番偉い責任者のようにも見えますよね。なんだかちょっと今回の事件に関しては、そっと身を伏せて嵐が過ぎ去るのを待ってるように見えてしまうんですね。
──データ分析に基づく作品づくりというのは、オリジナル作品制作に乗り出した当初から、かなり注力していたところですよね。
『テラスハウス』に関しては、これが世界的にカルト的な人気になったのは、これが、これまでの欧米のリアリティショーとはまったく違っていたからだと言われています。これはたしかプリント版の「NewsPicks」で読んだ記事だったと思うんですが、外国人記者が、『テラスハウス』の面白さはほとんど何も起きないことにあって、派手なビンタ合戦に明け暮れる欧米のリアリティーショーに飽き飽きしていた視聴者にとってそれがめちゃ“チル”だったことが人気の秘密だと書いていて、それは面白いなと思ったんです。コンマリ人気というのも同じで、要は、日本オリジナルのコンテンツのユニークさは、そのアンチクライマックス性、アンチドラマ性にあると言うんです。
──なるほど。
ところが、木村花さんの事件に関する報道を読むと、それがいつの間にか、欧米型の演出へとエスカレートしていったとされていますが、となると、そうやってエスカレートを要求していく圧がどこからかかったのか、ということはとても気になるところですよね。
──そうですね。
個人的には、もっとアンチクライマックスな方向に進んで、しまいには小津映画みたいな方向に進化していったら本当にカルトになったかもしれないなと思ったりします。
──テレビというものが結局視聴率の言いなりになっていってしまったことに対するつまらなさを、Netflixのような新たなチャンネルが風穴を開けていくということが期待されていたはずなのに、なんだか元の木阿弥という感じもしますね。
そうなんです。精緻なデータ解析に基づいた作品づくりというのは、最初はたしかに「すごい!」となったわけですが、個人的な意見としては、結局似たような作品しか生み出せなくなる隘路になってしまうように思えるんですね。つまりそれは過去のデータに対する最適化ということなので、新しいものを生む契機にはならないんだと思うんです。
Netflix’s next stage
ネトフリ、次の一手
とりわけ、Netflixについて言えば、オリジナル映画には、おそらく“これ”というヒット作がなく、とくにエンタメ系の作品ですと、どこかで観たようなシーンがつなぎ合わさっただけのどうにも凡庸な作品が多いんですね。で、おそらくは、それがデータドリブンな制作の限界なんじゃないかと思うんです。で、自分が見る限り、Netflixは、そのことをおそらくよく理解しているようにも思えるんです。
──そうですか?
これは多くの視聴者が納得するところかもしれませんが、Netflixの持ち味というか魅力は、実はデータドリブンなフィクションではなく、むしろドキュメンタリーや実録モノにあったりするんですよね。
──言われてみれば。
自分も、Netflixが好きなのは、おそらくこの部分で、音楽モノを含めて非常に優れたドキュメンタリーが多いんですね。COVID-19によるロックダウン中に世界を席巻した『タイガーキング』なんかは、そういう意味ではNetflixの面目躍如とも言える作品で、結局のところ、いくらアルゴリズムで精緻な物語をつくってみたところで、「事実は奇なり」には勝てないということなんだと思ったりもします。
──ドキュメンタリーは本当に面白いのが多いですよね。
これは、実際に数字でも出ていまして、〈Netflix’s best and worst programs, charted〉という記事では、Netflixの番組の評価は、ドラマは極端に低く、スタンドアップコメディのライヴドキュメンタリーがむしろ高評価で、2017年と比べると、配信本数もドラマが55%から45%へと10%も減っていて、むしろドキュメンタリーが15%も増え、リアリティーショーも含めると27%近くなっています。
──なるほど。
で、一方のフィクショナルなストーリーテリングに関していえば、Netflixの動きを見ていると、ブレイクスルーをもたらすのは、結局は才能のある監督やクリエイターだ、ということになるんだと思います。
──と言いますと。
今回の〈Guides〉のなかで、一番面白いのは〈Why France is so important to Netflix’s growth〉という記事で、これはNetflixにとってのフランス市場の重要性をレポートしているのですが、ここで問題となっている「フランスのマーケット」というのは、実はサブスクライバーのことではなく、クリエイターのマーケットのことを指しているんです。
──どういうことでしょう。
