Deep Dive: Next Startups
次のスタートアップ
[qz-japan-author usernames=”masaya kubota”]
Quartz読者のみなさん、こんにちは。月曜夕方にお届けしているこの連載では、各回ひとつ「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は「世の中にあるすべての木をマッピングする」クライメイトテックの新星を取り上げます。
NCX
・創業:2010年
・創業者:Zack Parisa、Max Nova
・調達総額:2,230万ドル(約24億9,000万円)
・事業内容:森林を活用したカーボンクレジットのマーケットプレイス
CARBON OFFSET ONLY FOR THE MOUTH
口先だけのオフセット
2015年に採択された国際的な温暖化対策の枠組み「パリ協定」に基づき、参加国は2050年までに温室効果ガス(CO2)排出量を森林や海洋などの吸収分を差し引いて「実質ゼロ」にする目標を掲げています。
ところが、パンデミックで世界中の経済が止まり、クルマにも飛行機にも乗らない生活が続いたにもかかわらず、昨年の世界のCO2排出量の減少はたった7%。50ギガトンのCO2排出量を2030年までに半減するという中間目標を達成するためは、パンデミックレベルの生活をあと10年続ける計算になり、その実現にはテックが不可欠な状況です。
目標達成のカギを握る企業は相次いでCO2排出削減を打ち出していますが、どれだけ努力しても必要最低限の経済活動からのCO2排出は避けられず、限界があります。そこで注目されるのが、森林での吸収など他の場所の削減分で埋め合わせ(=オフセット)する、カーボン・オフセットです。
代表例はカーボン・クレジット(排出枠)の購入ですが、実際は20年前から存在するこの仕組みはうまく行っていません。理由は:
- 購入した排出枠でどれだけ森林が増えたのか、CO2が減ったのかがわからない
- 排出枠の価格設定の根拠が曖昧で不透明
- 金で解決する手段なため、逆にCO2削減の努力を怠る
また、森林オーナーにも使いにくい制度です。カリフォルニア州が運営する排出枠取引への参加は大規模地主に限られ、いったん参加すれば最低100年のコミットが必要で、定期的な森林調査費用もオーナー負担など、世代を超えた意思決定が難しい状況でした。さらに、伐採対象ではない森林所有者が排出枠を売って儲けるなど、課題は山積みでした。
WHO IS NCX
NCXとは?
この問題の解決に乗り出したスタートアップが、NCX(SilviaTerraから社名変更)です。「完全に開かれた、透明で公平な排出枠取引所」のNCAPXの運営者です。
目指したのは、木を伐採せず維持することで、森林の価値を最大化できる経済基盤の構築です。森林オーナーが木を切り倒して建設業界や製紙業界に売らずに、カーボンオフセットで資金を得ることが経済的に同等になる社会の実現でした。
驚くべきは、彼らが「健全な取引所の構築には、精緻で信頼できるデータが必要」と、全米の森林の木一本一本をマッピングした地図データ(Basemap)をつくり上げたことです。
Basemapは米国全土の920億本の木、48州6億エーカーの森林が、30メートル四方の単位ですべてデータ化されています。米国森林局の協力のもと、高解像度の衛星画像、実地のフィールドデータ、統計分析モデルなどを組み合わせて、森の木の大きさと種別を推定し、吸収するCO2量を算出しています。
さらに、自然環境や森林の状態は常に変化するため、Basemapは毎四半期アップデートされます。森林学の専門家、データサイエンティストやNGOなど外部の専門家と連携し、データを常に進化し続けています。
Basemapでは1年間の炭素累積量や月ごとの影響など、各地域の詳細をピンポイントで確認できます。また絶滅危惧種の保護にも活用でき、山火事の予測や回避にも有用です。
人力で森林データを作成するには膨大な資金と途方もない労力を要します。米国では森林管理に毎年100億ドル(約1.2兆円)が非効率に費やされてきました。政府ですら手が出なかったこの巨大プロジェクトを、テックの力を借りた名もなきスタートアップがなし遂げたことは驚きです。
2019年には排出枠取引所のNCAPXを開始しました。Basemapのデータに加えて、マクロ経済、木材価格、地域の物価など無数のデータから排出枠の価格を算出しています。
森林オーナーは、初期コストなく、1年単位で、どんなに小さい森林でも参加でき、「伐採を先送りして排出枠を売って生計を立てる」選択肢が可能になりました。排出枠を購入した企業も、実際に増えた森林プロジェクトをデータで確認することが可能です。
NCAPXは現在南部中心に16州の100以上の森林オーナーが参加していますが、今夏に五大湖周辺の森林へと拡大し、今年末までに全米へと展開する予定です。
10 YEARS OF EFFORT
努力の10年
NCXの共同創業者兼CEOは、ザック・パリサ(Zack Parisa)。アラバマ州北部の自然豊かな土地で育ち、13歳のころには将来、森林学者になることを決意した、筋金入りの森林マニアです。進学したイェール大学でも森林学を専攻し、修士課程で統計学や環境経済学を学んだのちに、森林学者として南米やアフリカなどで働いた経験をもちます。
