Company:ワービー・パーカーの現在地

Company:ワービー・パーカーの現在地
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ユニコーンにとって、上場は非常に大胆な決断だと言えます。株式公開企業になれば、有名ベンチャーキャピタル(VC)が背後に付いた話題のスタートアップであっても市場の厳しい評価にさらされ、仮面が剥がれる恐れがあるのです。テック企業を装ってはいても、その実態はベッドのマットレスを売っているだけだったり、もしくはただの不動産会社かもしれません。申告通りに配車サーヴィスを展開する企業であっても、巨額の赤字を垂れ流している可能性もあります。

ワービー・パーカーWarby Parker)は9月末にニューヨーク証券取引所に上場し、「IPO(新規株式公開)クラブ」の最新メンバーとなりました。当初はオンライン販売に特化したアイウエアブランドとして成功を収めた同社は、これまでのところ市場の精査にも耐えています。

上場を前に同社のIPOの詳細を分析した人たちは、そのシンプルさに驚いたようです。『Bloomberg』のミシェル・リーダー(Michelle Leder)は、「他の多くの企業とは違い、ワービー・パーカーの目論見書には各種の特典やとてつもない補償といったものは見当たらない」と書いています

株価は安定しており、9月29日の初値は1株当たり54ドル(6,041円)、10月6日の終値は51ドル(5,705円)でした。これを元にした時価総額は57億ドル約6,376億円)に上ります。

上場からの1週間、ワービー・パーカーはユニコーンにとって透明性は強みになりうるという事実を思い出させてくれました。ただし、課題がないわけではありません。売上高が増えている一方でコストも拡大しており、同社はいまだに黒字化を果たしていません。昨年通期の業績は、売上高が3億9,370万ドル(440億4,000万円)、純損失が5,590万ドル(66億5,580万円)でした。なお、2019年は損失は出ていません。また、潜在的なサプライチェーンの混乱から実店舗を拡大する戦略の是非まで、さまざまなリスクが指摘されています。


BY THE digits

数字で見る

  • 145店舗以上:米国とカナダでの店舗数
  • 3,000人弱:従業員数
  • 5億3,600万ドル599億5,800万円):これまでの累計調達額
  • 95%:2020年の総売上高に占める眼鏡販売の割合
  • 2%:2020年の総売上高に占めるコンタクトレンズ販売の割合
  • 65%:パンデミック前の店舗販売の割合
  • 8%:2020年の眼鏡販売に占めるオンラインの割合
  • 75%:米国の成人で何らかの視力矯正器具を使用している人の割合
  • 2.5年:眼鏡の平均買い替え年数

Warby Parker’s growth vision

見えている景色

ワービー・パーカーは2010年に、ペンシルベニア大学ウォートン校で経営学を学んでいた4人の学生によって設立されました。DTC消費者直接取引モデルを採用した企業の先駆けであり、95ドル(1万627円)からという手頃な価格に加え、オンラインでの視力検査や自宅で無料で試着できるという利便性を売りにしてきました。ワービー・パーカーはわずか数年で、北米市場で確固たる地位を築いています。

創業者たちは当初、手頃な価格で買えるようになったことで、ファッションアイテムとして眼鏡をいくつも所有する人が増えると期待していました。ただ、一般的な消費者が購入を考える数には限りがあるようで、米国の眼鏡使用者で複数の眼鏡を持っている人の割合は33%にとどまります。

それでも、顧客ベースを開拓する余地は十分に残されています。ワービー・パーカーの試算によれば、視力矯正用の眼鏡を使っている米国の成人のうち、2020年に同社の製品を購入したのはわずか2%です。また、同社の市場シェアは売上高ベースで見れば1%しかありません。

同社が掲げる成長戦略のひとつが「実店舗網の大幅な拡大」で、年内に30〜35店舗を新設する方針です。ワービー・パーカーの店舗は書店や図書館をモデルにしており、ストリートでの広告塔を兼ねています。経営コンサルタントのウェブ・スミス(Web Smith)はビジネス誌『Fast Company』に対し、「実店舗は(顧客の)獲得コストを下げ、製品送料のような輸送コストも減らすことができます」と語っています。「DTCブランドにとって現在、この2点が最大の課題のようです」

ただ、新型コロナウイルスが収束しない状況で実店舗を増やす戦略はリスクを伴います。また、パンデミックによる世界的なサプライチェーンの混乱潜在的に問題になり得るでしょう。一例を挙げれば、ワービー・パーカーはフレームの原材料となるアセチルセルロースの半分以上を単一のサプライヤーから仕入れていますが、ここで不足が生じれば(最近では珍しいことではありません)大きな障害となる可能性があります。


The Warbys of the world

視線の先に、世界市場

Glasses on a rack in a retail setting
See the world.
Image: REUTERS/Stefano Rellandini

ワービー・パーカーの「神話」の一角を占めるのが、ダビデとゴリアテの物語を思わせる市場の現状です。世界の眼鏡市場は業界最大手のエシロールルクソティカEssilorLuxottica)がほぼ独占しています。同社はレイバン(Ray-Ban)、オークリー(Oakley)、シャネル(Chanel)、コーチ(Coach)、マイケル・コース(Michael Kors)、プラダ(Prada)などの有名ブランドを所有もしくは製品のライセンス生産をしており、これに加えてレンズクラフターズ(LensCrafters)、ターゲット・オプティカル(Target Optical)、パール・ビジョン(Pearle Vision)といった小売りチェーンも抑えています。

