Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
[qz-japan-author usernames=”Nnamdi Madichie”]
Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方は、社会の変化を的確に捉えた「次なるスタートアップ」を紹介していますが(これまでの配信記事はこちらから)、今週は特別編。これからの起業モデルとして注目されるアフリカのコミュニティについて、ナンディアジキウェ大学の研究者の寄稿文をお届けします。
およそ2億人を擁する、アフリカいちの人口大国ナイジェリア。主に三大民族から構成されていますが、なかでも南東部に住むイボ族(Igbo)は総人口の約20%を占める一大勢力です。ビジネスの成功者も多く「黒いユダヤ人」と称され、勤勉で進取の精神に溢れる特性が近年注目を集め、その秘訣を紐解く研究が進められています。
いま、イボならではの「徒弟制度」(Igbo apprenticeship system、IAS)が注目されているのは、それが現代で言う「ステークホルダー資本主義」を何世紀にもわたって実践してきたことにあるでしょう。
IASは言ってみれば、起業についての共同体的な枠組みです。「徒弟制度」のことば通り、学校などの公的な教育機関ではありません。コミュニティのなかで、成功した企業が他の企業を育成し、資本を提供し、顧客を新しい起業に譲るという伝統的な枠組みです。毎年数千のベンチャー企業を生むIASは、「世界最大のビジネスインキュベーター」と呼ぶべき存在なのです。
informal apprenticeship system
目に見えない互助
イボ族のビジネスでの成功に関する研究の多くは、人類学や社会学といった伝統的な文化的視点からアプローチされてきましたが、わたしは共著者とともに、従来の文化的な側面からではなく、ビジネスやマネジメントの視点、特にアントレプレナーシップにフォーカスして2008年から研究に取り組んできました。
それから約10年後、わたしたちはレポートで「イボ族の徒弟制度が、若い世代がビジネスに取り組む準備をするための起業家的教育を提供している」ことを強調するまでにいたっています。
徒弟制度にもとづく由縁とそこから生まれるネットワークの役割は、広く世界で確認されています。そして、それを活用することで、ナイジェリアは大きな経済成長を遂げてきました。
一連のネットワーク効果をよりよく理解するべく、わたしと共著者は25人のイボ人起業家にインタビューを行い、イボ族のビジネスモデルの秘訣を探りました。
About the study
イボ族の起業家精神
研究では、イボ族の世代を超えたビジネスの継承に関する重要な変数を特定しています。イボ族は、他の先住民族と同様に言語だけでなく、価値観や習慣、そして規範といった「レガシー」を守り続けることを信条にしています。特に、重要だと考えられているのが、ビジネスを確実に次世代に渡す「継承」という側面です。
さらに調査では、イボ族の文化・コミュニティ的なニュアンスにも注目しました。彼らの言葉で、「Di-okpara」(ディオクパラ:長男)、「Umunna」(ウムンナ:土地の息子)、「Ikwu」(イクウ:親族の一員)、「Umuada」(ウムアダ:土地の娘)と呼ばれる役割についてなどです。
調査にあたりわたしたちは、イボ族のなかで何世代にも及んで起業家精神が育まれるポイントとして、4つのテーマを設定しました。
- Nwaboi(ンワボイ:目に見えない支援組織とその活動)
- Afamu-efuna(アファムエフナ:血筋の保証)と密接な関係にあるディオクパラの役割
- 「イボ人には王がいない」(Igbo enwe Eze)ということばに象徴される、独立した個人主義であると同時に共同体的な性質
- アントレプレナーシップのある共同作業と文化的イニシアチブ
まず、Nwaboi(ンワボイ)の徒弟制度には、「Imu-Oru Aka」(技術や技能を学ぶ)と「Imu-Ahia」(取引を学ぶ)の2つのかたちがあり、ありとあらゆる取引からさまざまな技術や技能を学ぶことができます。
