Feature:中国の上手な「愛し方」

Feature:中国の上手な「愛し方」

Special Feature

中国ウォッチャーに訊く

Quartz Japan読者の皆さん、こんにちは。今週は、1週通してワンテーマで午後のニュースレターお届けする特集週間。2日目の今日からは、英国の「中国ウォッチャー」のインタビューをお届けしていきます。

Abstract photo illustration of Cindy Yu
Image: Illustration by Ricardo Santos & Daniel Lee

今週は…[中国ウォッチャーに訊く]

ワクチン外交やコロナ後の世界復興、あるいは人権問題から途上国のインフラ整備、さらには気候変動まで。あらゆる問題で世界が避けては通れない国、中国と、わたしたちはどう向き合えばいいのか。今週(21〜25日)お届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」は、対中政策のキープレイヤーである英国の視点から、さまざまな分野の識者のインサイトをお伝えしていきます。第2回の今回は、英国から見た中国を語るポッドキャスト「Chinese Whispers」のホストが語る、現代中国の“愛し方”。昨日のニュースレターで予告したものとは異なる内容でお届けしています。


シンディー・ユー(俞小丹、Cindy Yu)はロンドンを拠点に活動する『The Spectator』の放送エディターで、月に2回「Chinese Whispers」というポッドキャストのホストを務めています。中国生まれで英国育ちのユーは、オックスフォード大学で哲学、政治、経済などを学んだ後に、現代中国研究で修士号を取得しました。

「Chinese Whispers」では、中国社会における女性の地位台湾問題といったトピックを専門家が解説します。ユーは、中国についてほとんど知らない人が同国の現状を理解するためのワンストップサービスを提供したいと考えており、中国系英国人として中国を巡る議論にユニークな視点を提供しています。


Interview with Cindy Yu

コロナで様変わり

──「Chinese Whispers」はどのようにして始まったのですか。

もともとは、わたしが中国で過ごした子ども時代についてエディターたちと雑談していたのが始まりです。わたしは中国のことを話すのが大好きなんです。欧米人はほとんどが中国に行ったことはないので、どんな国なのかということを知らないと思います。また、中国に行ったことがあるとしても旅行で1〜2週間滞在した程度なので、現地で中国人と話をすることはありません。わたしなら中国についてもう少しいろいろ説明できる気がしたので、編集会議や普段の会話で実際にやってみようと思ったんです。

わたしのポッドキャストは、中国について何の知識もない人を対象にしています。ファーウェイ(華為技術、*1)香港(*2)ウイグル族(*3)といったことが話題になるとき、その背景を知らなかったとしても、他の人はすでに理解しているように思えて、いまから追いかけるのでは手遅れだと感じてしまうことがあるでしょう。

*1:英国は昨年、安全保障上の懸念を理由にファーウェイの機器を国内の通信ネットワークから排除することを決定。米国はこれに先立って同社への制裁に踏み切り、ファーウェイは半導体などのハードウェアの調達ができなくなっている。

*2:香港では2020年、国家安全法が施行。それまでの特別な権利と位置づけとが失われた。

*3:米国は中国共産党が新疆ウイグル自治区でウイグル族をはじめとする少数民族や宗教的少数派に対する虐殺を行なっていると非難。英議会下院も4月、中国でジェノサイドが起きているとして、政府に行動を促す決議案を採択した。英政府は「もっとも基本的な人権の侵害という恐るべき行為」を糾弾したものの、「ジェノサイド」という言葉を使うことは避けている。なお、中国政府はこうした疑惑を強く否定している。

ですから、わたしのポッドキャストでは特定の問題のバックグラウンドと中国の人たちがそれをどう見ているのかを説明します。それはトピックにも反映されています。番組では教育から女性の権利、台湾問題、共産党が何を考えているかといった政治的なことまで何でも取りあげますが、わたしがもっと知りたいと思っているのは社会的、文化的側面です。

──中国と英国の橋渡しという役目を引き受けるのは、どんな感じですか。

外交スキルを磨く練習になりますね。わたしを親欧米だと見ている中国の人たちと、これまでに何回も話をしました。わたしは中国を批判しているので、彼らはわたしは洗脳されていて、裏切り者だと考えています。一方で、わたしは親中国で十分な批判をしないと思っている人たちとも対話を続けてきました。

