New Normal:夏の旅行は「ニアケーション」で

New Normal

新しい「あたりまえ」

Quartz読者の皆さん、こんにちは。毎週金曜日のPMメールは「New Normal」と題し、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、ヨーロッパの一部では解禁されることになった「観光」、そして旅行をテーマに、私たちが向き合う新しい「カタチ」を考察します。

REUTERS/Manuel Silvestri
REUTERS/Manuel Silvestri

ガラガラの空港、防護服を着用した客室乗務員、飛行機の乗客を対象とした搭乗前の血液検査…。その光景は、ほんの数カ月前の私たちの目には、まるでSF映画のようにしか映らなかったでしょう。

Instagram@pueyquinones
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過去20年間で、海外旅行者が2倍以上増えたグローバル旅行産業にとって、コロナ流行以前に議論されていた課題は「オーバーツーリズム(観光地への過剰な混雑)」への対応でした。

しかし、皮肉にも新型コロナの世界的感染拡大により、状況は一転。今年の海外旅行者は昨年比で60〜80%も減少(UNWTO)する可能性があるといわれています。

世界のGDPの10%を占める巨大な旅行産業に、短期間で莫大な影響をもたらした新型コロナウイルス。今後、「旅」のカタチは、どのように変わっていくのでしょうか?

Borders Open

国境を開放する欧州

世界各地の旅行産業が大打撃を受けているなか、特に大きな経済的打撃を受けると予想されているのが、世界の海外旅行者の約半数が訪れる欧州です。

その欧州の旅行産業にとって、繁盛期である夏のバカンスシーズンは目前。新型コロナ感染拡大を防ぎつつ、旅行産業を立て直すことは、欧州各国の経済にとっても非常に重要な問題になっています。

特に、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの、観光への経済依存度が高い南欧の国々にとっては、夏のバカンスの再開は死活問題。例えば、ギリシャの旅行関連の予約は通常、59%が7月~9月に行われています。

REUTERS/Alkis Konstantinidis/File Photo
REUTERS/Alkis Konstantinidis/File Photo

そこでイタリアは6月3日、ギリシャは6月15日に、一部の国からの入国者に対し国境を開放すると発表。フランスなども6月15日以降の、入国制限の緩和を目標としています。

With Virus

監視される「ウイルス」

一方で、国境が開放された際、旅行産業は新型コロナ感染を拡大させるスプレッダーにもなりえます。

こうした事態を防ぐために議論されている予防策が、「免疫パスポート」や「接触追跡(contact tracing)アプリ」などです。

免疫パスポートは、新型コロナへの抗体をもつ人の、活動の制限を緩和する証明書。英国に本社を置くスタートアップBizagiは、デジタル版の免疫パスポート「CoronaPass」を開発しています。しかし、欧州委員会委員のStella Kyriakidesは、EU圏内で国境制限を解除した際、こうした免疫証明書は信用ができず、頼りにしないと発言しています。

一方で、欧州は国境再開にあたり、接触追跡アプリの効果に期待を寄せています。このアプリは感染者と接触があった場合スマートフォンに警告を受ける仕組みで、検査や自主隔離を促し、感染拡大のリスクを抑えることができます。欧州各国でも実用化に向け開発が進んでいて、アイスランドではすでに国民の40%が接触追跡アプリを使用しているといいます。

ただ、ユーザーが外国の旅行先で自国のアプリを使用した際に正確に作動するのか、プライバシー侵害への懸念、といった問題点も指摘されています。

現在、英国やフランスでは、接触履歴などのデータを政府が一元管理する方針の「中央集権型」が開発されています。また、データを各スマートフォンに保存ができ、政府による監視の心配が少ない「分散型」を、オーストリアなどは採用しています。

欧州委員会のグループeHealth Networkは、「各国はどのアプリの構造(分散型、中央集権型)を選択しても、ユーザーが他国でもスムーズに使用できるように、他国のアプリとの相互運用性を備える必要がある」としています。

Staycation and Nearcation

夏の旅の「トレンド」

REUTERS/Costas Baltas
REUTERS/Costas Baltas

こういったなかで、プライバシー侵害やウイルス感染の危険を冒さずにすむ“国内旅行”が、旅行産業においていち早く回復すると予測されています。

旅行業界に特化したデジタルマーケティングプラットフォームのプロバイダーSojernで、欧州・中東・アフリカ・アジア太平洋地域のバイスプレジデントを務めるChris Blaineは、同社が5月中旬に集計したデータをもとに、こう予測します。

「今年の夏は、ニアケーション(近場への旅)がトレンドとなるでしょう。欧州と北米地域では毎週、15日以上の長期宿泊ができる宿を探す人が増えています。自主隔離ができ、日常とは異なる場所でリモートワークをしたい、という考えが表れているのかもしれません」

また、スイスのホスピタリティ経営学校、ローザンヌ・ホテル・スクールの元教授James Holleranも、「万が一、ウイルス感染拡大の状況が急変したときに、安全に帰宅できる自動車での旅行が人気となるでしょう」と、述べます。

もっとも、予想される国内旅行の巨大ブームは、すべての国に等しく影響を与えるわけではありません。

投資顧問会社BernsteinのアナリストであるRichard Clarke(リチャード・クラーク)のレポートは、予測というよりも「思考実験」である旨を注記した上で、「もし、海外旅行への需要がそのまま国内に向いた場合」、どの国が恩恵を受けるのか、あるいは苦しむのかを示しています

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In France

国内旅行を促す

実際に、フランスでは、政府や旅行産業従事者が、国民を地方に引き付けようと尽力しています。

同国のヨーロッパ・外務大臣付副大臣Jean-Baptiste Lemoyneは、国民が「フランスの豊かな観光産業に気づいてもらう機会」と発言。旅行産業従事者もTwitterで「#CetÉtéJeVisiteLaFrance(私は、この夏はフランスを訪れる)」というハッシュタグとともに美しい写真を投稿し、積極的に国内旅行を宣伝しています。

Twitter
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こうした活動が成功したならば、通常、夏に海外でバカンスを過ごしていた900万人のフランス人を国内に引き付け、経済活動にプラスの効果をもたらす可能性があります。

AirbnbのCEO、Brian Chesky(ブライアン・チェスキー)も、旅行メディアSkiftへのインタビューに対し、これからの旅行産業においては、「旅の再分布」が起きるだろうと答えています。同氏は、コロナ拡大の影響により、従来の都市への宿泊から、地方での長期滞在をする旅行者が増える動きが加速しているとしています。

On Business

ビジネス旅行は慎重に

一方、ビジネス旅行(出張)はどうでしょうか?

前述のChris Blaineはこう予測します。

「ビジネス旅行は、時間をかけて回復していくでしょう。GoogleやFacebookなどの企業はWFH(Work From Home)を、今年末まで可能としています。こうした動きは、ビジネス旅行の回復にも影響がでるでしょう。また、いくつかの国で実施されている入国者への隔離措置は、ビジネスのために入国した人々にとっても非常に困難となります」

「さらに企業は、従業員の出張に際し、 “安全第一”な方針をとるでしょう。例えば、リスク分析、企業保険の見直しなどです」

また、前出のローザンヌ・ホテル・スクールのHolleranはこう語ります。「出張コスト削減ができる利点と、Zoomなどといったリモートで仕事ができる環境が整ってきているので、しばらくのあいだ、ビジネス旅行には大きな変化が見られるでしょう」


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