New Normal:さよなら、都市生活

Friday: New Normal

新しい「あたりまえ」

毎週金曜日のPMメールでは、パンデミックを経た先にある社会のありかたを見据えます。今日は、フランス・パリをはじめとする都市で起こっている「脱出」現象についてお届け。地方在住のメリット・デメリットを含め、今、移住する人たちの価値観を追います。

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新型コロナ危機とロックダウンは、フランス・パリに住む人たちに、愛する街との「別れの予感」を感じさせました。

オンラインメディア『Paris, je te quitte』の調査によると、ロックダウン前に「すぐにでもパリを去りたい」と回答した人は38%でしたが、ロックダウン解除後の調査で同回答をした人は、54%に増加しました

パリは、どれだけ映画のような出会いやドキドキする日常を提供してくれるロマンチックな場所であっても、スペースの狭さ、家賃や物価の高さ、ストレスの多い生活が離れる要因となったようです。

ESCAPE TO THE COUNTRY

パリから田舎へ

通信会社Orangeが実施した電話データの統計分析では、ロックダウンが始まった3月13日から20日までのあいだに、約120万人(パリの住民の17%)がパリを離れたと推定しています。人々は、この期間に自身の生活を見直すきっかけになったのかもしれません。

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30代の女性オドレィは、ロックダウンを機に、15年間のパリ生活に終止符を打つ決心をしたといいます

「ロックダウン中にトゥーレーヌ(仏中部ロワール県)の庭付きの家で過ごしました。わたしにとってパリより地方の暮らしのほうが合っていると確信した期間でした。今後新しく暮らす場所は、海の近くで、緑が豊か、そしてパリから数時間で行ける距離にある町を探しています。パリを愛しているけど、もうこの生活が私に合わないだけです

子ども3人と夫とパリで暮らしていたケイト・ガンビーは、10年前からパリに住んでいますが、今ではパリの南西に家を探しているといいます。彼女は『Wall Street Journal』に対し、「今はどのようにどこで生き残るかが問題」と話しています

ALREADY HAPPENED

すでに都市を離れた

このパンデミックになる前に、都市をすでに離れていた人もいます。

シューズブランド「Marie Weber」の創設者でデザイナーのマリー・ウェーバーは、2年半前、パリからフランス北部のトロワに引っ越しました。彼女は、パリの生活をこう振り返ります。「パリでは毎晩パーティーや展覧会などに参加し、同業種の人にできるだけ会って、チャンスを逃さないようにしていました。そうしないと、ネットワークから外れてしまうからです」

「一方で、トロワではゆっくりと時間が流れていますし、みんなが何かあったら助けてくれる余裕があります。この町に移ったことは、わたしの人生において新たな階段を登ったようなもの。ここに来たからこそ、広いアパートに住め、安価で自分のアトリエを持って創作活動をする贅沢ができたのも、大きな変化です」

マリーのアトリエ。
マリーのアトリエ。

マリーのような選択をする人は、パリでは珍しくありません。フランス国立統計経済研究所(INSEE)の調査によると、2011年から2016年にかけ、パリの人口(約219万人)は年間、平均約1万2,000人減少しています。

さらに、この「脱パリ」の動向はパンデミックとロックダウンにより、今後加速する可能性があります。

ロックダウン期間中、多くのパリに住む人たちが高額な家賃を払っているにもかかわらず、狭いアパートで過ごすことに対して不満に思う人が多くいました。また、限られた空間に家族全員が外出制限を課せられたことにより、児童虐待や家庭内暴力の件数も増加しています

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こうした家賃の高さを背景に、地方へ移住するためなら減給も辞さないという声も少なくありません。雇用サイト「Cadreemploi」が管理職約1,900人を対象に今年行った調査では、61%の回答者が地方移住をするためであれば転職も辞さず、53%が給与が低くなってもかまわないと答えています。

社会学者のジャン・ヴィアールは、『Le Monde』の取材に、優秀な多くの若者がパリを離れて地方都市に移住する現象について次のように語っています。「生活の質もよく、物価が安く、海に近く、文化も盛んで、創造的で躍動感のある街。つまり、彼らは“バカンスの国”に住みたいという欲求をもっています」

また、イル=ド=フランス地域圏(パリを中心とした地域)の住民の59%がよりシンプルな生活を望み、緑に囲まれる必要性を感じていると、『Les Echos Start』では述べられています

