Deep Dive: New Cool
これからのクール
[qz-japan-author usernames=”Ayana-Nishikawa”]
家族のあり方が増える一方、女性の出産にも変化が起きています。同じ欧州でも国によって制度はさまざまですが、今回はフランスとデンマークにフォーカス。それぞれの国で女性の「権利」はどのように変わってきているのでしょうか。
レズビアンカップルや、最愛のパートナーに出会うことのできなかった独身女性が、子どもをもつこと──。欧州では、すべての人の幸福を目指した社会的な議論が深まっています。一方で、宗教や伝統的価値観が根強い欧州社会において、今後「家族のかたち」はどのように受け入れられていくのでしょうか。
Women’s rights
21世紀の女性の権利
「すべての女性に、生殖補助医療(※)の権利を!」
これまでフランスでは、異性間カップルのみが受けることができた生殖補助医療。この権利をレズビアンカップル・独身女性にも拡大するよう求めるデモが、近年パリなどの街角では度々起きていました。
※ 生殖補助医療:体外受精をはじめとする、新たな不妊治療法のこと。 採卵により卵子を体外に取り出し、精子と共存させる[媒精]ことにより得られた受精卵を、数日培養後、子宮に移植する[胚移植]治療法
今年6月、こうした声を上げるフランス人女性に「勝利の日」が訪れました。
フランス国民議会(下院)は、レズビアンカップル・独身女性が生殖補助医療を受ける権利を認める法案を可決。今後、43歳以下のすべての女性が医療保険を適用し、子を授かるための治療を受けることができるように。つまり、不妊症を理由にしない場合でも、公的保険で人工授精などで子をもつことが可能になりました(ちなみに、生殖補助医療の対象拡大はマクロン大統領の公約でもありました)。
レズビアンで、長年同棲をしている彼女をもつカトリーヌは「女性の権利における20世紀の最大の偉業は、中絶の権利を得たことでした。21世紀においては、すべての女性が妊娠・出産をする権利が認められることです」と語ります。
この法律が可決されるまで、フランスのレズビアンカップルや独身女性にとって、子を授かるまでの道のりはリスクが多く、険しいものでした。
仏紙『La Croix』の報道によると、年間少なくとも2,400人のレズビアンカップル・独身女性たちが、不妊治療が許されているベルギーやスペインなどの他国へ治療を受けに行っていたといいます。
他国で治療を受けると、飛行機代・宿泊代・医療保険適応外の治療費を含む多額の出費をすることになります。また、リスクを負って海外で治療を受けても妊娠に至れないケースも少なくありません。
こうした女性たちが子どもを産むために他国へ渡るなか、今回の法案が決定するまでに政治家が長い時間を要したことに対し、フェミミストでLGBT活動家、そしてパリ議会議員であるアリス・コファン(Alice Coffin)は仏夕刊紙『Le Monde』に「この女性たちの運命は政治にかかっており、それは非常に暴力的なことです」と述べています。
after a long struggle
長い闘争が続いた
フランスでは、2013年に同性間の「結婚」が認められました。その8年後、レズビアン・独身女性が「妊娠・出産」する権利が認められるまで、長い歳月をかけて活発な議論が繰り広げられてきました。
全体的には社会のリベラルな考えは広まっているようで、IFOP(フランス世論研究所)が行った世論調査では、67%がレズビアンカップル・独身女性が生殖補助医療を受けることに賛成しています。1990年には、とくにレズビアン・カップルの同権利への反対が70%以上だったことを考えると、時を経て世論が熟したといえます。
一方で、カトリック・保守系の市民団体や右派・極右の政治家などは、根強い反対デモを繰り広げてきました。こうした反対派は、主な理由として「父親の重要性」や「伝統的な家族の構成を脅かしてはいけない」ことを主張しています。
このように社会の議論と紆余曲折を経て、フランスは、レズビアンカップルと独身女性に生殖補助医療が許可される他の欧州10カ国の仲間入りをしました。現在、EU加盟国ではベルギー、アイルランド、スペイン、デンマーク、ルクセンブルク、ポルトガル、スウェーデン、マルタ、オランダ、フィンランドなどが同様の権利を認めています。
しかし、欧州の他の国々のなかでも、同様の権利を認めていない国も多くあります。たとえば、ドイツでも、レズビアン・独身女性は、医療保険を適用して生殖補助医療を受けることができまません。一方、オーストリアでは、レズビアンのカップルは治療へのアクセスが許可されているものの、独身女性は治療を受けられません。
The case of Denmark
未来社会のデンマーク
一方で、欧州のなかでも、こうした「新しい家族」や個人の選択が比較的タブー視されにくく、社会的に受け入れられているのがデンマークです。
同国では、フランスよりも14年前にあたる、2007年に独身女性・レズビアンに生殖補助医療を受けることが認められています。
ドナー数世界最大級を誇り、国際的に展開する精子バンク「クリオス・インターナショナル」(Cryos International)CEOのピーター・リースレブ(Peter Reeslev)は、「2007年以降、デンマークでは独身女性の精子バンク利用者が増えています」と話します。こうして自ら選択してシングルマザーとなる独身女性は、「選択的シングルマザー」と呼ばれています。
実際に、クリオス・インターナショナルの精子バンク利用者の54%が、独身女性を占めているといいます(同社調べ。世界45カ国の利用者への調査)。また、利用者の年齢は36歳~40歳が最も多く、40%以上の利用者が修士号を持っている高学歴の女性だといいます。
リースレブは、独身女性の利用者が多い理由について「教育を受ける期間が長く、その後にキャリアを形成しているうちに30代半ばになる。最愛のパートナーと家族を築きたいと切実に願っているにもかかわらず、仕事や勉強で忙しく、将来を誓えるようなパートナーに出会えなかったというケースが多いようです」と、述べます。
