Guides:#33 スポーツビジネスの穽陥

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A Guide to Guides

週刊だえん問答

Quartz読者のみなさん、こんにちは。世界はいま何に注目し、どう論じているのか。週末のニュースレター「だえん問答」では、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今回は「The great sports comeback」(「スポーツ、いよいよ再開」)。

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Image: ILLUSTRATION BY ANA KOVA

──どもども。いよいよ発売になりましたね。『コロナの迷宮』。

ありがとうございます。

──売れるといいですね。

そうですね。売れて欲しいんですが、どうなりますか。

──プロモーションとしてイベントなんかもやるんですよね。

そうですね。通常であれば、本屋さんと組んで、発売記念イベントなんかをやるんですね。2018年に『さよなら未来』という本を刊行したときは、あちこちの地方の書店さんを訪ねて非常に楽しかったんですが、リアルのイベントをやるのが困難ということになりますと、戦略を変えざるをえなくなりますので、なかなか難しいですね。

──難しいですか。

言ってもトークイベントみたいなものは、オンラインでやるとなると数を打っても違いが出ないのが厳しいんですね。東京の本屋さんと大阪の本屋さんの主催でそれぞれイベントをやるにしても、リアルイベントであれば来場できるお客さんが違うから意味がありますが、大阪のお客さんも東京のお客さんも、あるいはそれ以外の場所のお客さんも、オンラインで参加できるのであれば、どこで誰が開催しているかは意味を失ってしまうんですね。とすると、今度はコンテンツで差別化しないとということになりますから、「刊行記念トーク!」という感じで、「出したばかりの本について話します」みたいな内容ですと、1回はやれても、複数回はやれないんですね。

──やればやるほどお客さんが集まらなくなりますもんね。

そうなんです。加えて、最近はアーカイブ化してあとで見られるようにしてくれ、という要望も多いですから、アーカイブを公開するなら、ますます同じようなコンテンツを2度、3度やることに意味がなくなっちゃうんですね。

──たしかに、悩ましいですね。

もちろん、トークイベントであれば、毎回それなりに内容は違うんですよ。けれども、その微妙な違いを価値として何度も観に来てくれるお客さんは、そうはいないですよね。

──たしかに。

この話は、以前にRoth Bart Baronというバンドの三船雅也さんとお話をしたときに話題となったことなんですが、彼らはこの秋にアルバムをお出しになって、この冬から来年にかけて全国で十数カ所でライブツアーを行うのですが、その模様をほとんどライブ配信するそうなんですね。もちろん熱心なファンの方には嬉しいことだと思うのですが、そうではない、ライトなファンからすれば、1回観れば十分という感じになりますよね。それは、ライブの良し悪しとは関係なくです。

──おっしゃりたいことはわかります。

その状況のなかで、それぞれの配信に「観たい」と思ってもらうための価値をどう付与していくかといえば、まず思いつくのは、例えばセットリスト、つまり演奏曲目をガラッと変えることだったり、あるいは、毎回ゲストを呼んだり、といったことですよね。

──ああ、なるほど。1回ごとにスペシャルな内容にしていかないといけない、ということですね。

そうなんです。これは、結構、やる側にはかなり大きな負荷がかかる可能性がありますよね。また、そうしたことをつらつらと考えていきますと、いわゆるライブハウスのステージで演奏することも、逆に問題になってしまうんですよね。

──たしかに。どんなにカメラワークや照明などで工夫をしても、絵柄がさして変わりませんもんね。

そうなんです。そうしたことを考えると、いわゆるサーカス型の巡業興行という形式は、基本ひとつのプログラムの再現性をいかに高めるか、ということに重きが置かれていたかがわかります。つまり、「ツアー=巡業」というものは、セットリストを決めて、演出を決めて、それをひとつのパッケージとして完成させて、どこに行っても、そのプログラムをひたすら繰り返すことができるようにすることで、コスト的にも成り立っていたビジネスということになるわけですね。かつ、ベニューというものも、どこでもある程度同じクオリティで、そのプログラムを再現できることが前提につくられてきたわけです。

