Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]
Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方にお届けしているこの連載では、毎週ひとつ「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は、ボーダレスなリモートワーカー向けの労務・給与管理プラットフォームの「Deel」を取り上げます。
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Deel
・創業:2018年
・創業者:Alex Bouaziz、Shuo Wang、Ofer Simon
・調達総額:2億400万ドル(約220億円)
・事業内容:海外の従業員向け労務管理
THE CHALLENGE OF GLOBAL RECRUITING
グローバル採用の課題
Deelは、海外人材を採用する際の契約や申請、給与支払いなどの複雑な労務など、インターナショナルなチームを組成する際の面倒の一切を任せられるサービスです。
優秀なエンジニアには世界中からの採用ニーズがありますが、彼らの雇用、そして給与支払いなどの事務的処理は、国境をまたぐと途方もなく面倒です。
まず契約作成です。遵守する法令も、細かな契約形態や条件もバラバラ。知財の取扱い、守秘義務や免責条項も、国ごとにすべて異なります。間違えればペナルティを受けるからと専門家に相談しても、ニッチな国のルールだと「現地の弁護士に相談して」と言われるのがオチで、高価なコストと時間を要します。
次に書類提出です。パスポート、履歴書、保険証、納税証明書、卒業証明書など、いろんな書類が必要になります。たとえばフランスだと業務委託の契約形態だけで5種類あり、それぞれ提出書類が異なります。PDFでメールで送るのは、送る方も受け取る方も煩雑です。実際に仕事がスタートしても、納税証明書など毎年提出が求められます。
そして給与・報酬支払いです。銀行振込は煩雑で為替レートも悪く、SWIFTと呼ばれる中継銀行を経るごとに手数料がかかる上に、国によっては着金まで1週間かかる場合もあります。時間給か成果給か、月次か週次かなど雇用形態の違いによって支払い方もバラバラで、チームが増えれば途方もなく大変です。
さらに辛いことに、このルールは頻繁に変わります。有能な人材や雇用の国外流出を恐れて、世界中の政府がこれに神経を尖らせています。最近も英国のIR35、カリフォルニアのAB5、セルビアのIndependent Testなど規制変更が起きており、気付かないうち法令違反の状態に陥ることも当たり前な状態です。
WHO IS DEEL
Deelとは?
Deelはこういった不便をすべて解消してしまうソリューションを提供しています。
契約書のフォーマットは世界150カ国のあらゆる雇用形態をカバーし、項目を選んでいくだけで適切な契約書を作成できます。書類は送られたリンクから指定されたものをアップロードするだけ。各国に専門スタッフを置き、必要に応じて相談やアドバイスも受けられます。
給与や報酬の支払いは120の通貨に対応し、通常の銀行振込に加えPaypal、Transfer Wise、Revolute、Payoneerなどの選択肢を用意し、送り先によってベストな方法を比較して管理画面からワンクリックで送れます。自動支払いを設定すれば各人で異なる支払いサイクルも気にする必要はありません。最近ではCoinbaseと組んでビットコインで報酬を受け取るオプションもあります。
正社員として雇いたい場合は、顧客に代わってその国の法的な雇用主になるEOR(Employer of Record)のサービスも提供しています。人材会社や弁護士事務所が行ってきた業務で、費用が給与の15%と高価な点がネックでした。安価に正社員を採用できれば、法人設立の前に低コストで現地進出を試せます。
VISIBLE AMBITION
透けて見える「野望」
さらにDeelが面白いと思えるのは、雇用者側の面を抑えた上で、被雇用者側のソリューションに染み出している点です。
例えば「Deel Card」。これは希望者に提供されるプリペイドカードで、報酬はこのカードに直接チャージされます。フィリピンなど送金が煩雑でカードも普及していない国では、米ドルのまま持っておけば為替コストもかからずオンラインでの買い物も便利です。
ここを皮切りに、最近は給与の前借りや、確定申告など税務的なサポートにも進出しています。給与支払い(ペイロール)をきっかけにフリーランサーの「お財布」のポジションを抑えることで、保険や福利厚生などフィンテック的な展開を構想していると推察されます。
そして、いずれはUpworkのような採用サービスも視野に入ります。雇用者側の面を抑え、フリーランサーのお財布と職歴データを抑えれば、自然と最適なマッチングを提供できます。Deelにとって労務・給与管理は、ボーダレスなリモートワーカーのプラットフォーム構築という壮大な山に登る、最初のステップに過ぎません。
