Deep Dive: Crossing the borders
グローバル経済の地政学
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欧州をはじめ、世界の政府首脳がこぞって「インド太平洋」に言及しています。毎週水曜夕方のニュースレター「Deep Dive」では、国境を越えて動き続けているビジネスの変化を追います(英語版はこちら)。
欧州のリーダーたちにとって、いま「世界の中心」と目されている地域といえば、どこでしょう。ゆっくり考えてください。もしあなたが「インド太平洋」(Indo-Pacific)と答えられたのなら……ズルをしたのでは?
インド太平洋は地理的には新しい概念で、人によって意味するものは異なります。ただ、英シンクタンクのポリシーエクスチェンジ(Policy Exchange)のレポート(PDF、P.15)によれば、一般的には「インド亜大陸から東南アジア、中国、さらには日本と韓国にまたがる」エリアで、インド洋と太平洋に面していることが特徴です。
英国や欧州連合(EU)とは地理的には離れていますが、いずれもこの地域に「軸足を移す」方向で戦略を立てています。英国もEUも中国との関係を調整すると同時に、世界でもっとも成長が見込める新興市場との貿易拡大を目指しているのです。
What is the Indo-Pacific?
インド太平洋とは?
インド太平洋は地理的というよりは政治的な概念で、日本やインドといった「中心国」だけでなく、広義の解釈ではカナダやチリのような「周辺国」も含む非常に多様な地域です。米軍のインド太平洋軍はこれを以下のように説明しています。
「世界人口の50%以上が居住し、話されている言語は3,000を超える。世界最大規模の軍隊のうちのいくつかがこの地域に展開し、世界最大の経済大国がふたつあり、同時に世界最大の人口を抱える国、世界最大の民主主義国家、世界最大のイスラム国家が存在する」
また、ポリシーエクスチェンジによれば「海上交通の要所であり、南シナ海とインド洋を結ぶマラッカ海峡がある地域」で、世界貿易の中心地でもあるのです。
pivot to the Indo-Pacific
EU・英国の「転換」
あらゆる切り口から見てインド太平洋地域の重要性は明らかで、欧州各国は行動を起こそうとしています。
英国は3月半ばに今後の国防・外交方針を明らかにしましたが、114ページにわたる文書では「インド太平洋」という言葉が32回使われていました。つまり、欧州連合(EU)離脱後の外交と貿易の未来はこの地域にかかっていると公言したわけです。
これより数日前、EUの外交安全保障上級代表、ジョセップ・ボレル(Joseph Borrell)は首脳陣に対し、「数カ月内にインド太平洋との今後の関係について共通のビジョンを打ち出す」よう求めました。また、一部の加盟国は個別にインド太平洋地域戦略を明らかにしており、例えば昨年9月にはドイツが政策ガイドライン(PDF)を公表しています。
英国は2030年までにこの地域で「広範かつ統合的な存在感を放つ欧州のパートナー」になることを目指しており、2月には日本など11カ国による経済連携協定(EPA)である環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を申請しています。また、昨年には東南アジア諸国連合(ASEAN)の対話パートナーとなったほか、インド太平洋地域に散らばる旧植民地や英連邦諸国を通じて英国の価値観を広める努力もしているのです。
一方、EUは日本との関係強化を進めるほか、5月にはインドのナレンドラ・モディ首相との首脳会談を予定します。
こうした状況はあるものの、「インド太平洋への軸足転換」が本格的な外交戦略なのか、それともただのバズワードなのかは明確ではありません。ひとつだけ明らかなのは、英国民はインド太平洋という地域についてほとんど知識がなく、この転換を評価していないという事実です。
シンクタンクの英国外交政策グループ(British Foreign Policy Group)が行った調査(PDF、P.52)によれば、回答者の15%は「安全保障および経済面での利益は他の地域から得られるため、インド太平洋を重視すべきではない」と考えていることが明らかになっています。また、37%はこの政策については「特に意見はない」と答え、インド太平洋を外交戦略の中心に据えるべきだと考えている人は8%にとどまりました。
ポリシーエクスチェンジのシニアフェローのクリス・ブラニガン(Chris Brannigan)はこれについて、政府が「国民に対して十分な説明」をしていないためだと指摘します。英国にとってのインド太平洋の重要さは今後10年間で明らかになっていくはずで、ブラニガンは「この地域に関わっていかなければ、英国民に影響を及ぼすような変化を起こすことはできないでしょう」と述べています。
More of the same?
