New Normal:再定義される「教育の価値」

Friday: New Normal

新しい「あたりまえ」

毎週金曜日のPMメールでは、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。コロナウイルスの影響で教育のデジタル化が進んでいますが、メリットだけでなく、それにより生じた問題が今、議論されています。今回は、欧州にフォーカスした「教育のニューノーマルと懸念」をテーマにお届けます。

REUTERS/Andrew Kelly
REUTERS/Andrew Kelly

パンデミックの影響は、教育分野にも“嵐”をもたらしています。青春真っ盛りの大学生たちは、キャンパスライフを「バーチャルの世界」で過ごす時間が増えそうです。また、教育におけるデジタル化やAIの導入は、学生の人生に大きな影響を及ぼす可能性もあるといいます。

米国でも、ほとんどの大学がオンライン授業を強いられる状況になっていますが、従来の大学のあり方を見直す学生も出てきていて、オンライン教育を専門とする大学に入学する人もいるといいます。

今後、学生の大学生活はどのように変わるのでしょうか。そして、大学機関はどのような危機に直面するのでしょうか。欧州の現状を中心にお伝えします。

ONLINE EDUCATION

オンラインへ移行

3月のロックダウン以降、欧州の多くの大学は休校措置を取り、オンライン授業に切り替えました。

英ブリストル大学などが参加した研究グループの調査によると、新型コロナの影響による教育の中止は、英国経済に今後65年間マイナスの影響を与え続ける可能性があると発表しています。こうした事態を防ぎ、教育を存続するために、各大学は効果的な「ニューノーマル」な教育方法を模索しています。

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9月の新学期は、当面オンライン授業を中心に行うことを選ぶほか、オンライン授業と少人数の対面授業の両方を取り入れる「ハイブリッド型」授業を行うなど、大学機関によって多様な方針を展開しています。たとえば、今年10月~来年9月において英ケンブリッジ大学は、「少人数ゼミなどは対面で実施、講義は全面オンラインで行う」という方針を表明しました。一方で独・ベルリン自由大学は「監督ソフトを利用したオンライン上での試験の実施」などを予定しています。

また、キャンパスライフも、2020年度入学の生徒にとっては異なるかたちになりそうです。英スウォンジー大学は、パーティーの参加などで社会的距離を何度か破った場合、大学が生徒を除籍する可能性もあると表明。

イタリア政府は国内の大学に向け安全上のプロトコルを発行し、校舎でのマスク着用、授業参加の人数制限、講義参加のアプリでの予約などを義務付けています。さらに、もし校舎内で新型コロナ感染者が確認された場合、追跡調査を開始し、施設を閉鎖する可能性も示唆。今年度に大学に在籍する生徒にとっては、従来とは大きく異なった学生生活になりそうです。

HOW WE MANAGE

オンラインの課題

大学、学生双方にとって、オンラインゆえに得られるメリットも指摘されています。

『Harvard Business Review』は大学にとってのメリットとして、オンラインプログラムを展開することで世界中の名門教育機関とパートナー提携をしやすくなり、研究の発展や協力のネットワークを広めることができることを挙げています。一方、学生にとっては柔軟性、手ごろな価格で学位が取れる、キャリアアップへつながる、重要なスキルの向上など、リモートだからこそ動きやすくなるというメリットがあります。

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英ポーツマス大学のアレハンドロ・アルメリニ(Professor and Dean of Digital & Distributed Learning)は、今後の大学でのオンライン授業の浸透について、次のように予測します。

「リモート教育は大学の生徒や教師の日常に自然に溶け込み、教育方法の主流となるでしょう。そして今後、“学習者中心”に考慮された、オンライン授業と対面授業のブレンドが重要になると予測します。“的確なブレンド”は、各教育機関の状況により異なります。教育機関や規範は、生徒の状況に応じて運営するでしょう」

また、オンライン授業への移行により、授業料減額に踏み切った大学もあるようです。これは米国の場合ですが、たとえば、米サザン・ニュー・ハンプシャー大学は、オンライン授業に移行することで61%授業料を減額。コロナの不況のあおりを受けている家庭の生徒にとっては、負担が軽くなります。英国では残念ながら、オンライン移行でも、基本的にはこれまでと同じ授業料を払わなければならないようです。

もちろん、オンライン授業はメリットだけではありません。これまでテクノロジーの浸透が充分ではなかった英国の多くの大学は、苦戦しながらも、急ピッチでテクノロジーの導入を進めていますが、短期間でデジタル化を加速しようとする試みは、多額のコストと労力を要するようです。

英エディンバラ大学の元副学長であるティム・オシェアは、『The Guardian』の取材で、大学1校が各学部で5~6つのオンラインでの学位取得プログラムを創設するためには最低でも1,000万ポンド(約14億1,000万円)が必要になると言及。また、同紙によるとオンライン講座サイトのパイオニアであるCoursera(コーセラ)はコロナ危機以降、120カ国の6,000校以上の大学からオンライン授業に関する相談の連絡を受けたといいます。

また、先述の英ポーツマス大学のアルメリニは、教育機関の専門家のあいだで、デジタル化はさまざまな点で懸念される部分もあるといいます。

「生徒の学習経験の質、教育のスタンダード(難易度の低下のリスク、成績の良い生徒が増加し学位の価値が下がる“成績インフレ”のリスク)、意思疎通などのコミュニケーション能力の発展への影響などが考えられます」

さらに、授業がデジタル化することによって、「貧富の差」による「教育の差」を拡大させる可能性があると懸念する声もあります。

低所得家庭の生徒の多くは、オンライン授業に参加するために必要なパソコンや安定したインターネット接続、集中して学習に取り組むことのできる環境などにアクセスができないといわれています。