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──ああ、面白いですね。であればこそ、ベニューは、そのつくりや、機材や設備のスペックなどが、だいたい規模感にしたがって揃えられているわけですね。

そうなんです。これは『コロナの迷宮』のなかの「大学のトランスフォーメーション」(P.272)という章で触れたようにも思うのですが、そもそも、こうした「再現ビジネス」が成り立っていたのは、「定員=キャパシティ」という物理的限界によって、それを観ることのできるお客さんが限定され、そのことによって希少性が生まれるからなんですね。

──そうか。オンラインに移行してしまうと「キャパシティ」という概念がなくなっちゃいますもんね。

そうなんです。先日、とある経済学者のお話を聞く機会があったのですが、そこでお話しされていたのはまさに大学教育のオンライン化でして、その先生がおっしゃっていたのは、大学をオンライン教育前提にして、入試をなくして誰でも受講できるようにしたらいいということでした。そもそも入試が熾烈なものとなるのは、「定員」が厳しく設定されているからで、その「定員」を無限大にしてしまえば競争する意味はなくなっちゃうんですね。

──ああ、ほんとだ。

その代わり、「卒業」を狭き門にすることが重要で、そうすることによって「〇〇大学出身」ではなく「〇〇大学卒業」の肩書きに価値が宿るようにしたらいい、というのがその先生の提案で、その提案は、オンラインがさらにデフォルトの環境となっていけばいくほど合理的な考えであるのは間違いないかと思います。もっとも、そうなると、「いい大学」とされている大学が、どんどん優位になってしまうことにはなりそうです。

──いずれにせよ、すべてが空間の物理的制限によって価値化されていたビジネスモデルは、変更を余儀なくされるというのは間違いなさそうですね。

これは結構大きな転回だと思うんですけどね。つい先日、佐伯啓思さんという経済学の先生がお書きになられた『経済学の思考法』という、2012年に刊行された面白い本が文庫化されたのですが、この本のサブタイトルが、「希少性の経済から過剰性の経済へ」というものでして、ざっと拝読しただけですので、おそらく、今お話しした内容とはズレているとは思うのですが、ことば尻だけを捉えて言うのであれば、デジタルテクノロジーは、これまで自明とされてきた「希少性」をどんどん奪っていくことになるのは間違いないと思いますので、ビジネスや経済の原理が「希少性」を基盤にしたものから「過剰性」を前提としたものにというものかなりダイナミックな発想の転換をしていかないと、状況から脱落していくことになるように感じます。

──なるほど。

で、先ほどのライブツアーの話に戻るわけですが、オンラインでのライブ配信において、1回1回の配信に異なる内容、異なる絵柄、異なる意味が必要になってくるのだとすると、ライブを行う側は非常に高い負荷がかかってしまうわけですが、それでも、ライブ配信を行う場所を変えていくことで、配信に新しい意味を与えていくことはできるのかな、と思ったりします。例えば、ある回はどこかのお寺で演奏して配信する、次はどこかの小学校から配信する、あるいは海辺で焚き火を焚きながら演奏するといったことで、1回ごとの面白みは付加できるようにも思います。

──大変そうですけどね。

もちろん大変なんですが、ベニューという再現性を旨とする空間から外に出て、より一回性の高い空間のなかに身をおいていくというのは、大事なのかなと思ったりします。そして、そこでは、完璧なプログラムを完璧に実行することよりも、不安定な状況のなかでの1回限りのパフォーマンスをライブドキュメントするといった部分が全面に出て来ることになるのかなと思います。そういう意味で、「ロケ」というのは、逆にいま面白い可能性があるように思うんですね。