FATHER-SON BOND
父子鷹の起業
創業者は27歳のアレックス・ブアジズ(Alex Bouaziz)。昨年、Forbes の30 under 30にも選ばれた、注目の若き起業家です。
パリで生まれ育ち、16歳で家族でイスラエルに移住、大学はMIT(マサチューセッツ工科大学)に学ぶなど「国境なき人材」です。故郷のイスラエルで起業した際に、世界中からエンジニアは集まってくるのに、彼らの雇用に関わる手続きで手を焼きました。そんな時に、同じくMITの同級生で中国に戻って起業し、同じような悩みを抱えていたシュオ・ワン(Shuo Wan)と意気投合し、Deelの共同創業に至ります。
実はブアジズの父親もフランス出身の起業家で、ITサービス企業をフランスで上場させたのちにイスラエルでVCを立ち上げます。息子が起業したDeelの最初の投資家はこの父親のVCで、Deel のCFOを務め取締役会メンバーにも名を連ねます。
「ガレージ起業から株式上場まで、経営者の父の背中を見てきた。素晴らしいメンターが家族にいる」と語るアレックスは、まさに「生まれながらの起業家」と言えるでしょう。
ALWAYS RAISING
いつでも資金調達中
もうひとつ、Deelで注目すべきはその成長スピードです。
昨年1年間で売上は20倍、社員数は15倍に増加。7カ月前のシリーズBラウンド時から顧客数は1,800社と2.6倍にはね上がっています。直近の1億5,600万ドル(約168億円)を調達したシリーズCラウンドでは12億5,000万ドル(約1,400億円)のバリュエーションが付けられ、設立3年未満でユニコーン企業の座に上り詰めました。
この異次元成長を可能にしたのが、Deelの「グローバルフルリモート」な組織です。CEOはサンフランシスコですが、CTOはイスラエル、エンジニアはブラジルで、セールスはシカゴにいます。不都合はゼロではないものの「世界中からベストな人材を採用できるため」と、そのメリットを自ら実践しています。
そして目を引くのは、資金調達の頻度。シリーズAは2020年3月、シリーズBは2020年9月、そして今回のシリーズCと、ほぼ半年おきに資金調達を行っています。これは極めて「2021年的」と言えるもので、今年1月に続いて4月にもバリュエーションを4倍にして資金調達を行ったClubhouseなども同様です。
“Always raising”(いつでも資金調達中)なスタートアップの登場は、シリコンバレーの常識だった「12 – 18カ月毎にマイルストーンを切った資金調達」を過去のものとしつつあります。「リモート最適な組織」はコロナで受け身的に構築するものではなく攻めの武器であると、異次元成長を遂げるDeelを見て再認識させられます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは @kubotamas 。
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Cloumn: What to watch for
サロンはじめました
先週、アマゾンがオープンさせたのは「ヘアサロン」でした。立地は高級ファッションブティックやカクテルバーで知られるロンドン・スピタルフィールズ地区。2階建ての広々とした店内でカットからカラーまで、さまざまなサービスを受けられます。プレスリリースを読む限り、アマゾンはこのサロンを「新しいアイデアを試す場」として活用するようです。例えばAR。来店客は、バーチャルで自分の髪の色を変えてカラーリングを検討できます。特徴的なのは、棚にある商品を指差すだけで、ディスプレイ上に商品情報が表示されるテクノロジー。商品を購入したければ、QRコードを読み取ってアマゾンのサイトに移動して購入手続きすれば、自宅に商品が届きます。
こうした公開実証実験はアマゾンにとってお手の物。米ホールフーズのいくつかの店舗では、手のひらをスキャンして支払いをする決済システム「Amazon One」の実験が始まっています。食料品店「Go」では、店内の買い物客はカメラで追跡されており、カゴに商品を入れたまま、レジで支払うことなく(そもそもレジが存在していません)お店を出ることが可能です。昨年、アマゾンは上記の「Go」テクノロジーの販売計画を発表していますが、同社幹部は『Recode』に対し、同じく決済システム「Amazon One」の販売計画を示唆する発言をしています。こうした各種サービスによる売上げは、アマゾンの利益を左右する規模に成長しています。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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