Deep Dive: Impact Economy
始まっている未来
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アメリカ最大手の自動車メーカーが、世界が注目するスーパーボウルのCMに込めたメッセージとは。毎週火曜の「Deep Dive」では気候変動を中心に、今世界が直面しているビジネスの変化を捉えるトピックを深掘りしています(英語版はこちら)。

今月7日、スーパーボウルで流れたゼネラル・モーターズ(GM)のCMは、同社がガソリン車で築いた栄光の歴史に幕を閉じ、電気を動力源とする新たな時代に足を踏み入れようとしていることを示すものでした。
90秒のスポットCMは、コメディアンのウィル・フェレルが電気自動車(EV)の普及でノルウェーが米国の先を行くことに腹を立てる場面から始まります。同国の昨年の新車販売に占めるEVの割合は54%と世界首位でした。
フェレルは仲間を集め(配役はアジア系女優のオークワフィナと『サタデー・ナイト・ライブ』でお馴染みのキーナン・トンプソン)、GMのクルマに飛び乗って、EVレースに勝つのは米国だと宣言すべくノルウェーに向かいます。
GM’s Big Bet
大きな賭けに出たGM
ここで注目すべき点が2つあります。まず、GMはシボレー「ボルト(Bolt)」の名前を出すのを避けたこと。GM唯一の市販EVモデルであるこのハッチバックは、昨年は約2万台を売り上げています。その代わりにフェレルらが「宣伝」したのは、独自開発のバッテリー「アルティウム(Ultium)」でした。GMは2025年までに市場投入する30モデルに「アルティウム」を搭載する計画です。
次に、フェレルが運転していたEVはクリーム色のクロスオーバーSUVだったこと。クロスオーバーSUVの人気は依然として高く、「ボルト」のようなハッチバックよりもよく売れています。
この2点はいずれも、米国の自動車市場のトレンドを反映したものといえます。

GMにとって、今回のスーパーボウルはガソリン車からEVへの移行を加速することを宣伝する最初の機会になりました(ちなみに、競合のアウディは2019年のスーパーボウルでEVに焦点を当てた広告を流しています)。
同社はEV開発や工場の建設にすでに数十億ドルをつぎ込んでおり、あとは前進あるのみです。米国のEV市場はテスラ車が8割を占めるとされますが、GMはテスラが手がけていないタイプのEVに対する需要を掴もうと必死の努力を続けています。
つまり、これは「のるかそるかの賭けに出た」ということ。
自動車業界では2019年から、カリフォルニア州とトランプ前政権の間で排ガス規制を巡る訴訟が行われています。GMは当初、連邦政府を支持する姿勢を示していましたが、昨年11月にはこれを撤回し、EVへのシフトを急ぐ戦略を再確認しました。また1月には、全モデルを電動化する目標を2035年へと5年間前倒しする方針を明らかにしています。
GMはEVの駆動部や自動運転システムの開発のために3,000人を採用し、設備投資の半分以上をこの分野に費やしています。米国の新車販売に占めるEVの割合は2%弱に過ぎず、2035年までにガソリンおよびディーゼル車全廃という目標は、市場見通しから考えるとかなり野心的に思えます。

ただ、GMはまったくのゼロから走り出そうとしているわけではありません。1996年には米国初の量産EVとなる「EV1」を発売したほか、ハイブリッドカー「Chevrolet Volt(シボレー・ヴォルト)」(現在は廃番)やEV「Bolt(ボルト)」には根強いファンがたくさんいます。
because they were electric
GMに足りないもの
一方で、GMは環境車のマーケティングに向けた努力は怠っているようです。
業界団体の北東部諸州大気管理調整委員会(Northeast States for Coordinated Air Use Management; NESCAUM)によれば、売れ筋のピックアップトラック「シボレー・シルバラード」の宣伝にはカリフォルニア州と東海岸を合わせて推定総額2,900万ドル(約30億3,700万円)を費やしたのに対し、「ボルト」のマーケティング費用はゼロだといいます(なおGMはこれに対し、「ボルト」を購入するような顧客は「一般的なシボレー車の購入層とは違いテレビを観ない」ため、特別に「ターゲットを絞った」広告を打っていると反論しています)。
そしてGMは、「ボルト」のような低価格のモデルよりも、高級SUVや商用車といった利幅の大きいモデルの販売に力を入れようとしています。そして同時に、「誰にとっても楽しく魅力的で使いやすい」EVをつくり上げていくというメッセージを掲げたマーケティングを展開しています(ただし、「ボルト」のオーナーの多くはEVであるためにこのモデルを選んだはずです)。