──どうせお客さんは動けないわけですしね。コンテンツをつくる側が動き回る、と。

そっちの方が面白いんじゃないかという気はします。少なくとも、オンラインがデフォルトという環境下では、これまでコンサートをやってきた環境と同じ環境から配信されても、さして嬉しくもないのは間違いないように思います。それこそ、NPRがYouTubeで公開しているライブ動画「Tiny Desk Concert」も、今でこそ、毎回演者がパフォーマンスしているあの場がスタジオのようになっていますが、各ミュージシャンにしてみれば、いつもの演奏環境とは異なる一回性の高い「ロケ」動画になっているわけですよね。であればこそ、それぞれのミュージシャンの数ある動画アーカイブのなかでも「Tiny Desk」でのパフォーマンスは、特別なものになりうるのだと思います。

──なあるほど。興行として行う演奏とまったく違うことが、価値になっていますよね。

そうなんです。なので、自分も、もう少しロケ的なことをやることを考えた方がいいのかな、と思ったりしています。

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The great sports comeback

スポーツビジネスの穽陥

──というお話を聞いていると「ベニュー」というもののビジネスは、今後先行きが厳しそうですね。って、今回の〈Field Guides〉はスポーツをお題にしたものですが、スポーツの先行きはどうですかね。

スポーツコンテンツは、メディアのデジタル化が進むなかでも、最もユニークなポジションにあるものだと思うんですね。

──そうですか。

はい。いわゆるデジタル空間とは、基本的に「情報の膨大なアーカイブ」なんですね。その膨大なアーカイブにオンデマンドでアクセスできて、自分の求める情報をいつでもどこでも取り出せるというのが最大の強みなので、あらゆるコンテンツは「アーカイブとなっていること」において価値が見出されるものなんです。ということは逆にいえば、世のほとんどのコンテンツは、実際は「リアルタイムで視聴しなくてはならない」理由がほとんどないものばかりだということでもありまして、複製技術によって拡張したコンテンツ産業は、そのネイチャーからいって「無時間」なんですよね。とりわけ、わたしが関わるような内容のものは、今日観たり聞いたりしようが来月観たり聞いたりしようが、その意味に差がほとんどないもので、であればこそ「アーカイブされますか?」という問い合わせを受けることにもなるのですが、そうしたものとは決定的に違って「リアルタイムで視聴するからこそ意味がある」という唯一といってもいいコンテンツがあるとすれば、その代表格がスポーツなんですよね。そういう意味で、スポーツコンテンツは、それ以外のものとは、まったく別の原理で動いているように感じます。

──今回の〈Field Guides〉には、ほとんど中継・配信の話はないですね。今回の特集の論調は、いかにスポーツをコロナ前の状況に戻せるか、というものでした。

そうなんですね。そこが個人的にはちょっと残念なところではあるのですが、スポーツのゆくえを大きく左右することになるのは、やはりスポーツ中継の世界で試された「無観客」という状況を、どう考えるのかという点なのかなと思います。

──ふむ。

例えばF1は、2020年は、無観客で、ヨーロッパと中東のコースだけを用いて開催されましたが、F1好きの友人に聞いたところ、それで面白くなかったというとそんなこともなかったそうです。2021年は、通常に戻すかたちで、世界中のサーキットで開催する予定が発表されており、3月にオーストリアでスタートし、バーレーン、中国と続くわけですが、ようやくワクチンの利用が始まったとはいえ、それが予定通りに遂行され、しかも観客ありで開催できるものとなるのかは、いまのところ、まだ曖昧ですよね。

──不安定な状況が続けば続くほど、オンラインでの視聴にビジネスの軸足を移していくことにならざるをえないという感じなのでしょうか。

どういう戦略を考えているのか、詳しいことはわかりませんが、オンライン視聴に軸足を移行すればした分だけ、先ほどからお話している「ベニュー」のあり方は問われていくことにはなりますよね。先の友人の見立てでは「F1は、今後レース自体は、ヨーロッパと中東だけで行われていくことになるんじゃないか」というのですが、そもそも「無観客」がデフォルトということにしてしまえば、当然、これまでのサーカス型の巡業モデルは見直されることにはなりますよね。

