Guides: #15 エルダーケアの再生

Guides: #15 エルダーケアの再生

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Quartz読者のみなさん、こんにちは。週末は米国版Quartzの特集〈Guides〉から、毎回1つをピックアップ。世界がいま注目する論点を、編集者・若林恵さんとともに読み解きましょう。

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──お疲れさまです。今回でこの連載も、はや15回です。

早いですね。あっという間です。『Quartz』のUS版の特集〈Field Guides(Guides)〉を解説するという趣旨でスタートしたものではありますが、こうして回を重ねてみて改めて驚くのは、アメリカで組まれる特集であるにもかかわらず、日本で起きている問題と完全にリンクしているということで、COVID-19の影響がグローバルなものであればこそ、それも当たり前と言えば当たり前なんですが、日本固有の問題と思われるようなものも、もちろん問題の噴出の仕方や世間の反応などは違うにしても、必ずしも日本ローカルのものではなく世界的な問題なんだなと思うことが多いですね。

──ほんとですね。特に直近の「中国」「アンチレイシズム」「メンタルヘルス」「通勤」といった主題は、日本でも避けては通れない課題となっていますしね。そして、今回は特集のお題は「エルダーケア」ですから、ここについてはむしろ日本は先陣を切っていないといけない領域ですよね。

そうですね。実はQuartzにはパンデミックの前からこのエルダーケアの問題に取り組んでいる熱心な記者さんがいまして、彼女が1月に出した記事は「エイジングのコスト」をさまざまなスタッツとともに検証した記事なんですが、「数字で見る高齢化」というパートがありますので、主にアメリカのいまの状況を概観するためにもちょっと出しておきましょうか。

──あ、いいですね。

  • 22%:2050年に世界の人口において60歳以上が占める割合
  • 4億人:2050年の中国における60歳以上の人口
  • 1万人:65歳を迎える1日あたりのベビーブーマーの数
  • 2030年:65歳以上の人口が18歳以下の人口を超えると推定される年
  • 600万人:アメリカにおいて2030年までにシニアホームに転居するであろう人数
  • 76万8,000人:アメリカにおけるシニアハウジング産業の従事者
  • 4,051ドル:介護付きの老人ホームのアメリカの平均月額
  • 1万1,000〜3万3,500ドル:マンハッタンの高級シニアホームの家賃
  • 9万ドル:Medicaidが適用外の人が介護施設に入居する際に自己負担する額
  • 50/50:65歳で平均総額14万ドルかかる長期ケアを受けなくてはならない確率

という感じです。

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Image: REUTERS

Fixing elder care

エルダーケアの再生

──アメリカのこととはいえ人ごととも思えないですね。ちょっと暗澹としてきました。

これだけ見てしまうとそうなんですが、今回の〈Guides〉は、一見重たそうですが読んでみますと比較的ポジティブな話も多く、特に、老人介護施設のデザインのアップデートの必要性を語った〈How Covid-19 will end “big box” senior living〉や、エルダー/シニア・ケアの仕事に就く5人のZ世代の若者のインタビュー集〈The fulfilling, ethical job millennials and Gen Z want? Senior care〉など、いまどきの言葉を使うなら“エモい”感じのいい話が多かったのがよかったですね。

──たしかに。

また、COVID-19下にあって、老人介護施設は、アメリカでもイギリス、スウェーデンといった国々でもいわゆる“ホットスポット”になってしまったことから、どういった対応策が“ベストプラクティス”としてありうるのかを検証した記事〈The extreme strategies that saved some nursing homes from Covid-19〉も、必ずしもどこでも真似できる話ではないにせよ、次に生かそう、今後のベンチマークにしようという趣旨で書かれているので、読んでいて陰鬱な気持ちにはならないんですね。

──日本で高齢者や末期医療といった話が出てきますと、もう、なんかあれですもんね、「どうせ行政はこの先、医療や福祉を賄えなくなるんだから、真剣に高齢者の切り捨てを、あるいは安楽死について考えた方がいい」みたいな議論になっちゃいますし、実際、この間、その手の話題に事欠かなかったのもの事実です。

面白いですよね。制度や社会システムやビジネスが、現状のままなんの変更もないのであれば、それはたしかにデッドエンドになりますし、そうなることは別にそんなに力んで言われなくても、多くの人が察知しているところでもあるわけですよね。であればこそ、これまでの制度や考え方をアップデートしないといけない、という話に本来ならなくてはいけないわけで、それが世の中における頭のいい人たちの役割であるはずですよね。「切り捨てやむなし」みたいなことが、さもそれが冷徹な理性的思考である、といった感じで持ち出されることはよく見かけますが、それも飽き飽きしましたよね。