Netflixのグローバル化における約束は、世界中からサブスクライバーを獲得する一方で、アジアなりアフリカなり南米といった、これまでグローバルな視聴者を獲得することのできなかったローカルなクリエイターにグローバルオーディエンスへアクセスを与え、ローカルな産業を振興に貢献する、という点にあったわけです。
つまり、Netflixは、世界中のクリエイターをエンドースするというミッションももっているわけで、実際にNetflixを通じて、視聴者も、初めて、フィリピンのアクション映画や南アフリカのドラマ、ブラジルのドキュメンタリーといったものへとアクセスすることができるようになりましたし、そのことによって、おそらく国内産業のスタンダードを超えるような制作費がローカルなクリエイターにもたらされてもいるのだと思いますので、これは、すごくポジティブなことだと思うんです。とはいえ、それが、これまでのローカル産業を破壊するのではないかという懸念は常にもたれていまして、その急先鋒が、フランスの映画産業なんですね。
──なるほど。
フランスはいまだに世界最多の映画館数を誇る映画大国ですし、伝統と格式においても重要な聖地なんです。で、その中心に位置するメッカとして「カンヌ映画祭」があるわけなのですが、Netflixは、長いことそこから締め出されてきたんですね。
──どうしてですか?
簡単に言うと、映画館でかからない映画は対象外とするということです。これは、Netflixがオリジナル作品をつくりだした当初からアメリカでも揉めてきた点ですが、いきなり映画館チェーンをすっ飛ばしてオンラインで公開されちゃうと、映画業界としては困るわけですよね。一方、Netflix側が、そうした反発に対して、強硬な態度に出にくいのは、映画祭などから締め出されてしまうと、優秀な監督を呼び込めなくなるからでもあるんですね。
──たしかにそうですね。
Netflixのような完全にクローズドなSVODプラットフォームの当初からある問題は、Netflixでオリジナル映画を制作しても、監督のフィルモグラフィーにおいて、きちんとした評価が与えられなくなってしまうところなんです。
──そうですか。
自分のようにメディアに関わっている人間からすると、Netflixのオリジナル映画を紹介したり、批評したりすることが、どうしたってプラットフォームの宣伝になってしまうところで、シンプルに作家論なり作品論として提出することが難しいんですね。
──そうなんですね。
あまりうまく言えないんですが、例えばある映画を褒めたとして、それは「20世紀FOXがすごい!」って話にはならなかったものが、Netflixの場合、そうなってしまうところがあって、いわば作品と配給会社の関係性が近すぎちゃう感じがするんです。たとえば映画監督が自作をプロモートする際に、「最寄りの映画館でぜひ見てください」と語るのに対して、「Netflixでぜひ見てください」というのは、微妙な違いですが、ちょっと違和感ありますよね。で、そうした違和感が、優秀な監督を遠ざけてしまうのは、やはりNetflixにとっても得策ではないと思うんです。であればこそ、オリジナル作品を制作した監督やスタッフが、映画祭の舞台なりで、きちんと評価されるようになる、というのはとても重要なことなんだと思うんです。
──ふむ。
これ、音楽プラットフォームで考えるとわかりやすいと思うんです。レディ・ガガでも誰でもいいんですが、Apple Musicのお金でニューアルバムを制作して、Apple Musicの限定配信になってたらちょっと、というかだいぶイラっとしますよね。
──ビヨンセのアルバム『Lemonade』が、Jay Zがやっているストリーミングサービス「Tidal」限定配信(リリース当時)だったのは、ちょっとイヤでしたもんね。
そうなんです。
──ただ囲い込まれているようにしか見えず、監督としてのキャリアアップにつながらなかったら、いくら制作費を潤沢に与えられても、メリットが薄いかもしれませんね。
ですから、Netflixオリジナルで製作されたアルフォンソ・キュアロンの『ローマ』は配信と同時に劇場公開を行ったりと、Netflix側もある意味譲歩していく格好で、さまざまなハードルを下げていっていますし、「自分たちは敵ではないのだ」というアピールを時間をかけて地道にしていくことで、結果としてマーティン・スコセッシといった大物を呼び込めるまでにいたっているわけです。
ついこの木曜日にNetflixが、ハリウッドの名門映画館Egyptian Theatreを買収したというニュースが報じられましたが、これも賛否両論はいまのところあるのですが、100年近く続く歴史ある映画館を、自分たちの手できちんと存続させることができたら、映画界への貢献というアピールにはなるわけです。
──買収してどうするんですか?
