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ビタミンウォーターのメーカーがスポンサーになっているバーチャルペットのオポッサムを肩に乗せて、仮想空間で開催されるハイネケン協賛のプールパーティーに出かける支度をする。セレブのゴシップ記事やインフルエンサーの投稿に混ざって配信サービスやファッションブランドの広告が表示され、それをクリックすると洋服やアクセサリーをバーチャル試着して購入できる──。
「Snapchat」では、こうしたことがすべて現実になっています。“自動消滅する写真”という新しい発想で人気になったこのアプリを展開するスナップ(Snap Inc.)にとって、Eコマースという皿の上にさまざまなブランドを「盛り付ける」という戦略はうまく機能しているようです。
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2011年にサービスを開始したSnapchatは、当時SNS市場を支配していたFacebookから「クール」の称号を奪い取りました。2013年にはマーク・ザッカーバーグの買収提案を拒否し、その後も成長の波に乗って、2017年に上場を果たしています。このときの評価額は240億ドル(約2兆6,300億円)でした。
しかし、2018年には業績が低迷し、複数の経営幹部が辞任しています。株価は17ドル(1,865円)から一時は5ドル(549円)に下がり、FOXニュースからカイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)まであらゆる人たちがSnapchatは終わったと話していました。
こうしたなか、2019年になって奇跡が起こります。米国外でユーザー数が拡大し(詳しくは後述します)、再び成長軌道に乗ったのです。さらに昨年のパンデミックとそれに伴うロックダウンによって、対面で会うことを禁じられた人たちがつながりを求めてソーシャルメディアに向かうようになり、これが業績の伸びを後押ししました。
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Eコマース関連への投資と、アプリのコア機能にもプロダクトプレイスメントを組み込むやり方が評価され、Snapchatから離れていった広告主も再び戻ってきました。直近の四半期となる今年第2四半期(4〜6月)のユーザー数と収益の伸びは、上場以降の4年間で最高を記録しています。
Snapchat by the digits
数字でみる
- 2億9,300万人:Snapchatの第2四半期のデイリーアクティブユーザー数
- 19億人:Facebookの第2四半期のデイリーアクティブユーザー数
- 69%:米国の10代に占めるSnapchatユーザーの割合
- 4%:米国の56歳以上人口に占めるSnapchatユーザーの割合
- 30億ドル(3,291億円):2013年のフェイスブックによる買収提案の金額
- 240億ドル(2兆6,331億円):2017年の上場初日のスナップの評価額
- 13億ドル(1,426億円):カイリー・ジェンナーが2018年に「Snapchatを使うのを止める」とツイートしたことで失われた評価額
- 40億枚:Snapchatで1日に送信される画像の枚数
Snapchat’s stock is climbing
チャートでみる
「単純な話です。投資家の大半は2つのポイントの間に線を引くやり方を知っています。そしてほとんどの場合、一度引かれた線は維持されることになります」──ウェドブッシュ証券(Wedbush Securities)アナリストのマイケル・パクター(Michael Pachter)の、くっ付いたり離れたりを繰り返す株式市場とスナップの関係についてのコメント
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Snapchat’s growth in India
インドでの成長
スナップが停滞期から脱することができたのはインドのおかげです。2019年、スナップはそれまではほったらかしにしてきたバグだらけのAndroid版アプリへのテコ入れを行いました。この結果、インドをはじめとするAndroidのデヴァイスが主流の国でプラットフォームのユーザーエクスペリエンスが向上しています。
同時にインドに的を絞ったコンテンツに投資したほか、同国でTikTokが禁止されユーザーが代わりのSNSアプリを求めたことも追い風になりました。それからの事業拡大は、ほぼすべてがインドを中心とする「それ以外の地域」で達成されており、インドは米国を抜いてSnapchatの新規ユーザーの最大の供給源となっています。
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もっとも、北米以外の地域での成長を収益につなげるのには苦戦しているようです。スナップは近年、不動産関連の広告に力を入れていますが、広告主は裕福な北米市場の顧客をターゲットにしたいと考えています。広告収入に限ると、北米は依然として「それ以外の地域」の7倍を稼いでいるのです。
