Deep Dive: New Cool
これからのクール
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パンデミックの影響で、米国ではほとんどの人が映画館に足を運ぶことができないいま。先日の第93回アカデミー賞は、これまでになく「奇妙な」イベントと化してしまったようです。候補者に配られた、今年らしい「お土産」についても。
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平日毎朝お届けしている「Daily Brief」の配信は来週5月3、4、5日、お休みです。同期間は1日1通、ゴールデンウィークの特別版ニュースレターをお届けします。
4月25日(現地時間)、ロサンゼルスのドルビー・シアター、そしてダウンタウンにあるユニオン駅をメイン会場として開催された、約2カ月遅れの第93回アカデミー賞授賞式。今年は『ノマドランド』が作品賞を受賞したほか、同映画で監督を務めたクロエ・ジャオがアジア人女性として初めて監督賞を受賞し、大きな話題となりました(中国ではジャオのオスカー受賞のニュースが検閲対象に。彼女が受賞したことに言及した投稿は、「Weibo」から削除されています)。
また、83歳の名優、アンソニー・ホプキンスは『ファーザー』で認知症の父を演じ、2度目のオスカーを受賞(主演男優賞)。ダニエル・カルーヤは、ブラックパンサー党のリーダーであるフレッド・ハンプトンを『ユダ&ブラック・メシア』で見事に演じ、助演男優賞を受賞しました。
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しかし、今回の授賞式は、ノミネートされた作品・出演者を「紹介しない」という決断に至ったようです。このやり方は、今回のアカデミー賞における最大の「失敗」だったといえるでしょう。
It’s weird!
なんか、変!
例年通りABCで放送されたアカデミー賞授賞式ですが、作品や出演者を紹介しないどころか、映画制作の過程もまったく紹介されませんでした。ノミネート作品のクリップが再生されることはほとんどなく、音楽も流れず、撮影風景も楽しめません。
つまり、今年は、この1年間の映画の姿や音を視聴者に感じさせないようになっていたのです。授賞式では、長編国際部門、長編アニメーション部門、長編ドキュメンタリー部門、最優秀作品賞各部門のシーンが紹介されましたが、それだけでした。
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しかし、これは意図的な「選択」だったのです。映画監督のスティーブン・ソダーバーグをはじめとする授賞式の制作チームは、モンタージュ、ミュージカル、コメディなどの授賞式の伝統的な要素を排除。放送の内容をシンプルでこぢんまりとしたものにする決定を下しました。プレゼンターはノミネート作品を実際に「見せる」のではなく、「詩的に語る」ことにしたのです。
スピーチが長かろうと、構いません。ただ、そこに視聴覚的な文脈がないと、多くはつまらないものになってしまいます。さらに、今回は発表の順番を入れ替えたため、最後に発表された主演男優賞のアンソニー・ホプキンス(滞在先のウェールズでは午前4時)に至ってはオンラインで登場することもなく、授賞式はバタバタのままに幕を閉じました(受賞に関してのスピーチは、Instagramで公開されています)。
NOBODY WATCHED
誰も見ていない映画
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この内容は、多くの人がノミネート作品を観る機会に恵まれなかったことを考えると、さらに不可解といわざるをえません。ほとんどの作品が限られた数の劇場で、しかも短い期間しか上映されないまま、オンデマンドやストリーミングサービスに移行することになりました。キャリー・マリガン主演の映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、最優秀作品賞候補の中で最も興行成績が高い作品ですが、それでも世界でのチケット売上はわずか1,200万ドル(約13億円)でした。
ハリウッドの調査会社Guts + Dataは、米国のエンタテインメント消費者(例年、映画を観に行ったり、ストリーミングサービスに加入したりする人)1,500人を対象に調査を実施。調査対象の大半が、タイトルを聞かれてもポスターを見せられても、今年ノミネートされた作品を知らなかったという結果が出ています。
ストリーミングのおかげで、多くの作品がこれまで以上に身近なものになっているかもしれませんが、それが必ずしも映画の認知度につながるとは限りません。ちなみに、同調査では、Netflixで独占配信された『マンク』を知っていた人は、わずか18%。もっとも多くの人が認識していたのは今年2月に劇場とHBO Maxで同時公開された『ユダ&ブラック・メシア』で、回答者のうち46%であったという数字が出ています。