──ふむ。

そうした見立てのなか、今回の特集で一番気になるのは、「エコノミストはなぜスポーツは経済に効果がないと考えるのか?」(Why economists don’t think sports matter for the economy)という記事です。

──え。効果ないんですか。

そうらしいです。例えばスタジアムの新設や新調は、オリンピックスタジアム改築で東京も揉めましたが、多くの場合自治体の税金を投入することで行われることが多いため、基本的にどこでも揉めるんですね。その際、必ずと言っていいほど、その「経済効果」をもってスタジアムの意義が正当化されることになったりしますが、実際のところはそれほどでもないというのがこの記事の趣旨でして、記事はこう始まります。

「2020年3月、プロスポーツの世界が止まった。欧州サッカー、アメリカのプロバスケットボールからクリケットまで、すべて競技を中止した。スポーツに楽しみと仲間意識を見出してきた世界中のファンと選手たちにとっては大きな損失だった。

とはいえ経済全体からみれば、それは大した損失ではなかった。スポーツチームがもたらす経済成長という言説とは裏腹に、スポーツエコノミストの多くは、プロスポーツチームが地域の経済にもたらす貢献は驚くほど小さいということに合意している」

──あれま。

記事は、シカゴ市のプロスポーツチームすべてを合わせた収益は、市全体の経済のわずか0.5%しか占めておらず、COVID-19によって発生した損失は、飲食業や旅行業と比べるとインパクトは小さい、としています。

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──あれれ。ちょっと残念な話ですね。

そこから記事は、スポーツチームの経済効果を正当化ためにこれまで提出されてきた数字は、実際はミスリーディングなものだったと語っています。例えば、英国プレミアリーグのリバプールFCがデロイトとともに行った調査によれば、2017-18年のシーズンでリバプールにもたらした経済効果は、4億9,700万ポンド(6億6,200万ドル)で、さらに4,500人分の雇用を生んだとしています。あるいはシアトル・スーパーソニックスが、2008年にオクラホマにホームを移転する際に語られていたのは、その経済効果が2億ドルはあるということだったそうです。

──でも、実際は違う、と。

いえ、数字自体はおそらく合っているんです。記事は、何がミスリーディングであるとしているかというと、チームがなくなってしまうと、そのお金も、チームとともにあたかも消え去ってしまう、という印象を与えることだとしています。

──ん?

要は、そのお金は余暇に市民があてるお金なわけですから、スポーツに使わなくなったとしても、映画やコンサートなど、ほかの余暇に流れるだけだ、というわけです。実際、ある研究は、リバプールFCがなくなったとしても、おそらく経済にはほとんどインパクトがないとしているそうです。

──ファンが聞いたら怒りそうですね。

スポーツチームの経済効果を疑うようなこうした研究は、1999年にデニス・コーツ(Dennis Coates)とブラッド・R・ハンフリーズ(Brad R. Humphreys)というふたりの研究者が執筆した論文「The Growth Effects of Sport Franchises, Stadia, and Arenas」から始まっているとのことで、そこでは、通常のシーズンと野球チームがストライキで試合を行わなかったシーズンとを比較して、市民の収入にはなんの違いもなかったこと、また、チームが町を去っても、ほとんど経済的損失が見られなかったといったも明かしたそうです。

──むむむ。困りましたね。

さらに、ロサンゼルス市が行った調査によると、1999年にバスケットボールのレイカーズと、ホッケーのキングスが町を去ったあと、税収はむしろ増えたというレポートを出しているそうです。

──あちゃー。

いじわるな記事なんです、これ。ただ、だからといって、スポーツチームがあることがまったく無意味になるわけではもちろんありません。実際、スタジアム周辺の飲食店やバーなどは大きな打撃も受けるわけですが、それでも、都市計画のある専門家は、とくにCOVID-19以降、飲食店にとってテイクアウトやデリバリーのビジネスが重要性をましているなか、スタジアムやアリーナの近くに店を構えることの意味はなくなっている、と語ってもいます。

