Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。今月から毎月2回、土曜のお昼にお届けするこの連載では、毎回「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は、NFT界に熱狂とパラダイムシフトをもたらす「Loot」を取り上げます。
Loot
・ローンチ:2021年8月
・創業者:Dom Hoffmann
・事業内容:NFTファンタジーゲーム
A Valuable “Characters”
「文字の羅列」の価値
今月9日には猿のイラストの非代替性トークン(NFT)がサザビーズで2,440万ドル(約26億円)で競り落とされるなど、NFTブームは再び盛り上がりを見せています。
「コピーもできてしまう画像データに、なぜ何百万円もの価値がつくのか」と疑問に思われる方も少なくないと思います。しかしいま、NFTは「アート」や「画像」からさらに進み、単なる「文字」や「数字」にも価値がつけられています。
先月28日、猛スピードで進化を続けるNFT界に彗星の如く現れたのが、Loot。2017年にサービスを終了した動画投稿サービス『Vine』の創業者ドム・ホフマン(Dom Hoffmann)がドロップしたNFTです。
単なる文字の羅列に見えますが、Lootは「NFTファンタジーゲーム」です。
見ての通り、想定外にシンプルな文字だけですが、わずか3時間で8,000個すべてのミント(鋳造)がユーザーの手によって完了。あっという間に熱狂の渦が巻き起こり、Lootは1個が500万円もの価値がつくまで高騰しました。NFTマーケットプレイス「OpenSea」では、時価総額で11位にランクインしています(17日時点)。
WHO IS LOOT
Lootとは
単なる文字に、なぜこれだけの価値がつくのか。
Lootとは「戦利品」という意味で、NFTに書かれているのは8つの冒険道具です。下記の場合だと「ロバ」、「赤い羽・白い羽」、「パール」2種、「半ペンス」、「ダイヤモンド」、「25セント」、「金貨」です。それぞれのNFTに「武器」、「防具」などテキストで示され、アイテムの種類によってレア度が変わってきます。
LootのNFTを手にしたユーザーは、書かれた冒険道具をデザインする権利を得ます。イメージイラスト、機能や役割を自由に決め、ゲーム内に組み込むことが可能です。
これこそが、Lootが「ビットコイン以来の発明」とも言われる所以です。いままでのゲームはゲーム会社が企画製作し、そこに第三者が介入する余地はありませんでした。Lootでは文字による概念設定にとどめ、画像や性能は誰もが解釈できるよう意図的に省略(intentionally omitted)し、その先の開発をすべてコミュニティに委ねたのです。
また、運営会社が潰れたりサービスが停止されると無くなる従来のゲームアイテムと異なり、Lootの所有権はイーサリアムのブロックチェーン上で担保されています。
この狙いは見事に的中。クリプトやNFT界隈のキーパーソンがこぞってこの熱狂に参加し、驚くべきスピードでさまざまなコンテンツやサービスがつくられています。一例を挙げると、
・文字データから、アイテムのイラストをAIで生成する「Loot Character」
・様々なアイテムの希少性を評価する「Inventory」
・アイテムを個別にバラして交換できる「Lootmart」
など、数え切れないほどの派生プロジェクトがつくられています。Lootは興味をもった人が誰でも構築に参加できるため、キャラクターのイラストを描いたり音楽をつくったりと、好きなように入り込めます。これらが融合したり分岐したりと、ゲームのストーリーや目的も何も決まっていないなかでコミュニティ自身がこれをつくっていくのです。
特定のアイテムをもっている人だけが入れる「ギルド」も立ち上がっています。例えば「divine robes」(神のドレス)というアイテムの所有者のみが入れるギルドがありますが、このLootには500万円以上の価格がついています。Loot保有者向けに「AGLD」(アドベンチャーゴールド)というガバナンストークンが自主的につくられ、AGLDは直ちに価格が急騰する事態も起きています。
NFTs paradigm shift
NFTのパラダイムシフト
Lootが斬新なのは、その「ボトムアップアプローチ」の設計にあります。