ワービー・パーカーはレンズやフレームのサプライヤーと直接取引することで、エシロールルクソティカへのブランドライセンス料の支払いを回避し、製品価格を大幅に下げることに成功しました。このモデルによって、スタートアップが業界大手から市場シェアを奪うための扉が開かれたのです。

ワービー・パーカーは現時点では米国とカナダでしか店舗を展開していませんが、世界には同じようなビジネスモデルを採用するアイウエアメーカーがたくさんあります。

  • 🇦🇺 オーストラリアのドレスデン・ビジョン(Dresden Vision)は2015年の設立で、フレームの形を統一した安価な眼鏡を販売しています。フレームの型は1種類ですがサイズや色の展開は豊富で、自分でレンズを付け替えることもできます。
  • 🇬🇧 英国のDTCブランドのキュービッツ(Cubitts)は2012年からビジネスを展開しています。
  • 🇳🇱 オランダエース・アンド・テート(Ace & Tate、2013年設立)の眼鏡は125ドル(1万3,980円)から購入可能です。
  • 🇮🇩 インドネシアサタデーズ(Saturdays、2016年設立)はワービー・パーカーにインスパイアされたと公言しています。
  • 🇮🇳 インドレンズカート(LensKart)はワービー・パーカーと同じ2010年の創業で、やはり中間業者を外すという決断をしました。

Four lenses to look at Warby

4つのレンズから見る

ワービー・パーカーが成功した背景には、DTC以外にもいくつかの社会的なトレンドがあります。

  1. 直接上場ダイレクトリスティング)。DTCブランド急増のきっかけとなった企業にふさわしく、ワービー・パーカーは直接上場を通じて市場デビューを果たしました。直接上場スポティファイ(Spotify)やスラック(Slack)のような有名企業がこの方法を選らんだために人気が高まっていますが、市場全体で見れば依然として少数派にとどまります。共同創業者のひとりで共同最高経営責任者(CEO)を務めるデイブ・ギルボア(Dave Gilboa)はニュースサイト『Axios』の取材に対し、「直接上場は従来のIPOでは株式を取得する選択肢がなかった多くのブランドの支援者にとって、より透明かつ包括的なプロセスだと考えています。すべての人に公平な競争の場が生まれるのです」と話しています
  2. ウォークウォッシングwoke-washing)。ワービー・パーカーはブラック・ライヴズ・マター(BLM)への支持を公言していましたが、2020年夏に同社の黒人の顧客と従業員がソーシャルメディアで差別や不当な扱いを受けたことをシェアしたために、他の多くの企業と同じように偽善を非難されるようになりました。これを受け、同社は従業員や視力検査技師、技術分野で黒人の比率を増やすことを含む人種的平等に向けた戦略(PDF)を発表しています。
  3. BコープB Corp)。ワービー・パーカーはB Corp認定を受けており、すべての利害関係者にとって何が最善であるかを基準に意思決定を行うことを約束しています。同社は完全にカーボンニュートラルであるほか、眼鏡が1本売れるたびに発展途上国で寄付を行う「Buy a Pair, Give a Pair」プログラムを実施しており、このプログラムを通じてこれまでに50カ国以上で800万人が眼鏡を手にしたそうです。同社の直接上場の成功は、市場もB Corpを応援しているという事実を裏付けています。
  4. 片眼鏡モノクル)。「社会的トレンド」とはいえませんが(いや、モノクルが流行る世界も悪くはないですよね!)、 ちょっと楽しいトリビアとしてご紹介しておきましょう。ワービー・パーカーの製品ラインアップにはずっと前から片眼鏡がありました。ほとんど売れていなかったようですが、共同創業者のひとりのニール・ブルメンタール(Neil Blumenthal)は、店頭に片眼鏡が置かれていたら楽しいだろうという理由でこのアイデアを称賛しています。残念なことに最近では廃番になってしまったようですが、片眼鏡の記憶は続いていくでしょう。

One 🙋 thing

おまけ

ワービー・パーカーが社員を採用するときに、候補者に必ず尋ねる質問は以下のどれでしょう。

A:サプライチェーンはどのように機能しますか?

B:チャンスがあれば火星に行きたいと思いますか?

C:最近どんなコスチュームを着ましたか?

D:この視力検査表で何が見えるか教えてください。

答えはC。ブルメンタールは2013年の『The New York Times』のインタビューで、「仕事には真剣に取り組む一方で、自分自身のことは冗談にして笑い飛ばせるような面白い人材を採用したいのです」と述べています。

なお、先週の台湾積体電路製造(TSMC)のニュースレターを読んだ読者から、「TSMCがアジアで2番目に大きな企業なら首位はどこですか」というメールをもらいました。いい質問ですね。先週の記事が配信される直前に、中国の腾讯控股(テンセント)が時価総額でアジアのトップに躍り出ています。


今日の「The Company」ニュースレターは、シニアレポーターのSarah Todd(ワービー・パーカー「Barnes」のユーザー)がお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


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