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──そうなってくると、高いお金をかけてスタジアムを建設する意義は、今後どんどん見出しにくくなっていくのかもしれませんね。

そうですね。おそらく、ここでもスポーツベニューの再定義は急務と言えるのかもしれません。ただ、それでもスポーツビジネスの規模は、今後さらに伸びるとされてはいまして、コロナ前の試算では、2025年には、現在の市場規模の3倍の15兆円にまで達すると見込まれていたんですね。

──へえ。そんなに伸びますか。

あくまでもコロナ前の試算ではありますが、『スポーツビジネス15兆円時代の到来』(森貴信、平凡社)という本では、2016年に日本政府が提出した「日本再興戦略2016 – 第4次産業革命に向けて」が紹介されておりまして、そこでは「スポーツ」を成長産業と位置付けて、数値目標や達成のための施策を描いているのですが、その数値目標が、2015年に5.5兆円だった市場規模を2025年に15兆円まで成長させるというものなんです。

──それを達成するためにどんな施策があるんでしょうか?

そこで語られている内容には3つの柱がありまして、「スタジアム・アリーナ改革(コストセンターからプロフィットセンターへ)」「スポーツコンテンツホルダーの経営力強化、新ビジネス創出の促進」「スポーツ分野の産業競争力強化」となっています。

──ふむ。

詳細はここで紹介すると長くなってしまいますので興味ある方は上記の本を読んでいただけたらと思うのですが、「日本再興戦略2016」によれば、どうも「スポーツ産業を我が国の基幹産業へ成長させる」ということになっていたようです。

──すごいですね。初めて聞きましたが、そう言われると、オリンピックを無理にでも開催しようとしている理由も見えてきそうですね。

スタジアムについていえば、飲食、観光、商業から教育、文化にまでまたがる産業が交錯する複合施設化していくような道筋が、先の本では描かれていますが、地域コミュニティにとっての経済的・社会的なハブになるようなものとして、スタジアムが構想されています。仮にスポーツチームの経済効果が言われているほど大きなものでなかったとしても、それでもスタジアムの「ソーシャル」な役割や価値は、やはり小さいものではないのとも思います。

──ソーシャルな価値ですか。

はい。スポーツには、メディアコンテンツとしての価値と、同時にそれが人と人をつないでいくような価値とが同居していますよね。「観戦する」という行為のなかには、放映権や観戦に紐づく経済的効果だけでなく、そこで友人に会うといった社会的な価値もあるはずですし、一方で、スポーツを実際に自分でする場合においては、身体・メンタルを含む健康の促進といった価値と同時にコミュニティづくりといったソーシャルな価値が前景化しますが、スポーツ人口が増えることによってもたらされる経済効果というものも当然あるわけですから、その双方を、踏まえた上で、全体的な観点から、スポーツというものの価値を、社会のなかでどう定義していくのかが問われているんだと思います。

──経済効果だけでは測れないところがあると。

それはもちろんです。簡単な区分けの仕方をしますと、スポーツには、そのメディア的な「コンテンツ価値」と、ソーシャルな「コミュニケーション価値」の双方が、入れ子状に入っているわけでして、それぞれを切り分けて考えるのも難しいんですね。例えば、誰でも普段から気軽にスポーツを楽しむことができるような空間をつくっていくことは、基本アマチュアのためにやることだったとしても、そうやって裾野が広がることは、プロリーグの持続可能性のためには不可欠でもあるわけでして、そうやってプロリーグが活性化すれば、市民の間でスポーツに参加することに対してより興味が湧くでしょうから、いわば、さまざまな価値が複合的に絡まり合って循環するようなエコシステムを目指していくことが今後は大事になってくるのだと思いますが、スタジアムというものは、そういう意味では、そうした価値が交錯する、より多彩な体験の場として設計されていく必要がありそうですよね。