一方で、リベラルな社会と、寛容な社会福祉も一役買っているようです。『Lived Realities of Solo Motherhood, Donor Conception and Medically Assisted Reproduction』の著者で、デンマークのオーフス大学で准教授を務めるティネ・ラヴン(Tine Ravn)は、デンマークで選択的シングルマザーが増えている理由について下記のように分析します。
生殖補助医療の技術の発展・普及や政府の政策なども、もちろん理由の一部ですが、大きく分けて4つの理由があります。
- 家族の形の多様化が進み、社会の受け入れが拡大していること。
自分と同様の家族に社会で出会う可能性が増える安心感は、独身女性が選択的シングルマザーになるための決心をする際に、動機づけし、正当化しています。
- 一般的に出産年齢が高齢化していることと、同時に医療の力が発展していること。
- 充実した社会福祉。
産休や育児休暇などの充実、生殖補助医療を平等に受けられること、寛容な医療保険制度などが挙げられます。男女平等なデンマーク社会で、こうした福祉が整っていることは、選択的シングルマザーが子どもと共に自立して暮らしていけることをサポートしています。
- 社会のなかで、子どもを持つことが大切という考えが普及していること。
Family Diversity
多様化する「家族」
このように 「個人の選択」が尊重される傾向にある同国ですが、「選択的シングルマザー」という生き方が、今後一般的になっていくと、デンマーク社会にどのような影響がもたらされるのでしょうか。
前出のオーフス大学の准教授ラヴンは、「選択的シングルマザーが増えたことで、よりデンマーク社会で“家族の形の多様化”が進み、社会がそれを受け入れていると思います。また、“母性”や“親の役割”、家族の構築においても、今後は多様性が増していくと想像します」と話します。
実際に、さまざまな家族のカタチが織り交ざり、デンマークでは約「37種」にもおよぶ多様な家族構成が存在するといいます。
では、選択的シングルマザーの子どもの人生には、どのような影響があるのでしょうか。英紙『The Guardian』に、選択的シングルマザーに関する本の著者シグネ・フィヨルド(Signe Fjord)は、「両親のいる子どもや、離婚を経てシングルマザーになった子どもよりも、選択的シングルマザーの子どものほうが、わずかに学校での成績が良い」という研究結果に言及しています。
また、選択的シングルマザーの子どもの成績がわずかに高い理由について、ケンブリッジ大学の教授スーザン・ゴロンボック(Susan Golombok)は、同紙に「シングルマザーの子どもの学力パフォーマンスが低いという考えは、シングルマザーが離婚や予想外の妊娠を経ているという想定がベースにあります。これらの女性は、大きな経済的状況の悪化を経験することが多く、子どもへの問題や親のストレスに関わります。また、離婚や経済的不安、元夫との対立から、これらの母親はメンタルヘルスの危機にさらされており、子どもにも影響を与えかねます。一方で、選択的シングルマザーは、このような点を心配する必要がないケースが多いのです」と説明しています。
さらにゴロンボックは、両親がいる子どもと選択的シングルマザーの子どもを比較研究した際、子どもの「心理的な健康」に違いは見られなかったといいます。そのうえで、ゴロンボックは「最も重要なのは、子育ての質、そして経済的・社会的サポートがあることです」と話します。
Challenges for Denmark
デンマークの課題
家族の多様性についてリベラルなデンマークですが、同国には今後の課題はあるのでしょうか。リースレブは、「デンマークではこれまで国民に対する教育の充実を促進してきました。しかし、母体や新生児へのリスクを考えると、学生に避妊の教育をするのと同様に、将来的に子どもが欲しい場合、年齢を重ねてから出産するリスクを教えることも重要だと思います」と指摘。
また、精子だけでなく、卵子提供の充実も必要だと言います。「デンマークで卵子提供は許可されていますが、精子提供に比べ、制度が整っていません。そのため、他国で治療を行う人もいるので、システムを改善する必要があります」
さらに、「政治家が国民に多種多様な選択肢を与えることで、より良い状況で社会をまとめることができます。たとえば、政治家は精子バンク等を高い質に保つために規制をかけ、点検をするべきですが、“子どもをもちたい人びとを規制”するべきではない。政治家が介入するほど、よりSNSでの精子の販売などブラックな市場をつくることになる。禁止にするのでなく、高い質で安全な治療を許可し、社会にオープンに議論をもたらす必要があります」と述べます。
「人間が“子どもをもちたい”という気持ちは、非常に強いもの。それを政治家が規制することなんてできないのですから」
COLUMN: What to watch for
結婚式が戻ってきた!
結婚式はパンデミックの影響で低迷していましたが、いよいよ復活の兆しが見えていると『The New York Times』が報じています。
「The Wedding Report」の創始者であるシェーン・マクマレー(Shane McMurray)は、昨年米国で行われた結婚式は130万件で、通常の210万件に比べて少ないとコメント。業界関係者によると、これらの結婚式は、出席者がいたとしてもほんの一握りのゲストしかいない「マイクロウェディング」であることが多いといいます。ところが、2021年の結婚式はまだ元に戻っていないとはいえ、急速に回復。マクマレーは、来年は1980年代以来の高水準に跳ね上がると予測しています。
とはいえ、米国における結婚率は何十年も前から低下しており、2000年の8.2人から2019年には1,000人あたり6.1人と過去最低を記録。この低下は出生率の低下と並行して起こっていて、パンデミック前においても過去最低を記録しているといいます。
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