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ライヴ/コンサートを「二酸化炭素を排出する活動」としてみたとき、化石燃料を燃やし大量の家畜を飼育する経済活動とは比較になりません。しかし、多くのミュージシャンがツアーによる環境への影響を認識し始めています。
コールドプレイのように、持続可能なものになるまでツアーには出ないと宣言しているアーティストもいるし、ショーン・メンデスやビリー・アイリッシュのように、ツアーを続けながら自分たちで行動しファンを啓発し続けるアーティストもいます。
インディーポップバンド・AJRのベーシストであり、サステイナビリティ活動を続ける非営利団体の設立者でもあるアダム・メットもそのひとり。英バーミンガム大学でサステナビリティと人権に関する博士号を取得しているメットが、リハーサルと論文執筆の合間を縫ってインタビューに答えてくれました。
AJR/アダム、ジャック、ライアン・メットの兄弟で結成されたポップ・ロック・バンド。2019年4月にリリースされた『Neotheater』は、2019年ビルボード・オルタナティブ&ロックアルバム・チャートで首位を獲得。今年3月26日に通算4枚目となる最新アルバム『OK ORCHESTRA』をリリース。
It’s not standard in your industry
あたりまえを壊す方法
──いまやサステイナビリティに関心をもつことはあたりまえになりましたが、あなたの場合、明らかに他の人よりも熱心に取り組んでいるようにみえます。そもそもこうした活動に興味をもったきっかけは?
(コロンビア大学に入学して)最初の学期に、「持続可能な開発への挑戦」という講義を受講しました。担当教官は、オバマ元大統領のアドバイザーで、国連の「ミレニアム開発目標」や「持続可能な開発目標」策定に参加したジェフ・サックス(Jeff Sachs)という人物でした。それより以前、ぼくが通っていた高校では珍しく「人権」についての授業があったんですが、その授業では、人権と環境、気候変動との関連性について学んでいました。高校生当時の記憶が、大学時代のジェフ・サックスの講義でより強く、体系的に補われていった感じですね。
──AJRの音楽そのものは、とくべつ政治的なわけではありませんよね。
そうですね、活動に関わることになった楽曲も、あるにはあるのですが。「Burn the House Down」という曲が「March for Our Lives」(命のための行進。2018年3月24日、銃規制法を支持する学生が主導したデモ活動)で取り上げられましたが、これはぼくらにとって素晴らしいことでした。とくにそういった意図で書かれた曲ではないのですが、フロリダ州のマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校(※)の生徒たちがこの曲を取り上げ、その夏、彼らの活動のテーマソングとして使用したのです。そこでぼくらのツアーにもMarch for Our Livesを迎え入れました。会場の受付では、学生たちが来場者に対して、投票を呼びかけてくれました。(※ 2018年2月14日に同高校に19歳の元生徒が侵入、ライフルを乱射し生徒や教職員17人が死亡した。事件後、3月24日のMarch for Our Livesをはじめ、複数の都市でデモ活動が行われた。)
「Birthday Party」という曲では、移民にやさしい女性大統領が誕生するような素晴らしい世界になったらいいなというような、実現してほしい夢を歌っています。だから、政治的な意味合いをもつ曲も、あるといえばあるわけです。ただ、サステイナビリティの観点においてぼくらがやろうとしているのは、AJRというプラットフォームを使ってファンを啓蒙することです。

──予定されているツアーでは、具体的にどんなことをする予定ですか?
大きく3つ、あります。まず、プラスチック。バックステージでは、使い捨てのプラスチック製品は一切使いません。バイオプラスチックを使用する場合もありますが、基本的に食器にはシルバー類を使用し、食洗機を使います。食洗機で使う水の量は、手で食器を洗うよりもはるかに少ないですからね。一部の会場は、観客向けの売店での使い捨てプラスチック禁止に協力してくれました。イリノイ州ピオリア、カンザス州パークシティ、コネチカット州ウォリングフォード、ニューヨーク州アルバニー、ウィスコンシン州マディソン、バージニア州ポーツマスなどの会場ですが、これらの会場では、再利用可能な水筒を持参したり、ウォーターステーションを利用したりしてプラスチック使用量を減らすよう、ファンに呼びかけています。
ライヴ会場をはじめ、さまざまな場所での食品廃棄物は大きな問題です。食料を調達するには多くの土地が必要で、気候変動に大きく関係しています。ぼくらは会場で余った食料を避難所に寄付する活動を行っていますが、2021年のツアーでは、フロリダ州ジャクソンビル、アイオワ州デモイン、カンザス州パークシティ、ニューヨーク州アルバニー、メイン州ポートランドで実施しています。特にデモインでは、寄付できない食品についてはすべて堆肥化しています。
3つめが、エネルギーについての取り組みです。いくつかの会場では、エネルギーを再生可能な資源から調達しています。バージニア州ポーツマスのアトランティック・ユニオン・バンク・パビリオンでは、会場から出る廃棄物(食品廃棄物など)をエネルギーに変えて、地元の造船所に供給しています。
──個人レベルではどうでしょうか? ファンにはどのようなかたちでの参加が可能なのでしょうか?
