Guides:#74 ディスコリバイバルの教え

I am a disco dancer.

A Guide to Guides

週刊だえん問答

世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzが取り上げている「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。プレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。

Image: Giphy

Disco: what you need to know

ディスコの再実装

──こんにちは。お元気ですか?

そうですね。まあ、いい調子だと思いますよ。

──自民党の総裁も決まって、選挙も近づいていますが。

そういえば、それについて面白いことがあったんでした。

──お。どうしたんですか?

岸田首相が金曜日に行った所信表明演説で、アフリカの諺を引用したという話がありましたよね。

──「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」(if you want to go fast, go alone; if you want to go far, go together)というヤツですね。

はい。これ、いま編集作業を進めている翻訳書のなかに出てきて、岸田首相の演説の前日に、たまたまそこを読んでいたんです。

──おー奇遇。なんの本ですか?

それが『B Corp Handbook』という本でして、B Corpというのは、アメリカのB Labというところが認定を行っている企業の認証制度でして、言ってみれば企業における非財務領域のパフォーマンスを測定するものです。本自体は、その認証を取得することのメリットや、取得のための心得や具体的な手順などを明かした参考書なんですが、B Corp認定を取得したオーストラリアの企業のファウンダーのコメントとして、この諺が出てきたんです。

──へえ。

それこそB Corp企業になることのメリットを語った章に出てくるのですが、そのメリットのひとつとして本は「先駆的なグローバルコミュニティの一員になれる」ことを挙げており、そこに下記の引用が出てきます。

B Corpになったのは、同じ考え方をもったコミュニティに入り、社会によい変化をもたらすムーブメントの一端を担いたかったからです。アフリカの諺にこんなものがあります。「早く行きたくば一人で行け。遠くへ行きたくば共に行け」。

──なるほど。この諺、欧米では、わりと有名なんですかね。

有名な諺ではあるようで、ウォーレン・バフェットやニュージャージー州選出の上院議員のコリー・ブッカー、ヒラリー・クリントン、リチャード・ブランソンといった人たちが引用していることから広く知られるものとなっているようで、意識高い系の起業家が使用することも多いみたいです。ただ、どの人も「アフリカの諺」であると漠然と語るだけで、その起源については、かなり曖昧です。『Jezebel』というメディアに掲載された2016年のコラム「よく引用される、ある『アフリカの諺』の起源について」(On the Origin of Certain Quotable ‘African Proverbs’)は、アフリカ起源説をかなり怪しいと断じています。

──あれま。岸田さん、赤っ恥じゃないですか。

ところが、昨年、これについて改めて調査した人がいまして、データサイエンティストでエコノミストでもあり、人口統計に関する著書『The Sum of the People: How the Census Has Shaped Nations from the Ancient World to the Modern Age』もあるアンドリュー・ホイットビーという人が、コロナのロックダウンのさなかに調査してみた顛末を明かしておりまして、そこに面白いことが書かれています。

──面白いですね。色んな自由研究をする人がいるもんですね。

自分自身でもこれについては「意味のないネットの旅」と呼んでいますから、本当にただヒマだったんですね(笑)。ただ、この人はなかなか行動力のある人で、まずは語源学者に直接聞いてみるということをします。

──おー。

ウォルフガング・ミーダーというリタイアされた教授に連絡を取るのですが、この先生はWikipediaにも項目がありまして、読むと、アメリカン・フォークロア・ソサエティから名誉賞を授与されていたりします。で、問い合わせてみたところ、すぐ返事がきたそうで、2016年に、この諺に関する文章をメーリングリストとして発表していたそうなんです。

──すでに調べてる研究者がいた、と。

はい。その主旨を最も端的に記したのが、以下の部分となります。

近年、アフリカの諺として頻繁に、そして根拠もなく語られてきたことばは、アングロ・アメリカンの古い諺の言い換えを元にしているのではないかと考えられる。それは「ひとりで旅するものが最も早い」(He who travels alone travels fast(est))のバリエーションである「最も早く旅をする者はひとりである」(He who travels fastest travels alone)というものである。

──アフリカ起源ではない、とおっしゃるわけですね。

はい。ミーダー博士は、この「ひとりで旅するものが最も早い」ということばは少なくとも1917年の印刷物のなかに見ることができるとおっしゃっていまして、その使用例の代表的なものをイギリスの詩人・小説家のラドヤード・キプリングの詩に見つけられるとしています。

