米国では、労働者にとって「仕事を辞める」ことが魅力的なものに変化しています。
働き手が仕事に不満をもつ理由は、たくさんあります。パンデミック以降の1年半におよぶZoom仕事からくるバーンアウトや育児問題、オフィス復帰に伴って課される義務の数々、あるいはよくあるずさんな経営など理由はさまざまですが、彼らはこれらの問題を解決する必要がないと気づいたのです。労働者は、ここ数十年で初めて、自分が働いている会社から欲しいものを手に入れるための「権限」を与えられたと感じています。
短期的にみると、この「大量退職」(COVID-19の影響で自発的に仕事を辞めること)による影響は産業毎に偏りがみられます。2021年4月以降、1,500万人以上の労働者が仕事を辞めていて、離職率(全雇用者数に対する辞職者数の割合)は少なくとも10年ぶりの高水準で推移しています。
では、長期的にはどうでしょうか? 会社が労働者の有利に働くようなことになったとしても、労働者はこの時代にどんな影響を受けるのでしょうか? 大量退職は「改造」の前兆であり、労働市場の再構築によって労働者の配分が改善され、結果的に経済によい影響を与えるのではないのでしょうか?
BY THE DIGITS
数字でみる
390万人:2021年6月に仕事を辞めた米国人
1.3%:大不況後の2009年の離職率。2008年の2%から低下
40%:マイクロソフトの2021年版「Work Trend Index」(働き方に関する調査)の回答者のうち、会社を辞めることを検討していると答えた人
15%:2018年の米国企業における、一般的な自発的離職率
5人に1人:COVID-19によるストレスを理由に「退職を考えたことがある」と答えた医療従事者
71%:オフィス再開時に、ペットを連れて来れないなら辞めようと思うと回答したZ世代の割合
BETTER PAY + BENEFITS
よい賃金とメリット
米ワシントンを拠点とするEconomic Policy Instituteのシニアエコノミスト、エリーズ・グールド(Elise Gould)が今月初めにQuartzに語ったところによると、COVID-19取扱件数が増加するなか、一部の人びとは雇用市場を俯瞰してみるようになったのではないかといいます。自分のスキルに合った仕事、より高い給料、よりよい福利厚生を求めて、自分にとって最適ではないと仕事を辞める労働者もいるでしょう。また、保育園不足が原因で、主に女性が育児のために離職している可能性もあります。
グールドは、雇用主が雇用者を復職させるには、主に次の3つの方法があると言います。
- 「より高い賃金」「福利厚生」「予測可能なスケジュール」を提供すること
- 人びとがもっているスキルと、雇用者が必要としているスキルとが長年にわたってミスマッチだった。その解決策として、より多くの職場内訓練を提供すること
- これまで、その資格がないなどの理由で敬遠していた候補者を検討すること
MORE ROBOTS
増えるロボット
労働者の確保に苦労する企業は、自動化・ロボット化の機会を増やしています。それはどこで、どのように顕れているのでしょうか。
- 仕事を奪うわけではないけれど。インストラクター数人がかりで20人のクラスを教えてきた従来のジムに対して、オンラインフィットネスの「ペロトン」(Peloton)であれば、1人で数千人を担当できます。レストランではハイテクツールを使って予約やメニューの提供を自動化することで、来店者によりよいサービスを提供できます。求人情報サイト「Glassdoor」のシニアエコノミストであるダニエル・ザオ(Daniel Zhao)は次のように語ります。「ロボットが仕事を奪うという議論がありますが、テクノロジーは労働者個々人の範疇を拡張していることが示されています。自動化による効率化が進むことで、全体的なポジションは減るでしょう。しかし、残った雇用者はより高い報酬を得ることができるでしょう」
- …小さな会社でも… 。パンデミックによって、アマゾンやウォルマートのような大企業のみならず、ロボットを活用するケースが増えました。ロボット自体がより安価で効率的になっていると、2020年に収益を600%伸ばしたロボット企業inVia RoboticsのCEO、リオル・エラザリー(Lior Elazary)は話します。人間の労働力よりも安いかと問われると「それは場合による」と彼は言います。例えば、電子機器を運搬するのに使われるロボットは、1ドルショップの商品を移動するロボットよりも高価になります。
