Deep Dive: Impact Economy
始まっている未来
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毎週火曜の「Deep Dive」では、今世界が直面しているビジネスの変化を捉えるトピックを深掘りしています。今日は化石燃料産業やクリーンエネルギーを取り巻く世界の状況に加え、気候テックに賭ける企業や投資家について見ていきます(英語版はこちら)。
overview
まずは概況から
気候テックによって世界的なクリーンエネルギーへの移行が加速する一方で、石油産業は変化の波に乗り遅れています。新型コロナウイルスのパンデミックが深刻化したことで原油価格は急落し、以前から先行き不透明感が漂っていた業界に追い討ちをかけることにもなりました。
ロックダウンに伴う航空需要の激減を受けた原油価格の大幅な下落は、石油業界にとって新たな警鐘となりました。コロナ禍で人々の生活は大きく変化しており、企業のビジネスモデルやオフィス文化も根本から崩れつつあります。マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、原油価格がコロナ前の水準を回復するのは2024年以降になる見通しです。
石炭産業はさらに悲惨で、世界の石炭火力発電の設備容量は2020年上半期に初めて縮小に転じました。各国政府は気候変動対策を強化しており、石油会社は事業内容や環境対応を巡る変革を余儀なくされています。石油メジャーの2025年までの再生可能エネルギーへの投資額は、総額180億ドル(約1兆8,600億円)に達する見込みです。
石油産業が改革に取り組む一方で、世界では「あらゆるものの脱炭素化」運動が進みつつあり、スタートアップ業界では気候テックブームが起きています。ドローンを使った緑化技術から、エネルギー効率を高めるためのアルゴリズムや電気飛行機まで、気候テックの範囲は多岐に及びます。この分野にはシリコンバレーも注目しており、PwCのデータによると2019年のベンチャー投資の6%は気候テック関連でした。
各国の政府も脱炭素化に舵を切っています。NPOのScience Based Targetsによれば、現時点で120カ国が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げるほか、300社を超える企業が同年までのカーボンニュートラル達成に向けた取り組みを進めています。
ただ、気候テックに賭ける起業家たちの情熱とは裏腹に、ベンチャーキャピタリストはまだ形勢をうかがっているようです。一夜にしてユニコーンに成長するソフトウェア関連のスタートアップと違い、気候テックを支えるには強固な経済基盤と長期戦を戦えるだけの持久力が必要になります。一方で気候テックのエコシステムは確実に拡大しており、スタートアップは1,200社を超えるほか、投資家の数は2,500に上ります。それでは、詳しく紹介していきます。
An industry in transition
いまは、過渡期
エネルギーは経済活動の中核であり、歴史上の巨大企業には石油・ガス会社が名を連ねます。世界の石油消費量は1945〜1970年の間に6倍に増えたほか、2000年代初頭からはフラッキング(水圧破砕法)によるシェールガス開発ブームが10年以上続きました。
一方で、気候変動や再生可能エネルギーの台頭に加え、新型コロナウイルスのパンデミックもあり、石油・ガス業界は変革を迫られています。
A bad first half of the year for coal
化石燃料からの転換期
石炭は過去数世紀にわたって主要なエネルギー源であり、現在でも世界の総発電量に占める石炭火力発電の割合は38%と首位を保っています。電力会社は拡大する需要を満たすために石炭を燃やし続けていますが、変化の兆しも現れているようです。
NPOのGlobal Energy Monitorによると、世界の石炭発電の総設備容量の伸びは2020年上半期に初めてマイナスに転じました。背景には、COVID-19による電力需要の減少と欧州連合(EU)の環境汚染規制があります。
Covid-19: A final wake up call
コロナは、最後の警鐘
COVID-19は変化を避けようとする化石燃料業界にとって大きな圧力となっています。航空需要の激減とロックダウンを背景に、原油価格の世界的指標のひとつであるWTI原油の先物価格は4月、一時的に史上初となるマイナスに落ち込みました。
原油価格はその後回復しましたが、それでもコロナ前の水準を大きく下回っています。米国の石油産業の中心地テキサス州では、4月だけで2万3,600人が解雇されました。これは1990年以降で最大の人員削減です。マッキンゼーは原油価格がパンデミック以前の水準を回復するのは早くて2022年、遅ければ2024年になると予想しています。
The looming climate issue
迫りくる気候変動
気候変動によって生じる問題を最小限に抑えるには、温室効果ガスの排出量を急速に削減する必要があります。
現在、世界20カ国が炭素排出量ゼロを打ち出しているほか、120カ国が目標の策定に取り組んでいます。NPOのScience Based Targetsによると、産業界では300社を超えるグローバル企業が2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言しました。
Oil companies agree to disagree
業界は一枚岩ではない
生成可能エネルギーに対する石油業界の姿勢は欧州と米国で異なります。石油メジャーの生成可能エネルギーへの投資額は向こう5年間で総額180億ドル(約1兆8,600億円)に上る見通しですが、これは主に欧州企業によるものです。
米エクソンモービルの2019年の売上高は2,550億ドル(約26兆2,800億円)でしたが、低炭素技術への投資額は今後10年間でわずか1億ドル(約103億円)にとどまります。また、エクソンの投資は主に炭素回収技術向けで、これは同社が化石燃料の利用を続けていく方針であることを示しています。