実際、英国全国学生組合(NUS)が実施した調査によると、5人に1人の生徒がオンライン授業への参加が難しいと回答。また、2017年に米ブルッキングス研究所が行った調査によると、低所得家庭の生徒の成績は、校舎での対面授業より、オンライン授業を受けることにより継続して低下したといいます。

教育機関によるオンライン授業導入の加速は、これらのすでに疎外感を抱える傾向にある生徒たちが授業についていけないことで、より社会から距離を感じてしまう可能性があります。

Disrupting the Future

AIに惑わされる若者

また、英国では成績評価のためにAIを導入し、多くの若者の進路と未来を混乱させる結果を招きました

今年、新型コロナの影響を受けて大学統一試験に相当する「Aレベル試験」が中止に。この試験は、結果により名門大学への進学や、その後の就職などに関わる重大な過程です。

政府は、今年はAレベル試験の代用としてコンピューターモデルを導入。過去の学校試験の成績や模擬試験の結果などをもとに成績をつけた結果、学生の40%近くが成績を落としてしまいました。多くの生徒が抗議デモを繰り広げ、ロンドンなどでは「未来を奪った」「アルゴリズムは私のことを知らない」などと書かれたプラカードを掲げた若者たちの怒りの声が飛び交いました。

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この後、政府はコンピューターが算出した成績を取り消しましたが、手遅れでした。多くの生徒はすでに志望大学から入学許可を取り消され、なかには進学を先送りした学生もいます。

こうした英国政府による、国民の人生に関わる重大な結果のためのAI導入は、国内外で議論をもたらしました。

HIGHER TUTION

高額な学費と留学生

大学の経営面も、金銭的に厳しい状況になっています。University and College Unionの報告書によると、英国全体の大学では来年、学費のみで25億ポンド(約3,544億円)の損失が生じ、3万人の大学職員が仕事を失うと予測されています。

これは、コロナ第2波への懸念や不安定な状況により、英国やEU域内出身の学生よりも高額な学費を支払っていた“海外留学生が減少”することが大きな原因になっています。英大学評価機関クアクアレリ・シモンズ(QS)社の調査によると、ほぼ半数が「各国政府のコロナ対策を考慮して留学先を見直す」と回答。さらに、オンラインで授業を受けなければならない場合、52%が欧州留学をキャンセルする確率が高いことも調査で分かっています

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とくに、欧州の他国に比べて高額な学費から主に大きな財源を得ている英国の大学は、より打撃を受けるとしています。なお、英国では海外留学生からの授業料の割合は、全授業料収入の約3分の1を占めているので、留学生の減少もかなりの痛手になります。

一方で勝ち組になると予測されるのは、もともと政府の財源から運営費を得ているドイツ、ベルギー、北欧諸国をはじめとする大学。EUAの報告書によると、2008年の金融危機以降、ルクセンブルク、ドイツ、スイス、ノルウェー、オーストリア、デンマークなどでは、大学に対する公的資金の投入が増加したといいます。

たとえば、ドイツでは、海外留学生も国内の学生も無料で大学の授業を受けることが可能です。DWの記事によると、税金で学費が支払われている背景には「高等教育は、後に公共にとっての利益につながる」という伝統的な考えと、「貧しい家庭の子どもも大学に行けるようにするように」という政策があるからです。

また、オランダのように世界中からの留学生に対して非常にオープンだった大学は、コロナウイルスの影響で今後、現地での受け入れが難しくなる可能性があります。そのため、国際大学ランキングにも影響が出始めています。

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こうした不安定な状況のなかでも、運営する側である大学機関は、限られた予算のなかで慎重に対策を練り、学生への質の高い公平な教育を提供することが、今後さらに重要になりそうです。

学生は自分の状況や授業料、環境に合った「大学選び」の見直しや、大学側が提供する新しいオンライン教育のメリットをさらに見つけ出していかなければならないでしょう。


This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. フランスの立ち直りに必要とされる「グリーン」。仏首相のジャン・カステックスは、1,000億ユーロ(約12.6兆円)の新型コロナウイルス復興計画「Relaunch France」を発表し、18カ月以内に国を立ち直らせ、経済を変革することの重要性を強調しました。経済の強さをコロナ以前の時代に戻すことを目的とし、雇用とグリーン・エコノミーが同計画の中心にあると述べています。
  2. ラグジュアリーブランドの値上げと中国市場。ルイ・ヴィトン、ディオール、シャネルなどの高級ブランドは、パンデミックで損失した売り上げを回収するために、今年に入ってから複数回にわたり、値上げしています。とくに、海外旅行に行けなくなった今、もともと製品の需要が高い中国のような市場では価格操作がうまくいっています。しかし、国境が開かれたときには、価格を再調整しなければならないとアナリストは話しています。
  3. LEGOの売り上げが急上昇。“ステイホーム需要は、ブロックを展開するデンマークのLEGO(レゴ)にもありました。同社は、売上高の増加により、営業利益は前年同期比11%増の39億クローネ(約660億円)に。しかし、メキシコと中国の工場を一時的に閉鎖しなければならなかったこともあり、上半期の売上高は7%増の157億クローネ(約2,650億円)にとどまりました
  4. 打倒TikTok? Sensor Towerによると、Snapchatは8月、約2,850万件の新規インストールを記録。初回ダウンロード数では2019年5月に4,120万件の新規インストールを記録して以来、好調な月になりました。また、7月の9%の伸びに対して、2020年8月のダウンロードは前年比29%増だといいます。理由としては、TikTok関連の不穏なニュースの拡大、ディズニー風に変わるフィルターが流行ったことなどが考えられますが、その実態は不明です。

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  • 実施日時:9月10日(木)11:00〜12:00(60分)
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  • 主催:Quartz Japan
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