- …だが、ロボットは「舞台裏」にいる。市場調査会社GlobalData Retailのマネジングディレクターであるニール・サンダース(Neil Saunders)は、「倉庫ではロボットが増えていますが、お店に入ってもロボットを見かけることはありません」と言います。「倉庫でも、特定の商品を棚から取り出すためには人間が必要です。また、店舗ではロボットと人間がお互いに邪魔になってしまいます。ロボットがキョロキョロしている姿は見られないですから」と、サンダースは話します。
THE RISE OF “CAREER SKEPTICS”
キャリア懐疑論、台頭
リモートワークについて本を著したチャーリー・ワーゼル(Charlie Warzel)の造語である「キャリア懐疑論」が、より広く浸透しています。
キャリアに懐疑的な人たちは、ほとんどの人が生活のために働かなければならないという現実を理解しています。彼らは、仕事が自分の人生やアイデンティティの中心的役割を果たすべきだという考えや、出世のために自分を消耗させるべきだという考えに反対する立場をとっています。ワーゼルは、ニュースレターで次のように書いています。「キャリア還元主義者が素晴らしいのは、彼らの問いかけがシンプルなことです。もし、仕事で嫌な思いをすることがなかったら? 仕事をするために生きているのではないとしたら、人生はどうなるでしょう?」
いま仕事を辞めようとしている人たちの多くは、そうした考えに基づいて行動しているようです。消費者金融サービス会社Bankrateが最近行った調査では、米国人が新しい仕事を探す理由として、より柔軟性のある仕事を探していることがトップに挙げられています。また、monster.comが6月に行った調査では、仕事探しの最も一般的な理由として、燃え尽き症候群が挙げられています。Bankrateのシニアエコノミックアナリストであるマーク・ハムリック(Mark Hamric)は、『CNBC』の取材に対し、「人びとはパンデミックが発生してから、仕事において最終的に自分の価値観をどのように優先させるか、そしてもちろんそのなかで仕事がどのように位置づけられるかについて、多くのひらめきや再認識することがありました」と述べています。
もちろん、今後もキャリアを優先する人はいるでしょう。しかし、今回の大量退職は、金融危機後の草の根運動「ウォール街を占拠せよ」のように、人びとの意識の中にある所得格差を浮き彫りにする、文化的なターニングポイントになるかもしれません。
キャリアに疑問をもつことは、すでに世界的な現象となっています。例えば中国では、政府が常に勤勉さを求めていることへの反発から、「タンピン」(躺平=寝そべる)というムーブメントが起きています。また、長期的には、多くの企業が仕事とのつながりを感じさせるリモートワーク文化の構築に取り組んでいる時期に社会人となったZ世代は、自分のニーズよりも雇用主のニーズを優先させることをまったく不可解なものだと感じるかもしれません。パンデミックの影響で、多くの人が自分の仕事をただの仕事として扱うことがどういうことかを経験し、どうすべきか理解するようになったのです。
ONE 💼 THING
最後に…
雇用主は労働者を見つけるのに苦労しているかもしれませんが、労働者がすぐに仕事を見つけられるわけではありません。米国の7月の求人数は過去最高の1,090万件で、失業者数は840万人でした。家に留まっている人もいれば、仕事を見つけられない人もいます。求職者に共通する不満は、求人情報が自分のスキルや希望する給与に合わないこと、雇用主からの連絡に時間がかかることなどです。
今日のニュースレターは、シニアレポーターのJohn Detrixhe、リポーターのMichelle Cheng、メンバーシップエディターのAlex Ossola、シニアエディターのSarah Toddがお届けしました。日本版の翻訳は福津くるみ、編集は年吉聡太が担当しています。みなさま、よい週末をお過ごしください!
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