──へえ。キプリングはディズニーが映画化した『ジャングル・ブック』の原作者で、インド生まれで南アフリカに暮らしていたこともありますよね。

そうなんですね。ミーダー博士は、アフリカ起源説をかなり明確に否定していますが、キプリングという人の来歴を考えると、その可能性は残ります。そこでホイットビー氏は、さらにネットを掘ってみた先に、アフリカの諺を研究する組織afriprov.orgが掲載した「週刊アフリカの諺」というサイトを発見します。そして、ここにスーダンからタンザニアの東アフリカに見られるルオ語の諺で、「若者はひとりでなら早く走ることができる。年寄りがいると遅くなる。けれども共に行けば遠くに行くことができる」(Alone a youth runs fast, with an elder slow, but together they go far)というものがあること発見するんです。

──ほほう。よく引用される諺と、だいぶ近いニュアンスですね。

はい。ホイットビー氏は早速、この組織で諺の収集などをお手伝いしているというケニア在住の牧師さんに問い合わせます。「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」はアフリカ起源なんですか?と端的に聞いたところ、こんな答えが返ってきたそうです。

1. この諺はもともとブルキナファソのもの。なので答えは「イエス」。これはアフリカの諺である。

2. これに似た諺は、東アフリカのルオ語の「若者はひとりでなら早く走ることができる。年寄りがいると遅くなる。けれども共に行けば遠くに行くことができる」のように他の言語にも見ることができる。

3. ラドヤード・キプリングのことばのように、似たようなバリエーションは世界中で見ることができる。

──やっぱりアフリカ起源である、と。

はい。この牧師さんはそう明言していますが、とはいえ、それがいかにして岸田首相の耳にまで届くような一般的な諺になったのかは相変わらずよくわからないところはあるものの、ミーダー博士が時代を追って調べたところ、この諺の現代的な用法の原型は、1993年に南アフリカの詩人ブレイテン・ブレイテンバッハが『The New York Times』に寄せたコラムに見出せるそうで、さらに、2004年にエバンジェリストで牧師のビル・ハルという人の『Choose the Life』という本に現れると言います。そして重要なのは、この本で初めて、この諺がアフリカのものであると明言されたことです。

──へえ。

ホイットビー氏は、この諺がアフリカ起源であることが、このハル牧師のでっち上げかもしれないと懸念して、わざわざ本人に問い合わせたそうなんです。

──しつこい(笑)。

そこで得た返事はこういうものです。

誰に聞いたかは覚えていないのですが、教えてくれたのはある宣教師たちで、彼らが暮らし活動していた南アフリカの人びとの言い伝えだと聞きました。

──おお。ここでもアフリカが出てきますね。

ミーダー博士はアフリカ起源説を明確に否定していますが、いたるところにアフリカとのコネクションが見出せることからアフリカ起源を捨て去るにはいたっていない、とホイットビー氏は語り、今後の研究に期待するとブログを締めています。

──面白い自由研究でしたね。

この自由研究を通じてホイットビー氏は、見知らぬ人にメールを送っては調べを進めていくことが実に効果的であること発見したと語っています。かつ問い合わせた誰もがみな親切であったことに驚いてもいます。

──面白いですね。まさに「遠くまで行きたければ、みんなで進め」を地で行くような取り組みになっていた、と。

ほんとですね。で、ここでまた首相の引用に戻ることになるのですが、この引用が、アフリカ起源なのかどうかとか、誰かの引用の二番煎じかといったことはどうでもいいことでして、この諺を首相が言ったときの、「遠く」が、一体何を、もしくはどこを指しているのか、ということをやはり問題にしなくてはいけないと思うんですね。

──この諺をわざわざ使うことの含意は、少なくとも現状において、日本という国が望ましい状態から、はるか遠いということを言っているわけですもんね。

はい。一応、所信表明の全文に目を通してみましたが、アフリカの諺が出てくる文脈はこうです。

「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」。一人であれば、目的地に早く着くことができるかもしれません。しかし、仲間とならもっと遠く、はるか遠くまで行くことができます。私は、日本人の底力を信じています。新型コロナの中にあってもなお、デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙、新しい時代の種が芽吹き始めています。この萌芽を大きな木に育て、経済を成長させ、その果実を国民全員で享受していく、明るい未来を築こうではありませんか。明けない夜はありません。

──デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙ですか……。これに加えて、「新しい資本主義」というようなことも言っていますよね。

はい。この演説では、新自由主義的な路線はやめて中間層を再興することや、気候変動対策までも含めて機動的な財政出動を行っていくことなどが語られていまして、それはそれでいいと思うのですが、「新しい資本主義」と言っているものが、基本、財務政策つまり分配の話に終始している感じはありまして、それが果たして「新しい資本主義」と呼べるものなのかどうか、よくわかりませんよね。

──基本、政府が何をやるのか、という話ですもんね。

そうなんです。企業活動がどう変わっていくのか、という点についての話がないところで「新しい資本主義」も何もないと思うのですが、どういうイメージなのかがよくわからないですし、「政府が財政出動すべきだったのにしなかった、なのでそれをする」というのは、「遠く」にある目標ではないと感じていまします。

──たしかに。

対比的に、最初にご紹介した『B Corp Handbook』で言っているところの「遠く」が何を指しているかといいますと、「ビジネスの成功を再定義する」ということになっているんですね。

──どういうことでしょう。

B Corpの理念は、ビジネスにおける成功の定義が、「世界一の企業になる」ことではなく「世界にとって一番いい企業になる」ことにあるとしていまして、要は、財務だけが成功の指標だった状況を、「人や環境に最も優しい企業をつくることがビジネスにおける成功である」というものに変えたいということなんですね。

──なるほど。「新しい資本主義」を目指している感じしますね。

ここでとにかく問題になっているのは、企業が我欲に駆られて利潤のみを追求することで地球環境がいいように簒奪されてきたことは言うまでもないのですが、現在重きが置かれている論点は、そこよりもこれまでの「成功」というものがあまりに白人男性優位のものでしかなかったということなんですね。

──つまり、これまでの資本主義のありようこそがシステミックバイアスの温床だった、ということですね。

まさにそうです。資本主義がシステミックバイアスの原因だったのか結果だったのかは、どちらとも言えそうですが、なんにせよB Corpの理念において語られる「みんなで辿り着かなくてはならない遠く」は、ジェンダーや人種などによるディスクリミネーション(不公平な扱い)がないビジネス世界なんですね。環境の問題ももちろん非常に困難な課題ですが、現在のB Corpムーブメントの認識としては、こうした社会的課題も同等、あるいはそれ以上に重要視されています。

──海外ですと、役員会や取締役会における人種やジェンダーのバランスなどはかなり厳しく査定されるようになっていると聞きますしね。

はい。『B Corp Handbook』のあとがきには、「2030年におけるB Corpムーブメントの成功はどのようなかたちをとっているのか」という質問に、いくつかのB Corp企業のファウンダーなどが答えていますが、その答えをいくつかご紹介しますと、こんな感じです。

「B Corpは、ジェンダーの不平等や差別を遠い過去にしました。今日では、これまで十分に顧みられることのなかった人たちも含めた多様な人びとに、より多くの機会がもたらされています。そこでは『あらゆる人に影響を与えてこそ成功と呼べる』という信念が当たり前のものとなっています」──フェデリカ・マリア・マウロ(Nativa/イタリア)

「B Corpコミュニティの人口分布(人種、性別、収入など)は、B Corpが存在する多種多様な地域の人口分布を反映するようになっています。とりわけ、B Corpのリーダーやオーナーに占める女性や有色人種の比率は、その地域における彼女ら・彼らの人口比率に即したものとなっています」──ジェイ・コーエン・ギルバート(B Lab/米国)

──なるほど。でも、いわゆるDEI、「ダイバーシティ」(多様性)、「エクイティ」(公正)、「インクルージョン」(包摂)をめぐる議論は、なかなかピンと来ていない経営者も多そうです。

ここで問題になっているのは、組織における「同質性」をどう排除するかということですので、そうやって「同質性」という観点から考えていくと、自分たちの組織の多様性や包摂性のなさは、それなりに明らかにはなると思うんです。もちろんベーシックなところでジェンダーや人種の同質性を見たとして、そこに学歴、職種、出身地、学生時代の部活やサークルといった観点から、組織にどういった「偏向」があるのかは見てとることができるはずなんですね。あるいは政治家であれば、「二世とか三世ばっかじゃんか」というのも、同質性の際たるものですよね。

