Wednesday: Africa Rising
躍動するアフリカ
Quartz読者のみなさん、こんにちは。アフリカの人口220万人の貧しい小国にとって、大麻は国を挙げて取り組む一大ビジネスにもなります。レソト王国の大麻栽培農場からのレポートです。英文記事はこちら(参考)。
その日、私は標高2,500メートルに位置するマラカベイ村で夜明けを迎えた。南部アフリカの内陸部、レソト王国の人里離れた高地の朝に牛は鳴き、焚き火の煙が急斜面に建つ家々の上に立ち昇っている。山の頂上に向かってロバの歩く小道が曲がりながら続いていくのが見える。
そこで働く人たちが歩いているのが目に入る。青は建設用、緑は栽培用とそれぞれの役割を示す色のオーバーオールを身につけ、道の終点では生体認証スキャナーに親指を押し当て、別世界へと足を踏み入れている。
ここにあるのは、レソト最大の商業大麻農場。生体認証スキャナーの向こうにはテニスコートほどの大きさのビニルハウスが十数棟建ち並び、温度や光、湿度を完全にコントロールされた環境で薬用大麻を栽培している。ハウスの周囲にはフェンスが張り巡らされ、ガードポストが配置されている。丘の中腹を切り開いた道路ではトラクターが土砂の山を運びながら行き来をしている。
この農場は、アフリカ最貧国のひとつであるレソト王国の運命に革命をもたらす可能性の象徴だ。
licenses to set free this country
カンナビスライセンス
2017年、レソトはアフリカで初めて薬用大麻の生産ライセンスを発行した国となった。早くも2018年には国際的な投資が始まった。ここで生産されたものは世界中の企業に輸出され、大麻製品に加工される。カナダやニューヨークの証券取引所に上場している世界最大手の大麻企業のいくつかは、この国の始まったばかりの産業に投資し、現地企業と数百万ドルのパートナーシップを組んでいる。レソトは標高が高く、ダム設備も整っているため豊富な水資源があるので、栽培には理想的な環境にあるのだ。
2018年3月には、カナダ企業Supreme Cannabisがマラカベイ村を拠点とする企業Medigrow(現MG Health)に1,000万カナダドル(約7.85億円)を投資した。その直後、同年5月にはカナダの巨大企業Canopy Growthが地元企業のDaddy Cannを買収するために2,100万ドル以上(約22億円)を支払った。同じ月には、カナダ企業Aphriaが300万ドル(約3.2億円)相当を費やし、Verve Dynamicsとの合弁会社を設立している。
2020年4月、Canopy Growthはレソトおよび南アフリカでの事業からの撤退に合意し、全事業の所有権を現地企業に譲渡しようとしている。とはいえ、120億ドル(約1.26兆円)規模ともいわれる大麻産業がこの国にもたらすインパクトは決して小さくはない。レソトの人口220万人のうち80%が自給自足の農業に依存しており、その生計は頻発する干ばつによって不安定だ。かつてレソトの男性は、隣国の南アフリカの鉱山に出稼ぎし仕送りをしていた。が、アパルトヘイトの終焉以降、南アフリカは鉱山業において自国の労働力を優先するようになった。仕事は枯渇し、自国の経済は停滞している。レソトでは無料の初等教育が普及しているおかげで、非常に識字率が高い。しかし、仕事はない。
商用大麻は、これを変える可能性を秘めている。「大麻はこの国を自由にしてくれる」と、レソト開発計画省のエコノミスト、エマニュエル・レテテ博士は言う。「この国は山岳地帯ゆえに、地理的な条件からアグリビジネスの機会を逃していた。しかし、今、その高度こそが、幸運への鍵となるかもしれない」
もっとも、その方法にはリスクが伴う。
レソトは国家レベルでマネジメントが不徹底で、汚職がはびこる可能性が高い。栽培ライセンスの交付においても、能力ではなくコネに基づくものだったとする疑惑が横行している。最初のライセンスが付与されてからまだ2年も経っていない。にもかかわらず、そのプロセスは混迷を極めている。政府自身もライセンスの発行数を把握していないため、その価値は下がり、投資の妨げにもなっている。
政府はこの混乱を解消しようと躍起になっている。レソトにとっても、新しい大麻産業にとっても、物事を正すことは大きな賭けなのだ。
children of marijuana
大麻の子どもたち
マラカベイの住民にとって、Medigrowの登場は革命的なものとして受け入れられた。レソトで創業したこの企業は、2019年、地元住民350人以上を雇用し、実に7割がこれまで職に就いたことがないという彼らに定期的な収入を約束した。同社は2021年までにビニルハウスを96棟にまで増やし、村全体を雇用する計画をもっていると、同社CEOのアンドレ・ボスマは言う。
この日の午後、Medigrow従業員のツェリサ・ボーロコは会社支給の作業服を着て、トラクターを運転していた。自らが得た新しい仕事について訊ねると、彼は「私には新しい夢がある」と答えた。ボーロコは、自分の家を建てるつもりだと言う。それも、電気の使える大きな家だ。「上司の家よりも大きいのがいいな」と、彼は笑う。