わたしは英国人と中国人のいずれのアイデンティティも強く感じているので、両方の側から、あなたは十分に英国的でも中国的でもないと言われるのは、とてもつらいです。

一方で、双方の意見を理解して和解を促すための努力には本当に価値があると思います。わたしは常に自分の思い込みに疑問を投げかけるようにしています。よく言われることですが、ひとつの話でもふたつの側面があり、両方の側と対話することでそれが理解できます。

──英国で行われている中国を巡る議論にはニュアンスが欠けていると思いますか。

そう思います。それは情報不足のためです。例えば、英国では歴史的経緯から香港について語られることがよくありますが、中国がなぜあれほどまでに香港に執着するかについてはほとんど触れられません。

香港返還は中国語では「回帰」と呼ばれます。これは戻ってくるという意味で、中国にとって香港の返還は単なる引き渡しではなく、いわば放蕩息子が家に帰ってきたようなものなのです。

共産党と一般的な中国人がどう考えているかを文脈化して理解する上で、これはとても重要です。中国人は、かつて強制的に奪われた植民地について西側がコメントすることに強い不快感を覚えます。

メディア報道についても同じことが言えるでしょう。欧米のメディアは、ベラルーシや香港などで自由を求めて戦う人たちのことを報じるのが大好きです。ただ(香港の)民主派は過去数年にさまざまな問題を引き起こしています。民主派による暴力もありましたが、欧米ではほとんど報じられていません。警察当局の横暴だけでなく、自分たちと対立する政治家や警察官の個人情報をネットに流すといった民主派の違法行為も非難されるべきでしょう。

──英国のメディアや社会が中国について見落としがちなのは、どのようなことですか。

まず、列強の植民地になった過去と、共産党が非常に重視する屈辱の物語の世紀があります。これは虚飾ではなく大半が実際に起きたことなのですが、中国は新王朝の末期からしばらくはかなりひどい状態にあり、20世紀初頭は日本の侵略を許しました。以後、党は外国勢力に対して国民を団結させるために、この過去の屈辱を引っ張り出してくるようになっています。

中国語で「八国連軍」(*4)と呼ばれる史実があります。欧米の歴史の授業では聞いたことがありませんが、中国にとってはとても重要な事件で、西側が中国を批判するたびに中国人は「八国連軍がまたやってきた」と感じるのです。中国が欧米に対して、内政に干渉するな、主権侵害を止めろと繰り返すのは、この苦々しい過去を強調するためです。

*4:1900年夏、ドイツ、日本、ロシア、英国、フランス、米国、イタリア、オーストリア=ハンガリー帝国の8カ国の連合軍が、義和団の乱の鎮圧のために北京に進駐した事件を指す(日本では「八カ国連合軍」と呼ばれている)。

次に、中国が過去50年間でどれだけ大きく変化したかという点です。1970年代の中国に行ったことのある人と話せばわかりますが、いまとは完全に別の国です。米国や英国はこれだけラディカルな社会的変革は経験していません。(欧米では)ミレニアル世代はベビーブーマーほど恵まれてはいませんが、中国は違います。ミレニアルたちの生活はよくなっており、かつてのように簡単に家族が死ぬようなことはありませんし、努力して経済的に豊かになることも可能です。海外旅行にも行けるようになりました。

こうしたことがすべて共産党の支配の下で達成されたという事実が、政権批判を困難にしています。人びとは「文化大革命や大躍進があったのに、共産党を支持することなんてできるだろうか」と自問しますが、すぐに「でも党は変わったし、生活は本当によくなったじゃないか。波風を立てる必要はないだろう」と考え直すのです。

かなり大雑把な言い方ですし、中国人全員が同じように感じているわけではありませんが、3億人いる中産階級の大半はそう思っているはずです。「英国にいる中国人留学生たちは、どうしてあたり構わず中国政府を非難しないのか」と考えるとき、このことを念頭に置く必要があります。

