現代のテック産業で中心的な役割を果たしている企業が、台湾積体電路製造(TSMC)です。TSMCは半導体受託生産で世界最大手で、その背後にはコンピュータチップすなわち集積回路(IC)という非常に重要なテクノロジーの存在があります。
半導体は電子部品が組み込まれている製品には欠かせないもので、PlayStation 5から自動車までさまざまなものが入手困難になっているのは、ここしばらく続いているチップ不足が原因です。
TSMCの時価総額は9月30日時点で5,800億ドル(64兆4,200億円)と昨夏から倍増しており、アジアでは2位、世界全体では10位に付けています。
半導体は複雑で生産が難しく、必要な設備を揃えるには数十億ドルの費用がかかるため、現時点でTSMCを市場首位の座から引き摺り下ろすことのできる競合は存在しません。また、パンデミックによるチップ不足でTSMCは製品価格を20%引き上げており、支配的な地位をさらに強化しつつあるのです。
BRIEF HISTORY
創立からこれまで
1987年:台湾政府とオランダの電気機器大手フィリップス(Philips)の合弁事業として設立
1994年:台湾証券取引所に上場
1997年:台湾の企業としては初めてニューヨーク証券取引所に上場
2010年:売上高ベースで世界の半導体企業のトップ3に食い込む
2018年:創業者で半導体チップの”ゴッドファーザー”として知られるモリス・チャン(Morris Chang、張忠謀)が引退。後継者のC.C.ウェイ(C.C. Wei、魏哲家)とマーク・リュー(Mark Liu、劉徳音)がそれぞれ最高経営責任者(CEO)と会長に就任
2020年:120億ドル(1兆3,300億円)をかけてアリゾナ州に工場を建設する計画を発表。同州は州政府の税制優遇措置や広大な土地が利用可能であること、自然災害が少ないことから、半導体生産の一大拠点となっている
2021年:世界的な半導体不足を受けて過去10年で最大となる値上げを実施
They do it best
最先端の技術
TSMCはアップルやエヌビディア(NVIDIA)、クアルコム(Qualcomm)といったテック企業が設計したチップを生産しており、着実に技術を進化させてきました。先端プロセスを採用することで顧客との競合も避けています。
TSMCは過去30年にわたり、半導体素子(トランジスタ)を小型化するための技術を追求してきました。トランジスタを小さくすれば集積率が上がり、チップ性能を高めることができます。生産プロセスの微細化は今後も続く見通しで、マシンビジョンからクラウドコンピューティングまで高い処理能力が求められる最先端のチップの生産では、韓国のサムスン電子(Samsung Electronics)が唯一のライバルだと言っていいでしょう。
BY THE DIGITS
数字でみる
- 90%:先端半導体市場でのTSMCのシェア
- 10位:世界の企業の時価総額ランキングにおける順位
- 130億ドル(1兆4,400億円): 2021年第2四半期の売上高。前年同期比28%の増収を達成
- 1,000億ドル(11兆1,100億円):生産能力拡大に向けた向こう3年間の投資予定額
- 42%:売上高全体に占めるスマートフォン向けチップの割合、前期から3ポイント低下
- 18拠点:台湾にある工場の数
- 64%:顧客のうち北米の企業の割合
- 5万6,000人:世界全体の従業員数
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巨額の投資
半導体の生産で稼ぐには巨額の設備投資が必要になります。TSMCとサムスンはいずれも、最先端の製造装置にとてつもない金額を注ぎ込んでおり、これと張り合う投資ができない他社は競争を諦めざるを得ません。処理能力の高いチップの需要が拡大するにつれて投資額もさらに大きくなり、現在の寡占状態が定着していくことが見込まれます。
TSMCのCEOのウェイは4月、今年の設備投資を300億ドル(3兆3,300億円)に引き上げると明らかにしました。これは向こう3年間で生産能力の拡大に1,000億ドルを投じる計画の一環で、昨年は工場をフル稼働させたにも関わらず需要に供給が追いつかなかったことを受けた措置です。また、昨夏には120億ドルをかけてアリゾナ州に建設した工場が稼働しました。
MIDDLE GROUND
中立の立場
いま起きているチップ不足によって、世界がたったひとつの企業に依存している状況が浮き彫りになりました。そして、それが台湾企業であることが事態を複雑にしています。中国は台湾を自国の領土であると主張しており、同国の反国家分裂法には「国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」という文言があります。
中国は最近、台湾の防空識別圏に戦闘機で侵入するなど軍事行為を活発化させていますが、皮肉なことに中国軍のジェット機や戦艦にはTSMCが生産した半導体が使われている可能性があるようです。そして米中間の緊張が高まるなか、どちらの国にも製品を販売しているTSMCは板挟みに陥っています。
ただ、世界的なサプライチェーンにおけるTSMCの影響力は、台湾情勢にある程度の安定をもたらすかもしれません。これは台湾を巻き込んだ紛争が起きた場合、チップ不足がさらに悪化する恐れが大きいためです。
米シンクタンクの外交政策研究所(FPRI)のトーマス・シャタック(Thomas Shattuck)は今年 1月に発表した論文で、「TSMCにとって現状は理想的ではないが、テック戦争の只中で身動きが取れないでいる状態は、現時点で可能なものとしては恐らく最良かつ最も安定している」と書いています。一方、TSMCの経営陣は楽観的なようで、CEOのウェイは7月の決算発表(PDF)のなかで「誰もが台湾海峡の平和を望んでいる」と述べました。
こうした状況で、各国政府はTSMCへの依存を軽減する施策を進めています。
- バイデン政権は500億ドル(5兆5,500億円)をかけて米国の半導体産業を支援することを決めました。
- 中国は産業政策「中国製造2025」で半導体需要の70%を国内で賄う目標を掲げます。
- 欧州連合(EU)はデジタルトランスフォーメーション(DX)の促進に1,500億ドル(16兆6,500億円)の予算を割いており、2030年までに世界の「次世代チップ」の5分の1を域内で生産することを目指しています。
韓国は国内の半導体メーカーの数を増やすために向こう9年間で実に4,510億ドル(50兆700億円)を投じる計画です。
ONE 😋 THING
おまけ
TSMCのエンジニアたちはちょっと楽しい迷信を信じています。台湾で人気のスナック菓子「乖乖」をマシンのそばに”お供え”しておくと、不具合が起きないというのです。2016年に起きた台湾南部地震で台南の工場が被害を受けた際には、会社が特注デザインのパッケージで5,000パックを購入したそうです。
今日の「The Company」ニュースレターは、Quartz記者のMary Huiがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。
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