──似たり寄ったりのおっさんしかいない、という。

はい。こうした問題は日本ではこれまで対岸の火事のように思われてきたところもあるかと思いますが、日本企業も、表向きだけ「従業員に優しい」といったことを謳っているだけでは済まなくなってきているかと思います。

──人材を「人財」と呼ぶ企業が増えている、なんていう記事を見かけました。

はい。まさに、それですね。「人材」を「人財」と呼び変えて、うまいこと採用しておいて実態はパワハラが横行する奴隷労働企業だったという事例があとを絶たないという問題について、『東洋経済オンライン』が面白い記事をあげていました。「口先だけ『人を大事にしない会社』が今後陥る苦難:人的資本経営、ISO30414の大波がやってくる」というもので、こうした暗黒企業が今後見舞われる困難がこう説明されています。

ところが、こうした「ギャップなき人財企業」をめざす取り組みが加速しそうな状況になってきました。ひとつは、人的資本経営。もうひとつは、ISO30414です。

まずは、人的資本経営。これはアメリカの証券取引委員会が財務諸表に記載されていない情報の開示を義務化したことが発端です。この“非”財務情報に人や組織に関するものが含まれるのです。投資の判断材料となりうるレベルで、人材や組織に関する情報を開示するには、本気で社員を人財と考えて、取り組む必要があります。

そして、ISO30414。ISOは国際標準化機構の略称で、商取引を行うためのさまざまなルールを標準化、規格化している機関。マネジメントシステムに関する規格「ISO9001(品質マネジメント)」などで有名です。ISO30414は人と組織に関する指標を開示することを求めた規格。離職率や一人当たり研修費用、ダイバーシティーなどの取り組みが投資判断で必要との観点から開示が義務化されそうなのです。

例えば、離職率に関して、情報開示を拒否したり「30%超でさらに上昇中」と開示するなら投資判断ではマイナスに作用します。そこで開示は“望ましい数値”に改善してから行う、ということを企業は考えることになるはずです。

当面は上場企業が対象になりますが、採用力を強化するために非公開企業でも開示する会社が出てくると思われます。

──なるほど。企業の非財務パフォーマンスがより重視されるというのはB Corpと軌を一にするものでもありますね。

はい。『B Corp Handbook』には、採用に関して、こんな記載もあります。

採用の領域には、多くのB Corpが変革に取り組まなければならない余地がまだまだたくさんあります。B Corp企業がアメリカのリベラルな考えを持った白人中間層の若者にアピールすることは比較的簡単です。その一方で、北米の多くの認定B Corp企業は、それ以外の、人種的、民族的、社会階層的に多様な人たちを惹きつけられずにいます。社会において周縁化されてきた人びとにとってもB Corpは価値あるはずのものですが、そこに向けた働きかけは十分とはいえません。

これは北米の企業の話をしているものですが、こうした問題意識を、どれだけ日本の環境のなかで自分たちの問題として考えられるのかは、企業においてももちろん、政治においても同様だと思うんです。

──そこは、なんというか、「みんなで行かなくてはいけない遠い場所」という感じがしてきますね。そういう環境が日本でつくられていくイメージ、なかなかもてないですもんね。

おそらく首相も見えていないと思うんですね。というのも、地方や高齢者といったことが語られてはいても、それを多様性という観点から見ようという視点が明確には立ち上がってはこないですからね。

──夫婦別姓の問題などでも、なんか煮えきれない感じですもんね。「先祖代々、営々と受け継いできた、人と人のつながりが生み出す、やさしさ、ぬくもりがもたらす社会の底力」とか言われても、どんだけ外国人労働者が国内で働いていると思ってるんだ、といった論点もありますしね。

「新しい資本主義」が、よくわからない「先祖代々」の美徳を基盤にするのは、それ自体がかなり危険な物言いだと感じますし、誰のための「新しい資本主義」なのかは、よくよく検討されるべきですよね。

──本当ですね。

長々と首相の所信表明演説の話をしてしまいましたが、ここまでした話というのは、今週の《Weekly Obsession》のお題である「ディスコ」と関係ないかというと、実はそんなことないんですね。

