A Guide to Guides
週刊だえん問答
Quartz読者のみなさん、おはようございます。週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今年最後の「だえん問答」はメール1通には収まりきらない文字量に。上・下2通のニュースレターに分けて、1分違いでお届けします。
──激動の2020年も、今年でいよいよ最終回です。
やれやれ、ですね。
──お疲れさまでした。
いや、ほんとに。疲れました。
──今年はどんな1年でしたか?
うーん。正直言うと、ほとんど覚えていない感じなんですよね。
──印象に残った出来事とか。
うーん。ほとんど旅ができない1年でしたから、旅をしたのは印象に残っているかもしれません。
──社員旅行とか、行ってましたよね。
そうですね。それも楽しかったですし、つい先週に収録と配信のために山形を訪ねたのも、よかったですね。
──何がよかったんですかね。
よくわからないんですよね。今日ランチを一緒にしていた知人は「今年は匂いの記憶がほとんどない」と言っていたのですが、毎日、限られた同じ空間だけで過ごしていると、それまで感知していた情報量と比べて、情報量が全体として減っているのかなとは感じますね。今年、旅に出て思ったのは、違う景色のなかに身をおく、ということは大事なんだろうな、ということでした。
──なるほど。
上記の2つの旅はともに、ハイエースを借りて、それこそバンドのツアーみたいな感じで出かけたわけなんですが、それこそトイレ休憩とかでコンビニに何度も立ち寄ることになりますよね。
──たしかに。
もちろん、コンビニなので、どこに行っても置いてあるものは変わらなかったりするわけですが、それでも店舗の広さや商品の配置は、それぞれ微妙に違っていますから、毎日使っているコンビニのようにはスムーズに買い物ができないわけですね。
──まあ、そうですね。
で、旅から帰ってきて、といっても2泊しただけですが、数日ぶりにいつものコンビニに行くと、極めて円滑性が高くて、「やっぱ、ホームグラウンドっていうのは楽ちんだな」と感じたんですね。
──あはは。
と思うことで、逆に、ホームではないコンビニでは、それなりの摩擦を感じていたんだなということに気づいたんですね。まったくもって大層つまらない気づきで申し訳ないくらいなんですが、ただ、そう感じてみると、やっぱりルーチンのなかにずっと閉じ込められているのは、危険なものだなと思いもしたんですよね。
──ある意味、すべてが予測通りというか、想定内におさまるわけですからね。
そうした円滑さは、日常を運営していく上で、もちろん重要なことではありますが、怖いのは、その円滑さを「円滑さ」として認識しなくなってしまうことですよね。つまり、自分の日常がつるつるなものなのだとしても、それに馴染んでしまうと、それが「つるつる」なのかどうかわからなくなっていくと言いますか、触覚そのものが消えてしまうんですよね。つるつるかどうかも感じなくなってくると言いますか。
──面白いですね。
自分の日常の「つるつる」さを見出すためには、ザラザラなほかのものを、定期的に触らないといけないということなのかもしれません。
──旅は、その意味ではいいですよね。
そうなんです。つるつるってやっぱいいな、と感じることができたりもするわけですから。そういう意味でいうと、そういう触覚みたいなものを失っていた1年だった、という感じはちょっとしますね。加えて、すべてがオンライン化していくと、視覚情報の優位性がどんどん高まっていきますから、なんだか、五感にいっそうの偏りが生まれていくことになるのかもしれません。
──『週刊だえん問答 コロナの迷宮』に収録された最終話はポッドキャストのお話でしたが、聴覚をめぐるポッドキャストの隆盛は、そうした状況と関係があるのかもしれませんね。
そうですね。これとは全然違う話なのですが、最近非常に気になっていることがありまして。
──はいはい。なんでしょう。
「分散」ということばについてなんです。
──ほお。
それこそ都市機能の分散、とか、ワーカーの分散、とか、とにかく「密」を避けなくてはならないコロナのような状況のなかにあって、いま、「分散こそがソリューションだ」といった感じで、政府も企業もやたらとこのことばを使うのですが、どうも根本において理解が間違っているような気がするんですね。
──そうですか。
以前、この連載で、リモートを前提とした労働環境のなかで東京のワーカーを地方に分散させようという政策のことを取り上げたことがありますが、まず、「分散型社会」ということについて基礎的な考え方を見てみましょうか。これは、「京都大学こころの未来研究センター」の広井良典先生が、『現代ビジネス』において書かれた記事からの引用となります。
「これからの時代において感染爆発の繰り返しを避けるためにも「地方分散型システム」への転換が鍵となることを述べたが、ここで「分散型」というとき、それは以上のような国土の空間的構造に関する点のみならず、実はもっと広い意味を含んでいる。すなわちそれは、
