ゼロカーボン電力網には、2つの重要な要素があります。まず、風力発電や太陽光発電などの発電設備が必要です。しかし、こうした施設では思いのままに電気を生み出せるわけではありません。そこで、供給施設からそれを消費する場所まで、電力をほぼ瞬時に移動させることができる強力な送電網と、大規模なバッテリーや貯蔵施設が必要になってくるのです。
この難問のうち前者の「発電設備」については、順調に整備が進んでいます。しかし、2つめの「超強力な送電線やバッテリー」については、規制や技術上の理由から、まだ必要な規模にはほど遠い状況です。これが実現し、送電網の柔軟性が高まるまで(それには数十年かかるかもしれませんが)、送電網において、再生可能エネルギーが化石燃料に完全に取って代わることはできません。
この移行期間中、電力市場は化石燃料価格のボラティリティに対して特に脆弱になります。これは、ヨーロッパのエネルギー危機が世界的に広がっていることからも明らかです。英国では、9月の電気料金が、過去10年間と比べて3倍も高騰。また、ブラジルや米国、中国でも、天然ガスや電力の価格が急騰しています。最近では、国際的な石油指標であるブレント原油の価格が過去3年間で最も高い水準に達しました。
パンデミック後の需要上昇、異常気象、天然ガス埋蔵量の枯渇など、そこにはさまざまな要因があります。そして、気候変動対策への取り組みも、その要因の一つです。ヨーロッパの送電網は自然エネルギーへの依存度を高めていますが、風力発電所ではここ数カ月、発電に十分な風力に恵まれず、送電網の事業者はガスへの切り替えを余儀なくされています。中国では、電力会社は石炭の使用量を減らして二酸化炭素の排出量を削減するよう、政治的な圧力にさらされています。
「いま、わたしたちが目の当たりにしているのは、あるシステムから別のシステムへの移行が完了するまでの移行期の、一連の不幸な状況だ」。オックスフォード大学のエネルギー移行研究イニシアチブのディレクターであるジェームズ・ヘンダーソンは、こう指摘します。「ボラティリティが増大しない世界を想像することなどできない」
つまり、エネルギー価格の急騰は、改善するどころか、より悪化するということです。
The backstory
変化のウラ側で
- 再生可能エネルギーは、かつてないお手頃価格に。大規模太陽光発電の価格は、2010年から2020年の間に85%下落し、低コストの風力発電とともに、石炭火力発電のコストを下回りました。
- 最大の課題はエネルギー貯蔵。現在、米国には約23ギガワットのエネルギー貯蔵がありますが(ほとんどが揚水発電)、送電網を脱炭素化するためには数百ギガワットの貯蔵が必要です。
- 化石燃料企業は圧力にさらされている。しかし、石油・ガス生産への投資が世界の需要よりも速いペースで減れば、価格の高騰は避けられません。今回のパンデミックで石油・ガスの生産が停止したことからも、こうした未来を予見することができます。
In a nutshell
つまり…
「問題は、エネルギー転換に必要な重要な価格シグナルを歪めることなく、小売レベルでいかに消費者を助けるかということだ。CO2価格の高騰はバグではなく特徴なので、単に価格上昇分を全体的に相殺するだけではダメだ。ターゲットを絞り、本当に困っている消費者を助けなければならない」──Nikos Tsafos(戦略国際問題研究所のシニアエネルギー研究員)
What to watch for next
これから注目すべきこと
- 政府は打撃を和らげている。ヨーロッパのいくつかの国では、一時的にエネルギー税を引き下げたり、価格の上限を設けたりしていますが、特に英国ではエネルギー会社の破綻を招く結果となりました。また、電力市場を改革して、ピーク時の供給者への追加補償を強化したり、送電・蓄電プロジェクトや、スマートメーターなど需要をコントロールする技術に新たなインセンティブを与えたりする可能性もあります。
- 米国のインフラ法案。この1兆ドル(約110兆円)規模の法案には、気候変動対策やサイバーセキュリティ、ソフトウェアのアップグレードに投資する電力会社への融資、送電プロジェクトへの資金提供など、送電網に関する約270億ドル(約2.9兆円)が含まれています。しかし、この法案で最も重要な気候変動対策のひとつは、あいまいな法律に手を加えることで、開発業者が長距離・高圧の送電線を建設しやすくすることです。
- COP26の気候政策。英グラスゴーで開催される気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が約1カ月後に迫るなか、エネルギー危機が気候政策への政治的支持を危うくする可能性があります。各国政府は、世界経済を脱線させることなく、どのようにエネルギー転換のペースを加速させるのか説明するよう、強い圧力を受けることになるでしょう。
- クリティカルミネラルの重要性。クリーンエネルギーシステムは、リチウムや銅などの重要鉱物の市場変動の影響を受けやすくなります。そして、これらは現在、中国の独占状態にあります。
- 妥協の世界。ポストカーボン経済であっても、ボラティリティから逃れることはできません。電力市場では、ピーク時にも十分な電力を供給するために一律に高いコストをかけるか、時折、急騰することがあるとしてもコストを抑えるか、という難問に直面しています。
China’s power crunch
電力危機にあえぐ中国
断続的な停電、暗くなった信号機、そして、炊飯器の中の半炊きのご飯…。9月28日現在、少なくとも20の省で、電力供給の制限が報告されています。これは、中国の工業生産の71%を占める地域です。住民たちは、驚異的な経済成長のために深刻な電力不足に陥った1980年代に戻ったかのような感覚に陥っています。
中国「国内」の電力消費には、中国以外の国、特に米国の消費者も一役買っていることを忘れてはなりません。中国の製造業者は、パンデミック発生初期のN95マスクや個人用保護具(PPE)需要から、家具、台所用品、エクササイズ器具などに向けられた狂乱の買い物騒ぎまで、米国人の記録的な買い物需要に応えるために工場をパワーアップさせてきたからです。
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