Guides:#35 ムービーシアターの絶滅・下

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A Guide to Guides

週刊だえん問答

米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題する週末のニュースレター「だえん問答」。メール1通には収まりきらなかった今年最初の「だえん問答」、後編です。

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Image: ILLUSTRATION BY NICOLE RIFKIN

このニュースレターは、1分違いでお送りしている「Guides:#35 ムービーシアターの絶滅・上」の続きです。

How movie theaters avoid extinction

ムービーシアターの絶滅

──と、ここで唐突に今回のお題であるところの「ムービーシアターの絶滅」に入っていくわけですが(笑)、ちなみに、『ワンダーウーマン 1984』は、劇場とSVODプラットホームでの同時公開だったそうですね。

らしいですね。これは、今回の〈Field Guides〉を読んで初めて知ったのですが、本作は2019年に公開予定だったのがCOVID-19の影響で実に7回も公開延期となって、さすがにシビレを切らしたワーナーメディアが、昨年のクリスマスに、劇場と、HBOのストリーミングサービス「HBO Max」での同時公開に踏み切ったという経緯だそうですね。「映画館が絶滅を逃れるために」(How movie theaters can avoid extinction)という記事に詳細が明かされていますが、今回の〈Field Guides〉の主旨は、この決定が、ある意味、映画館ビジネスのターニングポイントになるであろう、というところにあります。

──どうなりますかね。

これはなかなか混みいった話になりますが、映画業界が『ワンダーウーマン1984』に衝撃を受けたのは、それが「ワンダーウーマン」に限った話ではなく、ワーナーメディアが、2021年に公開するすべての映画をストリーミングと同時公開することを発表したからでして、これに『デューン』のリメイク版を監督したドゥニ・ヴィルヌーヴが真っ向から反対する声明を『Variety』に寄稿して話題にもなりました。

──怒ってましたね。

ヴィルヌーヴ監督の怒りは、主にワーナーメディアとHBO Maxを保有している通信会社AT&Tに向けられたもので、この戦略が「うまく集客ができていないHBO Maxのテコ入れ策」であって、「ウォールストリート向けの判断」でしかないとディスりつつ、大画面による劇場体験にこそ映画の未来があるのだと語っていますが、とはいえ、ディズニーやユニバーサルといった大手他社も、必ずしも「同時公開」という戦略は取らないまでも、劇場公開からストリーミング公開にいたるまでの流れを、より柔軟性の高いものにしていこうとしている点においては似た方向性を向いているともいえます。とりわけディズニーは、「ディズニー+」の世界展開がうまくいっていることが、逆に劇場収入の減少をもたらしていると『Quartz』の別記事は指摘していますし、ユニバーサルは世界の劇場チェーンの大手2社と新たに契約を結んでおり劇場収入を捨てる気はないようですが、それも自社のストリーミングサービス「Peacock」がまだそこまで伸長していないからでもあるとされています。

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──各社各様で面白いですね。

こうした各社の戦略を理解する上で重要なのは、いまなお映画の生涯収益の3分の1は劇場によってもたらされているということで、どう考えても、その3分の1をドラスティックに切り捨てるというオプションは、あまり現実的ではないということです。

──そんなにあるんですね。

アメリカの劇場産業は、徐々に収入が減少していますので、ずっと危機感がもたれてきましたが、その一方で、世界を見てみると、中国における劇場収入は年々伸びていますし、実は日本もそうなんですね。

──え。そうなんですか。

そうなんです。日本映画製作者連盟が毎年出している統計によりますと、2019年は封切り本数、入場者数、興行収入において、過去20年で最高の数字に達していまして、これはスクリーン数においても同様です。

──そうなんですね。なぜか斜陽産業という印象しかないのですが、実態は全然違うんですね。

この増加要因が何なのかについては、『Quartz』は「働き方改革」による時短が影響しているのではないかといったコメントを掲載していますが、それも一因かもしれませんが、どういう分析がなされているのかは気になるところですよね。

──2020年は『鬼滅の刃』の記録的ヒットもありましたから、コロナがなければ、さらに伸長したかもしれませんよね。

というなかで、アメリカにおいて、この間もたらされた最も重要なイノベーションは、実は、映画館が映画を独占的に上映できる期間が短縮されたことだと、「映画館が絶滅を逃れるために」の記事は明かしています。

──あ、制限があったんですね。

75〜90日間の独占期間が認められていたそうなのですが、ユニバーサルが昨年夏に大手チェーンのAMCと契約を結び、それを最短17日にするとしたそうです。

──17日?