──あれれ。そうなんですか。今回も本題をすっ飛ばすのかと思ってましたが(笑)。

いえ。前提としてまずお伝えしておきたいのは、2020年の音楽業界は、ディスコリバイバルの一年だったと言われているんですね。

──なんとなくわかります。デュア・リパとかドージャ・キャットからBTSの「ダイナマイト」まで、70年代の音楽シーンを席巻したディスコミュージックへのオマージュは、そこここで見られました。

そのリバイバルの要因は、最も表層的なレイヤーでは「コロナで人と会えず、ステイホームで気がふさぐことも多かったので、楽しい音楽の需要が高まった」と言われたりしますが、ことはもうちょっと深い襞があるんですね。

──あ、そうですか。

『The Atlantic』が「2020のディスコリバイバルの不可解」(The Eeriness of The 2020 Disco Revival)という面白い記事を2020年末に掲載していますが、そのなかで歴史的に「ディスコ」というものがどういう表象であったかを、当時のディスコブームを決定づけた映画「サタデー・ナイト・フィーバー」を通して、こんなふうに語っています。

1977年に公開された映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のキャンピーでポリエステルな美学が、2020年のディスコポップのマーケティングに受け継がれていることは示唆に富んでいる。この映画は、そのイメージからは想像できないほど暗いもので、そこで描かれた性的暴行、暴力、人種差別のシーンは、いま改めて見るとディスコカルチャーを揶揄しているかのようですらある。この映画はまた、音楽におけるホワイトウォッシュやストレートウォッシュの典型でもある。ディスコは、60年代後半から70年代前半にかけて、黒人、ラテン、クィア世界から生まれ出たものだが、ハリウッドはジョン・トラボルタとビージーズをシーンのマスコットに祭り上げた。そして都市のアンダーグラウンドカルチャーだったものは、10年にわたる経済危機と政治的疲弊に苦しんだ大衆的の格好の逃避となった。しかし、ストレートな白人アメリカ人がディスコ音楽を楽しんでいたとしても、このジャンルは多様性、コスモポリタニズム、クィアネスを象徴するものであり、次第にディスコに対するバックラッシュが起き始めた。

──そうか。ディスコはマイノリティの音楽として花開いたものだったんですね。

はい。この引用にあった「バックラッシュ」で最も有名なものは、1979年にシカゴで起きた「事件」でして、「ディスコ・デモリション(壊滅)・ナイト」と呼ばれるものです。これはある白人のDJが野球チームのシカゴホワイトソックスと組んで行ったキャンペーンで、ディスコのレコードをもってきたら98セントで球場に入れるというもので、そこに5万人もの人が集ったそうなのですが、彼らが持ち寄ったのはディスコに限らず黒人アーティストのレコードで、彼らはそれをフリスビーのように投げて遊んだと言います。

──へえ。そんな事件があったんですか。

自分も初めて知ったのですが、当時の状況を振り返っておきますと、まず1978年にディスコは年間52週のうち37週で全米トップ1を取ったんですね。それくらいの勢いだったんです。またグラミー賞にも1年間だけ「ベスト・ディスコ」というカテゴリーができたほどでした。ところが、これが1年で撤回されるんですね。そのあたりの事情を2019年の『The Guardian』の記事「ディスコ・デモリション:ブラックミュージックが破壊されようとした夜」(Disco Demolition: the night they tried to crush black music)はこう説明しています。

「アメリカのどの大都市でも、ラジオのダイヤルを回すと、5つ以上の局でディスコが流れていました」。『Hot Stuff: Disco and the Remaking of American Culture』の著者である文化史家のアリス・エコルはそう語る。「AORはそこまでではありませんでしたが、クラシックロックは、完全にかつてのようなラジオでの支配力を失いました。ライブハウスもディスコへとどんどん衣替えして行きました」。このことを喜ぶ人たちばかりではなかった。「レコード会社はディスコで大儲けしていたにもかかわらず、鼻をつまんでいました。彼らはディスコブームの終焉を案じてはいましたが、同時にクラシックロックの復活を望んでもいました。AOR好きの人びとによって支持された全国的な草の根の反ディスコ運動もありました。ディスコがライブベニューを食い尽くすことで自分たちの生活が脅かされていると考える人もいれば、ディスコをプラスチックで人工的な商業音楽と考える人もいましたし、人種差別や同性愛嫌悪をむき出しにする人もいました」