アプローチは同じ?
英国とEUのインド太平洋戦略には多くの共通点があります。いずれもインドと日本を重視しており、協力できる分野として安全保障と気候変動問題を想定しています。
また、中国については脅威とみなす一方で経済的な可能性にも注目しており、英国が中国を「体系的な競争相手」(PDF、P.26)と呼ぶのに対し、EUは「体系的なライバル」と表現しました。つまり、どちらも同じような言葉を使っているのです。
英国もEUも中国との貿易関係を強化したいことに変わりはなく、EUが昨年末に同国と包括的投資協定を結んだのに対し、英国も「中国との建設的な経済関係の構築を追求する」方針を示しています。
英国がEU離脱を決断した理由のひとつに、EUの巨大な官僚機構から抜け出し、独自の外交政策を機敏に実行できるというものがありました。ただ、少なくともインド太平洋地域に関してはロンドンはブリュッセルと同じ方向に向かっており、その背中を追いかけているだけのようにも見えます。
英下院外交特別委員会委員長のトム・タジェンダット(Tom Tugendhat)は、このジレンマを認めています。タジェンダットは保守派議員たちの勉強会であるチャイナ・リサーチ・グループ(China Research Group)を立ち上げており、英国の新たな外交方針については「EUに加盟したままでもできたことはたくさんあります。ただ法的に可能だったとしても、政治的にそれに取り組むだろうかと考えたとき、恐らくはそうしなかっただろうと思います」と話します。
確かに、EUでは加盟国間の話し合いが延々と続き、合意が得られないために実際に行動を起こせないことも多々ありますが、EU離脱後の英国は違います。
昨年には空母クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)を南シナ海に派遣することを決めました。ただ一方で、フランスは原子力潜水艦、ドイツはフリゲート艦をそれぞれ南シナ海で航行させると明らかにしています。タジェンダットはこれについては、「具体的に何をするかというよりも、その行動のもつトーンの違いが大きいのではないでしょうか」と述べています。
Column: What to watch for
中国ワクチンの対価
人口700万人のパラグアイは、新型コロナウイルスのワクチン不足に悩まされています。そんな同国に対し、「ワクチンを提供する代わりに、台湾と断交すべし」とする要求が「中国政府の代理人」と称する仲介業者からもたらされたことが明らかになっています。パラグアイは、南米で唯一台湾と外交関係をもつ国。中国は、台湾の領有権を認める政府とは取引しない姿勢です。一方の米国は、パラグアイが中国のワクチンを求める列に並び替えないよう求めていますが、パラグアイ外相のユークリッド・ロベルト・アセベドは「手を握る前に、せめて映画館に連れて行ってほしい」とテレビで発言。支持のことば以上のものを求めています。
現在のワクチン外交の戦略性は、2000年代初頭、エネルギー危機に対処すべく国際的に模索されたエネルギー供給協定との類似を指摘するもあります。いまやワクチンは「最も価値のある輸出品」。その輸出先は、多くの場合、医療上の必要性よりも地政学的な問題が優先されています。例えば、中国はアラブ首長国連邦(UAE)と提携し、最大2億回分のシノファーム社製ワクチンを供給しています(UAEの人口の半分はすでにワクチンを接種していますが、そのほとんどが中国製のワクチン)。少し複雑なケースでは、例えばイスラエルはシリアに対し、囚人と引き換えに非公開にワクチンを提供することに合意したと報じられています。
(翻訳:岡千尋・編集:年吉聡太)
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