「週末3回分」という計算だそうですが、これは、ほとんどの映画の劇場収益は公開1カ月に集中しているからだそうで、そうだとすると、これまでの75〜90日間の規制は、映画会社にしても、劇場にしても、1カ月半から2カ月にわたって、無駄にコストを垂れ流していることになります。その無駄を解消しつつ、かつデジタルで得た収益を劇場に対しても分配する、という仕組みを構築しようというのが、ユニバーサルとAMCの提携の狙いとなります。

──ふむ。

さらに記事は、こうしたモデルにさらに、Amazonプライムやアップル TVといったデジタルプラットホーム上におけるレンタル──ここでは「Premium Video on Demand」(PVOD)と呼ばれていますが──に変動価格を導入すべきだと指摘してもいます。

──公開から時間がたてば立つほど価格が下がっていくということですね。

ですね。公開17日目で、デジタルプラットホームにお目見えする際には2,500円なのが、時間を経るごとに価格が下がっていくというモデルです。

──アマゾンプライムはたしか、2,500円前後での販売期間が終わると400円だとかで3日間アクセスが可能になるといった仕組みですよね。

はい。自分はわりと、それを使っていますが、プラットホーム上で弾力性のある中課金を行うというモデルは、有効かもしれません。中国のテンセントミュージックなどは、そうしたモデルをうまく採用して、短期間で黒字転換したとも言われていますね。

──へえ、そうなんですね。

このほかに提出されている面白いアイデアは、劇場チケットとオンラインでのアクセスチケットをバンドルしてしまえ、というものです。

──劇場でも観られるし、家に帰って再度観ることができるようにするということですよね。

そうですね。ただ、いずれにしても、こうした動きは、制作者と劇場での配給とオンラインディストリビューションとをシームレスに結びつけて、作品ごとにうまく戦略を練っていかないといけないことになりますので、現状のように制作は制作、配給は配給と分断された業界構造ではサステインできないように感じます。そこで、今後考えられることは、例えばアマゾンのようなテックプラットフォーマーが、劇場チェーンそのものを傘下に収めるようなシナリオ、もしくはディズニーのような制作者が、自前で劇場網を保有するという筋書きです。

──あり得ますか。

実は映画制作会社が劇場を保有することは、独禁法に基づいて、1955年に制定された「The Paramount Decree」という法令で禁じられていたそうなのですが、それが2020年に改定され、それができるようになったというんですね。

──そうなんですか。ディズニーなんかは、自前の映画ばかりかける映画館をやれば、それなりに儲かるような気がしていて、なぜやらないんだろうと思っていましたが法規制があったんですね。子どもは同じ映画を何度でも観ますし、その都度グッズも売れるでしょうし、サラリーマンが仕事帰りに「今日は『トイ・ストーリー』でも観るか」なんて需要もありそうですけどね。

たしかに。ピクサーだけかかる映画館とか、アベンジャーズの専門映画館とかがあったら、行っちゃいそうな気もしますよね。

──ミニテーマパーク、みたいなものですね。

まさに、そうなんです。それは記事でも指摘されていますが、例えば制作会社やテックプラットフォームが劇場ビジネスに入っていくことで、劇場は、ただ映画を観るだけの空間ではなく、例えばVRのような新たなテクノロジーの試験場のような場所にもなり得るかもしれませんので、そういう意味で、21世紀型の新しい娯楽施設の苗床になりえます。ディズニーが「ディズニーランド」によって「テーマパーク」という新たな産業を「発明」したのと同等のことが、起こりうる可能性はありますね。

──面白いですね。とはいえ、そうなったとして、そのゲームで勝てるのは、やはりメガプラットホームやメガコンテンツメーカーばかりになりそうですよね。インディペンデントな映画館や、インディペンデントなフィルムメーカーの行く末は、ますます暗そうですが。

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そうなんですよね。「COVID-19はインディ・シネマのカーテンコールとなるか」(Will Covid-19 be a curtain call for indie cinema?)という記事は「インディ」の語がダブルミーニングになっていまして、インドの映画産業におけるインディペンデント映画のことを指していますが、ストリーミングサービスがいかにブロックバスター優位の構造になっているかを明かしながら、同時に、それが独立系の作家やスタジオに新しい可能性をひらいているかも明かしています。それはちょうどネットフリックスなどにおいても同様ですよね。

──デジタルプラットホームが新たなチャンスをもたらしている、という側面はある、と。

インドの場合、それを支えているのはニッチなSVODプラットホームの存在だったりします。一口にインドといっても言語・民族の多様性がありますので、こうしたローカルなプラットフォームが存在しうる背景があるんですね。おそらくネットフリックス、Amazonプライム、ディズニー+、アップルTVといった大手以外のもう少しニッチなプラットホーマーの存在が、出てくるようなことが望ましいのかもしれませんが、わたしが知っている限り、映画についていえば、イギリスのアート専門の「MUBI」というサービスくらいしか思いつかないですね。