この映画館は90年代からAmerican Cinematiqueという団体が運営管理してきて、一種の名画座のようになっていたそうですが、週末はこの団体が継続してプログラムの運用をするそうで、月〜木曜の平日はNetflixが自社のプレミア公開などで利用するらしいです。
──いずれにせよクリエイターに信頼されるのは、オリジナルコンテンツをつくるメーカーであれば最も重要な生命線ですよね。
そうなんです。とは言え、実際、やっぱりすごいんですよね。クリエイターの使い方が。単に贅沢なだけでなく、よくわかってるなという感じがとてもするので。
──そうですか。
オリジナル作品のサウンドトラックを手がけている人たちを見ても、わかってる人がアサインしている感じはすごくあるんです。結構先進的な人選だったりするんです。で、こういうところがやはりクリエイターを惹きつける一番の要因にはなっているんだと思います。結局のところ、いいクリエイターを惹きつけようと思ったら、もちろん制作費の大きさやオーディエンスの規模も大事なのですが、「クリエイティブな自由」がどれほどあるのか、というところが最も大事だと思うんです。その自由を責任をもって保証できるか、そこはとても大事だと思うんです。
──結局のところ、3,400万人が視聴したという大ヒット作『タイガー・キング』みたいなものも、「売れるからやろう」という感じでもないですもんね。
それは、まさにソーシャルメディアで何がバズるか予測がつかないのと近いんだと思うんです。「巨額の金を払っているんだから言われた通り売れるものをつくれ」というやり方をしていると、結局お金を持っているところが勝つチキンレースになってしまうので、そんなものを見せられても、視聴者からしたら、まったく嬉しくないですよね。
──COVID-19の影響で経済が落ち込むなか、Netflixは飛躍的にこの間成長したことが〈Coronavirus is propelling Netflix to new heights—but is a crash inevitable?〉でレポートされていまして、これを見ると一人勝ちで安泰、とも見えますが。
記事は、ロックダウンという環境のなかSVODチャンネルの優位性が強く出たと分析し、その上でNetflixの勝因を、そもそものコンテンツ量の豊富さと同時にインターナショナルなコンテンツの多さを挙げていますが、劇的な急成長がアフターコロナの生活のなかでも続くかどうかは、Netflix自体も警戒していることを明かしています。
──加えてAppleやディズニーも参入してきて群雄割拠という状態になるとしたら、今後、どういった展開になっていくんですかね。
これはまさに〈The newest streaming competitors worrying Netflix〉で明かされている通り、Apple、Disney+(ディズニー)、HBO、Comcast/NBCUniversalによるPeacock、新興スタートアップのQuibiなどが競合として挙げられていますが、どうなっていくんでしょうね。
Quartzは、アメリカのテレビコンテンツ業界は、今が第三世代であると区分けをして、時代ごとにメインのプレイヤーが変わってきているわけです。
第一世代が地上波で、そのメインプレイヤーはブロードキャスター、つまりテレビ局です。次に来たのがケーブルテレビ時代で、そこではケーブルチャンネルのプロバイダーComcastのような会社がメインプレイヤーです。で、今の第三世代はオンラインストリーミングに移行して、このメインプレイヤーとしてAmazonやNetfilxがのし上がったわけですが、上記の競合を見ると、それぞれがきれいに入り乱れているわけですよね。
──テレビ局もいれば、コンテンツメイカーもいれば、プロバイダー、デジタルプラットフォーマーもいます。
NBCやユニバーサルといったテレビ・映画制作会社がケーブルプロバイダーの傘下に収まり、ケーブルネットワークの1チャンネルでしかなかったHBOやディズニーのようなコンテンツメイカーが同じレイヤーにのしあがったり、というなか、Netflixはもともとビデオレンタルから始まっている会社なので、やはり相当異色ですよね。
──そうですね。
そのなかでNetflixが賢かったのは、やはりコンテンツこそがパワーの源泉になると考えてそこにどっと資本を投下したところにあるんだと思います。アップルは、ずっとコンテンツにちょっかいを出してきましたが、うまく扱ってこれませんでしたよね。
