Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
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インドのスタートアップシーンは、新型コロナウイルスのパンデミックを追い風に、世界屈指の規模に育とうとしているようです。月曜夕方のニュースレターでは、毎週、世界のスタートアップシーンの最新動向をお届けしていますが、今日は先日開催したウェビナーシリーズ「Next Startup Guide」第4回のダイジェスト版をお届けします。
「Next Startup Guide」は、世界の第一線で活躍するベンチャーキャピタリストをゲストに迎えて毎月開催しているQuartz Japanのウェビナーシリーズ。第4回はインドにフォーカスし、BEENEXT創業者の佐藤輝英さんをゲストに迎え2月25日に開催しました。
月曜夕方のニュースレター「Deep Dive」の連載「Next Startup」のナビゲーター、久保田雅也さんとともに、この巨大市場におけるスタートアップの現在から新型コロナウイルスの影響、今後の展望を語っていただきました(ウェビナーで使用したスライドのダウンロードはこちらから:PowerPoint / PDF)。
※ 次回第5回は3月24日(水)に開催、イスラエルを特集します。詳細およびお申込みはこちらから!
佐藤輝英(さとう・てるひで) BEENEXTファウンダー&CEO。アントレプレナーとしての自身の経験をもとにスタートアップ支援に携わるほか、2015年にはシンガポールを拠点にBEENEXTを設立。インド、東南アジアなど新興国のインターネット企業への投資を進め、グローバルな起業家ネットワークを構築している。
久保田雅也(くぼた・まさや) WiL パートナー。伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、2014年、WiL設立の際にパートナーとして参画。QUARTZ JAPANのニュースレター連載「Next Startup」では、毎回世界の注目スタートアップを取り上げている。
resources
ヒトとカネと、データ
久保田(以下、K) 佐藤さんの目に、アジア新興国はどう映っているのでしょうか。
佐藤(以下、S) ビジネスのキモは「人」と「カネ」と「情報」を押さえることにあると思っているのですが、アジア新興国はこれら3つがすべて揃っているマーケットだといえます。いま「情報」とは何かというと、ぼくは「データ」であると定義しています。今日はとくにこのデータ領域を中心に、インドで起きていることをお話ししたいと思っています。
S いま、世界は「AIの時代」にあるといわれますが、そこには「アルゴリズムをどう磨き上げるか」という大きな課題が横たわっています。その課題を解決するには膨大な量のデータが必要ですが、その点で、圧倒的な人口を背景に「データリッチな国」に育ったインドには大きな可能性があります。
インドの人口は13億人を超えました。なかでもミレニアル(約3.3億人)やGenZ(約2.5億人)といったデジタルネイティブ層が多く存在しているのは特徴的ですね。インターネット人口も約7億人まで増えており、モバイルインターネットユーザーに限っても、5億人を超える規模まで育ってきました。
K その規模を見越した投資も増えていますか?
S そうですね。2020年のVC投資は約1兆2,000億円。同年の日本が約4,000億円だったことを考えると、規模は約3倍です。米国をはじめ、アジア全域から多額の投資が続いています。4年連続で1兆円を超える投資が続いていることから、今後10年、20年はさらに面白くなっていくだろうという期待感もありますね。
投資元として挙げられるのは、まずセコイア・キャピタルやアクセル、ライトスピード・ベンチャー・パートナーズといった米系のVC。グーグルやアマゾン、フェイスブックといった事業会社がそれに続きます。インド国内でも100億〜200億規模のVCが次々と立ち上がっており、多様性を感じられるようになってきました。
S エンジェル投資が盛んなのもインドの特徴です。「ムンバイ・エンジェルズ(Mumbai Angles)」や「インディアン・エンジェル・ネットワーク(Indian Angel Network)」などのネットワークがメンターとしてスタートアップに対して他領域の知見を提供するなど、スタートアップエコシステムの深度がさらに深くなっている印象があります。
K スタートアップでは、どんな人たちが活躍しているのですか?
S インドのスタートアップは、日本と同様、3人前後の共同創業者で立ち上げるパターンが多いのですが、CEOやCTO、COOのうちの1人が米国帰りの人間であることがよくあります。米国の大学に留学してアマゾンやグーグルでの仕事を経験し、いよいよ自分の国に戻って昔の仲間たちと一緒につくる、というわけです。
インド工科大学(IIT)の出身者がCTOとして参画することも多く、NRI(Non-resident Indian、非居住インド人)の台頭も目立ちます。2000年初頭以降の中国のテック業界で起きたような、彼ら「海亀族(ハイグイスー)」が母国に戻り、スタートアップを立ち上げている状況が、インドでも起きています。そこではインド出身者ならではのローカルのカルチャーを汲んだニュアンスと、米テックカンパニーのスケールアウト戦略やプロダクトのつくり方がいい具合に混ざってきます。さらに先に紹介した資金規模が追い風となって、成長スピードが加速している印象です。
K そうした起業までのルートは、ある種パターン化しているのですか?