──金がない。じゃあ切り捨てよう、となる前に、「じゃあ、お金を生む仕組みを考えてくれよ」、あるいは「お金がなくてもやっていける方法を考えてくれよ」って思いますよね。それ、得意なんでしょ?って。

問題の設定が少々ずれているのかもしれませんよね。それこそ、昨年、若い知識人、もしくは文化人が末期医療はお金がかかるからやめよう、といった発言をして問題になったことが、つい最近もまた蒸し返されて批判されましたが、あれを読ませていただいて驚いたのは、おふたりとも見事に“行政目線”でお話をされていたことで、全体を俯瞰した高みから、ああすべき、こうすべきと論じること自体が必ずしも問題というわけでもないのですが、話が進んでいくうちに、施策の目指すところが“国民の生活の維持・向上”であるはずのところが、気づくと“行政府の存続”が主題にすり替わっちゃっているように見えてきちゃうんですね。

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Image: REUTERS/BENOIT TESSIER

──本末転倒ですね。

もちろん、国民全体の平均的な利益を考えて、公正な分配を考えようとすると、手当の厚いところと薄いところが出てきちゃうということはあろうかとも思いますし、行政府があればこそ、さまざまな施策が実施されるわけですので、それを存続させることは大事なのですが、それが第一義なんでしたっけ?というところは、常に確認したほうがいいように思うんですね。

行政府がなければみんなが困る、というのはその通りなんですが、とはいえ、逆に行政府があろうがなかろうが社会は続く、とも言えるわけで、どっちが基礎的な条件なのかといえば“社会”の方だと思いますので、少なくとも“現状の行政府のあり方はデフォルトの設定”ではないはずなんですけどね。

──ほんとうですね。

「どうしたって不公平が出るのは仕方ない」というような言い方は、おそらくこれまでも散々使われてきた言い方だとは思いますが、例えばBlack Lives Matterのような運動が、いままさに問題にしているのがそのことなわけですよね。「全体を見渡せている=だから公正な決定ができる」とされてきた人たちの上から目線の言辞によっていかにシステム内における不平等や不公正が温存されてきたかを明らかにし、それをいかに改善しうるのかが争点になっているわけですから、ここにきて、まだ、「現状のシステムが最優先で温存されなくてはならない」という発想はさすがに、なんだかなですよね。

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──不思議なのは、この連載でもずっと語られてきていることって、概ね、COVID-19をテコにして、いかにこれまでのシステムをアップデートしよう、という話なわけですよね。

そうですね。逆にいえば、COVID-19がいかに現状のシステムの限界を露呈させたか、ということですよね。

──そうじゃないですか。ということは“アフターコロナ”は、ビフォアコロナとは違ったものにしていこう、という話なわけですよね。サプライチェーンのあり方、デリバリーのあり方、メンタルヘルスについての対応、中国との向き合い方、どれをとっても、「できるだけ、元に戻らないようにしないといけない」というのが、この間の〈Guides〉の趣旨だったはずなのですが、日本にいますと、なぜだか、「早く元に戻ってくれ」という感じになっているのが、本当に不思議なんです。

日常生活の部分においては、たしかに、外食したり、旅行したりといったことをのびのびとできるように早くなって欲しいというところはありますし、その部分でも早く元に戻って欲しいと自分も思うのですが、全体的にはなんだか曖昧模糊として、医療という面でも文化という面でも経済という面でも、課題として何が浮き彫りになって、この機会をレバレッジしてどういう方向に変えていこうといった指針や方向性が出てきていない感じは本当にしますね。この緊急事態のなかで、社会として「何を得たのか」という話が、まったく前景化していないという印象です。

──何か、思いあたるものはありますか?