2つめの「ディオクパラの役割」とは、イボ人のビジネスは、引き継ぐ能力のある“息子”を見つけ、育てることで世代を超えて存続するということ。ビジネスを継承するのは実子でなくてもよく、直系の長男が父親の手がける事業に興味を示さなければ、一族の中で可能性のある他の男性がビジネスを引き継ぐよう訓練されます。実際、ディオクパラという概念は、男性の子ども(ほとんどは長男)が一族の遺産や後継者計画において重要であることを強調しています。これは、イボの血統を証明するアファムエフナの概念にもつながります。
3つ目のカギは、家族や社会の紛争を仲裁する役目を担う、一族やコミュニティの調整役ウムンナ(土地の息子)、ウムアダ(土地の娘)、イクウ(親族の一員)の存在です。ウムンナの決定は一族を従わせる力をもちます。また、家業を巡って家同士の対立が発生したときには、長老たちが紛争を解決します。トラブルを部族内でスピーディに解決することで、ビジネスの運営に支障を出すような長い裁判手続きを避けることができます。このように、ウムンナの役割はとても大きいのです。
ウムンナと同様に、女性によるウムアダという組織も存在します。イボ族以外の先住民族も交えた有力な女性たちの集まりで、女性の権利や利益を代表する立場として女性と男性の橋渡しとして機能しています。
時には、長老会議の権力乱用を牽制する役割も果たします。ウムアダにはこのような権限が与えられているため、ビジネス慣例に関するすべてのトラブルを仲裁することができます。
various forms of entrepreneurship
起業文化のルーツ
一般的に、ウムンナやウムアダのような仲裁者には、新しい規範や信念の形成をサポートする役割があり、他のコミュニティはより効果的なビジネスプロセスの構築を促すというように棲み分けがされています。財務的な枠組みの改善をサポートする仕組みもあります。例えば、アファムエフナは、イクウ、ウムンナ、ウムアダなどが監督する公平な「ンワボイシステム」です。イボ族がもつこういった仕組みが、新しい市場の開拓や、文化的な変化を可能にし、ビジネスは脈々と引き継がれてきたのです。
イボ人の起業文化の由縁は、大航海時代、15世紀の奴隷貿易にまで遡ります。1800年代には、要所だったナイジェリア南部のボニーで32万人、南東部カラバル、エレム・カラバリでは5万人が奴隷商人に売られていきました。
しかし、他のアフリカ諸国とは異なり、ヨーロッパ人が到着するずっと前から、イボ族は借金返済の代わりに、あるいは刑罰や戦争の捕虜として、他のイボ人を奴隷にしてきました。ただし、奴隷とはいえ、アメリカ、ヨーロッパ、アジアに輸出する、香辛料、砂糖、タバコ、綿花の取引に関わるなど身近にビジネスを感じる環境にあったようです。
これをもとにイボ人は、植民地化以前の時代からさまざまなかたちで事業を興してきました。植民地化されたときにはすでに職人、貿易業者、商人、家内工業者としての地位を確立していたのです。このような背景と独自の構造が、イボ人の起業文化を支えていると言えます。
Policy implications
時代を超える有効性
イボ族のアントレプレナーシップの研究から得られた知見は、必ずしも一般化できるものではありません。とはいえ、起業家精神がどのように独自の文化に組み込まれているのか、現実的かつ最新のケースを示唆する同時に、彼らの起業家精神や文化の要素は、時代を超え、持続的なアントレプレナーシップを保つための社会の在り方など、さまざまな問題も提起しています。
彼らの成功の教えは、他の国や社会にも応用できるはずです。アメリカのジャーナリスト兼作家のロバート・ニューウィルトも、イボ族の徒弟制度についてTEDで語っています。
イボの血を引く偉大な詩人、チヌア・アチェベ(Chinua Achebe)の著書のタイトルにもあるように、民族のパワーと可能性、そしてグローバル経済への貢献を理解し行動するには、学者は“Things Fall Apart”(邦題『崩れゆく絆』)を無視することはできません。
イボ族の起業家モデルは、民族差別や男女差別を克服する方法を幾度となく実証してきました。時代を超えて継承され続けたイボ族のビジネスモデルから、経営、研究、政策に影響を与える大きなヒントが得られるはずです。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
連載「Next Startups」では、これまで精子バンクからライブコマース、暗号資産まで多くのテーマを扱ってきました。各回ごとに最先端のスタートアップの動向をキャッチアップできる過去アーカイブ一覧はこちらから。
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