これまでのNFTはクリエイターが価値を届ける「トップダウンアプローチ」でした。価値をつくりNFTホルダーに届けるのは、あくまでクリエイター。しかし、一定規模のコミュニティをつくり上げてその熱量を維持できる人は、有名スポーツ選手やアーティストなど、強いファンベースをもつ一部に限られていました。
その点でLootは全く逆で、価値をつくるのはNFTホルダーであり、コミュニティ自身です。何もしなければ無価値な一方、自分の好きなように自由につくることで、価値や可能性を無限大に拡大できます。これまでのNFTが家を売っていたとすれば、Lootはレンガを売っているようなもの。自分の思うがまま、レンガで橋でもビルでも好きなものをつくってよいとしました。
クリエイターが価値を届けるのではなく、コミュニティが価値をつくる。手の込んだアートや著名人のブランドに拠らず、必要最低限な概念だけをユーザーに“丸投げ”することで、コミュニティによる限界のない創造を実現する。「食える人は一握り」なクリエイターエコノミーの課題に、これまでとは真逆の発想でアプローチしたLootは、いわば中央集権的なNFT空間への新たな突破口を切り開いたと言えます。
Suggested Possibilities
Lootが示唆する可能性
さらに、LootがこれまでのNFTと決定的に違う点、それは完全にオンチェーンに情報を格納している点にあります。
あまり知られていませんが、デジタルアートや動画のNFTを入手した場合、実際のデータはイーサリアム上ではなくIPFSなどのストレージに格納されています。これは、大きな容量のデータをブロックチェーンに書き込むことは現実的ではないためです。
いわばNFTの購入とは、jpegファイルのURLの所有権の移転にすぎず、何らかの原因でストレージへのアクセスが遮断されれば、現物資産であるデジタルデータを取り戻すことは難しいと想定されます。
Lootは単純な文字情報ゆえ、すべての情報をブロックチェーン(イーサリアム)上に書き込むことができます。それゆえ、NFTの資産保全の問題を解決していると言えます。加えて、オンチェーンに情報が格納されているため、オープンソースで派生したサービスをつくりやすくなっています。
どんなものに変化していくかわからない、無限の広がりをもつLoot。中央管理者も、コア開発者もいない、完全に分散化したNFT空間は、メタバースの青写真を想起させてくれます。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは@kubotamas。
🗓 Save the date!
米国のテック最前線を伝える「Off Topic」とのコラボレーションで実施するウェビナーシリーズ。今月の第2回の内容も、クリエイターエコノミーやリニアコマースなど気になるキーワードが並びます。先日開催した第1回の様子は、こちらの記事でセッション全編を振り返れます。
- 日時:9月28日(火)20:00〜21:00(60分)
- 料金:無料
- 開催:Zoom
- 申込:こちらのリンクから
- 登壇者:宮武徹郎さん(Off Topic)、久保田雅也さん(WiL)
Column: What to watch for
21カ月でユニコーン
インドの採用支援サービス「apna」の評価額が11億ドルに達しました。ムンバイで産声を上げてからわずか21カ月、本格的にサービスの提供を始めてから15カ月でのユニコーン入りとなり、BtoBプラットフォーム「Udaan」の26カ月を抜いてインド史上最速記録を塗り替えました。運転手、配達員、電気工、美容師など未熟練労働者に就職の機会を広げるapnaは現在、15万を超えるインドの企業に導入され、ユーザーは1,600万人。プラットフォームを介して毎月1,800万を超える就職面接が行われています。
apnaの過去全てのラウンドに投資してきたセコイア・インディア代表ハルシジット・セティ(Harshjit Sethi)は「創業間もない起業家はユーザーのフィードバック、それか自分の直感ばかり気にしすぎてしまうが、apnaは何かに偏ることなく、製品と市場の適合性のバランスに優れていた」と語っています。実際、創業者兼CEOのニルミット・パリーク(Nirmit Parikh)は、アーメダバードのとある製造現場に工場労働者として潜入した経験を通じ、サービス設計に活かしたそうです。セティは言います。創業までの説得力のある力強い物語は、リスクを伴うスタートアップのビジネスに金以上の価値をもたせる目に見えない武器になる──。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
🚀 次回の「Next Startup」は、9月25日配信予定です。