Millennials:「正義」のキャンセルカルチャー

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Quartz読者の皆さん、こんにちは。ソーシャルメディアが誕生して以来、“言論の自由”はいつしか、違う方向へと向かっているかもしれません。今回は、その典型的な例となる「キャンセルカルチャー」について考えていきます。

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ソーシャルメディアの発達により、誰もが簡単に自分の意見を投稿し、オンライン上で議論できるようになりました。オープンな意見の交換が進む一方で、今、とくに若い世代の間で広まる「キャンセルカルチャー」が問題視されています。

キャンセルカルチャーとは、一種の「オンライン・シェーミング」(オンライン上で侮辱すること)で、有名人(芸能人やインフルエンサーなど)や企業の過去の発言や行動を掘り起こして問題視し、彼らへの支持を取り消す(キャンセルする)現象のこと。前後の文脈や時代背景を無視して徹底的に糾弾するという流れがあり、通常は、ソーシャルメディア上で集団になって行われていると指摘されています。

米国では、不快だと判断した有名人やブランドを取り上げ、ソーシャルメディア上でハッシュタグを付け呼びかける運動をよく見かけます。

公人の立場を理由に信用を失墜させることを目的とした過激な行動が特徴ですが、フランス語では、文化に対するボイコット自体を指すとされています。オランダの社会学者エリック・C・ヘンドリクス博士は、「(少しずつ浸透し始めているが)1年前にはオランダでは考えられないことだっただろう」とも述べており、キャンセルカルチャーは米国を中心に起きているものだとも指摘されます。

You’re canceled

もう「受け付けない」

キャンセルカルチャーは特にこの5年ほどで拡大し、その動きはある種パターン化されるほどになりました。主に、人種差別や性差別といったものがトピックになることが多い傾向にあります。

ここ最近でターゲットになったセレブリティには、R.ケリーカニエ・ウェストスカーレット・ヨハンソンジーナ・ロドリゲスなど。映画監督のウディ・アレンやハリーポッターの作者であるJ.K.ローリング、バンド「The 1975」のマティ・ヒーリーなどさまざま。ケビン・ハートシェーン・ギルスのようなコメディアンは、ソーシャルメディアのユーザーによって、彼らが過去に行った同性愛嫌悪や人種差別的なジョークが発掘され、ターゲットになっています。

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ひとたびターゲットにされると、ソーシャルメディア上では「You’re cancelled」(「もう終わりだ」「ないわ」といったニュアンス)との投稿が相次ぎ、“拒否”されます。こうした“キャンセルする行為”が若者の間でも広がりやすいのは、ひょっとするとウェブサービスへの登録を解除・解約する感覚に近いものがあるからかもしれません。

そもそも誰かを「キャンセルする」という表現がメディアに登場したのは、1991年に公開されたギャングスター映画『ニュー・ジャック・シティ』だったのではないかと、Voxでは述べられています。この映画のあるシーンで、ウェズリー・スナイプス演じるニノはガールフレンドに対し、“Cancel that bitch. I’ll buy another one.”(その女はもういらない。別のを買ってやる)と言い捨てるシーンに言及しています。

また、2014年12月に放映されたVH1のリアリティ番組「Love and Hip-Hop: New York」から流行するようになったとも言われています

BE WOKE?

SNSの暴力

キャンセルカルチャーが生まれた背景には、人が情報によりアクセスしやすくなり、同性愛嫌悪や人種差別をはじめとするさまざまな社会問題に触れる機会が増えたことがあると指摘する声もあります。自分自身を“より賢くなった”と認識した人たちは、ソーシャルメディアを駆使して声を上げることを“正義”につながる行為だと自覚する、というわけです。

しかし、このキャンセルカルチャーが本当に社会にとって必要なものなのか、そして、社会をよくするものなのか、潜在的に悪い行動を抑制することに繋がるのかなど、考え方そのものに対する疑問が取り沙汰されています。

オバマ前大統領は2019年10月29日、オバマ財団サミットにおいて、アクティビズムについて若いリーダーたちと議論している際に、他人について可能な限り批判的になることが変化をもたらす方法だという考えがソーシャルメディアによって助長されている現状について、“woke(社会的不公正や人種差別に対して敏感であること)”な若者に対し、異議を唱えました

「今、ある特定の若者のあいだで起こっていることに対し感じることがあります。ソーシャルメディアによって加速されているのですが、彼らには『できるだけ他人を決めつけたり批判し、変化を生み出そうとする』という感覚が時々あります。しかし、それはアクティビズムではありません」