──「動員数」のような指標だけで見ていてもダメだということですよね。

ずいぶん前にスタジアム専門の建築家のインタビュー動画を見たことがあるのですが、そこで言われていたのは、「未来のスタジアムは、スタジアムがないことだ」ということで、その例として、たとえばスペインの街中で行われる闘牛が挙げられていました。

──普段は広場として使われている空間が、そのときだけ闘技場に変わるということですね。お祭りってそういうものですよね。

はい。言ってみればポップアップ・スタジアムということですね。実際、F1は、いわゆるサーキットでのレースから年々、市街レースへと比重がうつっているように感じます。たしかロンドンやモスクワなどが市街レースの実施に向けて名乗りをあげていたかと思うのですが、遠隔地に巨大サーキットをつくってその運営を観客動員だけでまかなうというやり方は、ビジネスモデルとしてもやはりしんどくなっているように思うんですね。特にある競技に特化してしまった専用ベニューは、ほかの使い道を見つけるのも困難でしょうし。

──たしかにそうですね。ロンドン五輪の競技会場は、客席が仮説で、オリンピック後は公園として利用されるみたいな設計になっていましたが、それも考え方としては一緒ですね。

パンデミックのリスクが、今回の新型コロナで終わるわけではないとすると、群衆が密集するような空間の運営のあり方は決定的に変わっていくはずです。そうした不確実性を前提にした運営が求められていくのだとすると、不動産への大規模な投資は、それ自体がリスクでしかありません。一方で、デジタルメディアを用いたスポーツ消費は、まだまだ成長性が見込まれているわけですし、おそらくは今後は、オンラインのリアルタイムベッティングなんかも本格化してくるようにも思いますので、コンテンツホルダーは収益の軸を、きちんとそこに置いておく必要があるようにも感じます。

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──ベッティング?

賭博ですね。

──ああ。へえ。そうなりますか。

Jリーグがやっている「toto」のようなものを発展させて、オンラインで中継とリアルタイムで展開するというのは、5Gがもたらしうるひとつの大きなビジネスチャンスだと思うのですが、サイバーエージェントがこの10月に公表した試算によれば、その経済効果は年間7兆円になるとされています。

──でかいですね。先に出てきた2025年の目標数値の半分ですもんね。

スポーツ領域のデジタル化というと、とかくe-Sportsが語られますが、個人的な考えでは、スマホを通じたリアルタイム視聴の上に、賭博がかぶさっているというのが、その本丸ではないかと思っています。経済規模も大きいですから、いわゆるメガスポーツと呼ばれる、巨大なグローバルビジネスはますます大きくなるでしょうし、賭博というレイヤーが乗っかることによって、マイナーなスポーツのマイナーなリーグにも面白い可能性が開けるような気もします。

──それぞれのリーグにしてみれば新たな財源にもなりますしね。

昨年、中国の衆安保険という会社を訪ねた際に聞いた面白いサービスがありまして、それは飛行機の遅延保険というものだったんです。自分の飛行機が遅れたときのために保険をかけておくわけですが、そのとき、保険ってリアルタイム化がどんどん進行していくことによって博打化していくんだな、と思ったんです。通信速度があがり、情報処理スピードもあがっていけば、スポーツにおける賭博は、もしかしたら、サッカーのペナルティキックやバスケのフリースローなど、ひとつひとつのプレーを対象にすることもできるようになるはずですし、わたしが聞いたところによりますと、そうしたことの実装に向けて、大手ゲーム会社やカジノ企業などがビッグスポーツに大きく関わりはじめているようです。2028年のロス五輪が、そのひとつの大きな転換点になるとも言われているようです。

──面白いですね。

ちなみに、アルメニアでは、オンライン賭博のデジタルソリューションをカジノの胴元やヨーロッパのサッカーリーグなどに提供している企業を訪ねたことがあります。CEOにもお会いしたのですが、各国の賭博、いわゆるIR(統合型リゾート)の規制緩和に関しても詳しく、日本の状況などもよく知っていましたよ。つまり、IRは、リアルの施設の不動産開発だけの話ではなく、オンラインでのサービス展開が含まれたアイデアとして考えられているわけですね。