別の従業員、イトゥマレン・トルハカネロは、農場で「栽培者」に昇進した最初の生粋のレソト人スタッフだ。前任者は皆外国人で、その多くは南アフリカ人だった。彼女は、地元生まれの同僚が担当している水やりなどの日常的なルーティンではなく、親株から挿し木をして新しい株を育てるトレーニングを受けてきた。彼女は新しいクルマや子どもたちの新しい服を手に入れられると言う。「大麻があれば、どこへだって行ける」
20年近くレソトの国政にいたレソア・レホーラは、この国と大麻との歴史について語るとき、政治家らしい思慮深さをもってする。レホーラはレソトが独立した1966年からこの国の政治に積極的に参加し、軍事政権が終わった1993年の終わりから2012年まで大臣を歴任した。
レホーラは説明する。レソトは新たな大麻栽培地として国際的に注目されているが、大麻そのものはこの国のソト族(国民の99.7パーセントを占める)にとっては目新しいものではない。レソトの人々は頭痛からインフルエンザ、赤ちゃんの疝痛まで、病気の治療薬として伝統的に大麻を煮たり、挽いたり、醸造したりしていたと言う。
しかし、イギリスの植民地主義はソト族の土地の多くを奪い、大麻使用を禁止した。1868年、ビクトリア女王はアフリカーナー(南部アフリカのオランダ系住民)との条約に合意し、長年の領土紛争を終結させたが、ソト族の伝統的な土地の半分がペン一本でアフリカーナーの手に渡ることになった。
しかし、ソト族は自分たちの土地やマテコアン──現地のことばで「大麻」の意──を失うことを決して受け入れなかったと、レホーラは言う。「失われた土地、そしてマテコアンを取り戻さなければならないという主張には、レソトの誰もが同調した。(英国との合意は)ただの押し付けだった」
歴史的な伝統だけではない。この国と大麻の深い関係性には、ここに暮らす人たちの家計レベルの話も含まれる。レソトでの大麻は、農家にとって学費を払ったり医者にかかったりするのに必要な現金収入源になる。
レソトの国会議員サム・ラパパは、違法な大麻生産が日常的に行われているマポテング地区で生まれ育った。彼の母親は自給自足の農家で、父親が亡くなったのち大麻栽培を始め、南アフリカの密輸業者に大麻を売っていたという。ラパパ曰く、そのときの収益は彼と彼の兄弟の教育資金になった。彼はいわゆる「大麻の子ども」のひとりで、弟の現教育大臣もそうだ。
小規模での大麻栽培は、依然として犯罪行為だ。2008年に制定された乱用薬物法で、保健省の許可を得て大麻を栽培することができるようになった。国際的な企業は関心を示したが、この法律を有効に運用する法整備が整ったのは10年後のことだ。
地元民にとって問題なのは、当初無料で手に入ったライセンスが有料になり、政府は3万5千ドル(約370万円)相当の手数料を課していることだ。
現在も闇市場で取引をしている全国の小規模生産者は、自分たちの作物がなぜ商業栽培されている植物と一緒に加工されて合法的に輸出されないのかと、疑問を抱いている。
それには理由がある。国際カンナビス・カンナビノイド協会(International Cannabis and Cannabinoids Institute)の政府担当ディレクター、トーマス・サディレックは、地元の小規模生産者の大麻を国際市場で販売することはほぼ不可能だろうと言う。薬用大麻には品種の一貫性が必要だ。無農薬かどうかも問われる。「医療用大麻については、自分が栽培しているものが“100パーセント確実”だといえる環境をつくらなければならない。そしてそれは、個人農園ではとても容易ではない」
not for money, it’s creating jobs
コミュニティに雇用を
MedigrowのCEO、アンドレ・ボスマは、マセルにある彼の役員室の窓から午後遅くの日差しが差し込む中、自身の立てている計画の概要を説明してくれた。同社は、最終的に、ここで働く意思のあるマラカベイ住民全員を雇用したいと考えていると、彼は言う。
まずは英語ができる人を採用する。基礎的な語学レベルがあれば、語学教室の授業料を追加で支給するなどのサポートを行う。この村には文字を読めない人たちもいるが、Medigrow社員の毎日の食事に必要な野菜を供給する農場を設立することで、ハイテク大麻農場で働くのに必要な教育を受けていない彼らの雇用も創出したいと考えている。
「私を動かしているのはお金ではなく、雇用を生み出すことだ」と、ボマスは言う。「この製品は人々の生活を変え、痛みを和らげることができる。だから私たちも、顧客の生活をよりよくしようと考えるし、ソト族の生活を変えていきたいと考えている。何世代にもつながるビジネスを築くのだ。私たちは、手っ取り早くお金を稼ぐためにここにいるのではない」
一方、財務相のモエケシ・マジョロが描くのは、商業用大麻企業が地元コミュニティとパートナーシップを結ぶ姿だ。土地はコミュニティの手に残るべきであり、決して買われるべきではないと。マジョロは言う。彼は、土地所有者は企業の筆頭株主になるべきであり、コミュニティは大手企業とのジョイントベンチャーを形成すべきだと考えている。
「コミュニティは“儲かりすぎて笑いが止まらない”ようになるべきだ」と、マジョロは言う。「そうしてはじめて、そこには銀行ができる。もっとも、そうなれば笑ってはいられないだろうが」