──そうしたなかで「ディスコ・デモリション・ナイト」は起きて、これを契機にしてディスコブームは一気に退潮していく、と。

エコルズが指摘するように、「1977年以来、アトランティック・レコードで何百万ドルも稼いできた」シック(「おしゃれフリーク」は同レーベル史上、最も売れたシングルだった)の電話に「突然レーベルの誰も出なくなった」。ディスコ系レーベルも、12インチシングルのスリーブのデザインを変えて、ディスコに見えないようなデザインに変えた。1979年の後半になると、マイケル・ジャクソンの「ドント・ストップ・ティル・ユー・ゲット・イナフ」だけが唯一1週間だけ全米1位になったディスコソングとなった。

──極端ですね。

驚きますよね。そこにさらにAIDS/HIVという問題が重なり、ディスコ音楽や70年代のクラブカルチャーは新たなスティグマを負わされることとなります。

──まさに一夜にしてディスコを葬り去った、と。

ただ、その事件が起きたシカゴで、ディスコカルチャーは「ハウス」という新しい潮流を生み出すことになり、再び音楽シーンの中心へと返り咲くことにはなります。

──ドラマチックな音楽史ですね。

自分がいわゆる洋楽を聞き始めた80年代は、ディスコ的なものに対する差別というのは確かに根強くあって、特にハードロック/ヘビメタ少年だった自分や自分の周囲の男子は、ことさらブラックミュージックをバカにする身振りが横行していまして、ハードロック系のラジオ局で、当時流行っていたNew Editionというボーイズグループの曲をディスっていたのを、友だちがめちゃくちゃ面白がっていたのを覚えています。自分はヘビメタは好きだったものの「Cool It Now」というその曲は結構好きだったのでわりと複雑な心境だったのですが、いずれにせよ、ハードロック/メタルのマッチョな価値観の対極にある、女々しくて軟弱な音楽として、メインストリームのブラックミュージックがみなされていたという感覚はよくわかります。

──マイケル・ジャクソンが1983年の『スリラー』でギタリストのエディ・ヴァン・ヘイレンをフィーチャーしたのも、そうした経緯を知ると意味深ですね。

プロデューサーのクインシー・ジョーンズがそれこそ『愛のコリーダ』やマイケルの『オフ・ザ・ウォール』で聴かせたような、洗練の極みのようなブラックサウンドが、なぜ『スリラー』に帰結したのかは、録音技術の変化などもあったかとは思いますが、案外こうした事情も大きいのかもしれませんね。

──シックのナイル・ロジャーズが、マドンナの「ライク・ア・バージン」をプロデュースするにあたっても、かつての流麗な4つ打ちではなく、スクエアな8ビートばかりが採用されているのも、いま思うと、ナイル・ロジャースの苦難が忍ばれる気もしてきます。

そういうなかで、ディスコは、浅薄で軽薄な商業主義的音楽というレッテルがかなり強く貼られることとなり、いわば時代の徒花として認識されるんですね。それは、この原稿を書くまで自分が思っていたことですし、実際のところ、2020年のディスコ・リバイバルの主導者であったジェシー・ウェアやレディ・ガガですら、そう感じていたそうなんです。先の『The Atlantic』の記事は、こう書いています。

ディスコリバイバルに関わってきたアーティストたちは、こうした問題を認識していたが、それもアルバムを録音し終えたあとのことだった。ハウスやテクノを取り入れたレディ・ガガの『Chromatica』は、ジョージ・フロイドの死の数日後にリリースされたが、自分がスポットライトを浴びるタイミングではないとの判断から、ガガはプロモーション活動を一時中断した。ジェシー・ウェアは、6月のリリース日を少し延期した。2人がアルバムの宣伝を再開したとき、彼女たちは自分たちが恩恵を受けてきた音楽の歴史的な系譜や人種的ヒエラルキーの問題を理解していた。ガガは『Billboard』の記事で「すべての音楽は黒人の音楽だ」と語っている。ウェアは『Gay Times』に「みんなディスコを知っていたけど、クィアコミュニティやブラックコミュニティにとってのこのジャンルが果たす意義を、十分に理解していなかった」と語っている。彼女らのリミックス作品やMV、ソーシャルメディアでの活動は、結果的に黒人の声を伝える役割を果たしたが、そこで宣伝された作品がインクルーシブな作品と言えたかどうかは疑問が残る。