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──うーん。なるほど。聞けば聞くほど、東京五輪と、それに付随する開発のやり方は、20世紀型オリンピックの最後の回、という感じがしますね。

不動産開発をして土建屋にお金が回れば、それで景気対策・経済対策になるという古典的な発想から抜け出ることができない悪弊が、コロナによっていよいよ明らかになっているなという感じがします。デジタルのキモは、不動産が担保していた希少性というものを反故にするものですから、それとはまったく異なる視点から不動産を考えないと、「リアル空間への動員」に頼ることが難しくなっていくポストコロナ世界では生き残れなくなるようにも思うのですが、どうなんでしょうね。

──ほんとですね。

また、オリンピックについていえば、そもそもお金がかかりすぎて、さまざまな都市が持ち回りで開催する、いわゆる「巡業モデル」が、コロナ以前から限界に来ているのは明らかだったわけですから、20世紀型のマスメディア主導のモデルは、もうもたないですよね。

──デジタルデフォルト、もしくはスマホデフォルトのスポーツ体験が新たに組み上げられていくことになるということですよね。

そうですね。ちなみに、そうした動きを主導しているのは、おそらく世界でもNBAなんじゃないかと思いますが、元マイクロソフトCEOのスティーブ・バルマーはいまロサンゼルス・クリッパーズのGMをやっていまして、双方向な新たなスポーツ視聴体験をつくりだす実験を、データサイエンティストたちとともに果敢に行っていると『Fast Company』が報じています。アリーナ内にセンサーを張り巡らせて、全選手の動きをリアルタイムでトラッキング・解析するような設備が、すでに実装されています。

──すごいですね。

そうやって、ますますスポーツ視聴がデータドリブンなっていきますと、オンラインでの視聴の仕方もどんどん変わっていくことになりますが、それにすでにアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などが興味をもっていることが記事では明かされています。

──ふむー。なるほどー。そうなるとデジタル視聴体験のほうに、より一層、ビジネスの比重は傾きそうですね。

NBAは、無観客で、フロリダのディズニーリゾート内で完全なバブリングを行うかたちで今シーズンを実施しましたが、これは、いい実験になったのではないかと思えてなりません。クリッパーズが着々とつくりあげつつある、センサーをごまんと搭載したアリーナ/スタジオのような空間から、全世界に向けて試合を配信するような未来が想像されているのだとすると、無観客であることは、大きな問題ではならなくなってくるようにも思えます。VIPだけが、現場で見られるみたいなことにしておく方が、むしろ費用対効果としては合理性が高い可能性すらありそうです。

──SF映画やアニメにはそんなシーンがあったりしますが、それがいよいよ現実になるかもしれない、と。

そうした流れと、よりソーシャルなコミュニティベースの活動とが、双方からみあうかたちで進行するのではないか、と思います。ある意味二極化するといいますか。デジタル視聴と草の根の体験という二極を、どう接合させていくのか、ということになるんじゃないか、という予測です。

──コロナはそういう意味では、大きな転機にはなりそうですが、どうなんでしょうね。

どうでしょう。少なくとも元の状態に戻れば、それでよしというわけにはいかないような気がします。日本のスポーツに関する「成長戦略」は、ある意味でコロナという想定外の落とし穴によって足踏みをさせらてしまっている状態なのではないかと推測しますが、無観客という縛りのなかで、それでも人を熱狂させられる体験を与えることができるのであれば、不動産ビジネスに立脚した従来のモデルから脱却できるわけですし、今後も起こりうるパンデミックのリスクを回避できるわけですから、今の時間を、それを実現するためのチャンスと見るかあるいは危機と見るかで、今後の成長性も当然変わってくるのかなと思います。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社を設立。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子さんとともホストを務める「こんにちは未来」をはじめさまざまなポッドキャストをプロデュース。


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