Deep Dive: New Cool
これからのクール
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パンデミックは、世界のナイトライフにも深刻な影響を与えています。しかし、「夜の街」が社会にとって欠かせないものとみなす都市では、その復活に向けてさまざまな施策が行われています。そのなかで重要な役割を担うのが「夜の市長」、ナイトメイヤーです。
鳴り響く音楽と、アンダーグラウンドな雰囲気。世界のナイトクラブでは、常に新しいカルチャーが生まれ続けてきました。
しかし、新型コロナの流行以来、欧州では多くの街でナイトクラブが閉鎖。夜の街は、静けさに包まれることになりました。一方で、新型コロナ流行以前から、若者の趣向・行動の変化などによって街からナイトクラブが消失していたのも事実です。
こうした世界の都市でのナイトクラブ減少の危機に立ち向かい、「夜のカルチャーを活性化」するため、現在、アムステルダムやパリ、ニューヨークなど世界45都市以上でナイトメイヤー(夜の市長)が活躍しています。
Disappearing Nightclubs
姿を消すナイトクラブ
近年、世界の多くの都市で、ナイトクラブは存続の危機に晒されてきました。その理由は騒音などへのクレームや都市開発などさまざまですが、例えばロンドンでは過去10年間で、約半数のナイトクラブが閉店。ベルリンでも、過去10年間に約100店のクラブが閉鎖する「ナイトクラブの死」と呼ばれる現象がおきています。
こうした夜の街から消えていく灯りを守り、街を活性化するため、アムステルダムでは夜間の公共政策を担う「ナイトメイヤー」というコンセプトが誕生しました。
ナイトメイヤーの役割は、政策立案から夜間の経済の管理、そして夜の行政相談窓口など多岐に渡ります。これまで“regulation”(規制)されてきた夜の街を、ナイトメイヤーが役所・住民とクラブ経営者などの間を“mediation”(仲裁)することが主なが目的です。
現在、アムステルダム市のナイトメイヤーを務めるレイモン・デ・リマ(Ramon de Lima)は、「いままで、夜の街で近隣住民とトラブルが起こると、役所は警察の導入やナイトクラブの閉鎖など、厳しく規制を行ってきました。昼の街のトラブルには解決策を考えるけれど、夜の街にはそれがない。夜の街の解決策を見つけ、アムステルダム市の街に貢献するよう、ナイトメイヤーが採用されるようになりました」と説明します。
また、前アムステルダム市ナイトメイヤー(2012~2018年)で、現在、夜の街のリサーチ・コンサルティングを行う団体「Vibe Lab」のグローバル・ナイト・メイヤー・アドボケイトを務めるミリク・ミラン(Mirik Milan)は、地域住民からの理解について次のように語ります。
「6年間アムステルダムでナイトメイヤーを担当していた際、ナイトスポットとして有名なレンブラント地区で暴力の20%減少を達成しました。地区の住民は、ナイトメイヤーが誕生して以来、“暮らしやすくなった”と感謝してくれています」と話します。
こうしたアムステルダムのナイトメイヤーがもたらした実績は国外で評価され、現在、世界45都市以上で同様のコンセプトが採用されるようになりました。
彼らは、各都市の状況に応じた「夜の街づくり」を促進しています。例えば、英ロンドンでは元DJのエイミー・ラメ(Amy Lamé)が、「夜の取締官」(Night Czar)として夜の市政やLGBTQ+の支援を行っています。米シアトルでは「ナイトライフ・ビジネス提唱者」、米デトロイトは「24時間経済アンバサダー」が夜の経済活動のサポートを行っています。
ハーバード大学デザイン大学院で夜の市政について研究をしたアンドレイナ・セイハス(Andreina Seijas)博士は、その他にも各都市のユニークな夜の政策について、「例えば、米オーランドでは夜の街の安全性を向上することを目的に、クルマの相乗り用レーン・公衆トイレ・フードトラックなどを1カ所の明るい場所に設置しました。またワシントンのナイトメイヤーは、セクハラ・ドラッグ・未成年の飲酒などに対応することができるよう夜の業界の従業員へのトレーニングを行っています」と話します。
TO SAVE CLUB CULTURE
クラブはカルチャー
ナイトメイヤーの仕事は、地域の夜の安全を守るだけではありません。常に進化を遂げ続ける“夜のカルチャー”を守り、その地位を向上させることも大事な仕事の一つです。
その例が、2013年に前アムステルダム市ナイトメイヤーのミランが創始した、ナイトクラブに対し発行する“24時間ライセンス”です。これは、街の中心で同じ時間帯にナイトクラブに人が混雑することや、それにより起こる騒音や飲酒によるトラブルを減らすための取り組みです。
