パンデミック後の需要増でサプライチェーンが混乱し、世界中で価格が上昇しています。経済を結びつけているサプライチェーンにかかる大きな負荷はクリスマスを混乱させる可能性さえあり、「オンラインでいつギフトを注文すべきか」という世間話を聞くことも増えていますが(残念ながらすでに手遅れです)、それと同じくらい、「スタグフレーション」についての議論が明らかに増えています。
スタグフレーションとは、経済成長の鈍化や失業率の悪化と、インフレが同時進行する状況を指します。良いニュースもあります。米国の来年の経済成長率は7%と予測されており、失業率は4.8%に下落。過去12カ月間の消費者物価上昇率は5.4%でした。
1970年代にスタグフレーションが顕在化したとき、インフレ率は8年連続で上昇し、ピークとなった1980年には14.5%に達しました。このときの米国の成長率はマイナス0.3%、失業率は7.2%でした。
国際通貨基金(IMF)の元エコノミスト、オリヴィエ・ブランシャールの意見を聞いてみましょう。彼は、「われわれが目にしているのは、景気停滞のような状況ではない。代わりに見ているのは、個人需要や公的需要に支えられた非常に力強い成長であり、それが供給の限界にぶつかり、急激な価格上昇につながっている」と指摘しています。
だからといって、すべてがバラ色というわけではありません。米連邦準備理事会(FRB)は、インフレ率の上昇を予想していますが、物価の上昇はFRBの予想を上回っています。調査会社、マクロポリシー・パースペクティブズ(MacroPolicy Perspectives)のエコノミストであるLaura Rosner-Warburtonは、賃金の上昇が追いつかないと警告しています。
良い側面としては、物価高が物価高を是正する可能性がある、という点です。製品不足をきっかけに、企業や政府が生産に投資し、お役所仕事を効率化し、競争への道を開いた場合、そして、パンデミックが沈静化に向けて推移し続けた場合には、物価高は収まるでしょう。本当のスタグフレーションの恐怖は、現在ではなく、来年にこそあります。政治や市場の圧力にさらされたFRBが金融政策を引き締めれば、インフレの真の要因を必ずしも解決しないまま、経済成長は鈍化していくでしょう。
皮肉なことにこれは、FRBが、通常目標としている「平均2%」よりも高いインフレ率を許容すると言っている理由でもあります。FRBは需要の増加を見込んで企業に投資してもらい、米国経済を悩ませてきた民間投資の不足を解消したいと考えているからです。この実験のさなかにパンデミックが発生したことは、FRBにとって(そして、わたしたちにとっても)不運だったと言えるでしょう。
The backstory
変化のウラ側で
- いまは1970年代ではない。米国にとって最悪のインフレ経験をもたらしたさまざまな要因は、いまは存在しません。政府の借り入れ上限は、ジョー・バイデン米大統領の政策が実現したとしても、来年には大幅に減少します。労働組合の力は弱まり、インフレを加速させる要因をもつ契約も少なくなっています。金利は依然として低く、市場では、物価上昇は一時的な現象であると(いまのところ)考えられています。また、エネルギー市場が自由化されたことで、燃料ショックはより早く収まるはずです。
- この10年間、インフレ率は低すぎた。つまり、FRBと欧州中央銀行(ECB)は、しばらくは物価上昇を放置してもよいと判断したということです。ECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁は、最近、ユーロ圏のインフレ率が13年ぶりの高水準に達したことから、忍耐を呼びかける一方、物価上昇のリスクが高まっていることを指摘しました。
- 不安定な心理もリスクに。懸念のひとつは、インフレ期待が「固定されていない」状態になり、人びとが物価上昇に向けた計画を立て始め、自己実現的な予言を口にするようになることです。FRBは、市場と消費者が現在のインフレに冷静に対処すると確信していますが、FRBのエコノミストの一人は最近、その考えに根拠があるのか、疑問を呈しています。
BREAKOUT SESSION
チャートは語る
今週発表された消費者物価指数(CPI)によると、9月までの12カ月間で平均5.4%の上昇を示しましたが、エコノミストたちは、その変化の背景に何があるのかを知るために、コア指数(変動の大きなエネルギー・食品を除いた指数)に着目しています。Quartzの経済レポーターのNate DiCamilloは、どの分野が物価上昇を牽引しているかを示す次のようなチャートを作成しました。
