フードデリバリーのゾマト(Zomato)は7月16日、インドの2大証券取引所(ボンベイ証券取引所とナショナル証券取引所)で上場を果たしました。ほぼあらゆる観点から、完全な成功だったと言っていいでしょう。総額11億ドル(約1,210億円)規模の新規株式公開(IPO)の公募倍率は38倍に達し、初期の段階からゾマトに資金提供してきたインフォエッジ(InfoEdge)の場合、出資分が1,000倍以上になったことが明らかになっています。
首都デリー南郊のグルグラム(Gurugram)に本拠を置くゾマトの評価額は、上場前の54億ドル(約5,939億円)から120億ドル(約1兆3,198億円)に上昇しました。創業12年のスタートアップとしては悪くないはずです。
ゾマトで注目に値するのは上場後の市場価値ではなく(IPO直後の評価額という意味では、ウーバーの824億ドル・約9兆625億円と比べれば大したことはありません)、その出自でしょう。インドのスタートアップは出口戦略がないことで知られていますが、ゾマトは同国で上場を果たした貴重なユニコーンのひとつ。投資家たちは今回のような大型IPOが単発に終わらないよう願っています。インドではフィンテック企業のモビクイック(MobiKwik)とペイティーエム(Paytm)が上場に向けた目論見書を提出しました。他にも、コスメのEコマースサイトを手がけるナイカ(NyKaa)、保険比較サイトのポリシーバザール(PolicyBazaar)、物流プラットフォームのデリバリー(Delhivery)、眼鏡チェーンのレンズカート(Lenskart)、食品・雑貨配達のグローファーズ(Grofers)といったスタートアップが注目を集めています。
ただ、ゾマトに関しては注意しなければならない点があります。同社はこれまでに複数の国に進出し、企業買収を行ったほか、あまり知られてはいませんが新たなビジネスにも挑戦しています。一方で業績は完璧とは言えず、いまだに黒字化を果たせていないのです。IPOのわずか2カ月後には共同創業者のひとりが会社を去りました。公開会社になったいま、監視の目が厳しくなることは必須です。
What goes up…
ゾマトが上り詰めるまで
ゾマトは2008年、インド工科大学デリー校(IITD)の同級生だったディーピンダー・ゴヤル(Deepinder Goyal)とパンカジ・チャダ(Pankaj Chaddah)によって立ち上げられました。当初はフーディーベイ(Foodiebay)という名前で飲食店のレビューとデリバリーサービスを提供していましたが、急速に成長し、いまでは配達員15万人を抱える”インド版ドアダッシュ(DoorDash)”となっています。
現在の収益の大部分は、デリバリー注文の手数料と特別割引などが受けられる会員プログラムのサブスクリプションから得ています。また、ゾマトは過去12カ月で21回の資金調達ラウンドを行い、総額21億ドル(約2,310億円)超を集めました。出資者には、ニューヨークに本社を置くヘッジファンドのタイガー・グローバル・マネジメント(Tiger Global Management)、中国の巨大フィンテック企業アント・グループ(螞蟻集団)、南アフリカの多国籍企業ナスパーズ(Naspers)などが名を連ねます。
さらに、2020年1月に取得したウーバーイーツ(Uber Eats)のインド事業を含め、多額の費用を費やして14件の買収を成功させました。これに加えて、人工知能(AI)、機械学習、データサイエンスなどの分野にも大きく投資しています。
ゾマトの売上高は右肩上がりに伸びており、オンラインのフードデリバリー市場でのシェアは2021年2月時点で半分近くに達しています。
COVID-19によってフードデリバリー・ビジネスは急拡大しました。家にいる人数が増えたことで(実家に戻った人もたくさんいます)、注文1件当たりの平均額は全国的に上昇しています。
…Must come down
足を引っ張っているもの
売上高が拡大の一途をたどる一方で、いまだに黒字化はしていません。その理由は国外事業にあります。ゾマトは初期から国外進出に積極的でした。これは、外国では市場シェアは低くても平均注文額がインドよりもはるかに高いので、利益が出ると考えたためです。
しかし、諸外国での投資の多くは計画通りには進まず、国外事業はむしろ負担となっています。昨年通期で見ると、国外事業は売上高の10%、総資産の2.5%を占める一方で、債務の15%と損失の13%は外国で展開しているために生じたものです。
🇦🇪 UAE
🇦🇺 ニュージーランド
- 2014年6月:地場の飲食店検索プラットフォームのメニューマニア(MenuMania)を買収。買収額は非公開
- 2020年12月:他国に続きニュージーランドからも撤退
🇸🇬 シンガポール
- 2012年5月:シンガポール子会社を設立
- 2021年9月:事業不振を理由にシンガポールでの展開を停止