例えば霞ヶ関に本格的にシビックテックが入ることができたとか、「change.org」のような署名プラットフォームを用いたアクティビズムが活性化した、とか、これまでデジタルに接触してこなかった人たちが否が応でも対応しなくてはならなくなった、といったことは少なからずあるとは思いますが、「こういう方向に進めばいいんだな!」って少しでも前向きになれるような“獲得物”が社会としてあったか、といえばなんか必死になって探さないと出てこないですよね。

──残念な話です。

今回の〈Guides〉でも、エルダーケアとCOVID-19という主題を追いかけてきた記者が、今回の特集の総括となるような〈Covid-19 will change the way we live as older adults〉という長文記事を書いていますが、そこにある介護施設の経営者のこんなことばが紹介されています。「3月の時点で、いまもっている知識と経験をもっていたならと思います。3月からの数カ月で、わたしたちはそれまでとまったく違う場所にいます」

──学びがあったということですね。

まさにそうです。PPEを確保するために業者さんとの関係性を再構築し、同業者の間でベストプラクティスを共有しあいながら、行政のガイダンスがないところで手探りでプロトコルをつくったり、といったことを、実際に入居者が死んでいくのを目の当たりにしながら、進めていったというんですね。

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──すごい。

ある低・中所得者向けのケアホームでは、こんなことも言われています。「わたしたちのような低所得のエリアでは、行政がなんらかの手を差し伸べてくれたとしても、それはいつも時すでに遅しとなってからだということを知っています。であればこそ、今回も自分たちでやらなくてはなりませんでした」

──自分たちの手でやるぞ、と。いわゆる「DIY精神」が発揮されると、アメリカは強いですね。

「あてにしてませんから」とはっきり割り切って、自律的に自分たちで手立てを講じることができると、おそらく日本でだって、草の根レベルで、それなりにダイナミックな動きも取れるのでしょうけれど、これは想像ですけれど、日本の場合、行政がやるのかやらないのかわからない、生煮えの状況に置かれることが多いのかもしれませんね。今回のCOVID-19禍のなかで中央政府に対して自治体が業を煮やすという場面がそれなりにありましたが、思い返してみれば、あれはひとつのゲインだったかもしれませんね。

──そうですね。

また、コロナ対応において、最もアグレッシブな手立てを取った施設や行政府などを紹介した〈The extreme strategies that saved some nursing homes from Covid-19〉という記事には、コロナウィルスのアウトブレイクを受けて、施設ごと完全にロックダウンしたコネチカット州のケアホームが紹介されていますが、そこでは、経営者が、まず17人のケアワーカー、スタッフに従来の3倍分の給与を用意し、一切外部に出ずに敷地内に寝泊まりするという手立てを打ったことが紹介されています。

──へえ。

経営者自身も自分のオフィスで寝泊まりし、スタッフ向けには駐車場にキャンピングカーを用意したというんですが、結果、コネチカット州の感染者の69%が介護・養護施設から派生したなか、このケアホームはひとりも感染者を出すことがなかったそうです。加えて、これを断行するための資金は、経営者自身が3,000万円分、自腹を切ったというんですね。

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──いい話…なんですよね?

これはこれでいい話なのだとは思いますが、記事は、とはいえ、どこの施設でも真似できる施策かといえばもちろんそうではないと語り、むしろ、こうした「ソーシャルバブリング」、つまり閉じた泡のなかに入って社会から自己隔離するというやり方は、金銭だけでなくワーカーのフィジカル、メンタルにかかるコストも高いことを指摘しています。

記事は、似たような「バブリング」施策を国家レベルで断行した、香港とシンガポールの施策を紹介していますが、シンガポールは長期滞在者向けの介護施設を一気にロックダウンし、近隣エリアにスタッフが暮らすための施設も抑えたそうですが、そもそもシンガポールのケアワーカーのほとんどは移民労働者であったことがここでは有利に働いた、と指摘しています。

──どういうことでしょう?

メンタルヘルスの観点から移民労働者は、最初から家族と離れ離れで暮らしていますので、別の住居で暮らすことによる心理的ストレスが、それによって増加することがないということ、加えて、シンガポールの感染者の多くは、移民労働者の寮などで起きていますので、それを分散させ、クラスター化させないためにも有効だったとされています。

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Image: REUTERS/EDGAR SU

一方の香港は、SARSの経験から、介護施設にはひとり必ず感染管理のトレーニングを受けたスタッフを置くことが義務化されており、かなり厳格なバブリング施策をすぐにでも実施できる状況はあったのですが、7月に規制を緩めたことから、クラスターが発生し、再度行政が厳しく管理する事態となりました。