実際に、前出のCadreemploiの管理職を対象にした調査によると、パリ脱出を希望する回答者にとって人気の移住地は、ワインの名産地で大西洋の近くに位置する「ボルドー」、海へのアクセスも良く文化も盛んな街「ナント」、パリへも高速鉄道で約2時間で行くことができ、食の都と称される街「リヨン」で、バランスのとれた質の高い生活を追い求めていることが伺えます。

ナントの街並み。
ナントの街並み。

CHANGE THE DIRECTION

地方へ向かう会社

また、パンデミックを機に地方移住を考えるのは個人だけではありません

起業家を対象にオンラインコースを提供するフランスのスタートアップLiveMentor(ライブメンター)は、ロックダウン中の今年4月、拠点をパリから約700キロ離れた南仏の街エクス・アン・プロヴァンスに移転しました。太陽が燦々と輝き、地中海にも近いこの街への移転を決めたきっかけについて、同社の共同創設者のアナイス・プレトはこう語ります。

「パリに資源・機会・お金などが一極集中する一方で、地方はどんどん貧しくなり、雇用機会が減っていきます。起業家として、ずっとこの不均等な状況を変えたいと思っていました。もう一つの理由は、地方に移転することで、従業員に高い生活の質を提供したかったためです」

「移転の計画は以前から考えていましたが、実際に決断し行動に移すことができたきっかけは、ロックダウンでした。解除後に心機一転、新たな形でスタートをきりたかったのです」

Livementorの従業員数は40人、平均年齢は25歳~30歳。ロックダウン解除後、同社は社員に複数の選択肢を提示したところ、半数の社員はパリに残留や完全にリモートワークを選択、残りの半数の社員がエクス・アン・プロヴァンスへの拠点の移動に伴いました。

LiveMentorのオフィス。
LiveMentorのオフィス。

「移転後、職場はとてもリラックスした雰囲気になりました。以前、通勤に2時間をかけ、朝、会社に着いた時点で疲れていた従業員もいましたが、ここでは町の規模が小さいので通勤のストレスも軽減されたようです」

「また、社員たちは、同じ金額の給与で、生活の質を向上させることができたと喜んでくれています。たとえば、パリでは約10平方メートルの小さなアパートの家賃が給与の半分ほどかかりますが、エクス・アン・プロヴァンスでは40平方メートルの部屋を600ユーロ(約7万4,000円)ほどで借りることができます。週末にはハイキング、水泳など自然を満喫することもでき、従業員たちは、“バカンスと仕事の両方を楽しんでいる”と話しています」

プレトは、今後の企業の動向について「大都市の性質は、確実に疫病の流行に大きな役割を果たしました。実際に地方への移転を実践する企業はまだ少ないですが、個人的には、この動きは時代の流れに沿っていると思います。特にオンライン中心に事業ができるB2C(企業と消費者への取引)においては、地方移転をする企業が増えていくのではないでしょうか」と予測しています。

TWO OPTIONS

通勤と在宅の兼用

また、都会でのリモートワークの増加とオフィスの減少により、今後オフィスを失った従業員が地方へ移住する可能性も考えられます。

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サセックス大学の経済学部で、労働経済学と地方・都市経済を研究するミケレ・セラフィネッリ准教授は、「今後も、リモートワークは幅広く取り入れられ続けるでしょう。米国の仕事の37%、英国、ドイツ、フランスの仕事の約30%はリモートワークで行うことが可能だと言われています」と話します。

「ただ、完全にリモートへ切り替えてしまうと、長期的にイノベーションが減速してしまうかもしれません。ハイテク企業や知識集約型産業(研究者、技術者など知識労働への依存度が高い産業)において、プロジェクトを実行する場合はZoomなどのウェブ会議ツールを使用したコミュニケーションで充分ですが、革新的で創造的なアイデアはたいてい、同僚とコーヒーを飲みながら雑談しているときに生まれるものだからです」

GOING FORWARD

地方は乗数効果を得る

こうしたリモートワークへのシフトも影響し、地方移住への関心は、フランスだけでなく欧州のほかの国でも高まっているようです。スイス金融大手UBSが投資家に調査を行った結果、イタリア、英国、ドイツ出身の回答者の50%以上が都市部から、人口の少ない地域へ移りたいと考えているといいます。

今後、新型コロナ危機やロックダウンに伴う前述のような働き方の変化により、今後、欧州の地方・都市・工業地帯の動向はそれぞれどのように変わっていくのでしょうか。前出のサセックス大学准教授のセラフィネッリによる予測からは、地方への期待とともに、都市における新たな価値も見出せそうです。