🇬🇧 英国
- 2013年1月:英国に初進出し、ロンドンでサービス開始
- 2021年9月:事業不振を理由に英国から撤退
🇺🇸 米国
- 2015年1月:シアトルのグルメサイトのアーバンスプーン(UrbanSpoon)を6,000万ドル(65億9,900万円)で買収し、米国市場に参入
- 2015年4月:イェルプ(Yelp)の競合ネクスタブル(Nextable)を買収
- 2015年6月:イェルプとの競争激化で、買収後わずか6カ月でアーバンスプーンのサービスを停止
- 2021年6月:ネクスタブルの全保有株を売却し、米国から完全撤退
フードデリバリー分野で利益を出せていないのではゾマトだけではありません。米国のグラブハブ(GrubHub)、英国のデリバルー(Deliveroo)、ドイツのデリバリー・ヒーローなど、競合他社はほとんどがさらに大きな損失を計上しています(例外は中国のメイトゥアン(美団)だけです)。
収益を上げるのが難しいのはビジネスモデルに問題があるためです。フードデリバリーは顧客獲得コストが高いことに加え、注文1件当たりの料金は低く、また提供するサービスはどこも同じであるために他社との差別化を図ることはほぼ不可能になってしまいます。
一方で、専門家にとって損失は心配の種ではないようです。市場調査会社グローバルデータ(GlobalData)の主任アナリストのオーロジャイヨティ・ボーズ(Aurojyoti Bose)は、「ゾマトは赤字でも依然として投資家の注目を集めています」と指摘します。
国外事業という重荷を捨て去ることには、インドでのビジネスの強化に集中できるという利点があります。ゾマトはIPOで得られた資金を顧客とユーザーの獲得、主力のデリバリー事業、技術インフラ、買収、その他の戦略的イニシアチブに振り向ける方針を示しています。
By the digits
数字でみる
- 556:ゾマトが展開するインドの都市の数
- 13億ドル(1,429億円):2021年3月通期の総商品価値(GMV)
- 3,210万人:2021年3月末時点での平均の月間アクティブユーザー数
- 4,254件:2020年12月31日に達成したインドでの1分間の注文件数の最高記録
- 39万:レストラン検索に登録されている営業中の飲食店の軒数(2021年3月時点)
- 14万8,000:主要事業であるデリバリーの対象となるレストランの軒数(2021年3月時点)
Spotlight on gig workers
ギグワーカーの問題
今年8月、俳優のリティク・ローシャン(Hrithik Roshan)とカトリーナ・カイフ(Katrina Kaif)を起用したゾマトのCMが炎上する事件がありました。CMは配達員たちがわずかな休憩も取らずに仕事に励む様子を描いたものでしたが、彼らは何があっても配達を続けなければならず、そこには搾取の構造があると批判されたのです。
ゾマトはCMに「他意はなかった」が「残念ながら一部の人には誤解を与えた」と釈明し、8月30日には「配達パートナーの仕事と時間に対して適切な報酬が支払われているとわたしたちが考える理由を近くブログで説明する予定です」と声明を出しました。ただ、現時点ではまだ何も公開されていません。
一方、配達員たちはゾマトの見解を受け入れてはおらず、これまでに繰り返し過重労働と低賃金という問題について訴えてきました。Twitterでは@SwiggyDEHyd(現在はアカウントが削除されています)や@DeliveryBhoyといったユーザーが、一方的な給与の減額、支払いの遅延、配達中の事故への対応など、ゾマトの”搾取的な行為”を明らかにしています。
KEEP LEARNING
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- ゾマトおよびスウィギー(Swiggy)は、手数料が高すぎるとしてレストランやホテルから反発を受けています。
- インドのデリバリー市場でアマゾンが台頭、既存のプレイヤーにとって脅威となる可能性も。
- ゾマトのIPOに先立ってペイティーエムは新しく「プレオープンIPOアプリケーション」機能をローンチし、若い投資家の参加に寄与しました。
- ゾマトは依然として赤字を垂れ流しており、今回のIPOは個人投資家にとってはリスクが大きいとする見立ても。
- 一方で働き口を探す求職者にとってはいいニュースと言えそう。テック/プロダクトチームの新規採用が強化されています。
今日の「The Company」ニュースレターは、Quartz India記者のAnanya Bhattacharya(デリバリーで頼むバーガーが好き)がお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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