Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
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毎週水曜日の「Deep Dive」では、新興市場を中心に、世界の経済を動かすさまざまな力学を明らかにしていきます。今日は、インド最大のITハブ、ハイデラバードから。この巨大なテックシティに建つ寺院には、毎年何百人ものテックエンジニアが集まり祈りを捧げています。彼らが望むのは、「アメリカへの切符」です。
毎年、申請者のうちわずか30%しか取得できないというH-1Bビザ。このビザを求めて“信者”たちが集まるのが、ハイデラバードの米国領事館からクルマで1時間のところに位置するチルクール・バラジ寺院(Chilkur Balaji Temple)です。米国での職を得たエンジニアたちは、ここでビザのための祈りを神に捧げます。
参拝者が参加するのは、pradakshina(プラダクシナ)と呼ばれる、神聖なものの周りを歩く儀式。経を唱えながら堂内を往復すること11回。いざ願いが叶えば、寺院を再訪し、感謝の気持ちを込めて108往復しなければなりません。
Who employs H-1B visa holders?
H-1Bビザをめぐって
「ハイテクビザ」ともいわれるH-1Bビザ。ここ10年で、インド系の多国籍IT企業は、H-1Bビザにより依存するようになりました。2019年度のデータによると、企業が新規雇用したうちH-1Bビザ保有者数で並べると、その上位5社にインド企業のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)がラインクインしています。
もっともリストを占めるのはシリコンバレーのテック企業で、グーグルを筆頭にアマゾンやフェイスブック、アップルが名を連ねます。
トランプ政権下で、インド人がH-1Bビザを取得するのは非常に困難なものになりました(“Hiring American〈米国人を雇え〉”)。
しかし、ベイエリアでかくもH-1B保有者が求められている理由は、深刻なテック人材不足に起因しています。ゆえに、H-1B保有者数を減らしたところで米国人の雇用は戻ってこないというのが専門家たちの意見です。
次期政権を担うバイデンは、移民制度改革に取り組むとしています。H-1Bビザのハードルが緩和される可能性はありますが、その彼ですら、賃金ベースのH-1B割り当てプロセスを支持しているともいわれています。
Chin & Curtis LLPの共同マネジングパートナーのフィル・カーティス(Phil Curtis)は10月、Quartzの取材に対し、「賃金ベースのビザ割り当てプロセスは、安い賃金で労働力となる留学生にとって不利なものだ」と語っています。
A visa god is born
ビザの神様
チルクール・バラジに祀られているのは、ヒンドゥー教で「宇宙の保存者、保護者」として知られる神ヴィシュヌ(Vishnu)の化身、バラジ(Balaji)です。
伝えられているところによるとその起源は、病からの救済を求めるも遠くの高名な寺院に行けずにいた信者がジャングルでバラジ像を発見した500年も昔の逸話に由来するといいます。
チルクール・バラジの「ビザ寺院」としての評判は、1980年代から始まりました。
通常、寺院には毎週7万5,000〜10万人が訪れます。境内が開かれるのは週7日。時間は午前5時から午後8時までです。
「ここを訪れて、その翌日にはパスポートを提出するよう電話がかかってきた」と、システムアナリストのアジュン・マジュンダラ(Arjun Majumdar)は語っています。書類の不備があるとして3カ月以上保留されていた彼の労働ビザは、寺院訪問から3日以内に承認されたといいます。
トランプが大統領に就任して以来、インド人へのH-1Bビザはこれまでになく高い割合で却下されるようになりました。トランプのインド初訪問を目前に控えた2月には、信者たちが寺院を参拝し、彼が姿勢を軟化させることを祈願したほどです。
Wishes granted
捧げられる祈り
ある旅行者はTripAdvisorに、「毎日多くの人が海外で働くためのビザ取得を願って参拝している。だからひどく混雑する」と書き込んでいます(2018年8月)。
チルクール・バラジで捧げられる祈りは、ビザに限ったものではありません。2011年にはルピー大下落に対して、18年にはパンジャブ・ナショナル銀行(PNB)の不正取引をはじめとする銀行危機を回避するために特別な祈りの儀式が開かれました。
そして、最近では新型コロナウイルスの終息を祈る声も。今年7月には、ドイツのビザをもつ学生グループが「ビザの神様」に感謝の気持ちを伝えようとチルクール・バラジを訪れました。
コロナウイルスが流行して以来、寺院はその門戸を閉ざしています。今のところ、H-1Bビザを求めるインド人は、自宅から祈らなければなりません。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- ナイジェリア人は、カナダを目指す。2019年までの5年間で、カナダに移住したナイジェリア人は毎年増え続けています。カナダ政府が永住権(PR)許可証を発行したナイジェリア人の数を2015年と比較すると、実に3倍。2019年だけでも1万2,595人のナイジェリア人が許可証を発行されています。
- フィリピンへの送金が、予想外の回復。コロナ禍で、海外労働者は母国への帰還を強いられました。フィリピンを出て海外で働く出稼ぎ労働者およそ75万人のうち、実際に帰国したのは約35万人。一方で、海外からフィリピンへの現金送金は、9月、前年同月比9.1%増の28.8億ドルを記録しています。受入国に残る労働者が、その失業手当をフィリピンの家族に送金したとみられています。
- 中国の「越境バイヤー集団」の転身。SNSやモバイル決済アプリを駆使して中国本土の顧客から注文を取り、世界各地で製品を購入する女性たちの存在は、広く知られているところです。彼女たち「代購(代理購入)」業者は、新型コロナウイルスによって海外への渡航が制限されるなか、中国国内に活路を見出しています。ある者は保険の販売に転身し、ある者はその「顧客リスト」を活用し、国内での商品プロモーションに忙しくしているようです。
- 中国企業は巧妙なトリックを駆使…。悪化する一方のインドの対中感情。当局による中国アプリの禁止措置だけでなく、一般市民による中国製品の買い控えも起きています。その対応として中国メーカーがとったのは、「Made in China」ラベルを「Made in PRC」に変更するという作戦です。ある電気店のオーナーは、「消費者は意識的にラベルをチェックし、中国と書かれているかどうかを確認しています。が、多くの人は中華人民共和国の英語での略称を知らないので、結局中国製品を買ってしまうのです」と語っています。
(翻訳・編集:鳥山愛恵、年吉聡太)
新たなビジネスは、その背景にあるカルチャーを知らねばつくれない! 世界各地で活躍する日本人VCが現地の声で伝える、月イチのウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」が始まります。世界を目指すビジネスパーソンはもちろん、ここ日本では何を生み出せるかを考えるための「次世代のスタートアップ地図」を描く時間を、ぜひ共有しましょう。第1回は11月26日開催。世界最大の民主主義国インドにフォーカスします。
- 日程:11月26日(木)11:00〜12:00(60分)
- 登壇者:河村悠生さん(Head of Global IP Expansion〈執行役員〉, Akatsuki)、久保田雅也さん、Quartz Japan編集部員(モデレーター)
- 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)
- 参加方法:こちらのフォームよりお申込みください