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アカデミー賞は、映画の認知度を高める絶好の機会のはずでした。しかし、その制作チームは、パンデミック下の時勢を考慮し番組構成を変えることの方が重要だと考えたのでしょう。結果、すでに衰退しつつあるアカデミー賞への関心を取り戻すには有効とはいえない試みとなってしまいました。
また、パンデミックの影響で壊滅的な打撃を受けた映画館が、この夏、2020年から延期していた大作映画を公開することで復活することが期待されていましたが、番組では映画館への復帰を強くアピールすることができませんでした。
見せ方の「失敗」ゆえ、テレビ視聴率もひどい結果に。ニールセンの速報値によると、視聴者数は昨年よりも58%減の985万人にとどまり過去最低となったほか、18~49歳の視聴率は1.9%でした(最終的に、視聴者数の数値は1,040万人に)。
視聴率の低迷が予想されたからこそ、プロデューサーたちは伝統からの脱却を図ったのかもしれません。しかし、このような比較的無名の映画の背景を視聴者に伝えられないのであれば、アカデミー賞を救うことにはならず、むしろその衰退を早めることになるでしょう。
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BEHIND THE SCENE
裏側はこうだった
ところで、パンデミックから1年以上が経過してからの開催となったアカデミー賞ですが、現場ではどのようなコロナ対策、そして新しい施策が行われていたのでしょうか?
- コロナ対策用の疫学コンサルタントがいた
- ソーシャルディスタンスを考慮した、レトロな晩餐会のようなセット
- 授賞式の様子は、実際の映画のように撮影された
- 授賞式は、ロサンゼルスの2カ所(ドルビーシアターとダウンタウンにあるユニオン駅)で開催
いま、多くの人々が「Zoom疲れ」に悩まされていますが、それはアカデミー賞の主催者も同じでした。
当初、主催者は「Zoomなし」という厳しいルールを設けていました。3月中旬、授賞式プロデューサーのスティーブン・ソダーバーグ、ジェシー・コリンズ、ステイシー・シェアは、ノミネートされた面々をロサンゼルスへ呼びつけ、「アカデミー賞にZoomで出演するオプションはない」と伝えました。「わたしたちは、世界中の何百万人もの映画ファンのために、安全で楽しい夜を開催できるよう努めていますが、バーチャルなものはその努力に水を差すことになると感じています」
実は、この決定には意味がありました。2月にZoomを用いて開催された第78回ゴールデングローブ賞の視聴率は、過去13年間で最低に(これは、ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人映画記者協会の多様性の欠如をめぐるスキャンダルの影響もあったと思われます)。しかし、ファンは華やかさを求めてこれらの映画を見るのであって、必ずしもジョディ・フォスターのパジャマ姿を見るためではないことを思い知らされました。さらに、Zoomならではの音の不具合も好ましいものではありませんでした。
アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、「Zoom禁止」というルールを設けるとともに、“史上最も多様な作品をノミネート”し、ゴールデングローブ賞のような事態の再発を避けたいと考えました。しかし、海外在住の受賞候補者からは、国が不要不急の渡航を禁止していたり、ロサンゼルスへの渡航費や10日間の隔離費が高額であったりするため、直接参加することができないとの指摘があり、このルールは当初から議論を呼んでいました。そこで主催者は、パリとロンドンに海外拠点を設けたのです。
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バーチャルセレモニーにはリスクが伴います。古くさい印象を与えてしまうほか、接続がうまくいかないとすべてが台無しになってしまいます。そこで、アカデミー賞ではいくつかの安全策を講じました。「バーチャルスピーチはZoomではなく、衛星中継を介して行われたため、プロデューサーは技術的な問題を起こすことなく、シームレスに放送のあらゆる側面をコントロールすることができた」ともいわれています。
バーチャルと対面式の“ハイブリッド”なイベントを開催したことで、海外の候補者たちは、イベントに参加することができました。例えば、『ファーザー』を共同執筆したフローリアン・ゼレールとクリストファー・ハンプトンは、それぞれパリとロンドンからアカデミー賞の脚色賞を受賞しました。これは、今後の授賞式の新しいやり方になるかもしれません。
しかし、衛星を使えばすべてを解決できるわけではもちろんなく、ウェールズにいたアンソニー・ホプキンスは、主演男優賞を受け取る際、「時差」に悩まされたのは、先述したとおりです。
