Culture:学びを変革する「地下の学校」

Culture:学びを変革する「地下の学校」

Deep Dive: New Cool

これからのクール

[qz-japan-author usernames=”kurumifukutsu”]

ロンドン/アムステルダムの一風変わった学びの場所「University of the Underground」。カウンターカルチャーの重要性を語る彼らが考える、いま教育に、社会に求められる役割とは? ディレクターのネリー・ベン・ハイヨウンへのインタビューとともにお届けします。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: UNIVERSITY OF THE UNDERGROUND

わたしたちは当たり前のように「教育」を受けています。しかし、いま世界が直面する多様性やインクルーシブ、ジェンダーニュートラルといった社会課題に適応する教育となると、果たしてどれほど存在しているのでしょうか?

問題は教育そのものに限りません。世界を見渡せば、教育を取り巻く環境も決して楽観視できません。例えば米国では学生たちが高額な学費に苦しんでおり、学生が抱えるローンは総額で1兆5,000億ドル(約165.7兆円)にも上ります

迫られる価値観の更新と、パンデミックでさらに悪化する環境。状況に対する答えを求めるなかで出合ったのが、非常にユニークな教育モデルを提供している慈善団体「University of the Underground」でした。

NEW EDUCATION MODEL

あたらしい教育モデル

2017年に設立されたUniversity of the Underground(以下、UoU)は、アムステルダムとロンドンのナイトクラブの地下に拠点を置く教育プロジェクトです。UoUの発想の根底にあるのは「自由で多元的、そしてトランスナショナル」であること。プログラムを通じて目指すのは「権力構造を改善すること」で、カウンターカルチャーを長期的にサポートし、強化することに積極的に取り組んでいます。

UoUのウェブサイトを見ていてまず目を引くのは、「パートナー」と呼ばれる総勢255人のチューターのラインアップの幅の広さ。ミュージシャンのマッシブ・アタックにはじまり、文化人類学者のノーム・チョムスキー、ロシアのパンク集団「プッシー・ライオット」のナジェージダ・トロコンニコワのほか、ビジネス界からもWeTranfer設立者のダミアン・ブラッドフィールドなど、豪華な名前が並びます。

無償教育を掲げているのも、UoUの特長のひとつです。高額な学費で困窮する学生が増え、大学院プログラムの学費が値上がりしている現状に対応するべくUoUが整えたのは、「MA Design of Experiences」の学生が「University of the Underground charity」から奨学金を受け、授業料をまかなうという仕組みでした。さらに「100 years of education」と銘打ったプログラムを主導して個人や民間企業から長期的な教育に対する寄付を募るほか、政府の助成金をはじめ公的セクターからも資金調達を行っています。ここで学んだ学生は世界32カ国の56名(2017〜2019年)。現在、オンラインでは3,000人の生徒を抱えているといいます。

リーダーシップの多様性を積極的に育成・支援し、世界中の授業料無料の大学のネットワークを発展させていきたいというUoUは、教育を行政から切り離すことで政府やロビー活動の圧力を回避するとともに、新しいモデルを一緒に創造しお互いをサポートしあえる教育機関の連合体を設立することが重要だと発信しています。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: UNIVERSITY OF THE UNDERGROUND

UoUを立ち上げたのは、ネリー・ベン・ハイヨウン(Nelly Ben Hayoun)。彼女は、アルジェリアとアルメニアの血を引くフランス人の映画監督であり、数々の賞を受賞しているデザイナーでもあります。実は、彼女は日本にも滞在したことがあり、日本文化に対する造詣が深く(Quartz Japanのポッドキャストで彼女の人となりについて紹介しています)、「日本人の仕事に対する倫理観が、非常に優れていると感じました。忍耐力やクラフトマンシップへの献身に刺激を受けました」とも話します。

現在ロンドンを拠点とするハイヨウンにZoomでインタビューをしました。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: NELLY BEN HAYOUN PHOTO BY SARAH PIANTADOSI

──お話しできるのを楽しみにしていました。

興味をもっていただいて、とても嬉しいです。日本人の学生はこれまでいなかったので、今後、ぜひ参加して欲しいと思っていました。

──日本ではまだ、ほとんど存在が知られていないかもしれません。正直なところUoUは非常にミステリアスですが、どのようなビジョンで活動しているのでしょうか?

いわゆるクリエイティブ系の教育機関の多くは、「こうでなければならない」といった型を教えるものです。わたしたちがやりたいのは、すべての自由な意見を歓迎すること。これこそが重要なことだと思っています。それはつまり、国家を超越した独自のシステムのあり方を、わたしたち自身でつくっていくという考え方です。わたしたちはパートナーたちとともに、お互いにサポートし合えるような組織を構築しています。研究プログラムと修士課程を用意していますが、基本的に授業料はすべて無料で、学生がアクセスしやすいようにしています。

──2年間の修士課程は、どのようなプログラムなのでしょうか。

修士課程の目的は、社会的な「変化」を最も効果的にサポートするために、状況をエンジニアリングし体験やイベントをデザインする方法を教えることにあります。学生はそれぞれ、マクドナルドでもBPでも、あるいは政府でも銀行でも、一緒に働きたいと思う機関を選びます。そして、その組織のなかで起こりうる政治的なシステムの課題にどう対応しデザインするかを学び、自由に研究します。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: UNIVERSITY OF THE UNDERGROUND

大きな目標は「変化を起こすこと」にありますが、それは同時に「自分の中から変化を起こすこと」でもあります。アクティビズムというと、多くの人は街頭で抗議活動をすることだと思っています。でも、それとは異なる、シーンを内側から活性化させるアクティビズムもあるのです。UoUのパートナーにはマッシヴ・アタックやプッシー・ライオットのナジェージダなど、有名なアクティビストがいます。わたしたちにとっては、それが音楽であろうと学術的なことであろうと、異なるスキルをもった人たちがいることが重要だと思うのです。

──ロンドンとアムステルダムにあるクラブの地下を拠点としていますね。非常に興味深いのですが、なぜそのような場所を選んだのですか?