- 働き方あるいは職場-家庭の関係性における『分散型システム』……リモート・ワークないしテレワーク等を通じて、自宅などで従来よりも自由で弾力的な働き方ができ、また余暇のプランも立てやすく、仕事と家庭、子育てなどが両立しやすい社会のあり方、
- 住む場所あるいは都市-地方の関係性における『分散型システム』……ローカルな場所にいても様々な形で大都市圏とのコミュニケーションや協働、連携が行いやすく、オフィスや仕事場などの地域的配置も「分散的」であるような社会の姿
を指している」(広井良典「コロナ後、日本はどうなるか? 地方分散型への転換と『生命』の時代」2020年5月29日、現代ビジネス)
──いいじゃないですか。
いいんですよ。ここにまったく間違いはないんです。ただ、そのあと、広井先生はこうもおっしゃっているんですね。
「以上に関連して、今回の新型コロナを契機に、自宅での仕事やオンラインの会議等が広く浸透し、その結果、高額の家賃を払って都心にオフィスや会議室を持つことの必要性があまり感じられなくなり、オフィスの縮小や郊外移転等を検討する企業が増えているといった点はすでに様々な形で論じられている。
また同様の背景から、地方への移住やオフィス移転を考えたり実行に移したりする個人や企業が増加していくことも予想されている。
この場合、こうした『分散型』の働き方やライフスタイルへの移行において最終的にもっとも重要なのは、それが個人の『幸福』にとってプラスの意味をもちうるという点だろう」
──ははあん。キモは最後の1行ですね。
そうなんです。ワーカーをオフィスから解放して、好きなところに住まわせて、好きなところから働いてもらうのは、一見良いことのように見えますし、それが「個人の『幸福』」につながるように見えはするのですが、問題は、それによって、個々人のワーカーがこれまでの企業の管理からより自由になるのかといえば、実際どうなのか、という問題はあるわけです。加えて、経済的に大都市の企業に依存するワーカーが全国的に分散していくことになるだけなのであれば、インターネットを介した大都市従属が強まるだけ、ということにもなりかねないのではないか、と思うんです。
──あらら。たしかにそうですね。
つまり、インターネットは空間を超えて人を管理しうる装置であるという、根本的な問題系がここではすっぽりと忘れ去られているように感じるんですね。
──たしかに、全国に散らばったリモートワーカーを中央が集中管理している状況でしかないわけですもんね。
空間的なパノプティコンが全国規模に拡大されるだけなのであれば、これはもうただ単に、都市への権利集中が高まるだけ、ということになるのではないか、と。というのも、最近タクシーでやたらと「スカイテクノロジーズ」という企業のCMを目にするのですが、これが「仕事の見える化」をお題目にした、HRツールなんですね。
──ほお。
このCMを日本でご覧になったメディア美学者の武邑光裕先生が、驚愕しておりまして、「ベルリンだったら完全にアウトだろう」とおっしゃるんですね。おそらく、GDPRに違反しているということになるのだと思いますが、日本では、「デジタル化がもたらす分散化」のはずが、デジタルツールによって逆に集中化が高まりうるという原理をあまりよく理解されていないのではないかという感じがします。中国のような管理国家を目指そうと、あえてそれをやろうとしているのであればもちろん支持はしませんが、それもまだ意図があるだけマシとも言えそうで、多くの場合、字義通り「それを実装すれば幸福な社会が来る」と、ただうすぼんやり思っているだけとしか思えないのが、もうほんとうに怖いんですね。
──困っちゃいますね。
分散型と言うときに、本来であれば、「自律分散型」と言わなくてはいけないんだと思います。そして、そこにおける力点は、「分散」そのものではなく、それが「自律的に運営される」ところのほうでなくてはならないはずなのですが、どうもそこの視点が抜け落ちるんです。
──それは、まさにイヴァン・イリイチが言っていることですよね。
はい。分散を謳うのであれば、権限が、まずは分散化されなくてはなりませんし、それに伴って経済的な自立が達成されなくてはなりません。それらを中央に預けたまま分散だとか言っても、むしろ従属性が高まるだけになります。おそらく政治の領域において「地方分権」のようなことが言われるときには、実態はどうあれ、このことは考慮されているとは思います。一番、このことをわかっていないのは、むしろ企業のほうかもしれません。
──そうですか。
と、思いますよ。先ほどの広井先生の引用にある「ローカルな場所にいても様々な形で大都市圏とのコミュニケーションや協働、連携が行いやす」いシステムが、誰を一番利するのかといえば、大企業じゃないですか。かつ、生活費の安い地方にワーカーを住まわせることで、場合によっては給与を抑えることだってできそうですよね。自分が仮に大企業に勤めていて、それなりに重要なポジションを目指していたとしたら、絶対に地方になんか移住しないと思いますよ。どう考えたって、本社の特権性・優位性が高まるわけですから。
──たしかに。出世よりももっと大事なものがある人にとってはいいでしょうけれど。
