Deep Dive: New Cool
これからのクール
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パンデミックにもかかわらず、ラグジュアリー業界で成長を続けるLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン。その成功戦略を具にみていくと、「次世代」「スタートアップ」「中国」などのキーワードが浮かび上がってきます。
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ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)、ディオール(Dior)、ブルガリ(BVLGARI)など、75の著名ブランドを傘下に収め、ラグジュアリー業界を牽引するLVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH Moet Hennessy Louis Vuitton、以下LVMH)。
LVMHの万全な地盤は、「カシミアを着た狼」と称される会長兼CEOのベルナール・アルノ―(Bernard Arnault)の酷烈なM&A(買収・合併)によって築き上げられてきました。しかし時を経て、Gen Zやミレニアルズの消費者層の存在感が増すなか、「若年層向けのブランドへの投資」、「スタートアップとの協同」や「環境保護」などへの取り組みも強化し、LVMHの経営戦略レシピにも新たなスパイスが加わっているようです。
また、2025年までに「世界最大のラグジュアリー市場」になると予測されている中国での戦略の重要性も増しています。そんなLVMHは今後、どのような経営戦略を展開し、勝ち続けていくのでしょうか?
A GREAT JOB
パンデミックにも強い
ディオールのアーティスティックディレクター、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)の最新コレクションを纏って、キラキラと眩しく輝くなかを颯爽と歩くモデルたち。これは、今年の4月12日、上海の龍美術館(西岸館)で行われた「2021年プレフォール・コレクション」のショーの光景です。
このショーが体現するように、ディオールの親会社であるLVMHの2021年第1四半期の売上も、輝かしい数字を記録。同社は、コロナ危機という「ピンチ」をも「ビジネスチャンス」に変えました。
2021年1月から3月の同社の売上高(買収や為替効果を除く)は、139.6億ユーロ(約1兆8,155億円)を達成。コロナ感染拡大前の2019年の同時期に比べ8%上昇し、アナリストの予測(126億ユーロ)も上回りました。
ディオールやルイ・ヴィトンなどの主力ブランドのほか、セリーヌ、マーク ジェイコブスの業績も好調。衣類・皮革製品の既存店での売上高は昨年度の同時期に比べ52%増加で、時計・宝飾品部門に関しても今年1月に買収した米宝飾品大手ティファニーの効果もあり、138%の増収となりました。
この好調な業績は、中国をはじめとするアジア市場での売上増加によってもたらされました。地域別では日本を除くアジアで86%増、米国でも23%増を記録していますが、欧州では9%減少しています。
英サウサンプトン・ビジネス・スクールでマーケティング分野の教授を務めるパウラヴ・シュクラ(Paurav Shukla)は、アジア、とくに中国での売上増加について次のように分析します。
「中国は、コロナ危機にもかかわらず経済成長を維持しました。そこに2020年初頭のロックダウン時に抑圧されたラグジュアリー製品への需要が重なり、売り上げ増加につながりました。また、より経済的に豊かになる中国の富裕層が旅行などに消費ができないため、高級商品消費への需要がさらに加熱。ツーリズムやホスピタリティ産業のロスが、そのままラグジュアリー製品産業の増収となりました」
FOCUS ON GEN Z
若者への投資
31年前にアルノ―が支配権を握ったLVMHは、瞬く間に多くの高級ブランドを抱えるラグジュアリー界の王座に君臨しました。現在同社の時価総額は約39兆円となり、アルノ―自身も世界屈指の裕福な資産家となりました。
この成功の秘訣として、『Le Monde』紙は、「アルノ―ほど天才的戦術家で類稀なビジネス上の『捕食者』はいない」と述べています。80年代にはマルセル・ブサック(Marcel Boussac)からディオールを買収し、2年間かけて9,000人を解雇、事業の大部分を売却したことから、アルノ―は「ターミネーター」という異名もあります。
