Impact:未来を映す「世界通貨」はノルウェーに

The (w)hole is more than the sum of its parts

Deep Dive: Impact Economy

これからの経済

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世界最大級の資産を誇る「ノルウェー政府年金基金」。ESG投資で運用業界をリードするその強みに驚かされます。毎週火曜の「Deep Dive」では気候変動を中心に、いま世界が直面しているビジネスの変化を捉えるトピックを深掘りしています(英語版はこちら)。

Norwegian banknotes and coins of different denominations
The (w)hole is more than the sum of its parts
Image: REUTERS / SCANPIX NORWAY

ノルウェーの政府系ファンド(SWF)である「ノルウェー政府年金基金」(ノルウェー語:Statens pensjonsfond Utland)は、同国の経済成長率を上回るスピードで拡大を続けています。石油収入を原資とするこのファンドの成功により、ノルウェー・クローネが世界初の「グローバル通貨(global currency)」となる可能性も出てきました。

ここで言うグローバル通貨とは、自国の経済ではなく世界市場の変動によって価値が決まる通貨のことで、米ドルのような準備通貨(reserve currency)とは意味が異なります。

クローネの流通量は、世界の投資家の注目を集めるほど多いわけではありません。その規模の小ささゆえ、クローネの変動を追ったところで、世界の金融市場の動きを理解できるわけでもありません。

ただ、その規模が拡大することで、政府年金基金の機関投資家としての存在感は増しています。グリーンエネルギーやインフラプロジェクトなど、ノルウェーが国家として関心をもっている分野において、基金が単体で変化を起こすことが可能になりつつあるのです。

hovering around $1.3 trillion

世界最大級のファンド

政府年金基金は1996年以降、化石燃料から得られた収益を国外の債権や株式、不動産などに投資してきました。北海の石油と天然ガスが枯渇しても財政基盤の安定を保つためで、基金の運用を行う中央銀行であるノルウェー銀行(Norges Bank)のウェブサイトによると、運用総額は1兆3,000億ドル(約140兆円)と世界最大の政府系ファンドとなっています。

政府年金基金は現時点で世界の全株式の1.5%超を保有しており、昨年は新型コロナウイルスのパンデミックにもかかわらず、ノルウェーの国内総生産(GDP)の3分の1に等しい投資収入を上げました。

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Image: REUTERS / NTB SCANPIX

ニューヨークに拠点を置く調査会社エグザンテ・データ(Exante Data)のシニアアドバイザーであるトール・ボラーケン(Tor Vollalokken)は、「ノルウェー国民全員が24万ドル(約2,600万円)相当の海外投資ポートフォリオを持っているようなものです」と説明します。

ボラーケンは数十年にわたってクローネの値動きを注視しており、過去のデータを元に向こう30年間のノルウェーの成長率と政府年金基金の運用成績を試算しました。政府年基金の規模は現時点ではGDPの約3倍ですが、運用資産は2030年までに9兆ドル(約975兆円)近くになり、GDPの14倍に拡大する見通しです。そして、この過程でクローネは大きな転換期を迎えるはずです。

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the fair value

グローバル通貨への道

通貨の価値はその国の経済状態金利によって決まります。これは、例えば米ドルも基本的にはそうで、「米経済の適正な価値」を反映した額になっているとボラーケンは言います。

ノルウェーは産油国であるため、クローネの為替レートにはノルウェー経済だけでなく原油価格も影響を及ぼします。ただ、政府は化石燃料への依存軽減に向けた政策を進めており、原油価格との相関関係は弱まっているようです。

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Image: REUTERS / NERIJUS ADOMAITIS

政府年金基金の会計処理はクローネで行われています。基金の資産がノルウェー経済の規模を大幅に上回るにつれ、クローネの値動きは基金の運用成績と連動するようになるでしょう。ボラーケンはその兆候はすでに見られると指摘します。例えば、クローネの対ドル相場は2019年以降、S&P500種指数の変動を追うかたちになっています。

いまはまだ偶然そうなっているだけかもしれませんが、基金が米国株を買い増していった場合、将来的にはこれが常態となる可能性は否めません。そしてクローネは未知の領域に踏み込んでいくのです。基金の投資を管理するのはノルウェー銀行ですが、クローネが株式市場と連動するようになれば、中銀はクローネの為替レートを調整する能力を失います。

つまり、中銀の金融政策よりも米国の株式市場の不振がクローネの価値(引いてはノルウェーのインフレやデフレ)に強い影響を与えるようになるのです。ノルウェー企業は中銀が為替レートを管理できない状況で事業を運営していくすべを学ばなければならないでしょう。

taming the krone’s volatility

変動リスクに備える

ノルウェー銀行はクローネの変動リスクを抑えるための取り組みを強化すべきだと、ボラーケンは指摘します。

具体的には、投資する資産を多様化して株式の比率を下げるといった方法が考えられます。政府年金基金の投資ポートフォリオは70%が株式で、この比率を保ったまま拡大していけば、将来的には世界の全上場株の5〜10%を保有する可能性もあります(ボラーケンは笑いながら、「単一の投資ファンドが世界中の株式の5〜10%を持っているなどという事態になった場合、どのようなことが起きるか見当もつきません」と言います。「そんなことは受け入れられないのではないでしょうか」)

政府年金基金は2019年から、グリーンエネルギー関連への投資拡大を進めてきました(基金のトップは昨年、問題は投資可能なプロジェクトが少ないことだという趣旨の発言をしています)。ボラーケンは「基金は巨大なインフラプロジェクトに長期で資金を投じていくことも検討しているようです」と述べます。

政府は昨年、パンデミックを受けた支援策のために、基金から370億ドル(約4兆100億円)を引き出しました。ただ、それでも運用総額の3%に過ぎません。ノルウェーは基金に手をつけずに手厚い社会福祉を実現しており、教育は無料で、医療関連の予算も潤沢です。また失業率も低く、人口の半分以上がセカンドハウスを所有しているか、同等の設備を利用することができます。

つまり、政府年金基金の運用資産が緊急に必要になる可能性は低く、いまは万一の場合の備えだと考えられています。もちろん、石油の時代が終わってからさらに先の遠い未来に、基金を切り崩さなければならなくなる日はやってくるでしょう。ただ、最近の動向から考えれば、それよりも早く基金の規模がノルウェー経済を大幅に超過し、クローネは世界的に見ても特異な通貨となるかもしれないのです。

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Image: REUTERS / NORSK TELEGRAMBYRA AS

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Column: What to watch for

アラムコ時代のおわり

Aramco CEO Amin Nasser speaks from a podium during a news conference.
Aramco CEO Amin Nasser speaks from a podium during a news conference.
Image: REUTERS/HAMAD I MOHAMMED

世界最大の国営石油会社であるサウジアラムコは、21日(現地時間)の決算説明会で、2020年の純利益が44%減少することを報告しました。今月初めには、米エクソンモービルも同規模の支出削減を発表しています。一方で、太陽光発電所や風力発電所への支出は新記録を樹立しています。石油・ガス関連の支出は、パンデミック後の経済回復に伴って少しずつ増えていくと思われますが、石油会社が長期的な市場の縮小に対処していく中で、自然エネルギーとの差は今後も縮まっていくでしょう。

再生可能エネルギーは、コストの低下とゼロカーボン電力に対する需要の高まりによって、急速に成長しています。IHSマークイットが1月に発表した予測は、2023年までに世界の風力・太陽光発電の発電容量は天然ガスのそれを上回る可能性があるとしています。

(翻訳:岡千尋、編集:年吉聡太)


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