REUTERS/Lim Huey Teng
REUTERS/Lim Huey Teng

「一方的に石を投げることしかしていないのに、そこから何も生み出されることはない」。そう、オバマ前大統領は訴えかけたのです。

また、Z世代を代表するセレブリティ、ウィロー・スミスはRed Table TalkJuneteenth特別エピソードで、キャンセルカルチャーにについての考えを共有しました。ブラック・ライヴズ・マター運動における公共の場での行動について、ウィローは「他人を貶めることが、何か意味のある変化につながるとは確信していない」と話しました。また、「もし私たちが本当に変化を求めているならば、キャンセルカルチャーは学ぶことにはつながらないような気がする」とも述べています

カリフォルニア大学サンタバーバラ校でアフリカンアメリカの言語学を担当するアン・チャリティー・ハドリーは、Voxに対して、「キャンセルカルチャーは、キャンセルすること自体が力をもっているため、あえて構造的な不平等を変えていくような積極的で能動的な力は必要ない」と述べます。「キャンセルすることに、世論のすべてを変える力はありません。しかし、個人として、実ははかり知れないほどの力をもっているのです。つまり、『私には何の力もないかもしれませんが、無視する力はあります』ということです」

また、ソーシャルメディア上では“参加すること”が重要視されます。そのため、個人が意見を述べ賛同あるいは拒否することが、より重要だとみられる風潮があるのかもしれません。特に若い世代には、有名人や企業が自分たちの行動に対して、公に責任を負うことを求める傾向がありますが、それらがキャンセルカルチャーを助長している可能性もありそうです。

Fastcompanyでは、「ポジティブなものでもネガティブなものでも、強烈な感情反応を引き起こすコンテンツはバイラルになりやすく、ユーザーの好みに関する詳細な情報に基づいてつくられるアルゴリズムによって同じ怒りの声を持った同志を集め、リーチを広げていくことでエンゲージメントへと繋げられる」とも述べられています

take back

キャンセルからの復活

「キャンセル」された人物を取り上げて注目を浴びる場合もあります。

たとえば、ケビン・ハートが2019年のアカデミー賞の司会を務めることが発表されると、Twitterユーザーは2009年から2011年までの彼の一連のホモフォビア(同性愛嫌悪)に関連したツイートを掘り起こし、共有し始めました。当時、ハートが同性愛についてツイートしていたことに気づいていた人は、ほとんどいませんでしたが、彼が自身のInstagram上で反論したことが怒りを買い、結局、司会を辞退することになりました。

ケビン・ハート。REUTERS/Mario Anzuoni
ケビン・ハート。REUTERS/Mario Anzuoni

しかし、Netflixは、ハートの論争があった後、2つの番組で彼を起用することに決めました。それには、ハートのコメディには視聴者がいることを知っていたということ、そして、彼がキャンセルされたという事実が彼をより魅力的な存在にしていたからという理由が指摘されています。

つまり、物議を醸しているブランドや個人と手を組むことでキャンセルされたものを「取り戻す」といった、奇妙なマーケティングも行われているのも事実です。

Company cares

振り回される企業

企業やブランドも、キャンセルカルチャーによって謝罪を迫られる機会が増加しています。

最近起こったものだと、131年もの歴史をもつパンケーキ製品のブランド「Aunt Jemima(アント・ジェミマ)」は、人種差別的なステレオタイプを植え続けたとして非難されました。そのため、 米ペプシコ傘下のクエーカー・オーツは6月17日、同ブランドを段階的に廃止すると発表しています。同様に、黒人のキャラクターを使用した「Uncle Ben’s(アンクル・ベンズ)」と「Mrs. Butterworth’s(ミセス・バターワース)」もキャンセルの標的になっています

REUTERS/Brendan McDermid
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YPulseの調査によると、Z世代とミレニアル世代の若い消費者の69%が「ブランドは、政治的に正しいものであるために努力をする必要がある」と考えていて、65%が「自身のサポートする考えに反対するブランドを積極的に避ける」ことがわかりました。また、透明性と説明責任を求めており、両世代の57%がミスを犯したことに対して正直であることで、ブランドをより信頼していると回答しています。

さらに、13~39歳の10人に9人近くが、社会貢献活動を行っているブランドの製品にお金を使うとより気持ちがいいと回答しています。つまり、企業やブランドは、常に若い消費者の声に耳を傾け続け、キャンセルを回避していかなければなりません。若い消費者は、ソーシャルメディア上でブランドに何を期待しているのか、何が重要なのか、どこを改善すればいいのかについて、声を大にして話してるのです。