──再開が早すぎたということですね。

そうですね。いずれにせよ、こうした手立ては、あまり実際的ではないとされていまして、それはなによりもメンタルにかかる負荷が大きすぎるという指摘がされています。

──なるほど。となると、そこからどういう議論になりますか。

いくつか方向性はありそうでして、これまでの例でも想像がつくと思うのですが、それなりの手立てをちゃんと打とうと思うと、やはりどうしてもお金がかかるんですね。で、これも言わずもがなのことですが、高額の施設になればなるほど、ワーカーの待遇もよくなりますし、サービスも手厚くなります。経済格差が明確にケアサービスの内容に反映してしまうことになります。

で、もちろん、こんなことは、パンデミックが来なくてもとっくに明らかになっていたことなのですが、パンデミックが明らかにしたのは、結局、低所得者向けのケアホームがホットスポットになってしまえば地域全体のリスクになるということで、感染症は、ある地域や場所を切り捨てて放置しておくとそれが結果として全体にまで及んでしまい全体の安全に関わる問題になってくるという観点から、“ケア格差”に制度的にきちんと向き合わなくてはいけない、ということですね。

──そういう取り組みは始まっていますか?

先に紹介した〈Covid-19 will change the way we live as older adults〉で、語られているのは、まずケアワーカーの待遇改善に取り組むべきだということですね。こういう文章があります。

「仮にワーカーたちが通勤によって感染症を広めたとしても、それは彼らのせいではない。それは経済格差と高齢者差別によってもたらされたものだ。ある研究者は語る。『COVID-19以前には、高齢者ケアの問題は、世間の想像力を刺激するものではありませんでしたし、ケアの不平等という問題の責任を、あるひとつの主体に押し付けることができるのかどうかもわかりません。おそらくこれは社会全体の落ち度なのです。いまようやく、シニアケアの持続可能性と公平をめぐって新たなモデルを考えようという機運が高まってきましたが、そのことに少し希望を感じ始めています』」

そして、その「機運」の一例として、イギリスの厚生大臣が首相にケアワーカーの待遇改善をいますぐにやれ、と進言したニュースが紹介されています。

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Image: REUTERS/POOL

──なるほど。

ちなみに、イギリスは、ケアホームのクラスター化が問題化した国のひとつですが、『Tortoise』という、スロージャーナリズムを標榜するメディアが英国のケアホームの問題をレポートした素晴らしい調査報道がありまして、そこでは、ケアというものが、サッチャー首相以来の民営化によっていかに産業化し、その過程でグローバル金融資本によって牛耳られるにいたったかが明かされています。

興味深いのは、高齢化の進行を受けて近年ベッド数は増えているのですが、施設の数は7年前と比べて2,000も減っているとの指摘がなされていることです。これは何を意味しているかといえば、施設がどんどん大型化しているということですね。

──資本の論理に基づいて効率化が進んでいるということですよね。

まさにそうです。ところが、イギリスのケアホーム企業の大手Four Seasonが経営するグラスゴーのケアホームで、90人の入居者のうち、1週間で13人がCOVID-19で亡くなるという「事件」が報じられ、大手企業のずさんさが国民の激しい怒りを買うことになりました。実際、大手は感染症の封じ込めに苦労したわけですが、それ以前から、安全対策の不備は常に指摘されていたそうです。

──なるほど。国は、社会福祉を手放し市場化することで、そこに健全な競争や多様性がもたらされることを期待したんでしょうが、結局、ある種の寡占が起きて、市場の弾力性が損なわれ、業界全体がひたすらブラック化していく、と、こういうことですよね。

それはなにもケア業界に限ったことではないのでしょうけれど、“民営化”の議論の残念な帰結はどこでも同じで、結局独占的なプレイヤーが最低限のコストでビジネスを行う方向に走って、非人間的な効率化が進行することですよね。イギリスではそれがかなり深刻な問題として提出されていますし、アメリカでも2029年には、シニアハウジングを得る資金がない中産階級の高齢者は54%に上ると言われています。

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──日本もまったく人ごとではない感じですが、何か手立てはありそうですか?

COVID-19のさなかにおいては、ケアホームの問題はQuartzに限らず、『Fast Company』のようなメディアでも折に触れて記事化されていましたが、そこでは、ビジネス的な構造の改善の問題もさることながら、ケアホームのデザインを変えるべきだ、という議論はかなり強く打ち出されていますし、今回の特集でも、そこは大変重視されています。

──それは、まさにいまおっしゃったような効率化=大型化を促していくビジネスロジックへのアンチテーゼということにもなるわけですね。

おっしゃる通りです。冒頭に挙げた〈How Covid-19 will end “big box” senior living〉という記事はまさにそういう内容でして、タイトルからもわかるように、COVID-19は「Big Box」、つまりは“大バコ”の施設に終焉をもたらす、としています。

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──大バコに変わるオルタナティブな施設ってどういうものなんでしょう?