仕事で世界の森林関係者と話すなかで、彼はある事実に気が付きます──。森林の所有者や地元住民でさえ森の実態はほとんど理解していない。このままでは現金のために安易に伐採する所有者は増え続け、その先にあるカーボン・オフセットなど夢のまた夢と。彼の気付きは「実態を把握できないものを管理はできない」というシンプルな事実でした。
森林保全には情報と評価基準、そして開かれた市場が必要だと考えたパリサは、同窓生でコンピュータサイエンス専攻だったマックス・ノヴァ(Max Nova)を誘い、NCXの構想を固めます。そのベースとなったのはザックが大学時代に取得した、機械学習を用いて木の種類や大きさをエーカー単位で特定する技術の特許でした。
この野心的なプロジェクトに手を差し伸べたのが、マイクロソフトの「AI for Earth」です。環境問題の解決に人工知能の力を活用することを目的に、さまざまなスタートアップを支援する取り組みです。Basemapの作成に、テラバイト級の衛星画像処理や機械学習計算など、クラウドプラットフォーム「Azure」のリソースを惜しみなく提供しました。
2019年にはペンシルバニア州で20名の森林保有者の協力を得て、NCAPX(取引所)のパイロットプログラムに成功します。最初の排出枠(約340万ドル相当)の購入者は、他でもない、マイクロソフトでした。
2010年の設立から、2020年の初のシード調達まで実に10年。そして、「全米の木々のデータ化」という途方もないチャレンジの先にザックとマックスの2人に見えた光は、空前のESG・脱炭素ブームでした。
CLEAN TECH’s “RETURN”
クリーンテックの再来
脱炭素領域は確かに注目されていますが、米国では懐疑的な見方もあります。というのも、2004年〜2007年ごろにかけて米国では「クリーンテック」がもてはやされ、この流れに乗ったVCは大損した苦い思い出があるのです。
とはいえ当時とは状況が変わってきています。Z世代など若い世代中心に環境意識が高まり、ESG投資など社会的プレッシャーも大きく、AIなどのデータサイエンスが進化し、再生可能エネルギーは実用可能なレベルにまで下がり、パリ協定などで国家間も歩調を揃えています。クリーンテックはClimate Tech(クライメイトテック、気候テック)に名を変え、再び注目を浴びつつあります。
クライメイトテックが「来る」期待を裏付ける動きとして、有名投資家やVCも目をつけ始めています。Twitter、Instagram、Uberなどに初期投資して天文学的なリターンを上げた伝説的な投資家のクリス・サッカ(Chris Sacca)が昨年、この分野で新ファンドを立ち上げました。また著名VCのユニオンスクエアベンチャーズ(Union Square Ventures)は今年1月に$162M(約170億円)の気候変動ファンドを設立しています。なお、NCXはこのUSVの新ファンドの最初の投資先です(2021年に4月にシリーズAラウンドで1,790万ドル=約20億円)を調達)。
NCXにはセールスフォースの会長兼CEOのマーク・ベニオフがエンジェル出資を行い、彼は社外取締役にも就任しました。160社以上にエンジェル出資するベニオフが、出資先の社外取締役に就任する例は恐らく初です。ほかにも2030年までに「完全脱炭素」を約束したGoogle、20億ドル(約2,200億円)規模の気候変動ファンドを設立したAmazonなど、テック業界のリーダーが深く関与している点は、今回のクライメイトテックの潮流の特徴のひとつと言えます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは@kubotamas。
Cloumn: What to watch for
作り手を救うクレカ
クリエイターやインフルエンサー向けのクレジットカードで知られるカラット(KaratFinancial)が、2,600万ドル(約29億円)の資金調達を発表。「コーポレイトカード」の提供が予定されています。現在、320万人以上のクリエイターがYouTubeやライブストリーミングで年間6桁以上を稼いでいるとされる一方、彼らのニーズに合ったクレジットカードはほぼ皆無で、大金を稼いでも法人としての信用を得られず銀行やクレジット会社から融資を受けられないことがほとんどでした。たとえ年収数億円でも、クレジットカードの利用限度額は100万円というケースもあったそうです。
2019年にロサンゼルスで創業した同社は昨年、初のサービスとして利用限度額が月額5万ドル(約530万円)から始まる「Karat Black Card」の提供を始め注目を集めていました。昨年6月以来はコロナの影響で配信ビジネスなどクリエイターエコノミーの領域が伸びるのに伴い、自分たちのサービスの可能性を実感したと言います。同社の取引は前月比で50%増加の勢い。新たな業界のリーダーとして急浮上したKaratが新しいステータスカードの座につく日が近い将来訪れそうです。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
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