一方で、こうした従来のブランド買収のみならず、LVMHは 「次世代のラグジュアリー市場」への開拓にも力を入れています。同社はLVMH Luxury Ventureを設置し、今後ラグジュアリー市場の未来を牽引する、ポテンシャルの高いブランドなどに投資を行っています。『Business of Fashion』によると、直近では、米ロサンゼルス発のライフスタイルブランド「マッドハッピー」(Madhappy)に、180万ドル(約1億9,460万円)の出資をしました。
100ドル台のスウェットをはじめとするラインナップを展開するMadhappyは、Gen Zはじめミレニアル世代から注目を集めています。「To Make the World a More Optimistic Place」(世界をもっと楽観的なところにする)をミッションに、インクルーシブでポジティブなメッセージを発信。モデルのジジ・ハディッドなどのセレブも同ブランドの服を着用しているといいます。
LVMHが投資条件として掲げる「明確なアイデンティティをもっていること」も、同ブランドのコンセプトと合致しているようです。
『Forbes』の見立てによれば、この投資がLVMHにもたらすのは「次世代のラグジュアリー顧客層が定義する『新しいラグジュアリー文化』へのアクセス権」。同誌の取材に対して、コンサルティング会社Meaning.Globalファウンダーのマルティナ・オルベルトヴァ(Martina Olbertova)は、「これはアルノー一族の長期戦略と捉えても、理にかなっています」と語っています。
「LVMHがGen Zやミレニアル世代の消費者の要求に応じることで、これらの層の消費者が望む製品開発を進めることができます。そして、これらの世代の人たちが年齢を重ね、より洗練された高級品を探し始めるころには、すでにLVMHは顧客との関係を築いているでしょう」
NEW ERA
テックとの共存
LVMHは「次世代のラグジュアリー」を支えるテクノロジーを導入すべく、スタートアップとの協同にも取り組んでいます。
LVMHは、2017年11月以来、アクセラレータープログラム「La Maison des Startups」を始動。パリにある巨大スタートアップキャンパス「ステーションF」に、毎年50のスタートアップ企業を招き、同社のEコマースやサプライチェーン、サステナビリティといったさまざまなビジネス改革に取り組んでいます。
現在、La Maison des Startupsに在籍する50のスタートアップの中には、顧客から送られる写真をもとにオンラインでサイズを測るサービスを提供する「3D Look」や、オンライン上で服・靴の試着やメイクを試すことができる「memomi」など、革新的なスタートアップが含まれています。
LVMHがこのようにスタートアップと協同する理由について、『The Road to Luxury』の著者で、仏ESSECビジネススクール教授のアショク・ソム(Ashok Som)は、次のように分析します。
「さまざまな理由がありますが、一つは消費者のオンライン上での買い物をよりスムーズにするためです。とくに、新型コロナ危機により移動が制限されているいま、多くの顧客はデジタル機能を利用して買い物をしています。こうしたスタートアップは、LVMHの自社サイトに統合できる、革命的なソリューションを提供することができます。近年LVMHは、カスタマーエクスペリエンスをアップグレードできるような新たなテクノロジーについて学ぶために、テック系カンフェレンスのViva Techなどにも参加しています。一方で、LVMHだけでなく、競合社のラグジュアリー企業のケリング(Kering)やリシュモン(Richemont)もこの分野に着目しています」
実際に、La Maison des Startupsに参加しているスタートアップ、レプリカ(Replika)は、新型コロナ感染拡大中もLVMHでのオンラインショッピングをサポートしていました。
Replikaのサービスは、販売プラットフォームを提供し、インフルエンサーなどがオンライン販売員としてブランドの商品を販売することで報酬を受け取る仕組みです。昨年、世界各地でロックダウン措置により店舗が閉鎖した際に、LVMH傘下の美容セレクトショップ・セフォラ(Sephora)やディオールの美容販売員が、このプラットフォーム上で販売活動を続けていました。
FOR 21ST CENTURY
環境問題との関わり
また、消費者の環境問題への意識が高まるなか、LVMHは長年取り組んできたこの分野へのプロジェクトも強化しているようです。
前出のシュクラは、「サステナブルに関するイニシアティブにおいては、競合のケリングが優れている分野ではあります。しかし、LVMHもよりサステナブルな企業に発展するため、生物多様性、気候変動、循環型経済、透明性と追跡可能性(トレーサビリティ)を、サステナブル発展戦略の柱として取り組んでいます」と語ります。