Expanding clean energy
クリーンエネルギー拡大
太陽光発電は再生可能エネルギーで最も急速に成長しており、米国での発電量は2008〜18年の10年間で46倍に増えました。
ただ、今年はロックダウンの影響のために発電量は各国で停滞傾向にあります。『Bloomberg』によると、太陽光発電と風力発電は新エネルギーでは最安で、この分野への投資額は今後10年間で数兆ドルに達する見通しです。
S&P500種指数の構成銘柄のうち、再生可能エネルギー関連企業の株価は2019年に49%上昇しており、上昇率は全体の平均を20ポイント上回りました。一方で、石油・ガス企業の上昇率は11%にとどまります。世界の自動車販売に占める電気自動車(EV)の割合は現時点では3%以下ですが、2040年には半分を超える見通しです。
technologies investors are backing
投資家が注目する分野
シリコンバレーは温暖化の解決策として「気候テック」に期待しています。温室効果ガスの排出を抑えたり、大気中の温室効果ガスを減らすための技術はすべて気候テックに含まれ、その中身は緑化ドローンから超小型原子炉、省エネのためのスマートフォンアプリ、データセンターのエネルギー効率化、電気飛行機まで、実に多岐に渡ります。
PwCの推計によると、気候テック関連企業へのベンチャー投資は2013年からこれまでの総額で600億ドル(約6兆1,800億円)に上るほか、2019年のベンチャー投資の6%はこの分野に集中していました。
Silicon Valley’s slow-burn romance
シリコンバレーの蜜月
気候テックへの投資は増加傾向にありますが、スタートアップへの投資全体に占める割合はまだわずかです。PwCによれば、気候テックのスタートアップは1,200社を超え、投資家の数は2,500に上ります。
ただ、米国に拠点を置くベンチャーキャピタル(VC)に限ると、2019年のこの分野での投資額はスタートアップ20社に対して総額2億1,700万ドル(約224億円)と、世界全体の2割にとどまりました。参考までに、モバイル分野のスタートアップへの投資額は2014年以降はほぼ毎年150億ドル(約1兆5,460億円)を超えています。
Financing climate tech
最後に、財務でみる
気候テックの資金調達のエコシステムはシリコンバレーの一般的なスタートアップとは異なります。
気候テック企業は成長が遅く、実験設備など物理的資産に加え資金規模も大きいため、アクセラレーターから公的助成金、プロジェクトファイナンスまであらゆる手段が用いられます。また、研究開発だけでも数十億ドルの投資が必要です。
以下、5つのステージにおける「カネ」「課題」「頼るべき相手」を紹介します。
① 研究機関からの独立
- 投資額:50万~100万ドル
- 事業課題:研究機関から独立し、技術や製品を市場で試す
- 資金提供者:NPO、米エネルギー省、エンジェル投資家、Cyclotron Road(エネルギー省の研究開発プログラム)、Prime Impact Fund(公的慈善団体Prime Coalitionのファンド)、Greentown Labs(スタートアップインキュベーター)、CREOシンジケート、The Engine(マサチューセッツ工科大学のスタートアップ支援機関)
② 創業資金の確保
- 投資額:100万~1,000万ドル
- 事業課題:小規模な試験展開を行い、規制当局、サプライチェーンのヴェンダー、投資家などに実証性を示す
- 資金提供者:主にインパクト・インベストメント(社会問題や環境問題の解決を目指した投資)やエンジェル投資家。Elemental Excelerator、Breakthrough Ventures、Prime Ventures、New Energy Nexus, LowerCarbon Capital
③ プロトタイピングと開発資金基盤の確立
- 投資額:1,000万~5,000万ドル
- 事業課題:商業化に向けた資金基盤を確立する。リスクを嫌うステークホルダーを何らかの形で説得する必要がある
- 資金提供者:ベンチャーキャピタルが中心。Preclude Ventures、G2VP、ARPA-E、ScaleUp、DBL Partners、Breakthrough Energy Ventures、Khosla Ventures、Evok、その他のコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)
④ 最初の商業プロジェクト
- 投資額:1,000万~1億ドル
- 事業課題:商業規模での技術検証を行いプロジェクトファイナンスへの道を開く
- 資金提供者:PEファンドとプロジェクトファイナンスが中心。Generate Capital、Ultra、Spring Lane Capital、CVC
⑤ 技術確立と量産化
- 投資額:5,000万ドル~10億ドル超
- 事業課題:技術とビジネス両面でのリスクの明確化。太陽光発電のように資本市場で通用する資産として扱われるようになる。
- 資金提供者:機関投資家、投資銀行、市場での資金調達
こうした関門を乗り越えて資金調達に成功した気候テック関連企業はさまざま。2020年11月27日に配信したニュースレター「注目の次世代『気候テック』リスト」の内容もあわせて読むと2021年以降の展望への理解が深まるはずです。
(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)
本日5日の「Daily Brief」において、日本円の金額に誤りがございました。「世界におけるマグロ輸入の純資産額」は、正しくは「157億ドル(約1兆6,000億円)」です。お詫びして訂正いたします。
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