ミランは、24時間ライセンスについてこう説明します。「郊外に位置するナイトクラブに対し24時間営業の許可をすることで、人々が郊外へも行くようになります。そして朝や昼も営業をすることで、ナイトクラブはジム・アーティストのコワーキングスペース・アートギャラリー・カフェなど、多目的なスペースの運営をすることができます。つまりトラブルの対策だけでなく、アムステルダム市の文化的価値を高め、国内外の旅行客を惹きつけることにもつながるのです」
現アムステルダム市ナイトメイヤーのデ・リマは次のように付け加えます。「24時間ライセンスを発行することは、“クリエイティブな経済活動”を応援することなのです。また、多目的な営業をすることで、普段ナイトクラブに行かない住民も利用するようになり、昼と夜の世界を繋げることもできます効果もあります」
一方で24時間ライセンスは、すべての郊外のナイトクラブに対して発行されるわけではありません。ミランは、「ただ飲んで踊るクラブと、“カルチャーを発信するクラブ”は別物です。アムステルダム市に文化的価値を付加できるナイトクラブのみに、ライセンスを発行します」と付け足します。
ミランは、夜の世界の文化的価値について、「クリエイティビティという才能を育てる、真剣な遊び場なのです」と微笑みながら語ります。「ぼくは20歳のころから夜の世界にずっと携わっていますが、夜の世界は僕のクリエイティビティを育ててくれました」
現アムステルダム市ナイトメイヤーのデ・リマも、「夜のカルチャーの面白いところは、アートに境界線がないところ。音楽・グラフィック・ダンスなど、多様な形のアートが混ざり合い、人々が自由に楽しむことができる。また、面白いアイデアと、気が合う友人さえいたら、皆が創造性を発揮できる世界なのです」と語ります。
こうしたナイトカルチャーへの政府への認識は、他国でも高まっているようです。例えば今年ドイツ連邦議会は、これまでエンターテイメントとして認識されてきたナイトクラブを、オペラ・美術館と同様に、文化施設として認定しました。デ・リマは「ドイツの例は、ナイトライフのイメージ向上に繋がります。ナイトライフは、街にとって“重要な文化”の一つなのです」と、語ります。
THE MEANING FOR SOCIETY
社会的意義を考える
また、ナイトメイヤーにとって、LGBTQ+や女性が安心してダンスフロアで踊るサポートをするのも、大事な仕事の一環です。
非白人のトランスジェンダーとクィア(性的マイノリティー)を主に対象としたイベントを開催するDJ Nadine Artoisは、米『VOGUE』の取材に対し、こう話しています。「クィアやトランスジェンダーの仲間たちにとって、ナイトクラブは安心して自分という存在を知ってもらえる場所なのです」
前出の現アムステルダム市ナイトメイヤーのデ・リマも、「ナイトメイヤーの存在により、LGBTQ+の人々に、“守ってくれる人がいる”と認識してもらうことが大切です。リラックスして交友を広げ、彼ら・彼女らが自分のアイデンテティに自信を持ってもらう場所づくりをしないといけません」とコメント。
また、ミランは「女性をセクハラから守り、安心してダンスフロアで踊れる環境づくりも重要な仕事です。ナイトメイヤーとしてセクハラが生まれる背景を分析し、役所に対策の提言するなどし、取り組みました」と話します。
NIGHTMARE OF PANDEMIC
コロナがもたらす悪夢
こうしたナイトメイヤーによる夜の街への貢献は、さらなる夜の街の経済効果にもつながります。現在、米ニューヨークのナイトライフは、年間350億ドル(約3.8億円)の経済効果と30万人の雇用を生み出しています。
同様に、英国では夜のエンタテインメントとホスピタリティ業界(劇場、バー、レストラン、クラブ)の経済規模は年間約660憶ポンド(約10兆円)。前出のセイハス博士は、「イギリスでは約6分の1の雇用が、夜の経済に貢献しています」と、付け加えます。
一方で、昨年春以降、新型コロナ拡大により、世界の都市のナイトクラブは一時閉鎖を迫られました。米『VOGUE』にインペリアル・カレッジ・ロンドンで新型コロナワクチンの研究に携わるポール・マッケイ(Paul McKay)は、「コロナ禍において、ナイトクラブにいくほど危険なことはありません」と警告しています。
こうした状況を受け、世界の多くの国で夜の業界は経済的打撃を受けています。例えば米国では、ニューヨークで人気だった中華レストラン兼ナイトクラブ「China Chalet」や、ワシントンの老舗クラブ「Eighteenth Street Lounge」が閉鎖することになりました。また、フランスでも新型コロナの流行以来、150以上のナイトクラブが閉鎖したといいます。
さらに英国でも、ナイトクラブの生き残りは厳しい状況だったようです。同国のNight Time Industries Association(NITA)によると、ナイトクラブはロックダウンの際にオンラインイベントなどを試みたものの、その収益は平均で普段の5%ほどしか達成しなかったといいます。また、英国政府は今年6月21日にナイトクラブ営業再開の予定を発表しましたが、従業員の85%が夜の業界から去ることを考えており、従業員不足が懸念されています。