2018年2月に保健相に任命されたンカク・カビは、レソトの大麻業界の若き中心人物だ。保健省は、薬用大麻の生産ライセンスの発行に責任をもっている(その権限は、新たに結成されたレソト麻薬局に移管される過程にある)。
カビは、当初のライセンス発行プロセスが無秩序だったことを認めている。「当時、私はライセンス発行の権限をもちながら、自分が何をしていたのか理解していなかった。書類が回ってきたのでサインをしただけだった」と彼は言う。しかし、政府は事態を一掃しようとしている。「いまは、これが最大の産業であることを知っている。他の鉱業よりもさらに大きい」と、同国のダイヤモンド鉱山に言及したカビは、「慎重に扱わなければならない」と語った。
giants sweep up every license
自立への道
その道のりは、始まりこそ平坦ではなかった。2008年の薬物乱用法はライセンス下での大麻生産を合法化したが、その後、この事実はすっかり忘れ去られてしまった。無料で取得できるライセンスは、役人を買収できる資金をもつ者だけに与えられたと述懐する保険相経験者のことばもある。現在のところも、現職の保険相自身、どれだけのライセンスが割り当てられたかについて明確にしていない(30〜40件だと推定されている)。
しかし、2018年には法規制が整った。政府は混乱を一掃しようとしている。もっとも、混乱の中でビジネスの機会が失われるのではないかと危惧する声もある。
ライセンスの割り当てに携わってきた南アフリカの弁護士アルバートス・クラインゲルは、レソトの大麻産業に投資したいと考えている世界中の企業から声をかけられている。現時点においては、彼らは政府と直接交渉してライセンスを取得できずにいることに苛立ちを感じているという。保健省は、これまでのライセンス保持者を調査する期間、ライセンスの新規発行を停止しており、ライセンスを求める人たちは地元業者との交渉を余儀なくされている。
「彼らはプレミアムを支払わなければならない」と、クラインゲルは言う。2019年1月の時点で、仲買人からライセンスを購入する際の相場は2,000万~2,500万ランド(約1.2~1.6億円)で、公式の手数料と比べてはるかに高額だと彼は言う。
一方、次のような声もある。保険相のカビの指摘だ。「気をつけなければならないのは、イギリス、アメリカ、カナダからやってきた巨人たちが、ソト族が権利を手にするのを待たずにすべてのライセンスを手に入れてしまうことだ。我々は、戦略的にソト族を包摂する方法に取り組んでいる」
また、ライセンス料は2018年5月現在、値上げされている。ライセンス保有者はすべて支払いを求められており、これは、若き保険相にとって課題となっている。つまり、「支払い能力をもたない地元住民からライセンスを取り下げるべきか?」という問題だ。
「彼らソト族の人たちが50万ランドを調達できないでいるのは、ジレンマだ」と、彼は言う。「もっとも、50万ランドを調達できずして、どうやってこの業界を運営していけるというのか。これは小心者の業界ではなく、巨大な産業なのだから」
headlines from Quartz Africa
今週のヘッドライン
- 倫理なき国境線。COVID-19の感染拡大を防ぐべくアフリカ諸国が国境を閉ざしているなか、米国は各国への強制送還を続けています。調査によると、コンゴ、リベリア、ナイジェリアが20人ともっとも多く、エジプト20人、ガーナ16人、セネガル13人と続きます(期間は3/1〜6/20)。米国のカメルーン・アメリカカウンシルは、パンデミック下での米国の態度を「人種差別的で無謀な振る舞いだ」と非難しています。──July 28
- サプライチェーンを取り戻せ。パンデミックは、生産拠点を一国に集中させてきたグローバル経済の脆弱さを明らかにしました。アフリカ大陸におけるサプライチェーンを再構築すべく、研究者・実践者を育成する新たな拠点がガーナに設立され、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)から1,500万ドルの支援を受けることになりました。──July 27
- インターネットの権利。7月23日、エチオピアのインターネットは23日間の遮断を経て、ようやく完全に回復しました。このシャットダウンは先月のエチオピア人歌手殺害に起因する抗議活動に政府が反応したものとされています。エチオピアはその人権軽視が問題視されており、Access Nowの調査によると、同国最大の人口を有する南部オロミア州では直近3か月で12回以上、ネット回線が不通になっているといわれています。──July 24
- ケニア、フィンテック規制へ。ケニアの中央銀行が提案している新法案が承認されると、同国のデジタルレンディング(電子融資)企業は、貸出金利の引き上げや新商品販売の際に中央銀行の承認を必要とすることになります。同国ではオンライン・担保不要のデジタルレンディングが成長していますが、その便利さゆえに個人の負債が急増しているとされています。──July 23
(翻訳・編集:年吉聡太)
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