──ポッドキャストを始めてから数カ月で、英中関係は過去5年間と比べて飛躍的に大きく変化しました。どんな感じだったのでしょう。

本当にあっという間でしたよね。COVID-19がすべてを変えました。政治的に見れば、共産党が適切に対処しなかったためにパンデミックが起きたという非難は、ある程度は的を射ています。明らかに隠蔽工作がありましたし、政府の対応は遅く、地方の当局者レベルでは新型コロナウイルスを否定する発言すら聞かれました。こうしたことがどの程度のものかはわかりませんが、かなり根が深い可能性はあります。ですから、中国の政治構造と無軌道な公衆衛生を批判することはできると思います。

ただ、以前から中国に嫌っていた人たちがこの議論に飛びつきました。彼らはパンデミックを機に、共産党が(ウイルスを)ばら撒いて自分たちだけは逃げようとしたのだ、主要国で2020年にプラス成長を確保したのは中国だけじゃないかと言っています。こうして雪だるま式に話が広がっていき、中国は他のことでもすべて間違っているというような議論になるのです。

また、中国に対して常に懐疑的な専門家や政治家がいますが、その理由のひとつは中国が覇権国家になりつつあることです。わたしは安全保障上のジレンマを信じています。西側諸国にとって、中国の台頭は自己分析とパニック、そして体制側から中国への報復を意味します。体制側とはわたしたち西側、そして特にアメリカのことです。

皮肉ではありますが、EUからの離脱が完了したことで熱心な議員たちが新たな理念を求めているということもあるかもしれません。「中国研究グループ」(CRG)という名前は「欧州研究グループ」(ERG、*5)を思い出させますが、これは偶然でしょうか。ERGのキャンペーンが成功したので、中国を次の戦いの場にするために、他の議員たちがこのスタイルを真似たのは間違いありません。

*5:中国研究グループは「英国が中国の台頭にどのよう対処すべきかについての議論と新たな思考を促進する」ことを目指して、2020年に保守党の議員2人が立ち上げたシンクタンク。その名称は、EU強行離脱派の保守党議員たちが集まって設立した欧州研究グループとよく似ている。

これはうまくいって、中国は現実に新たな戦場になろうとしています。ただ英政府はそれほど乗り気ではないようで、現時点では中国に対して、党内の一部議員が求めるほどの強い態度は取っていません。一方で、政権が変わればどうなるかはわからないと思います。

──そのほかには、どんな対立点が目立ちますか。

西側のグローバルパワー、知的財産権の侵害、南シナ海での覇権争いといったことについて言えば、これは地政学的な問題で複雑です。一方で、COVID-19はシンプルで、ウイグル族についても(新疆ウイグル自治区で)起きていることは倫理的に絶対に受け入れられません。ウイグル族の問題によって中国への反発は政治的なものから倫理的なものになり、すべてが変わりました。

中国の人びとはこのことをいまいち理解していません。欧米諸国は中国のことをわかっていないと言いましたが、中国も欧米のことをきちんとわかっているわけではないと思います。欧米が中国について把握するよりはよく理解しているでしょうが、それでもかなりの知識不足や思い込みがあるのです。

──中国と英国の間で板挟みになっていると感じたことはありますか。

大国同士が戦争に突入するとき、その間にいる人、特にディアスポラは身動きが取れなくなります。英国が将来、わたしや家族、友人を含む中国人というものをどう見るようになるのか不安です。

わたし自身が矢面に立たされているわけではありませんが、いつかそうなるかもしれないこと、いつか間違った注目を浴びてしまうかもしれないことは、意識するようにしています。それが起きたときにどうするかはわかりません。いまはただ、双方に対して責任をもって、できる限りたくさんの情報をもとに、煽るような内容ではなく正確な記事を書くということを守るようにしています。

口を閉ざすという選択をすることもよくあります。ただそれは検閲を恐れているからではなく、(中国が)どれだけ大きくて物事がいかに複雑かを知っているからです。

──新疆ウイグル自治区に行ったことすらないのに、そこで起きている問題について語ることができると考える政治家もいます。

あなたがリポーターであれば、こうした問題に光を当てて、人びとがそれについて自分なりの結論を出せるようにすることが理想です。ただ、政治家は国益について考える必要があります。これは当然のことで、彼らが中国の台頭を西側にとっての実存的な危機と捉えているなら、ありとあらゆる手段で中国を批判しようとするのは理解できます。