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Snapchat’s e-commerce bet
Eコマースに注力
スナップはEコマース関連のサービスを強化することで収益の拡大を目指しており、ユーザーにプラットフォーム内での買い物を促すための新しい機能に投資を続けてきました。
- ビジネスアカウント:5月にはビジネス顧客向けにさまざまな機能を備えた公式アカウントのサービス提供を開始(Instagramのブランド公式アカウントに酷似しています)。ユーザーはここでブランドの商品を購入することができます。
- 仮想試着:オンラインショッピングサイトのファーフェッチ(Farfetch)や、プラダ(Prada)、ピアジェ(Piaget)といったブランドの商品について、アプリ内で専用フィルターを使って試着することが可能になりました。
- 「スクリーンショッピング(Screenshoping)」機能:友達の服の写真を撮って送信すると、Snapchatがアプリ経由で買える同じような商品を探してくれます。
- 友だちとライブに:チケットマスター(Ticketmaster)との提携で、ユーザーは自分のいる場所の近くで行われているライブイベントを検索してチケットを購入できるようになりました。
Person of interest
重要参考人
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Snapchatの立ち上げメンバーのひとりで、現在はスナップの最高経営責任者(CEO)を務めるエヴァン・シュピーゲル(Evan Spiegel)は、メディアではよく「少年王」と呼ばれています。スタンフォード大学を中退したシュピーゲルは2015年に世界最年少でビリオネアの仲間入りを果たし、2017年には上場企業のCEOとしての最年少記録を打ち立てました。シュピーゲルの独裁的な手法は有名で、その経営スタイルと私生活が人びとの眉をひそめさせることもあります。
- 株主に議決権はなし:スナップが上場したとき、シュピーゲルは実質的に全議決権を自分と最高技術責任者(CTO)のボビー・マーフィー(Bobby Murphy)に永久に集中させるような体制をつくり上げました。
- 企業文化:スナップはその企業文化が問題視されています。従業員たちは、シュピーゲルの経営は独裁的であり、スナップで働くのは「サメのいる水槽で泳ぐようなもの」と不満を口にしてきました。また、女性や非白人は昇進などが難しい排他的な職場であることも批判の対象になっています。シュピーゲルはこれに対し、経営コーチを雇って改革に取り組むことを約束しました。
- 大学時代のメール:スタンフォード大学時代にフラタニティ(学生コミュニティ)の仲間に宛てた一連の電子メールが漏洩したことがあります。内容はまさに性差別的としか言いようのないもので、これを見れば10代の若者がメッセージが自動消滅するアプリというアイデアに興味を持つのも肯けるでしょう。
Pop quiz!
クイズの時間です
Snapchatのフィルター(アプリ内では「レンズ」と呼ばれています)はバズることがよくあり、新規ユーザーの獲得や既存ユーザーのエンゲージメントにおいて重要な役割を果たしています。それでは、実際には存在しないSnapchatのフィルターは以下のどれでしょう?(正解は本メールの最後で!)
① ブロック1つひとつがユーザーの顔写真になっている「テトリス・フィルター」(実際にプレイすることも可能)
② 「カミソリに変身できるフィルター」
③ 巨大なジョリー・ランチャー(Jolly Rancher)にまたがった「カウボーイになるフィルター」
④ アービーズ(Arby’s)の「ローストビーフサンドイッチの具になれるフィルター」
Keep learning
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- Eコマース戦略を着々と進めるスナップ。ブランドがインフルエンサーとつながって製品に特化したARコンテンツを提供できる機能や、世界中の約2万のフットウェア・アパレル小売店との関係を誇る「Fit Analytics」の買収などを発表している。
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Snap debuts true AR glasses that show the potential (and limitations) of AR|Ars Technica
クイズの答え:アービーズのサンドイッチのフィルターは存在しません(このアイデアを使いたい場合は著作権料を払ってくださいね!)。
Edit: Nicolás Rivero, tech reporter (and Snap enthusiast) / Translation: Chihiro Oka
📺 『Off Topic』とのコラボレーション企画、4回連続ウェビナーシリーズの第2回は9月28日(火)に開催。詳細はこちらにて。先日開催した第1回のセッション全編動画も公開しています。