  • 地方
    「田舎や地方は、これまで必要に応じ、成長を遂げてきました。ポストコロナにおいて、リモートワークの普及とともに、今後さらなる発展が起こるでしょう。まず、都市から移住し、地方でリモートワークをする人々が増えることで、乗数効果が生じ、地方の雇用の増加すると考えられます。たとえば、リモートワークをしている人たちはウェブ会議をした後、ヨガ教室に行き、その後レストランで食事をしたとします。それにより、地方の飲食業界やヨガ講師の雇用が支援されます。経済学者のエンリコ・モレッティは米国の都市において1人の知的労働者につき、2.5人の雇用の創出を推測しました。この考えを、地方・田舎に当てはめて考えることもできます。
    また、新たな田舎・地方への移住者の存在は、地方の文化・芸術をアップデートする機会でもあります。都市生活者は文化が盛んな生活に慣れているので、地方は豊かな文化イベントを提供する必要があります。さらに、起業家が地方へ移住した場合、移住先の地方の伝統工芸、観光、農業食品分野、再生エネルギーなどにおいて、新たなビジネスの機会があると気付くかもしれません。こうしたスタートアップの発想は、地域の文化の活性化につながる可能性があります。
    一方で、都市からの移住者を迎えるにあたり課題もあります。とくに遠隔農村地においては、ブロードバンド・インターネット接続への投資をすることが最優先課題です。また、田舎と都市を往復する人のため、交通機関のサービスを充実させることも必要。さらに、新型コロナ危機をきっかけに、人々がより健康を重視するようになったため、高水準の医療施設も必要です」
  • 都市
    「都市の未来については、私は楽観的に捉えています。直接コミュニケーションをとって働く必要のあるハイテク産業や知識集約型産業は、今後も都市に留まるでしょう。たとえば、ドイツ・ミュンヘン、オランダ・アムステルダムはハイテク産業が密集していますが、この状況は続くはずです。同時に都市は、今後、より魅力的になる可能性があります。交通量や大気汚染が改善され、オフィスの需要の低下と共に賃料が下がることで、スタートアップなどを惹きつけるかもしれません」
  • 工業地帯
    「衰退した工業地帯(英・北西部のリバプール、ドイツ西部工業都市のヴッパータール、米・コネチカット州ニューヘイヴンなど)においても、リモートワークの普及により、田舎同様に雇用機会が増え、街が復興するかもしれません。人的資本(人間がもつ知能や技術を資本として捉えた経済学の概念)が多い街は、より恩恵を受けるでしょう。しかし、田舎と異なり、自然や美食に欠けている傾向があるため、都市からの住民を惹きよせることにおいて難点です」

This week’s top stories

今週の注目ニュース4選

  1. パンデミックでマリファナが大人気。カナダ統計局のデータによると、カナダ人はこの夏、パンデミックの影響もあり、昨年の同時期よりも多くのお金を大麻に費やしたことが分かりました。7月、カナダでの大麻の売り上げは2億3,160万ドルで、前年同月の1億450万ドルから増加しています。
  2. 英国の大学では過去最多の留学生を採用。英国の大学は、世界的なパンデミックの影響で、財政的に大惨事になるという予測に反して、記録的な数の留学生を採用する方向で進んでいることが、最新の入学者数の数字で明らかになりました。大学・カレッジ・アドミッション・サービス(Ucas)によると、英国の大学ではこの秋、英国とEU圏外からの学部生が9%増加し、過去最高の4万4,300人に達したといいます。
  3. ラグジュアリーファッションは輝きを取り戻せるか? 業界は、大量のレイオフと売上の急落をもたらした深刻なパンデミックのなかで、「顧客」を獲得しようとしています。ボストン・コンサルティング・グループの推計によると、今年の世界の高級品売上高は25〜45%縮小し、業界の成長がパンデミック前のレベルに戻るのは少なくとも2023年か2024年になると予想されています
  4. 旅行はできないけど、シミュレーションは可能。ユナイテッド航空は、航空券を購入する前に選択肢を探りたいと考えている旅行者を対象に、インタラクティブな「地図検索」機能を新たに導入しました。ベータテスト中だったこの機能では、複数の目的地の同時マップビューを探索し、航空券の価格、目的地の種類、出発都市などの属性でフィルタリングすることができます。

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🎧Quartz JapanのPodcast最新エピソードでは、音楽家の世武裕子さんと「日本国内での移住」について話しています。是非、記事とあわせてお楽しみください。