1人ひとりができる行動は、まず票を投じることです。ぼくらがMarch for Our Livesと協力し、ライヴ会場で投票を受け付けているのもそのためです。
ほかにも、ファンができるアクションはたくさんあります。例えば、グッズ売り場では特定の商品は売上の一部をチャリティに寄付していますが、寄付先には特にサステナビリティに関連する慈善団体を選んでいます。寄付先のうち、よりソーシャルサイドに関わる団体もありますが、それはぼくらが、人を巻き込むことが大事だと考えているからです。
ザ・ルミニアーズが、ファンがライヴ会場に来るための交通費をすべてオフセットしてしまったのには本当に感動したけれど、ぼくらの今回のツアーではそれはできなさそう。ただ、2022年春に行われる予定のツアーでは、ファン同士で相乗りしたり、電気自動車を運転したりするのを奨励する方法を検討しています。そうやってインセンティブを設けるのは、本当に重要ですよね。
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──あるインタビューで、AJRはWMEに所属するバンドとして初めて、プロモーターとの契約にカーボンフィーを入れるようエージェントに依頼したと語っていましたが、これはどのような仕組みなのですか?
カーボンフィーは、フライト、交通機関、食事、電気の使用など、あらゆるものにかかる排出量を相殺するものです。1回の公演にかかる費用は数百ドル程度で、プロモーターからすると負担できない金額ではありません。プロモーターはそのコストをぼくらに支払い、ぼくらはさまざまなオフセットプログラムを利用しています。
──もっとも、あなた自身はカーボンオフセットの問題点をよく指摘していますよね。
カーボンオフセットは、けっして完璧ではありません。植林にしたって、異常な山火事が発生していますが、それで焼失した森林の多くはオフセットで植林されたものだったとされています。こうした問題を解決するために、いろんな方法を試しています。
──あなたの取り組みはとても野心的だと思いますが、音楽業界では決して普通のことではないですよね。エージェント、プロモーター、会場……とステークホルダーも多くいます。業界の「あたりまえ」を変えるには、どうすればいいのでしょうか?
いちばん説得しやすかったのは兄弟でしたね(AJRのメンバー3人は実の兄弟)。まず、彼らに協力してもらう必要がありました。次にマネジメントに話をしましたが、彼らを説得するのも比較的簡単でした。
難しいのはエージェントとのやり取りです。彼らはなにもぼくらとだけ仕事をしているわけではありません。何十、何百、何千ものバンドと仕事をしているし、彼らは自分のやり方ってものにこだわりをもっていますから。そこでやったのは、「それがいかに簡単にできることか」を伝えることでした。変化を起こすためのステップは、とても簡単でシンプルなものだと説明したんですね。約1カ月後、カーボンフィーを含む契約を結ぶことになりました。
プロモーターのなかで最初にカーボンフィーを導入してくれたのは大学でしたが、それは意義深いことでした。ぼくらは多くの大学でライヴをしていますからね。それからプライベートなイベントで、単発のショーでも実施するようになり、いまツアーでも実現しようとしているわけです。
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──あなたが参加している非営利団体Sustainable Partnersは、多くの企業パートナーと協力しています。企業がサステナビリティについて発信するのは、サステナビリティに貢献することになるのでしょうか?
ただ話題にしているだけでは、何の役にも立たないですよね。「サステナブル」というラベルはなにも規制されていないし、そう謳えば多くの人が製品を買ってくれます。ただ、実際になんの具体的な変化ももたらしていないのであれば、そんなのは典型的なグリーンウォッシングです。
──あなたは自分のプラットフォームの力を信じている人のひとりだと思います。とくにエンタテインメントの分野の人たちは、自分のプラットフォームをうまく活用できていると思いますか?
人びとの意識をサステイナビリティに向かわせて、その声をより大きくできる素晴らしいツールだし、セレブリティやミュージシャンにはそれが可能ですよね。
ただ、ファンがアーティストをフォローするのにはやはり理由があって、それは基本的に、音楽だったりショーだったりに関係しているからなんです。すべてのソーシャルアカウントを環境保護や人権、サステイナビリティに焦点を当てるよう路線変更できはしません。ただ、レオナルド・ディカプリオのように、自分のソーシャルメディアを完全にサステナビリティに捧げている人もいるんですが……個人的には、ソーシャルメディアのアカウントでは、3分の1が音楽に関すること、3分の1が個人的なこと、そして3分の1がそれ以外の情熱を傾けていることになるようにしていて、これがいいバランスになっていると思います。
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