スーパーボウルのスポットCMは、この戦略を前面に打ち出した最初のものでした。GMのEVのラインナップはいまや、SUVと商用車で埋め尽くされています。「キャデラック・リリック(Lyriq)」(フェレルが乗っていたクリーム色のクロスオーバーSUVです)や「GMC・ハマー」のEV版が筆頭で、この2モデルは来年の市場投入を予定します。
GMのEV戦略は、商用車、SUV、クロスオーバーSUVに対する米国民の嗜好を反映したものといえるでしょう。
EV市場ではこれまでは乗用車の数がSUVやピックアップトラックを上回っていましたが、今年はこれが逆転する見通しです。市場調査会社エドムンズ(Edmunds)によると、2021年に米国で発売が予定される30モデルのうち19モデルは商用車かSUVで、乗用車は11モデルにとどまります。EV市場におけるSUVと商用車の選択肢は、昨年と比較するとほぼ倍増するのです。テスラを含めすべての自動車メーカーが、このセグメントでしのぎを削っています。

Covid-19 stepped on the gas
コロナの追い風
ここに新型コロナウイルスのパンデミックの影響が重なります。米国の新車販売はロックダウンが始まった昨年3月に急減しましたが、すでに以前の水準を回復しています。
今年は購入支援策に加え、パンデミックを受けて都市部から郊外に移住したり公共交通機関を避ける人が増えたために自動車の利用は拡大しており、新車販売は通年で前年比6.5%増加する見通しです。

また、自動車の価格も上昇しています。米国では過去10年以上にわたり、「light vehicle」(乗用車、SUV、クロスオーバーSUVを含むセグメント)の平均販売価格は3万5,000ドル(約370万円、インフレ調整済)前後で推移してきました。しかしパンデミックによる経済の悪化にもかかわらず、平均価格は昨年12月に40,573ドル(約427万円)となり、過去最高を記録しています。
エドムンズのジェシカ・カルドウェル(Jessica Caldwell)はレポートで、「低金利を味方に新車市場の健全な需要を支える経済的に恵まれた消費者は多い」と述べています。

The bigger challenge for Detroit
クルマをめぐる挑戦
当面の課題はEVの購入者が増えるかということにとどまりません。
電気で走るクルマは一部の愛好家(とイーロン・マスク)を魅了することに成功したものの、消費者の大半は傍観の姿勢を崩していません。昨年の世界の新車販売に占めるEVの割合は3%に過ぎず、米国では2%以下とさらに低くなっています。この割合は今年は2.5%に上昇する見通しですが、大手自動車メーカーがEV分野への巨額投資の元を取れるようになるにはいまだ程遠い状態です。
GMにとってより大きな挑戦は、自動車を巡る文化を変えていくことになるでしょう。クルマは単なる移動の手段ではなく、消費者は信頼性が高く安全で、手の届く価格の製品を求めています。
また、自動車を機能だけで考えず、アイデンティティーの延長と捉える人もいます(米国ではピックアップトラックの所有者のうち、実際に何かを牽引したり未舗装の道を走っている人は25%しかいないという調査もあります)。

EVだからと言ってこうしたクルマに求められているものが自動的に満たされるわけではなく、メーカーは消費者を納得させる必要があります。
スーパーボウルで流れたGMの2本目の広告は、このためのものといえるでしょう。1分間のスポットCMでは、『ティッピング・ポイント』で知られるジャーナリストのマルコム・グラッドウェルが剥き出しのGMのEVのシャシーの上に立ち、「変化」を呼びかけます。グラッドウェルはカメラに向かって、「Eジェネレーション」という流れに「抵抗して取り残されるか、受け入れて前に進むか」と問いかけます。
新しいロゴと「everybody in」というキャッチコピーを打ち出したGM。同社はもう、後戻りはできません。

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Column: What to watch for
22歳の活動家の素顔

13日、農業従事者による抗議活動が続くインド北部で逮捕されたのは、マウント・カーメル・カレッジの学生で22歳の環境活動家、ディシャ・ラヴィ(Disha Ravi)。当局は逮捕の理由として、同抗議活動を支援するためにラヴィが用いた資料作成に関与したとしています。「ツールキット(toolkit)」と呼称されているこの資料は、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんがTwitterでシェアしているもので、「農民たちの抗議活動を知らない人でも状況を理解し、自分自身の考えで支援する方法を決められるようにする」ためのものとされています。
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(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)
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