──そんなのがあるんですね。

これは、ブライアン・イーノも愛用しているそうで、インタビューでこう語っています。

「NetflixよりもMUBIというアート・フィルム専門の配信サービスのほうを多く利用している。そこは、一度に30本しかラインアップがなくて、頻繁に新しい作品を取りれて入れ替えを行っているんだ。配信する作品をしっかり選りすぐっているところが気に入っている。個人的にルールがあって、アメリカの映画はできるだけ見ないようにしているんだ。お高くとまっているだけでしかないんだけど(笑)、見ていてイライラする。日本映画、ポーランド映画、オーストリア映画、ノルウェー映画、オーストラリア映画を見るほうが新鮮だ。世界にはいくつもの言語が存在するわけだからね」(若林恵「ブライアン・イーノが語る、ポストコロナ社会への提言とこれからの音楽体験」2021.1.4、Rolling Stone Japan)

──良さそうです。

わたしもずっとサブスクに加入し続けているのですが、いまサイトを観たところ、ちょうどドゥニ・ヴィルヌーヴの初期の『AUGUST 32ND ON EARTH』という作品がかかっていますね。ゴダールに影響を受けた作品みたいですが。

──へえ。聞いたことない作品ですね。

イーノ先生が言うように、インターネットの良さは、「世界にはいくつもの言語が存在する」ということを知ることができることのはずで、それこそMUBIで、ヘルツォーク監督の『アギーレ・神の怒り』がかかっているのを観て、「インターネットってこういうことのためにあるんだよな」といたく感動したことがあるのですが、ここでいう「言語」というのは、単に、英語や日本語ということだけでなく、映画と一口にいっても、そこにはさまざまな語り口や話法・文法があるといった意味での「言語」だと思うんです。いわゆるブロックバスターの文法から離れた、まったく違う語り口をもったような何かと出会うことが、いまますます難しくなっているのだとすると、かつてであれば、独立系の映画館が担保していた、こういう空間は、インターネット上にないとおかしいですよね。

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──ソーシャルメディアやYouTubeのツライところは、言っている中身がそれこそ真反対であっても、その語り口が、まったく一緒だというところにあったりしますよね。

今回の〈Field Guides〉においては、そうした「違った窓」を与えてくれるような空間をどう持続させていくのかという点においては、あまり示唆がないですし、世の中全体を見ても、有効な答えがあるわけでもないとは思うのですが、ジャパンコミュニティシアターセンターという団体が、2019年に「地域における“新しいコミュニティシネマ/新しい映画の場所”の可能性」という優れたレポートを出していまして、地域再生の文脈から、コミュニティを再活性化するために映画というものをうまく使っているケーススタディを紹介しています。レポートは、こんなふうに現状をまとめています。

「新しいコミュニティシネマは、『多様な映画を上映する』というコミュニティシネマの基本的なコンセプトを保持しつつ、これまで以上に、地域や、映画館を取り巻く人たちとの関係、コミュニティとの関わりを強く意識し、観客やコミュニティとともにある『コミュニティシネマ/映画の場所』を目指しているように見える」(「特別調査 地域における “新しいコミュニティシネマ / 新しい映画の場所”の可能性 」)

──へえ。いいですね。

ここに掲載されているレポートはいずれも結構面白いものですので、興味ある方はぜひ見ていただきたいのですが、願わくば、こうした空間が、単に映画を観て、ある意味消費するだけでなく、それが、新しい「言語」を開発し生み出していくような空間になっていくといいなと思います。

──最初のバスケの話に戻りましたね。

ほんとですね。もっぱら経済空間としてしか見ることができなくなった空間が、実は、草の根のアクティビティ/アクティビズムによって下支えされていたというのがスポーツの世界であるなら、おそらく映画や音楽といったものも、同じである可能性はありますよね。そうしたグラスルーツの空間こそが、巨大な産業に常に新しく新鮮な「言語」をもたらしてきたということを、いま一度、きちんと確認し直す必要がきっとあるんだと思います。

──ほんとですね。

大手の通信会社やプラットフォーマーだけがいたところで、コンテンツは生まれないし、更新も拡張もされないわけですからね。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社を設立。NY在住のジャーナリスト 佐久間裕美子さんとともホストを務める「こんにちは未来」をはじめさまざまなポッドキャストをプロデュース。


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