S 20代の若い人達に顕著なのかもしれません。欧米企業での経験を積んで帰国して起業した30代後半〜40代前半の起業家を第一世代とするなら、いまインドで盛り上がっているのは第二世代。IITを卒業してすぐ、だとかあるいは在学中からスタートアップを立ち上げた彼らには、エンジェルが投資して知恵を授け、起業家もネットワークを広げています。「次のサイクル」に入った観がありますね。
K マーケットとしてのインドの面白さと、膨大な人口を背景にしたこれからの成長に加え、世界に散らばる頭脳としての側面を見落としてはいけない、ということですね。NRI、印僑と呼ばれる彼らのネットワークこそが、人材輩出源としてのインドの真の強みなのかもしれませんね。
S その通りですね。いまや世界有数の企業のトップにインド人が就くことは珍しくありません。世界を全地球的に考えると、南半球/北半球、先進国/新興国という対比があるなか、新興国市場なくして世界規模の会社はつくれません。そのとき、うってつけの人材がインド系人材なのだと思います。
S と言うのも、例えば中国企業が世界市場を席巻できるかというと、疑問が残ります。価値観も大きく異なり、米中問題をはじめ解決すべき課題が大きすぎるのです。一方、インド人は物事がスムーズに進まない新興国に特有の雰囲気も身に染みついていますし、米国で高等教育を受けて戦略の位置付けや組織マネジメントの感覚も分かっている人が多いのです。
インドで起業し、そのままグローバルに展開するケースも第二世代の特徴と言えると思います。SaaSをはじめ、インド発のサービスが、その質とリーズナブルなプライシングを維持した状態で世界市場を取る。そんな方法論が今後具現化してくる気がします。
post corona
コロナの地殻変動
K 新型コロナウィルスは、インドのDXにどのような影響をもたらしたのでしょうか?
S インドでも甚大な影響がありました。昨年3月25日に全土ロックダウンに突入して以降、外出が禁止されることになりましたが、その間デジタルシフトは極端なほどに進みました。
ヘルスケア領域では、ロックダウンが始まった3月25日当日に、政府がオンライン診療を許可しました。オンライン診療にはいままでグレーな部分も多かったのですが、これを機に完全にクリアしようとかなり明確な指針が出されたという印象です。ゲームやソーシャルメディアについても、3倍〜5倍、なかには10倍の伸びで規模を拡大したプレイヤーがいます。
昨年上半期に相当凹んだ自動車産業は、7月前後からむしろ伸び始めています。もっとも、全国民が新車を買える国ではないので、ユーザーは中古車市場に流れ込んでいます。総じて言うと、パンデミックで起きた極端なデジタルシフトが定着しつつあるというのが、2021年2月のインドの状況です。
K 一方で、中国との関係性も注目すべきですよね。
S インドと中国は長い間国境問題を抱えていましたが、ついにインド政府がデータセキュリティを盾に、中国からの投資を基本的に許可制にするという方針に転換しました。
これにより、4月以降は中国からの資金は事実上途絶えていますが、その代わりに、米国の資本が増えました。特に大きなインパクトを感じさせる存在が、リライアンス・ジオ(Reliance Jio)です。インドを代表する大手財閥で、この国に世界最安の4Gコネクションを築いていますが、彼らはキャリアビジネスだけでなく、その上にインターネットエコシステムもつくりあげています。それを見据えて、フェイスブックは6,000億、グーグルも同規模の金額を投資しています。
同じくデータセキュリティの観点から、6月29日、インド政府は中国製のアプリ──とくに「TikTok」をはじめとするコミュニケーションアプリを一斉に禁止しました。これによってさらに大きな地殻変動が起きて、インドローカルの企業が極端に伸びることになりました。
K 意思決定が大胆で、しかもスピード感がありますね。その日のうちに政府のお達しを実行しなければいけないような環境だと、現場には大きな混乱も起きそうです。
S インドは街に買い物に行くのも、移動することすらも大変な国なので、「なんとかする力」がものすごく高いです。インドには「ジュガール(Juggaar)」ということばがあるのですが、「なんとか解決する」胆力が、国民に根付いています。とりわけ起業家は変化をチャンスにする人たちですから、変化の機会にことごとく転換していったといえます。
K 混乱や変化を恐れてセーフティネットを張り巡らしているうちに、変化への対応力が衰えると。インド人は普段からその耐性ができているのですね。今回コロナでさらにDXが進んで、その強みが証明された気がします。「なんとかする」というのがポイントですね。
startups
注目のスタートアップ
S インドのユニコーンは41社を数えます。2020年だけで11社も増えており、2025年には100社まで増えるという試算もあります。この1〜2年で何社ものIPOが予想されますが、数千億規模、あるいは米国に上場するケースともなれば兆単位がつくでしょう。