このチャートは、経済がパンデミックによるショックを乗り越えつつあることを示唆しています。半導体不足により新車の供給が減ったため、夏には中古車価格が過去最高水準にまで上昇しました。一方、航空券価格は、ワクチンを接種した乗客が空港に殺到したことで、高騰。しかし、これらの価格はここ数か月で下がっており、全体的なインフレへの寄与度は低くなっています。
What to watch for next
これから注目すべきこと
- テーパー・タントラム(Taper tantrum)。FRBは利上げの前に金融資産の購入額を減らしていく可能性が高いとみられます。これが、2013年に金融市場を揺るがしたことで知られる「テーパリング」です。8年前、金融市場は激しく混乱しましたが(tantrumは「かんしゃく」の意)、今回、FRBは2021年末に向けて「量的緩和」の縮小を進めていくようです。
- PCE報告書。FRBが好んで採用しているインフレ指標は、米国政府が収集した個人消費支出(PCE)データに基づくものです。このデータは、より広範な消費行動を分析し、消費者がどうやって安価な商品を高価な商品の代わりにしているのかを説明しようとしています。このデータの次回の発表は10月29日です。
- 次のFRB議長。FRB議長のジェローム・パウエルの任期は来年初めに終了します。バイデンはパウエルを再び指名するか、新しい人物を指名することになります。政権は、経済を軌道に乗せてきたパウエルを続投させる方向に傾いていますが、進歩的な批判勢力は、彼の銀行への対応には厳しさが足りず、気候変動への準備も不十分だ、といった指摘をしています。
- モノの動き。サプライチェーンの詰まりが解消されれば(そして、パンデミックによる公衆衛生上の制限が今後も緩和されていけば)、わたしたちの抱える問題の多くは解決するでしょう。良いニュースがあります。最悪の状況は、すでに脱したかもしれません。そして、悪いニュースもあります。2022年半ばまでは、ノーマルな状態に戻りそうもありません。
- 米国は再び原油輸出を禁止するのか? ガソリン価格は、米政権内で政治的・経済的な問題を引き起こしています。これが、表向きは環境に優しい大統領が、連邦政府が所有する土地での石油掘削を許可した理由のひとつです。2015年に解除された米国の原油輸出禁止措置の再実施が議論されているほどですが、エコノミストたちは、ガソリン価格の改善にはそれほど効果がないと考えています。
ONE 💡 THING
CPIが生まれたワケ
消費者物価指数(CPI)が生まれた背景には、1970年代のインフレ論争があります。当時のFRB議長のアーサー・バーンズは、物価上昇は一時的な異常要因にすぎないとして、一蹴しました。そして、その主張を証明するために、FRBのエコノミストたちに、一時的な異常値が何度も確認されていた特定の項目を取り除いた上で、物価指数を作成するよう指示したのです。そこで彼らは、食品とエネルギーを取り除き、最初のコアCPIを作成しました。
しかし、彼らはもっと多くの項目を取り除かなければならなくなりました。というのも、中古車や持ち家、女性向けの宝石、トレーラーハウスなど、他の分野で、より多くの物価上昇圧力が現れ始めたからです。このときになってようやく、FRBはインフレ問題を抱えていることを認め、わたしたちはCPIに注目するようになったのです。
5 great stories from elsewhere
Quartz以外の注目記事
📊スタグフレーションと呼ばないで。「Substack」では、Ryan Aventがわたしたちの意見に賛同しています。現在のパンデミックの経済状況を1970年代の物語に無理やり当てはめようとしても、得るものはほとんどありません。
😶中国の標的リスト。『The Scholar’s Stage』でTanner Greerは、中国当局によるテック産業の取り締まりは、短期的なインセンティブを使って人びとの主体性を奪うような産業をターゲットにしているようだと指摘しています。
💬塀の中の日々。Nikeのジョーダンブランドの代表は、10代のころ、人を殺して刑務所に入っていました。何十年も秘密にしてきたこの話を、Larry Millerは『Sports Illustrated』に語りました。
🔌電力のこれから。『The Washington Post』は、電気自動車の未来と、すでに不安定な米国の電力網がそれに対応できるかどうかについて考察しています。
🤯操作された「現実」。Jon Stokesは、現代で陰謀論が好まれる傾向にあるのは、ソーシャルメディア上のコンテンツの表示方法が関係していると考えています。
今日のニュースレターは、Tim Fernholz(シニアレポーター、個人消費がスナックに偏りがち)と、Kira Bindrim(エグゼクティブエディター、クルマを買うのが怖い)がお届けしました。
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