2020年のディスコで安売りされているストーリーが、こうした事情をさらに複雑にしている。つまり、ウェアが言うような、「ディスコには、物事が本当にうまくいかないときに人びとが必要とする喜びの感覚があります」という言説のことだ。確かに彼女の言う通りには違いないが、いまそこにある現実を否定して喜びを追求することは、時として道徳的あるいは社会的反動につながる。

──なるほど。

ディスコの「快楽性」にフォーカスをあて、それにコロナがもたらした苦難を重ね合わせることは、それ自体が、「ディスコは軽薄で逃避的な音楽」という認識をそのままなぞることにもなりますし、ブラック、ラテン、クイアといった周縁化されてきたコミュニティで、こうした音楽が発展、進化してきたことの意味を、新たにホワイトウォッシュすることにもなる、とそう記事は言っているわけです。また、2019年の『The Guardian』の記事は、こうも書いています。

2019年の米国の政治情勢の中でディスコ・デモリション・ナイトを思い起こすことは、不思議と意味あることのように思える。ダール(訳註:キャンペーンを主導したDJ)がディスコ・デモリションを擁護したやり方、つまりディスコの支配に直面しているストレートの白人男性の「ロックンロール・ライフスタイル」を擁護したやり方と、「ストレート・プライド」のパレードに参加する人々は「アメリカで最も残酷に抑圧されたアイデンティティ」を代表しているのだと主張するオルタナ右翼のことばには、奇妙な相関関係がある。「いままさに当時と同じようなことが起きているのは興味深いことです」とエコルズは同意する。「いまのアメリカの政治状況と非常によく似ています。なんというか、トランピスト的なんです」

──逆に言えば、2020年のディスコリバイバルは、やっている本人たちや聴いている人たちがどう思うかはおいておいたとしても、どこか潜在的には、反トランピズム的なコンテクストがあることにもなりますよね。

そうですね。リバイバルが起きたあとで、むしろみんながそのことに気づいたということなのかもしれませんが、いまこの時点でブーム全体を見直すと、そうしたコンテクストを外して「単に楽しい音楽が流行った」と言うことは許されないということではあるのかな、と思います。

──ディスコをめぐるシステミックバイアスがようやく露わになったと。

ちなみに、『The Atlantic』の記事は、このリバイバルにおける最良の果実は、R&Bシンガーでアリアナ・グランデやブラックピンクの作曲にも参加しているヴィクトリア・モネイの「Experience」という曲だとしています。

この期間に生まれた最高のディスコポップ・トラックは、新進気鋭のR&Bシンガー、ヴィクトリア・モネイのEP『Jaguar』からのシングル「Experience」だろう。波打つキーボードの音色の中で、モネイは、「この経験があなたに変化をもたらしますように」とささやくように願う。災いがもっといい時代に導いてくれるようにという願いだ。新年を迎えるに相応しい一節だろう。自信に満ちてモダンで包容力のあるサウンドは、これがどれだけ古い音楽の影響下にあるのかを忘れさせてしまう。ビデオでは、3人の友人が、誰もいないローラースケートリンクで紫の照明のなかスケートをしている。このビデオを見ていると、「みんなと楽しみたいけど、まだその時は来ていない」といういかにも2020年的な感興をもたらしてくれるはずだ。

──『Jaguar』は本当にいいアルバムでしたよね。

ここで言われていることは、結局のところ、わたしたちは短期的にも長期的にもほど遠く、経験を通じてみんなでよい時代に向かうプロセスのなかにみんながいる、ということなんだと思うんですね。ディスコのリバイバルを通じて得たことも、どこか「遠く」へ行くためのレッスンなんですね。

──うまいことまとまりました(笑)。

そうしたコンテクストのなかで、例えばBTSの「ダイナマイト」や、プエルトリコのラウ・アレハンドロの今夏の大ヒット曲でディスコ的なフレイバーをまとった「Todo de Ti」が、いったいどういう意味や価値をもっていたのか、改めて考えたいとも思うんです。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載の書籍化第2弾『週刊だえん問答第2集 はりぼて王国年代記』のお求めは全国書店のほか、Amazonでも


👀 TwitterFacebookでも最新ニュースをお届け。