「クラブ」という場所が重要だからです。UoUはカウンターカルチャーをサポートしていますが、それはナイトライフの重要性ともつながります。わたしたちはナイトライフのエネルギーやナイトクラブの重要性を示したいと思っています(実際に、行政においてナイトライフが政策決定に取り入れられている事例もあります)。わたしたちにとって重要なのは、ナイトライフをサポートすること。そのため、ナイトクラブの地下に拠点を置き、そのエネルギーというものを感じ取っているのです。同時に、学生たちにとってもナイトクラブでの実践は、イベントのデザイン方法を学ぶことにつながります。こういった「実験的」なやり方は、わたし自身のデザイナーとしての活動ともリンクしています。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: UNIVERSITY OF THE UNDERGROUND

照明や音響など、世間でいうイノベーションのなかには、ナイトライフから生まれているものも多くあります。また、ナイトライフは経済的にもエネルギッシュでチャレンジング。わたしの友人にナイトメイヤー(Night Mayor)として活動している人がいますが、彼は実際にデータを収集して、政策立案者にその重要性をアピールしようとしています。クラブはドラッグをやるだけの場所ではないのです。

──おもしろいですね。では、教育や将来のこと、若い世代の新しい未来のことなどについては、どのようにお考えですか?

政府が大学を維持し、世界中の大学や教師を支援し、市民に無料の教育を提供することが非常に重要です。すべての国民に無料の教育を提供することは、政府の義務のひとつだと思います。並行して、市民が望む教育を実際に支援することも重要だと思います。社会においては、慈善団体を支援することも非常に大切だと考えます。UoUをはじめ、世の中にはさまざまなオルタナティブ教育が存在していますが、それらはいわゆる一般とは違う層の人びとがそれぞれのメンタリティを高めるものになっています。万人のための教育はあるはずですが、それを実現するためには、広い視野のさまざまな提案を続けていく必要があると思います。

だからこそ、これを読んでいる皆さんにも、自分が大切だと思う教育を支援し寄付をすることの重要性をお伝えしたいと思っています。いま、わたしたちは無料のコンテンツに慣れてしまっています。しかし、実際のところ、無料で得られるものなどないのです。何かしらクールなシステムに関心を抱いたら、それらをサポートしてほしいのです。なぜなら、サポートしない限り、長続きしないからです。

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: UNIVERSITY OF THE UNDERGROUND

──最後になりますが、UoUの今後の予定を教えてください。

研究プログラムを続けていくほか、今後2年のあいだに、新しい修士課程のプログラムも始める予定です。また、サブスクリプションシステムを取り入れる計画もあります。定期的なサポートを得られれば、わたしたちも、もう少し安心して教育にも力を入れていけますから。

※ University of the Undergroundでは、2021年5月5日(月)からスタートする新しい3カ月のプログラム「I want to believe」の受講生を募集しています。このプログラムでは「信念体系と宗教について」を研究することを目的とし、宗教と国民国家、そして信念体系と経済の関係を考えるとのこと。応募の締切は、4月9日(金)のヨーロッパ時間となりますので、気になる方は是非、ウェブサイトをチェックしてみてください。


COLUMN: What to watch for

仏のテックバブル

Image for article titled Culture:学びを変革する「地下の学校」
Image: PHOTO VIA STATION F/PHOTOGRAPHED BY JEROME GALLAND

『VOGUE BUSINESS』によると、フランスでデジタルイノベーションへの投資が活発化しているといいます。とくに大きな潮目となったのは、2017年にパリ13区の開発地区にできたインキュベーション施設「Staion F」の開設だったようです。注目すべきスタートアップは、ニューヨークとパリの両方で事業を展開する「Replika Software」。Station Fのキャンパス内にある、LVMHのインキュベーター「La Maison des Startups」に入居しています。

今年1月には、親会社の投資部門であるLVMH Luxury VenturesおよびL’Oréal Boldとのあいだで、シリーズA資金調達ラウンドを完了。また、ファッションブランドの生産過程の効率化に取り組むスタートアップ「Tekyn」は、フランスの投資銀行「Bpifrance」と「Otium Capital」から550万ユーロ(約7.17億円)を調達。さらに、ブロックチェーンを偽造対策のツールとして活用している「Arianee」は、BpifranceやIsaiなど多くの投資家から800万ユーロ(約10.4億円)を調達しているといいます。


🎧 Podcastでは月2回、新エピソードを配信しています。AppleSpotify

👀 TwitterFacebookでも最新ニュースをお届け。

👇 のボタンから、このニュースレターをTwitter、Facebookでシェアできます。ニュースレターの転送もご自由に(転送された方へ! 登録はこちらからどうぞ)。