しかし、別の視点からすると、声が公になるソーシャルメディアの発達によって企業やブランドが消費者に振り回されているということとしても捉えられるでしょう。

Cancel, cancel culture

「取り消し」不可

Harper’s Magazineは今月、キャンセルカルチャーの運動を非難し、それをキャンセルすることを呼びかける公開書簡を発表。書簡には、#MeToo運動の行き過ぎを懸念し、ソーシャルメディア上でも論争になった作家のマーガレット・アトウッドやJ.K.ローリングなど、約150名の署名が書かれています。ただ、一部ではこの書簡が非常に「曖昧」だとも言われています

J.K. ローリング。REUTERS/Neil Hall
J.K. ローリング。REUTERS/Neil Hall

多くのTwitterユーザーはこの公開書簡に反応していますが、フォロワー数が50万人近くいるCoolQuit.comのCEOであるユージン・グーは「この手紙の署名者の多くは…自分たちのために言論の自由を信じており、自分たちに同意しない人たちには恐ろしい結果をもたらすと信じている」と述べました。つまり、人種差別、性差別、同性愛嫌悪は他人を差別するものであって言論の自由ではない、ということを意図しており、この書簡に対してはあまり好意的ではないようです。

しかし、多くのセレブリティや有名人にとって、ソーシャルメディアという見えない暴力によって誰かを非難してこき下ろす行為は、すでに“お腹いっぱい”。イーロン・マスクは、彼のガールフレンドであるグライムスの母親とのTwitterでの確執を受けて、インターネット上に蔓延するキャンセルカルチャーの終焉を求め、“Cancel Cancel Culture!”とツイートしています。

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テイラー・スウィフトは、2016年、カニエ・ウェストの楽曲「Famous」を巡って「嘘つき」呼ばわりされました。その後、ソーシャルメディア上には#TaylorSwiftIsCanceled#TaylorSwiftisOverParty といったハッシュタグが蔓延し、彼女をひどく傷つけることになります。こうした自身の経験から、キャンセルカルチャーに対して、「ターゲットはTV番組ではなく、人間なのです。あなたはその人に、黙れ、消えろ、あるいはひょっとしたら、死ねとも受け取られるような大量のメッセージを送っているのです」と、VOGUEのインタビューに答えています。

REUTERS/Mike Blake
REUTERS/Mike Blake

「言論の自由」が、ソーシャルメディアによってさまざまな解釈を生み出しているのも事実です。私たちは、まず、ソーシャルメディアの扱い方を考えていかなければならないのかもしれません。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. フードロスを減らすスタートアップ。米・シアトルを拠点とし、スーパーマーケットや食料品店の在庫管理を最適化するShelf Engine(シェルフエンジン)は、生鮮食品の需要予測を提供することで、食品廃棄物の問題に取り組んでいます。このビジネスモデルはすでに北西部の約400店舗で成果を上げており、現在はさらに1,200万ドルの資金調達をして市場に投入しているといいます。
  2. 新しいレジ袋を開発するために。Walmart、Target、CVSは、使い捨てレジ袋を再発明する計画である「Beyond the Bag Initiative」を発表しました。この3社が新しいイニシアチブを主導しており、KrogerとWalgreensも署名しています。プロジェクトでは1,500万ドル(約16億円)の投資を約束し、パートナー企業は起業家や発明家を募り、(米国では毎年1,000億枚のプラスチック袋が使われていますが)新しいアイデアを提案しています。
  3. パンデミックで中絶薬の需要が高まった。人工中絶薬を提供しているAid Accessによると、3月20日から4月11日のあいだ、通常よりも27%の出荷が増えたことを報告しました。「大幅に増加」した11の州では、ニューヨーク州やワシントン州のようにコロナウイルスの発生率が特に高いか、クリニックでの中絶がコロナウイルスの影響で制限されていることが理由と考えられます。
  4. ラグジュアリー界の新しい試み。オンラインサイトModa Operandi(モーダ・オペランディ)」が、新しいビデオショッピング機能「Moda Live」をスタートしました。デザイナーのトランクショーやプライベートショールームの訪問を対面とオンラインで行う独自のプレゼンテーションをしていた同社は、パンデミックの影響でその機能が一部休止。そのため、中国で大きなマーケットになりつつあるライブストリーミングに今回、参入するかたちとなりました。

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