Impact:米国最大「パイプライン闘争」の決着

Impact:米国最大「パイプライン闘争」の決着

Deep Dive: Impact Economy

気候テックの衝撃

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激動する世界の気候変動ビジネス。毎週火曜は、その現状を伝えるインサイトを紹介しています。今日は米国で大統領3代(オバマ〜トランプ〜バイデン)にわたって繰り広げられていた、「闘争」の決着について(英語版はこちら)。

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Image: REUTERS/LUCY NICHOLSON

カナダ西部の油田から米国の製油所までつながる石油パイプライン「Keystone XL」(キーストーンXL)。環境保護活動家が10年以上にわたって激しい反対運動を続けてきたこのプロジェクトが、ついに中止されることになりました。

もっとも、今月10日(現地時間)に建設会社TC Energyが下したこの決断は、あくまで形式的なものといえるでしょう。同プロジェクトは、今年2月、ジョー・バイデン大統領がパイプラインの米国への進入許可を取り消したことで実質的に消滅していました(2015年、オバマ大統領〈当時〉によって一時的に延期。2017年にトランプ大統領〈当時〉が許可を下すも、2021年1月20日にバイデン大統領が許可を取り消す大統領令に署名)。

とはいえ、消えたKeystone XLの向こうには、さまざまなストーリーがみえてきます。

A win for climate activism?

アクティビストの勝利?

10日の決定は、アクティビストには「気候変動をめぐる世界的な戦いにおける大勝利」として受け入れられました。保護団体Oil Change Internationalのスポークスマン、デヴィッド・ターンブル(David Turnbull)は声明を発表。この決定を「ビッグ・オイルに勝る市民の力」と呼び、「パイプラインのルート上を含む世界中の先住民族コミュニティ土地所有者農民牧場主気候変動活動家」の貢献があったとしています。

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Image: 05/08/2017, REUTERS/DAVID RYDER

アクティビストは現在、他のパイプラインにも目を向けています。特にミネソタ州の「Line 3」拡張工事では、Keystone XL中止が下された同じ日に、数百人の抗議参加者が逮捕されています(TC Energyの株価は、今回の発表の影響を受けていません。第1四半期には、パイプラインの計画中止によるものとして18億ドルの減損費用を計上したにもかかわらず、4億4,200万ドルの利益を計上しました。Line 3の運営会社であるEnbridgeの株価は10日、若干の損失を計上したものの、全体をみれば、年始から17.6%上昇しています)。

また、Keystone XLが、環境破壊の可能性のある計画に対する“モグラ叩き”として効果的であることも証明されました。アクティビストは、このプロジェクトを気候変動対策に対する一般市民の支持を集めるためのシンボルとして活用しました。

2014年にニューヨークで開催された「People’s Climate March」は、30万人以上の人びとが集結した、当時としては最大規模の気候変動抗議活動でした。そして、そこで掲げられたプラカードや飛び交う掛け声には「Keystone XL」の語が見え隠れしていました。

「Line 3」も同様の役回りを強いられているようですが、世界経済が化石燃料を求めている限りにおいて、個々のパイプラインが閉鎖されたところで、温室効果ガス排出量を左右することはほとんどありません

The impact of the cancellation

中止による影響

「TC Energyが正式にキャンセルしたところで、(石油)生産量や排出量には基本的に影響しない」と言うのは、市場調査会社Rystad Energyのヴァイスプレジデント、トーマス・リルズ(Thomas Liles)です。「カナダでの産油量は、2030年まで毎年1.5~2%程度増加すると予測している。さらに、既存のパイプラインシステムには最適化する余地があるため、新たな建設計画が遅れたり中止になったりしても、必ずしも生産量の増減につながらない」

ただし、ここには見落とされている重要なポイントが2つあります。まず、Keystone XLに対して上がっていた反対の声は、地球規模の気候変動ではなく、米ネブラスカ州オガララ帯水層に対する生態学的・文化的な汚染リスクに向けられていたということ。

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Image: 11/06/2011, REUTERS/JOSHUA ROBERTS

さらに、ビル・マッキベン(Bill McKibben)のような著名なアクティビストらは、この戦いを「石油会社による無制限掘削を阻止するための、より大きな戦いの入り口に過ぎない」であると長年主張してきました。いまや米国では、金融規制当局が銀行、その他の企業に対して気候関連リスクを開示するよう求めています。また、裁判所株主が石油会社に排出量の削減を求める圧力を強めているケースも見受けられます。そうした現状を見れば、この闘争が牽引力になったことは間違いないと言えるでしょう。

in the fight for clean energy?

次のステップは?

Keystone XLの中止によって、アクティビストは、目に見える標的を失ったかたちにもなります。米国や欧州では、長年の懸案事項であった石炭火力発電所が閉鎖に向かい、電力関連事業は着実に脱炭素化への歩みを進めています。

とはいえ、最大の温室効果ガス排出源でもある石油を世界が使用しなくなる未来は、かんたんには見えません。石油を大量に消費する航空や海運、プラスチック製造や工場などの部門について、新興国での“顧客”が増えているにもかかわらず、代替エネルギーはまだ見つかっていません。脱炭素化への取り組みは遅れており、その遅れは、パイプラインの問題よりもはるかに大きな問題です。

国際エネルギー機関(IEA)は、世界の石油需要は2040年までにパンデミック前の水準と比較して6%増加すると予想しています。この数字を下げるためには、官民一体となった技術革新への投資が必要です。

アクティビストにはシンボルが必要で、Keystone XLは、目に見える脅威であると同時に、シンボルとしても優れていました。Line 3にも同じことがいえるでしょう。

しかし、もはや化石経済に「反対」するだけでは十分ではなく、何かを「支持」する必要があります。クリーンエネルギーをセクシーなものにするためにどの企業よりも努力してきたテスラは、人の感情をうまく利用してきた典型的な例といえるでしょう。

いま、最大の課題とは何か。それは、Keystone XLを潰した勢いを利用して、政治家やビジネスリーダーに圧力をかけ、よりクリーンで公平な経済を、早急に発展させることです。

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Image: 06/10/2021, REUTERS/TODD KOROL

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風力発電への道?

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この20年間で、米国では再生可能エネルギーが驚くほど普及しました。なかでも陸上の風力発電は約4,800%増加しています。一方の中国/欧州諸国が推進するのは洋上風力発電です。この分野において米国はまだ未発達で、業界団体Global Wind Energy Councilのデータによると、2020年時点で、米国は世界の洋上風力のわずか0.1%を占めるのみ。バージニア州とロードアイランド州の沿岸にある2つの小さな発電所がその役割を担っています。

そんななかで、バイデン政権は、マサチューセッツ州マーサズ・ヴィニヤードの沖合に建設される米国初の大規模洋上風力発電所にサイン。先月11日、内務省海洋エネルギー管理局は、スペインの再生可能エネルギー大手Iberdrolaの子会社である米電力会社Avangridと、デンマークの投資会社コペンハーゲン・インフラストラクチャー・パートナーズとの間で行われる、800メガワット、28億ドルの合弁事業「ヴィンヤード・ウィンド」(Vineyard Wind)を最終承認。この事業は今年中に建設を開始し、2023年までにニューイングランドの送電網に電気を送る予定です。

(翻訳・編集:年吉聡太)


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