Company:サブスクジム、コロナ後の生存戦略

Company:サブスクジム、コロナ後の生存戦略
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つい最近まで、スポーツジムやフィットネススタジオのクラスを自由に選べるというのは多くの人にとって魅力的なアイデアでした。カーディオバーからピラティス、エアロバイクのエクササイズまで、誰もが好きなことを“つまみ食い”できればと思っていたのです。

ただ、メンバーシップや高額な会費という制約のために、普段使っているジムを変えることはほぼ不可能でした。そんななか、27歳のダンス愛好家が、「やる気はあってどんなことにでも挑戦するけれどコミットメントは嫌いな人たち」を相手にしたビジネスを始めようと思い立ちます。

パヤル・カダキア(Payal Kadakia)は2013年、サブスクリプション方式の「クラスパス」(ClassPass)を立ち上げました。ユーザーは月額利用料を払うと、身近なジムやフィットネススタジオのクラスから好きなものを選んで受けることができます。

このアイデアはうまく行き、最終的には30カ国で3万件のジムと5,000人のパーソナルトレーナーが参加する規模にまで成長しました。

しかし、そこで新型コロナウイルスのパンデミックが起きたのです。2020年3月、世界中のすべてのジムがほぼ一夜で閉鎖を余儀なくされました。クラスパスはサブスクリプションを停止し、週当たりの平均売上高は95%落ち込んだといいます。密閉された空間で見知らぬ他人と汗をかきながら一緒にいることは、もはや許されなくなったのです。

COVID-19によって、人がどこで運動するかは大きく変わりました。そして、フィットネス産業はいまだにその影響から抜け出そうともがいており、クラスパスも業界他社と同様に今後の方向性を模索しています。

フィットネスの未来について現時点でわかっているのは、自宅で運動する、ジムに行く時間をずらす(昨年のある時点では、昼時がクラスパスでもっとも人気のある時間帯になっていました)など、柔軟性が増しているという点です。また、ペロトンPeloton)やミラーMirror)のように、自宅でのワークアウトのための機器を提供する企業が業績を伸ばしています。従来型のジムでも、対面とオンラインを組み合わせたハイブリッド型のアプローチが一般的になりました。

では、クラスパスは今後どうなっていくのでしょう。最高経営責任者(CEO)のフリッツ・ランマン(Fritz Lanman)はいまでも現実世界(IRL)でのワークアウトは特別だと考えており、2021年6月以降は顧客の9割がサブスクリプションを復活させて利用料を払っていると説明します。ランマンは「本当に充実した素晴らしい生活を送る上で鍵となるのは、大切な人たちと現実世界での体験をすることだと信じています」と言います。

ただし、同時に別の戦略も進めています。ウェルネスおよび美容事業(クラスパスのエステサロン版を想像してみてください)への参入や、アマゾン、グーグル、ユナイテッド航空(United Airlines)など企業顧客向けのコーポレート・ウェルネス・プログラムの提供にも力を入れているのです。

また、コロナ後の郊外への移住の増加という流れを受けて、東西両海岸以外の都市で事業を拡大しました。現時点で、米国民の半数が住む近所に、クラスパスと契約を結ぶジムが5件以上あるそうです。


ClassPass by the digits

数字でみる

  • 10億ドル(1,099億円):金融情報サービス会社ピッチブック(PitchBook)によるクラスパスの評価額
  • 95%:前年比での週間平均売上高の落ち込み(2020年3月時点)
  • 25%:全米にあるスポーツジムのうち、パンデミック中に廃業した施設の割合(7月1日時点)
  • 292億ドル(3兆2,100億円):2020年3月から2021年6月までに米国のフィットネス産業が失った収益
  • 820ドル(9万円):ニューヨークにあるHIIT(高強度インターバルトレーニング)の超人気ジム、バリーズ・ブートキャンプ(Barry’s Bootcamp)のクラス25回分の料金
  • 199ドル(2万2,000円):クラスパスの100クレジットの値段。最大35回のクラスを受けることができる