ここでは、ビル・トーマスという老人専門医が20年前に提唱した「Green House Project」が大きく注目されていまして、これは小さな一人暮らし用の一軒家を、ひとつの村のようなものとしてつくりあげていく、というアイデアです。

──ほお。

記事がこのトーマスさんの言葉をうまくまとめてありますので、長いですが、引用しておきますね。

「高齢者のさまざまなニーズを購入可能なサービスとして提供していくというやり方が、絶対にうまくいかないことはパンデミック前からわかっていたことです。どう計算してもうまく行きません。財産のある人はシニアコミュニティに家をもち自分の利益に見合ったサービスを買うことができますが、ほとんどの人はそれができません。ここから先必要になるのはミドルマーケットの革命です。それほど財産をもたない人たちは、手持ちの財産と、よいご近所さんと共によいご近所さんとして生きるという昔ながらの方法を結び合わせて生きていくということです。

第二次大戦後から続いてきた、サービス主導の『レジャー・ライフスタイル』のなかでは、リタイアしたらリタイアした人たちのコミュニティに入り、必要なサービスは外部からお金で調達してくることが当たり前とされてきました。これから必要なのは、よりリアリスティックなヴィジョンで、それは、世代や技能の異なる人たちが小さく寄り集まった、小さな家々に銘々がひとりずつ暮らしながら、さまざまなものをシェアしながら生きていくことです。

ところが、それを実現することは、これまでは非常に困難でした。小さな『ポケットネイバーフッド』で世代の異なる人たちと暮らしたいと思っても、そういう物件がまずありませんし、住宅不動産をめぐる規制は『核家族』を前提としたルールばかりなのです。わたしがやりたいのは、子どもたちが中庭を走り回っているのをお年寄りが眺めているような社会資本の豊かなコミュニティなのですが、それは現状の環境ではとても困難なのです。

ただ、それはCOVID以前の状況です。自己隔離の状況を経て、多くの人がこうした暮らし方を強く望むようになっていますので、そうした欲求が現在の環境を大きく変えていくことになるはずです」

──なるほど。若干夢物語のようにも聞こえなくもないですが。どうでしょう。

これだけ聞くとたしかにそうなんですが、実はこうしたアイデアをサポートするような事例はあるにはありまして、まずアメリカでは、いま、狭小住宅の需要が非常に強まっているということなんです。これは一般においてもそうですが、ケア施設などでもそうで、感染症対策としても、一人ひとりが別の棟に暮らすことは意味があるわけですが、となると、そんなに大きな空間はもはやいらないわけですね。オランダでも「Tiny House Movement」というプロジェクトが進んでいたりもします

──へえ、面白い。

加えて、これはトーキングヘッズのデイヴィッド・バーンが主宰する『Reasons to be Cheerful』という「Good News」ばかりを紹介するメディアに掲載されていた記事ですが、「Nesterly」という、高齢者と若者をルームメイトとしてマッチングする”異世代ホームシェア”サービスが紹介されているのですが、このサービスがパンデミックによって人気になっているそうなんです。

──へえ、これも面白いですね。

記事によれば、「『他人とホームシェアはしない』と答えた50歳以上の人びとの比率は、2014年の59%から2018年には29%へと劇的に下がっている」とありますので、先にビル・トーマスさんが語った一種の夢物語は、全体のストーリーとしては、やや浮世離れしているように聞こえますが、「小さい家でいいじゃん」とか「違う世代の人と暮らす方が安全・安心」といった感覚は、広まっているのは間違いなさそうで、そうやって一つひとつのピースが揃っていくと、結果として、トーマスさんが構想したものになって行くのかもしれません。ちなみに、異世代入居の施設ということで言いますと、デンマークの新しい介護施設で採用されていまして、これはC.F. Møller Architectsという建築事務所のアイデアです。

──世代間交流というのは、面白い論点ですね。

これも特に新しいアイデアというわけでもないとは思うのですが、先にビル・トーマスが指摘していたように、「年を取って不自由になったら、そこで発生した欠如はお金で買う」というモデルは、やはり限界があるわけです。加えて高齢者は、“健康”とか“五体満足”という指標でだけ見ると、たしかに“欠如”があるわけですが、違うものさしを使ってみれば、老人は完備しているけれども、若者には欠如しているというものだってあるわけですよね。