TO HELP THIS SITUATION
ナイトメイヤーに頼る
ヨーロッパでは今年の夏の再開を目指していますが、現状は厳しく、まだまだ夜の街は完全復活できていません。ワクチンを接種すれば、2021年には世界中の多くのナイトクラブが再開できる可能性が高いものの、それが一晩で全員が再びパーティーに参加できる「チケット」にはなりません。ナイトクラブをオープンしても、感染率の上昇やクラスターが起こると、すぐに再び閉鎖してしまいます。
- 🇫🇷 フランス:レストラン、美術館などのロックダウン解除は発表されたものの、ナイトクラブに関しては言及(見通し)なし
- 🇬🇧 英国:6月21日にナイトクラブ営業再開予定。営業再開に向け、4月に6,000人規模のテスト運営(マスク・社会的距離なし)を行う
- 🇳🇱 オランダ:イギリスと同様、ナイトクラブ再開に向け、3月に1,300人規模のテスト運営を行う。なお、再開日は未定
- 🇩🇪 ドイツ:再開日は未定。なお、ベルリンの業界団体「クラブコミッション」は、ナイトクラブの再開に向けて2021年3月17日、「6項目の計画」を提出している
しかし、パンデミックの影響により、ナイトメイヤーへの期待が高まっているとも見えます。アイルランド・ダブリンでは、パブやクラブ、音楽施設の閉鎖から立ち直るのを支援するため、ナイトメイヤーが任命される予定とのこと。豪メルボルンにあるチェリーバー(Cherry Bar)のオーナーであるジェームス・ヤング(James Young)は、ナイトメイヤーとして同市の「夜の街」の再生に向けた取り組みを指揮することに。
パンデミックの影響で低迷する飲食業、ライブミュージック、クリエイティブ・アートの分野を活性化するための新しい委員会を率いるといいます。
NEO NIGHTLIFE
ナイトライフ2.0
ほかにも、前出のミランをはじめとする世界70都市、130人以上のナイトメイヤー・夜の都市開発の識者たちは、夜の街の経済復興計画を発表しました。
ミランは、夜の街の復興について「昨年、世界各地のナイトメイヤーたちとメッセージアプリのWhatsAppを通じて、各地の状況について連絡しあっていました。そこで、世界的な夜の街の復興計画を皆で一緒に立てることになったのです」と、話します。
ミランは語気を強め、「皆で話し合うなかで気づいたことが、いまはただのロックダウン期間ではなく、これまでのナイトライフの欠点を徹底的に改善する、 “ナイトライフ改革”のチャンスだということです」と言います。
夜の街の復興計画は、現地を知るナイトメイヤーと、識者の科学的な視点をもとに考案されています。
その内容は、夜の業界で活躍するアーティストのデジタルマーケティング、屋外スペースの利用、多様性を考慮したダンスフロアの提案、24時間包括的に夜の業界を活かす方法など、多岐に渡ります。この計画書をもとに、すでに各都市の行政機関などへ政策提案をしているといいます。
ミランは、こう締めくくります。「夜の世界は、都市の社会的・文化的・経済的価値に貢献します。社会的という意味では、夜の街で愛を見つける人だっています。ストレス発散という意味で、メンタルヘルスにとっても大事です。また、アーティストの育成の場でもあります。そんな夜の業界を、クリエイティブに改革することで経済や街が活性化されることは、非常に意味深いことです」
COLUMN: What to watch for
今年の優勝は…
2020年、COVID-19の影響で中止となっていた音楽の祭典「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」(ESC)。今年は、今月22日にオランダ・ロッテルダムで観客を入れて行われました。
ユーロビジョン・ソング・コンテスト(ESC)とは、60年の歴史の中で1,500曲以上もの楽曲を生み出してきたショーのひとつ。毎年、何億人もの視聴者がおり、過去には、ABBA、セリーヌ・ディオン、オリビア・ニュートン・ジョン、ボニー・タイラー、フリオ・イグレシアスなどが出場しました。コンテストに応募する曲は、生歌(ボーカルあり)でなければならず、バックトラック(演奏)にボーカルが入っていてはいけません。素材は完全なオリジナルで、カバーは不可。一度にステージに立てるのは6人までで、歌はどの言語でも、どの国籍のパフォーマーでも演奏できます。
ESCは多くの意味で、ヨーロッパの歴史を大衆文化の中に大きく描き出すものであり、とくにファッションも注目されています。今年は特に、昨年ステージに立てなかったエネルギーを発散させるかのように、キプロスのエレナ・ツァグリノウ(Elena Tsagrinou)、アルバニアのアンクシェラ・ペリステリ(Anxhela Peristeri)など、派手な衣装で登場する出場者が多く見られました。なお、今年はイタリア代表のロックバンド、マネスキン(Måneskin)が優勝しています。
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