そして、過去の中国批判とは違う倫理的な面からの批判を可能にするのがウイグル問題であるなら、それはとても強力なツールなのだと思います。

──英国の議員5人が人権擁護活動のために中国から制裁を科されましたが、これについてはどう思いますか。

まず思ったのは残念だということで、理由は彼らが中国を目にする機会が失われてしまうからです。中国を訪れることで見方が変わるかもしれないということではありませんが、両方の側からの視点での意見を形成していくのに役立ちます。

とにかく、本当にどうしても絶対に中国を体験すべきです。想像していたのとまったく違うと驚く部分も、思っていたとおりだと感じる部分も、どちらもあるでしょう。

──過去に一度も中国に行ったことがなく、今後行くこともないかもしれないという人と話をするとしましょう。どのような会話になると思いますか。

まずは、わたしは中国が大好きだというところから話を始めます。中国政府を好きだと言っているのではありません。ただ、わたしは中国という国を愛していますし、中国人であることを誇りに思っています。

ここ数十年で中国が成し遂げたことは本当に驚異的です。わたしは政府に媚びるつもりはありません。なぜなら、共産党は過去の貧困の大部分に少なからぬ責任があると考えているからです。それでも、中国に行けば高層ビルが立ち並び、社会が凄まじい速さで変化していることがわかります。

学生時代は(1〜2年置きに)中国を訪れていたのですが、タクシーの運転手とはいつも「この道はちょっと前にはなかったよね」というような会話をしていました。新しい道路がどんどんつくられ、都市が拡大し、それは本当に信じられないほどでした。

一方で、人々は地方のゆっくりとしたシンプルな暮らしに憧れている部分もあります。中国におけるある種の個人主義と言ってもいいかもしれませんが、こういった矛盾や中国人のユーモア、人々が関心を抱いていること、ポップカルチャーといったものは、中国国外ではほとんど知られていません。せいぜいがアジアの中国語文化圏までで、言語の壁のためにそれより外に出ていくことは滅多にないのです。

わたしたちは中国の人びとと同じソフトパワーやポップカルチャーを消費することはできません。それは仕方のないことなのですが、ただ本当に活気に満ちた文化が花開いているのです。

ポップカルチャーといえば、わたしは最近、中国映画に関心をもっています。1980年代の改革開放以降の作品は驚くほどに実験的で、例えば『さらば、わが愛/覇王別姫』は、20世紀の激動を背景にトランスジェンダーのアイデンティティと同性愛を探究した作品です。こうした作品が生まれたという事実によって、中国人はクリエイティブではないという欧米人の固定観念が揺さぶられると思います。ぜひ観て欲しい作品です。

最後になりますが、わたしは中国の日々の暮らしにおける些細なことを愛しています。道路掃除の人たちは親切でよく道を教えてくれますし、タクシーの運転手はとてもフレンドリーで人生についていろいろな話をしてきます。食事も中国の方が断然おいしいでしょう。

こうした人と人との触れ合いは、気候変動やファーウェイ問題といった地政学的問題を巡る議論の影で失われているのですが、わたしはこうしたものが本当に好きです。中国人は多くにおいて(欧米人と)よく似ています。そして、家族や子どもたちのためのよりよい未来など、人生において大切にしているものも同じなのです。

(翻訳:岡千尋)

at this time tomorrow…

Abstract photo illustration of Isabel Hilton
Image: Illustration by Ricardo Santos & Daniel Lee

今週25日(金)まで5日間にわたってお届けするニュースレター特集「中国ウォッチャーに訊く」。明日23日の17時ごろにお届けする第3回では、(昨日21日の予告通り)中国の環境・気候変動問題に取り組む「China Dialogue」を主宰するスコットランド出身のジャーナリスト、イザベル・ヒルトンが登場します。ご感想をTwitterのほか、このメールに返信するかたちでもどうぞお聞かせください!


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