先述した通り、インドではモバイルインターネットなどのインフラが普及していますし、日本のマイナンバーのような「UID(国民ID)」も人口の95%くらいをカバーしています。さらに、すべての銀行アカウントを新しいネットワーク上でつないでしまう「Unified Payment Interface(UPI)」という仕組みも普及しています。そんななかで脚光を浴びているのが、BharatPeというスタートアップです。
#1 BharatPe(バラペ)
創業:2018年
創業者:Ashneer Grover
調達額:$283.5M (source: CrunchBase)
主要VC:Sequoia、Insight Partners、Coatue、Ribbit Capital, BEENEXT etc
事業内容:統一QRコード決済プラットフォーム。決済システムからマイクロクレジットまでを提供
注目ポイント:100以上のQRコード決済を統一/年間8,000億円規模の決済ボリューム、600万店舗/受取側手数料無料・即日入金/ユニコーン予備軍
S インドでは現在、100以上のモバイルウォレットが展開しています。BharatPeが実現するのは、それらすべてのウォレットを単一のQRコードで決済できるという、とてもディスラプティブなアイデア。しかも、それをタダで実現してしまうというのです。
決済手数料は無料で、店舗側の導入も1日足らずでできてしまうということで、サービス開始から2年半で、導入店舗数は600万店舗まで伸びました。現在のところ、月間の取り扱い決済総額は700億以上で、おそらく3月には年間1兆円の大台に乗るでしょうね。
K 手数料がタダで、どうやって稼ぐのですか?
S それは「ローン」です。BharatPeは、中小のいわゆる「パパママショップ」に対して、500〜1,000ドルの少額貸し付けを行っています。店舗には、さまざまなモバイルウォレットで決済された売上金が毎日入ってきます。その売上金からローンを返済することになりますから、論理的にデフォルトしないことになります。
パパママショップのような中小規模の店舗は、いまだ銀行がカバーできていない領域です。ただ、そこには必ずスマートフォンなどのモバイル端末があります。BharatPeはその「カバーできていない」領域をモバイルを通してデータを可視化し、そのデータに対して貸し付けをするわけで、まさにデータとモバイル時代の申し子だといえますね。先日も1億ドルを超える調達を終え、創業からわずか2年半で、ほぼユニコーンと言える存在に育ちました。
K なるほど。
S 次に挙げるTrellは、ひと言で言うなら「インド版TikTok」。ぼくらが彼らに投資することにした2018年当時は「動画版のTripAdvisor」のようなサービスを提供していましたが、それから1年で旅行以外のコンテンツ──ライフスタイルやファッション、料理まで、すべて網羅するという意思決定をしました。
#2 Trell(トレル)
創業:2016
創業者:Pulkit Agrawal, Arun Lodhi, Bimal Kartheek Rebba, Prashant Sachan
調達額:$17M (source: CrunchBase)
主要VC:Sequoia, WEH Ventures, KTB Network, Fosun RZ Capital, BEENEXT
事業内容:ライフスタイル系動画のソーシャルメディア
注目ポイント:インド国内のローカル7言語+英語に対応/3分間の動画を投稿できる『TikTokキラー』/MAUは3,500万人/ユニコーン予備軍
S 対応している言語は、7つのローカル言語と英語の合計8つ。メイクアップのビフォアアフター動画などのライフスタイル系の投稿が自然と増え、昨年3月までで、MAU(月間アクティブユーザー数)も約1,000万まで伸ばしていました。
K そこに新型コロナが発生して……。
S はい、ユーザー数は爆増しました。中国系アプリが規制されてTikTokが使えなくなったことで、MAUは3,500万人まで伸びています。2年前にセコイアも投資に加わり伸びていますが、最近ではEコマース事業も始めています。
TikTokのインドでの実績をみれば、TrellのMAUも1億前後までは伸びるでしょう。その規模になれば、Eコマースだけでなく広告事業もスタートさせて面白いステージに入るでしょうね。モバイルインターネットの普及率の増加と地政学的なエッセンスとが混ざり合い、いま顕在化しているというインドのスタートアップで起きている現象を象徴するプレイヤーのひとつです。
K アジアでの新興企業は、マネタイズに課題感を残している印象があります。MAUやDAUが増えたところでどこでお金を稼ぐのかはっきりしないことが多いのですが、いまはどういったスタンスなのでしょうか? 「とにかくまずは伸ばせ、マネタイズは考えなくていい」と?