ポッドキャストの領域でアップルはオリジナルコンテンツをつくることを発表したりしていますが、これもSpotifyの動きと比べたら緩慢ですし、UIの観点からいってもApple Podcastは全く魅力がないし、Apple Musicの「Beats 1」などコンテンツは決して悪くないのに、いまひとつ煮え切らないんですよね。
──なんでなんでしょうね。
これは少し冒頭の話とも関わるのかもしれませんが、コンテンツに向かって行けばいくほど、ニュートラリティが損なわれていくという、その辺のバランスがうまく取れないんだと思うんですよね。その点、ディズニーやHBOは、コンテンツで勝負してきた会社なので、自分たちのスタイルや文法が確立していて、視聴者からすると継続してお金を払い続けることをしてもいいと思わせるだけの安心感がありますよね。
──そこでどういうものが見ることができるのか、期待値も明確です。
サブスクリプションビジネスというのは、おっしゃる通り、期待値のビジネスなんですよね。1年間毎月お金を払い続けるのは、今後「自分が観たいと思うものが観られるはずだ」と思うからで、その期待が明確であればあるほど強いわけです。
もちろん、そこには過去のアーカイブも含まれますので、サービスへの期待値ということで言えば、ディズニーにとっては鉄板で硬い商売ですよね。それはHBOも同様で、さすがにディズニーほどのパワーはないかもしれませんが、『ザ・ソプラノズ』から『ゲーム・オブ・スローンズ』までつくってきた実績を考えれば、何を期待していいかがわかりますよね。
──そうですね。
Netflixはそういう意味では、まだどの辺に期待値があるのかを測定している段階のように思うのですが、ドキュメンタリーというのが、ひとつの大きなファクターになるのはありえることかと思います。自分もやっぱりNetflixの好きな番組を列挙していくとほとんどがそうですし、ビヨンセからトラヴィス・スコット、テイラー・スウィフト、ボブ・ディランといったアーティストたちの音楽ドキュメンタリーは地味でも、期待値をつくってくれているように思います。
──そう考えるとAppleには、何を期待したらいいかわからないですね。
まあ、普通にハリウッド映画を観られるプラットフォームとしてはいいのかもしれません。が、それでは勝てない勝負だと踏んだからコンテンツビジネスに参入したのだと思いますけど、Netflixの成長を見ていると、ひとつのブランドとして多くの人の期待を集められるようになるには、やっぱり時間がかかるんだと思います。
どんなビジネスでもそうだと思いますが、1本ヒットが出ればブランドのファンになってもらえるというわけではないですよね。継続して、ファンの期待に応え続けた結果としてしか、“期待”をマネタイズすることはできませんから、地道にいい投資をし続けるしか活路はないと思うんですけどね。
──そう考えると、プラットフォーム戦争は、ある意味コンテンツ戦争になっていくんですかね。
最初にお話した中立性という話に戻りますと、結局のところ、無色透明な空間なんてないんだと思うんですね。AmazonにはAmazonの好き嫌いや判断基準のセンスがあり、Netflixには、またそれとは違うものがある。オリジナルコンテンツを扱わずとも、例えば西武百貨店と三越百貨店、あるいは、タワーレコードとHMVでは、同じものを売っていてもUI、UXの偏向があるわけですよね。
もしかしたら、それと同じことなのかな、という気もしますね。加えてそれぞれが、オリジナル商品で勝負しようとなれば、サイズは巨大なままでも、どんどんブティック化していくことになると思うので、そうなっていけばいくほど、ますます個性が重要ということになっていくような気もします。
──コンテンツの勝負ってところですかね。
“いい作品”と言ってしまうと判断が個人的になってしまうのですが、“時代を画する作品”を生み出せるかどうかが継続的にブランドパワーを発揮していくために重要なのではないかと思います。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。ポッドキャスト「こんにちは未来」では、NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設。
このニュースレターはSNS👇でシェアできるほか、お友だちへの転送も可能です(転送された方へ! 登録はこちらからどうぞ)。Quartz JapanのPodcastもスタート。Twitter、Facebookもぜひフォローを。