ClassPass as poster child

デジタル経済の寵児

クラスパスについては、フィットネス業界の未来以外でも注目すべき点があります。立ち上げから8年の同社は、デジタル経済のさまざまな特徴を体現するようになっています。

  • デジタルのサブスクリプション:いまではすっかり定着した感のあるサブスクリプションですが、元祖はジムのメンバーシップだと言えるかもしれません。ネットフリックスやサブスタック(Substack)の登場により、月額制のサービスの便利さが広く認められるようになりました。スイスの金融大手UBSの試算によれば、サブスク市場は現在の6,500億ドル(71兆4,500億円)から2025年には1.5兆ドル(164兆8,900億円)規模に拡大する見通しです。
  • プラットフォームという仲介業者:クラスパスのおかげでユーザーは特定のジムに縛られずに済みますが、ジム側は価格破壊によってマイナスの影響を被っているようです。過去には、定額で好きなクラスを無制限に受講できるというビジネスモデルを巡って、クラスパスと中小のスタジオと対立したこともありました。無制限プランは最終的には廃止となり、ジムの利用者が多い時間帯は特別価格が設定されています。ジムやスタジオにとって、クラスパスに加わる最大の利点はマーケティング効果です。ただプラットフォームが拡大するにつれ、ジムやスタジオがクラスパスに逆らうことは難しくなっています。
  • 合併好き:クラスパスは5月、ジムやエステサロンの予約システムを開発するマインドボディ(Mindbody)と合併協議を行なっていると報じられました。合併が実現すれば、コスト削減とサブスクリプションモデルのさらなる拡大が期待できそうです。
  • 壮大な野心:CEOのランマンは、クラスパスはただのプロダクトではないと語っていますが、こうした思いを抱くのは彼だけではないようです。例えば、ペロトンのCEOのジョン・フォーリー(John Foley)は、自社のビジネスを「人生を変え、偉大なものを呼び起こし、人々をつなげるメディアカンパニー」と表現しています。ウーバー(Uber)からエアビーアンドビー(Airbnb)、ドアダッシュ(DoorDash)まで、コミュニティを構築して世界を変えることを目指さないのであれば、そんなアプリに存在意義などあるのかという空気が漂っているのではないでしょうか。

Brief history

創立からこれまで

2011年:会社員だったパヤル・カダキアはダンスを習いたいと思ってレッスンを探していたが、このプロセスを簡易化できないかと考え、30日間にわたってさまざまなブティックジムを試すことのできるサービスを立ち上げた。ただ、不正利用が相次いだために失敗に終わる

2013年:月額99ドル(約1万900円)でフィットネスのクラスを受講し放題というプランの提供を開始する。その後は数回にわたり、料金設定と回数の上限の見直しを行う

2017年3月:カダキアはCEOを退き会長に就任。クラスパスの出資者のひとりで会長を務めていたフリッツ・ランマンが代わってCEOとなる

2018年2月:一部の都市でマッサージ店やネイルサロンを対象とした美容・ウェルネス事業に参入

2018年3月:クレジット制を導入。2016年に99ドルの無制限プランを停止してから2年にわたり料金体系を模索してきたが、最終的に毎月クレジットを購入するというシステムに落ち着く

2018年4月賃金インフレ加速などの理由で、ニューヨークからモンタナ州ミズーラに本社移転

2019年7月:企業向けプログラムの提供を開始。グーグルやモルガン・スタンレーと契約を結ぶ

2019年12月:ブラジルでサービス開始。南米大陸への進出により、5大陸で事業を展開することになる

2020年1月:評価額が10億ドル(1,099億円)を突破


Competitive analysis

競合の分析

CEOのランマンに競合とみなすサービスを挙げてもらいました。

  • ソウルサイクル(SoulCycle):カルト的な人気を誇るエアロバイク専門のジム。運営するのは高級ジム大手エクイノックス(Equinox)で、強力なファンコミュニティの存在も手伝って評価額は9億ドル(989億円)に上ります。
  • ペロトン:家から仕事をする人が増えるなか、自宅でワークアウトができる2,000ドル(約22万円)のフィットネスバイクの人気が高まっています。
  • ネットフリックス:「ネットフリックス・アンド・チル(Netflix and chill、ネットフリックスを観ながらくつろぐ)」は、クラスパスにしてみれば大きな問題でしょう。
  • エアビーアンドビー:同社は民泊に加えて”体験”ビジネスに注力しており、将来的にクラスパスと事業分野がかぶる可能性があります。

5 unique ClassPass classes

クラスパスの多様性

世界にはこんなジムもあります。

💃 House of Pole(コペンハーゲン):ポールダンス、ポールフィットネス、シルクやフープを使ったエアリアル、柔軟性を高めるためのレッスンなど、初心者から上級者までレベルに合わせたクラスを提供

🏄‍♀️ SurfSET(ニューヨーク):サーフボードに乗っているときの不安定な状態を再現できる特別な装置の上で行う、ヨガやウェイトトレーニング

🌊 Aqua Studio(ニューヨーク):海水のプールでバイクエクササイズやHIITに挑戦

🤸‍♂️ JaneDO(ニュージャージー州ジャージーシティ):トランポリンを使った全身ワークアウトのクラス

🎈 Skyline Aqua(シンガポール):プールに浮かべたマットの上で強度の高いエクササイズをするクラスが人気


Edit: Michelle Cheng, reporter (ClassPass and Barry’s enthusiast) / Translation: Chihiro Oka


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