FOLLOW THE TREND
NFTもお土産に
ところで、今年のアカデミー賞では、長年続いてきたいくつかのルールが変更されましたが、残された「伝統」も。それが、「お土産」(ギフトバッグ)です。
20年近く前から、男優、女優、監督の各賞にノミネートされた候補者は、有名人によるメディアへの露出を期待するブランドから、商品や旅行、サービスのクーポン券を受け取ってきました。今年のお土産“Everyone Wins ”は、パンデミックで生まれた習慣に則り、デリバリーサービスの「ポストメイツ」(Postmates)を通じて届けられました。
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ロサンゼルスのプロダクトプレイスメント会社であるDISTINCTIVE ASSETSは、今年のギフトバッグを制作するにあたり、パンデミックの年であったことを象徴するようなアイテムを選んだと話します。同マーケティング会社の創設者であるラッシュ・ファリー(Lash Fary)は、「『無料でもらえるものが詰まったバッグ』というだけでなく、より大きな目的をもったバッグにしたかったのです」と『Fortune』に語っています。
20万5千ドル(約2,226万円)相当と推定される今年の戦利品を見てみると、健康やウェルネスを重視した製品やサービスが多いことがわかります。二日酔いを治すためのコンシェルジュによるビタミン療法、24カラットのベイプペン(電子タバコ)、スリープトラッカー付きのヘッドバンド、無料のパーソナルトレーニング、「セレブの腕」を叶える脂肪吸引などです。また、スウェーデンの人里離れた場所にある古い灯台を9室の高級ホテルに改装したリゾート「Pater Noster Hotel」に無料で滞在する権利も選ばれました。
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なかでも最も2021年らしいアイテムといえば、世界中でトレンドになっているNFT。『マ・レイニーのブラックボトム』でトランペット奏者を演じ、死後(2020年8月に死去)に主演男優賞にノミネートされた、俳優の故チャドウィック・ボーズマンへの哀悼を示すカードが入れられました。
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このカードは、3Dアーティストのアンドレ・オシェア(Andre Oshea)が制作したGIFアニメーションで、NFTプラットフォーム「Rarible」ではオークションにかけられており、収益の半分は米国大腸がん基金に寄付されるといいます。
COLUMN: What to watch for
「愛」が戻ってきた
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“Sex is Back. Are consumers ready?”と題した『Business of Fashion』の記事では、「パンデミックからの復活」として人びとが待ちわびていた「愛」をテーマに、論評しています。スーツサプライ(Suitsupply)の新しい広告“new normal”、ジャックムス(Jacquemus)の2021年春の“L’Amour”コレクションのキャンペーン、ディーゼル(Diesel)の“When Together”キャンペーンなどで見られるように、ファッション業界ではセクシーな表現が戻ってきました。小売業のマーケティング・インテリジェンス企業であるEditedの調査によると、「セクシー」と表現された新製品は、この3カ月、前期比で30%増加。さらに、同期間に小売店で販売された露出度の高いTバックの下着の数は240%増加したという興味深い数字もあります。同社によると、2021年秋と2021年春のランウェイで、デザイナーたちがパンデミック後の服装についての見解を述べ始めたことが、より広い市場に影響を与えたとのことです。
トレンド予測機関であるWGSNの調査によると、「90年代を彷彿とさせるミニマルな美しさをもちながら、より現代的で洗練された、よりエッジの効いたアプローチをする」セクシーな服が、消費者のあいだで上昇傾向にあることがわかりました。とくにGen Zは、より「直球的なセクシーさ」を求める傾向にあり、長いオンライン生活を強いられてきたことが、この欲求に拍車をかけているといいます。
ただし、先述のちょっと派手ともいえるキャンペーンヴィジュアルに関しては賛否両論で、消費者のなかには嫌悪感を示す人も。「非常に微妙なラインであり、常に利益を得られるとは限らないかなりリスキーな行動でもある」と、『Business of Fashion』では述べられています。
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