そうなんです。出世よりも大事なものがある人は、むしろ競争的ではない環境のなかで、のびのび生きたいわけですから、そういう人を地方なりが受け入れたいと考えるのであれば、その土地土地で身の丈にあった仕事場やビジネスができる環境があることのほうがはるかに重要だと思うのですが、そうした観点から「成長戦略」「経済戦略」を具体的に語っている自治体は、自分の知る限りほとんどないですけどね。「分散化」に乗じて、企業誘致をしようなんて話は、これまでの工場誘致と発想が一緒ですから、いい加減やめたほうがいいんですよ。
──なるほどなあ。
ちなみにですが、今回の〈Field Guides〉でも、いまお話したようなことが具体的に触れられているんです。
The rise of employee activists
働き手のアクティビズム
──あれ、そうでしたか。
はい。「ヨーロッパはワークライフバランスの権利を効果的に守ることができるのか」(Can Europe effectively legislate the right to work-life balance?)という記事は、「Right to Disconnect」、つまり「つながらない権利」を扱ったものでして、現在、これが欧州議会において法制化されるべきかが議論されているとしています。
──へえ。
この権利は2000年を過ぎたころから問題として提起されてきたそうですが、とりわけフランスでこれが重要なイシューとされるようになったのは、現在はオランジュ(Orange)の名称に変わっているフランステレコム(France Telecom)において、過酷な労働環境のなか、2007〜2010年にかけて従業員の自殺が相次いだからだそうで、この事態を受けて、「つながらない権利」がフランスで法制化されることとなりました。『日本の人事部』というウェブサイトに概要の説明がありますので、一応、引用しておきましょうか。2017年の記事です。
「『つながらない権利』が法制化された背景にあるのは、ICTの進歩・普及による働き方の変化です。週35時間の労働時間制限が義務付けられ、先進国中もっとも労働規制の進んだ社会として知られるフランスにおいてさえ、職場に広がるデジタルコミュニケーションがオン・オフの境界線をあいまいにし、労働時間制限を事実上無効にするおそれが高まっていました。
翻ると日本は、もともと長時間労働や持ち帰り残業が常態化している上、『顧客のためなら休日も時間外も関係ない』といった風潮も根強いため、状況はより深刻といえるかもしれません。スマートフォン一台あれば、いつでも、どこでも仕事と“つながる”ことができてしまう労働環境。便利になった一方で、プライベートな時間への侵食には歯止めがかかりません。独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った13年の調査によると、始業と就業時間が決まっている通常の被雇用者でも、勤務時間外の連絡が『よくある』『ときどきある』と回答した人はあわせて3割を超え、就業時間を自分で決められる裁量労働制では4~5割に上りました」(「つながらない権利」2017年1月27日、日本の人事部)
──見えてきました。上記のような状況が、コロナによるリモートワークの一般化によって一気に加速したというわけですね。
その通りなんです。もっとも、このときの法制化において「つながらない権利」は定義もあいまいで、法律自体もあいまいであったことから抜け道も数多くあり、さらに、法自体の有効性を問う声も根強くありますので、どのようなかたちで実施されるのかわかりませんが、2015年、政府の命を受けてFrance Telecomの問題とデジタル化による職場環境の変化を調査したレポートは、「つながらない権利」について、このように結論づけているそうです。
「つながらない権利は、雇用者と被雇用者の共同責任であり、そこにはつながらない義務、も含まれる」(M. Bruno Mettling「Transformation numérique et vie au travail」2015年9月)
──つながらないのは「権利」であるだけでなく、「義務」ともなるというわけですか。
これは、先にお名前を出した武邑先生が『プライバシー・パラドックス』という本のなかでも指摘されていたことですが、プライバシー保護は、もはや「権利」ではなく、市民ひとりひとりの「義務」として考えるべきだという方向に、すでに欧州では議論が進んでいるんですね。つまり企業や政府をいくら規制したところで、市民がほいほい個人データを企業に差し出してしまっているような状況を乗り越えようと思えば、罰則も視野に入れつつ、義務化を考慮する必要性がでてきているということです。
──大変ですね、それは。
また、企業とワーカーが共同で責任を負うべきものだ、という指摘も興味深いものだと思います。ここでようやく本題に入っていくことになりますが、今回の〈Field Guides〉は、「エンプロイー・アクティビストの勃興」(The rise of employee activists)というお題で、従来の組合という枠組みとは別のやり方で、会社のなかで労働環境の改善や、会社の方針などに異議申し立てをする「アクティビスト」の活動や、そうした活動が増えている状況をレポートしていますが、特集のなかで、繰り返し言及されるのは、こうしたアクティビズムを左遷といった報復でもって応えるのではなく、真摯に協調していくことで、会社自体のパフォーマンス全体が改善されていくということです。