S 確かに5年前は、とにかくユーザーを伸ばせの一辺倒でした。ただ、いまは高度に進化して、しっかりとマネタイズポイントを意識しながらユーザーを伸ばそうとしています。
K 揺り戻しが来ているのですね。
S はい。インドのインターネット広告はいまだ黎明期で、ユーザー数が1億程度まで増えない限り広告収入は取れません。
この5年間で、インターネットでモノを買い、ゲームに課金し、チケットも買いライドシェアリングもするようになって、モバイル決済が伸びてきました。ようやくモバイルでの支払いプロセス自体にユーザーが慣れてきたわけです。
もうひとつ、ビジネスデザインにおける変化も挙げられます。話が前後しますが、1社目として挙げたBharatPeのビジネスは、お金がない中小店舗から手数料を取るのではなく、彼らの事業を伸ばす資金を貸し付け、ここに少し金利をのせるビジネスです。ビジネスモデルの設計を、単一のラインではなく「三角形」にするイメージでしょうか。インドのスタートアップの最近の潮流として、バリュープロポジションとマネタイジングポイントをちゃんと設計する流れがあって、BharatPeはまさにその象徴的な存在です。
最後に紹介するNAYAN Techは、AIを使った交通モニタリングを開発しています。クラウドソーシングで運転手のスマートフォンを通じて得た映像から、交通違反を取り締まるサービスです。
#3 NAYAN Tech(ナヤンテック)
創業:2015年
創業者:Jayant Ratti
調達額:非公開
主要VC:BEENEXT etc.
事業内容:AIを使った交通モニタリング
注目ポイント:インド版”海亀族”創業者
K グーグルが買収したウェイズ(Waze)を思い起こさせるようなサービスですね。
S タクシーやトラックの運転手がNAYAN Techのアプリをダウンロードした端末をクルマのダッシュボードに設置しておくと、目の前で起きた事故や交通違反が、クルマのナンバーとともに自動で抽出されます。そのデータを警察当局に販売するビジネスですが、彼らの最初の顧客がドバイ警察だったのは象徴的な話です。
創業者は、米ジョージア工科大学でロボティクスの博士号を取得して、国防高等研究計画局(DARPA)で勤めたのちに帰国して起業した“アルゴリズムの達人”です。社会性を帯びたミッションと高い技術力を兼ね備え、はなからグローバルに展開するというインド新世代のスタートアップです。
K ドライバーにはどんなインセンティブがあるのですか?
S 交通違反を自分のスマートフォンのカメラが捉えると、お金をもらえるのです。NAYAN Techは、クルマの交通違反に関する情報からスタートしてはいますが、道路上はもちろん道路周辺の情報もすべて手に入れられます。
K まさに13億人のパワーですね。数の力を活かしてデータを溜めて、さらにデータを処理する優秀な人材も抱えているわけですね。
how i work
「三角」で付き合う
K インドはかくも優秀な人材を世界に排出し、あるいは国内に抱えているわけですが、彼らインド人とビジネスをする上での秘訣は、何かありますか?
S まず前提として、インドは有数の親日国家。先人達が築いてくれた、あるいは日本という国自体がもっている信頼は非常に有効です。ぼくは「日本人なのに早く決めてくれる」と言われることもあるんですけど(笑)。オファーがあったら受け取ってくれるというのは親日アセットだなと思っています。
個人レベルの付き合い方で言えば、アジア人ならではの雰囲気はありますね。大勢がいる場で「ノー」と言うよりも、一対一で対応するなど細かい気遣いは当然必要だと思います。どの国でもそうですが「郷に入れば郷に従え」ですから、気配りは必須ですね。
加えて、ぼくは三角関係を意識するようにしています。日々、ローカルのエンジェルや現地にいるVCのチームと連携して動いていますが、気をつけているのは、彼らの領分には踏み込まないこと。ローカルの議論はローカルのプロに任せて、ぼくらは戦略や今後の可能性を一緒に議論する役割に徹するようにしています。インド人起業家と、VCサイドのインド人と、ぼくら。この「三角関係」を組み合わせた絶妙な距離感と近さがポイントです。
K 「三角」って、いい表現ですね。一対一では上手くいかないことも、間に信頼できるインド人を置くことで解決するわけですね。
S その通りです。チームでお互いに貢献し合い、それが循環する。そういう会社は伸びますよね。
(編集:鳥山愛恵)
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