先に挙げた異世代シェアホームは、お互い提供できるものを交換しあうということで、お互いの欠如を埋めあうことになっているわけですが、記事で出されている事例では、若い学生のシェアメイトは「お金がない」という欠如を埋めるべく老いたシェアメイトが家を貸し、代わりに老いた彼女は“孤独”や“寂しさ”という欠如を、若い女子学生に埋めてもらうことになり、加えて、この事例では、ふたりはとても仲がよいそうなので、お互いが得しかしていないという構図になっています。

──いいですよね。

特集にあるZ世代に取材した〈The fulfilling, ethical job millennials and Gen Z want? Senior care〉では、エルダーケアの仕事に就いている5人の若者の声が紹介されていますが、彼らは彼らで、仕事というものに“お金以上の価値”を求めていて、そこには彼ら自身のニーズが反映されているわけです。

紹介されている若者のひとりが、「より豊かなエイジングというものがどういうものかを見たいんです。それがいまは当たり前のものではありませんから」と語っているのですが、さらに彼は続けて、「それを見出せない限りは、人生を最後までサポートするやり方は見出せないと思っていますし、そうすることで後続する世代も老いに向けてちゃんと準備ができるようになるはずです」と言っています。つまり、それは自分たちの問題でもあると言っているわけですよね。

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──泣けてきますね。

数年前に専門家の方を招いてダイバーシティをテーマにした連続イベントをやったことがありまして、そこで、東京大学の清水晶子先生に講義いただいたのですが、「そもそもなんでダイバーシティについて考えなきゃいけないんですかね」というあられもない質問に、「病気になったり怪我をしたりすることで、いつ自分が弱者の立場に立たされることになるのかわからないのに、そうなったときに自分がいる社会が、弱者に不寛容な社会だったら怖いじゃないですか。わたしはとても怖いです」といったことを仰って、とても大きな感銘を受けたことがあるんです。

── “エイジング”は、ほんとうに、誰にとっても不可避なものとしてあるわけですよね。

特集のなかの最初の論考は、こんな文章で締められています。

「エイジングは誰にとっても不可避のものだ。エルダーケアのシステム全体をつくりなおすというプロジェクトが、すべての人に関わるプロジェクトであることを身に沁みて、みんなに感じてもらうことを、いまならできるかもしれない」

──核家族化が進んだことで、年老いていくということが、自分もそうですが、リアリティとしてわからなくなっているということはありますよね。なので、準備もできず、せいぜい貯金しておくか、くらいのイメージしか湧かないというか。

ですよね。でも、世界で高齢化が最も進んでいる国なわけですから、高齢化した社会をどう豊かなものにして行くことができるのか、その経験、知見、洞察を一番もっていなきゃいけないはずですよね。そこにおいて日本は、世界をリードする知恵袋のような存在にならなくてはいけないと思うんです。

──高齢化の先進国である日本が、いの一番に“切り捨て”を論じているようじゃいけませんよね。

それだけ事態が深刻だということでもあるのかもしれませんし、言うほどたやすくない問題であるのも、おそらく日本だけでなく、世界で改善に取り組んでいる人たちは百も承知だと思うんです。それでも諦めずに手立てを考えていけるのかどうかが大事なんだと思います。そうしたこととセットになってこそ、はじめて“尊厳死”といった問題も検討可能なことになるのではないかと思うんですが。

──いきなり、そこか、と。

ちなみにですが、先に紹介したビル・トーマスさんの狭小住宅のプロジェクトは「MINKA」と名付けられているのですが、その由来は、日本の“民家”らしいんですね。彼の新しいハウジングコンセプトと、どう“民家”が繋がるのかはいまひとつよくわからないところもあるのですが、そこで日本的な何かが求められるのは面白いですよね。

──コミュニティ自体のありようは、どちらかというと“長屋”のようなイメージですけどね。

いずれにせよ、「狭小住宅」といえば日本のお家芸だということもあるわけですし、COVID-19を機に、日本から世界に向けて提案できることは、あるように思えてきます。

──これから出て来ることを期待しましょうか。

そうしましょう。

──珍しくポジティブな感じで終わりました。

たまにはそれもいいですよね。

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若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子とともホストを務めるポッドキャスト「こんにちは未来」のエピソードをまとめた書籍が8月5日に発売


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