──これまでのような、会社対労働者でという対立軸で考えるのではなく、ともに責任を負うというスタンスが重要ということですね。
おそらくそういうことなんじゃないかと思います。とはいえ、いきなり「エンプロイー・アクティビズム」と言われてもなんのことかピンとこないところもあるかもしれませんので、「エンプロイー・アクティビズム年表」(A timeline charting the new rise of employee activism)という記事がありますので、そこでめぼしい事例をみてみましょうか。
──助かります。
年譜は2011年から始まっていまして、まず、ターゲット(Traget)がブラック・フライデーのセールを前倒しして感謝祭の夜から始めることを発表したことに、従業員が反発して、Change.orgで社内・社外から19万人分の署名を集めた出来事が挙げられています。次いで、2014年にデジタルメディア企業のゴーカー(Gawker)でジャーナリストが組合結成の運動を行い、その影響もあって、Quartzも含む多くのデジタルメディア企業に組合がつくられたそうです。Quartzの組合は2018年につくられたそうです。
──へえ。
次いで、2016年のコリン・キャパニックが国歌斉唱を拒否した事件が取り上げられていまして、2017年には、ウーバー経営幹部におけるセクハラが内部告発によって明かされ、CEOだったトラヴィス・カラニックが辞任に追い込まれています。それを追うかたちで、シリコンバレーでは同じような告発が相次ぎ、同年の秋には、『The New York Times』の暴露記事によって、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが告発され、これを受けて「#MeToo」運動が再燃していきます。
──なるほど。社会運動と連動しているわけですね。
はい。2018年にはグーグルで大きな動きがあります。まず「Project Maven」というペンタゴンからの受託プロジェクトへの反対署名が4月に社内でおきます。これはドローンによる攻撃精度を向上させるために画像解析ソフトの開発プロジェクトです。グーグルは社員の反対にもかかわらず、このプロジェクトをやめませんでしたが。
──ふむ。
その影響もあったのか、同年11月に大規模なストライキ(Walk Out)がありまして、これはセクハラの加害者であったアンディ・ルービンに対して9,000万ドル(約101億円)の退職金が支払われることが『The New York Times』によってすっぱ抜かれたことを契機にして起きた反対運動でして、世界40カ国の2万人近いワーカーが参加したと言われています。
──すごいですね。
これ以外にも2018年には、マイクロソフトやオグルヴィといった企業が、米軍をクライアントとした案件を受託したことから社員の反対運動にあっていたり、アマゾンでは、気候変動をめぐるデモに参加するために社員がストライキしたり、と2018年以降は、数多くのアクティビズムが行われるようになっています。
──コロナ下のメーデーでも、アマゾンの職員はストライキをしてましたよね。
そうですね。2020年はオンラインストライキという手法だったりもしますが、Black Lives Matter運動への対応をめぐって署名運動やストライキなどが起きたり、コロナ下においてむしろ動きは活発化しています。つい、この12月3日には、こうした運動をオーガナイズしていた社員をスパイしていた容疑でグーグルがNLRB(National Labor Relations Board、全米労働関係委員会)によって告訴されています。
──なるほど。こうした動きをみていると、会社というもののあり方が、本当に根本から問われているように思いますね。来年以降も、この趨勢は強まるばかりでしょうね。
本当にそう思います。
このニュースレターの続きは、1分違いでお送りしている「Guides:#34 働き手たちのアクティビズム・下」でお読みいただけます。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社を設立。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子さんとともホストを務める「こんにちは未来」をはじめさまざまなポッドキャストをプロデュース。
😀 2020年のQuartz Japanのニュースレターはこれが最後。2021年は、1月4日から最新ニュースをお届けします。年末年始は過去アーカイブでお楽しみください。
🎧 Podcast最新回では、最新ニュースを話題に編集部メンバーが立ち話。日本における「SLUSH」の代表を務めてきた古川遙夏さんも遊びに来てくれました。Apple|Spotify
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