実際に同社は「LIFE360」という環境プロジェクトを発表し、3年・6年・10年後の目標を設定しています。これによると、2026年にはエネルギー消費における二酸化炭素排出量の50%削減(2019年比)や、パッケージの化石燃料由来プラスチック使用廃止を目指しています。また、2026年までに自社ブティックなどで100%再生エネルギーの使用を目標としているようです。
LVMH環境開発部部長のエレーヌ・ヴァラード(Hélène Valade)は、「たとえば、定番コレクションの輸送は空輸でなく、船便で行うことが可能。ファッションショーも、環境の観点からコントロールされるべきです」とも語っています。
CHINA’S GROWTH
中国での成長
今後、さらなる飛躍が期待されるのが中国市場です。
グローバル経営コンサルティングファームBain&Companyは報告書で、「中国は2025年までに世界一のラグジュアリー市場になる」と予測。また、マッキンゼーのレポートによると、「2018年から2025年までに、中国人消費者のラグジュアリー製品への支出は1.6倍増加する」としています。この背景には、同国での上位中流家庭の増加があり、たとえ今後中国の経済成長が鈍化したとしても、こうした層を中心に高級品の消費は続くと予測されています。
今後の中国でのラグジュアリー市場の成長には、消費者の年齢層も関係があるようです。マッキンゼーの調査によると、中国市場では、ミレニアル世代の消費者数が最も多く、支出額も最も高いようです。そしてGen Zの消費者数や支出額も増加し、この世代の消費者数と支出額は、1965年以降に生まれたX世代とほぼ同じ割合だといいます。
盛り上がる中国市場で、今後「ラグジュアリーの帝王LVMH」はどのような戦略を展開していくのでしょうか? 前出のソムは、LVMHは短期的には、同国でのデジタル戦略にフォーカスするだろうと述べます。
「新型コロナ感染拡大が収まり、中国人消費者が長距離旅行を再開するまでは、現地でのビジネスが中心となります。そのあいだ、LVMHは世界各地のローカル市場に向けて戦略を調整するしかありません。中国においては、各ブランドのECサイトを強化するとともに、ルイ・ヴィトンはECサイト「JDドットコム(京東)」とのパートナーシップを締結(これにより、ルイ・ヴィトンはJDドットコムのユーザー4億7千人にアクセスができるように)。また、ECサイト「小紅書」の活用も目立っています(最近、「ルイ・ヴィトン」は「小紅書」に登録)。
デジタルを駆使し、現地の言語で、現地のインフルエンサーを採用し、現地の広告を通して消費者の感覚に訴えかけ、中国市場に浸透しようとするでしょう」
一方、シュクラはLVMHと免税店の関係の重要性について指摘。「LVMHは、新しい市場についてよく理解しています。20世紀末には日本市場を魅了し、中国市場においても、よく似た戦略をこの20年間実施しました。LVMHは中国にある25の都市に店舗を持ち、他の企業が進出していない場所にもアクセスを持っています。今後は、海南島など急速に発展する免税店市場で存在を高めるため、Shenzhen duty free groupと契約をし、小売店の拡大に取り組んでいます」
改革的で長期を見据えたLVMHの包括的な取り組みは、今後も「ラグジュアリー界の帝国」としての地位をさらに拡大し続けていくのです。
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COLUMN: What to watch for
パタゴニアの躍進
アウトドアブランド「パタゴニア」(Patagonia)は、環境問題へ配慮した取り組みや製品づくりで知られています。同社は環境保護のための大規模な寄付を繰り返し行っており、環境への責任と利益とのバランスがとれた一定の基準を満たしていることを意味する「Bコーポレーション」(B Corp)にも認定されています。
そのパタゴニアは先日、「製品にブランドロゴを入れることを廃止する」と発表しました。これは、「たとえば、ロゴがあることで他の人に譲ることもできず、リサイクルできない可能性が高い。つまり、取り外せないブランドロゴのせいで、ウエアとしての寿命が短くなる」という理由から決定したといいます。なお、ウォール街やシリコンバレーでワードローブの定番となっている「企業ロゴ入りベスト」を厳しく取り締まっているとも報じられていました。
一方、有毒な粒子からつくられた黒いインクを使用したロゴを施したコレクションを発表するという斬新な取り組みも。この粒子は、本来であれば地球温暖化の原因となり、人間の健康を害するものですが、マサチューセッツ工科大学(MIT)発のスタートアップGraviky Labsと提携し、大気中の微粒子を吸い取り、スクリーン印刷用インクに変えたといいます。なお、このようなインクが服に使用されるのは初めてのことです。
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