Next Startups
次のスタートアップ
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。土曜昼にお届けするこの連載では、定期的にひとつ「次なるスタートアップ」を紹介しています。今週は、世の中のイベントを投資対象にした予測市場取引所「Kalshi 」を取り上げます。
Kalshi
・創業:2019年
・創業者:Luana Lopes Lara、Tarek Mansour
・調達総額:3,020万ドル(約35億円)
・事業内容:予測市場の取引所
PREDICTION MARKET EXCHANGE
「イベント予測」の取引所
米オンライン証券のロビンフッド(Robinhood)の快進撃に始まった、株式投資の「ゲーム化」。米国ではその裾野がさらに広まり、投資の「ゲーム化」を具現化したサービスが生まれています。
Kalshiが手がけるのは、将来の出来事(=イベント)の成否に賭ける、予測市場の取引所です。ルールは簡単で、設定されたお題に対し、イエスかノーで予想して答えるだけ。イエスとノーの価格は需給に応じて1〜99セントの幅で変動します。勝てば1ドルを手にすることができ、負ければゼロ。結果が出る前に20セントで買ったイエスが60セントになればその時点で売ることも可能です。
取引対象の将来イベントはKalshiのウェブサイトから確認できますが、現在一番人気のイベントは「2021年の平均気温は過去最高か」です。このほか、「子ども向けのコロナワクチンは許可されるか」、「オリビア・ロドリゴの『Drivers License』は今年最も再生された曲になるか」など、政治、気候、メディア、医療に関連する様々なイベントが並んでいます。
対象となるイベントは「起きる」か「起きない」か、イエスかノーで答えられるものであれば何でもよく、ユーザーから提案することもできます。現状はイエスかノーだけですが、今後は3つ以上の選択肢や「株価がいくら以上か?」など数値予測も導入予定です。なお、戦争、テロ、賭博、スポーツ関連のテーマは対象外です。
A NEW ASSET CLASS
新たなアセットクラス
まるでゲームのように、手軽に誰もが直接取引に参加できる仕組みを整えたKalshi。ロビンフッドは「1ドルから投資できる」を謳いますが、あくまで株式投資です。Klashiなら、企業や経済のことはよくわからなくても、「東京オリンピックが開催されるか」「コロナで再び緊急事態宣言は起きるか」「イカゲームはアカデミー賞を取るか」といった問いにイエスかノーで答えるだけで、誰でも参加できます。
そして、イベントの種類は無限に生成することが可能です。一定の客観性が保たれる限りは、世の中のありとあらゆる出来事が対象となります。投資対象はその時々のトレンドとアイデア次第で大きな広がりを有しており、誰でも関心をもてる話題となれば、参加者の広がりも無限です。
Kalshiは保険的な性格も持ち合わせています。例えば、渋谷のアイスクリーム屋さんは、週末に晴れれば売上は見込めますが、雨ならば落ち込みます。そこでKalshiで「明日の渋谷の天気は雨か」というお題に「イエス」でかけておけば、雨が降ったときの損失をカバーできます。保険商品に頼らずとも、イベントの成否に賭けておくだけで良い。これまで制御不能だった日常の様々なリスクをコントロールすることも可能です。
一見するとリスキーな「賭け事」にも思えるKalshiですが、米国商品先物取引委員会(CFTC)の認可を受けた、れっきとした、世界初の「公認予測市場取引所」です。取引の損失額は、上限を設定し、相場操縦やインサイダー取引など監視も徹底しています。Kalshiはテクノロジーによって、「イベント予測」という新たなアセットクラスを創造したと言えます。
TALENTED FOUNDERS
異能の創業者
Kalshiを立ち上げたのはMIT(マサチューセッツ工科大学)出身の24歳の男女二人組です。
ルアナ・ララ(Luana Lopes Lara)はブラジル出身で、プロのバレエダンサーを目指しながら17歳でMITに合格。タレク・マンソー(Tarek Mansour)はレバノン出身で、スキーでプロ級の腕前をもつなど、インターナショナルかつ多才な二人です。なお、社名のKalshiはレバノンの公用語のアラビア語で「全て」の意味で、あらゆるイベントを取り扱う世界観を表現しています。
起業のきっかけは、タレクがヘッジファンドでクオンツトレーダーとしてインターンした際に、ブレグジットの成否に備えた商品開発に没頭した経験です。ブレグジットが起きた場合の金利や為替の動きを予想し、確率を計算し複雑なデリバティブを開発するなかで、シンプルにその事象が起きるか起きないかを、大衆の知恵によって予想しヘッジする手段があればいいと考えました。
アイデアが固まったものの、60名の弁護士に相談しても法規制の出口は見つからず、古びたCFTCのシステムへの接続も難航を極めたそうです。それでも挫折せず前に進めたのは「この困難ゆえに、世の中に存在しない」最初の扉を開くチャレンジへの使命感でした。
構想から2年半、Kalshは不可能とされていた構想を実現。昨年11月、CFTCの認可を受け、今年7月にはベータ版をリリースしました。今年2月にはシリーズAで最強VCのセコイアキャピタルをリードに3,000万ドル(約34億円)の資金調達を実施。今後は投資対象のイベントを週5件のペースで追加し、取引を拡大させる予定です。
THE POSSIBILITIES OF PREDICTION MARKETS
予測市場の可能性
「群衆の知恵(The Wisdom of Crowds)」は、1人の天才や専門家が下す判断よりも多数の普通の人からなる集団の判断の方が優れているという考え方です。2004年に本も出版され、1906年の牛の体重当てクイズで、787名の参加者の予測の平均が実際の体重とほぼ一致した例などが紹介されています。
どんな人も一人一人はそれなりに聡明なのに、集団になると突然愚かになり、暴動やバブルなど愚かな行動に出る。群衆の知恵理論はこれとは逆で「正しい状況下で集団が発揮する知力はいちばん優秀な個人の知力より優れている」と提唱します。
この理論は企業の意思決定の現場でも広がっており、HP、インテル、マイクロソフトといった大企業が、販売量の予測や有望な商品の特定などで従業員の集団予測を活用しているそうです。インテルの社内では製品需要の予測が公式の予測より最大20%も正確であるとのことです。
とはいえ、群衆の知恵が成立するには参加者の多様性、独立性、分散性など様々な要件が必要になります。Kalshiが構築した「公正で透明な」予測市場は、この群衆の知恵を成立させるための基本要素を具備したとも言えます。投資の民主化を進めるKalshiの真の姿は、地政学リスクや気候変動など不確実性の増す世界に出現した「人類の未来予測プラットフォーム」かもしれません。
久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。Twitterアカウントは@kubotamas。
🗓 Save the date!
米国のテック最前線を伝える「Off Topic」とのコラボレーションで実施するウェビナーシリーズ。開催間近に迫った第3弾は「インターネット、次のインフラ」をテーマにお届けします。先日開催した第2回の様子は、こちらの記事でセッション全編を振り返れます。
- 日時:10月27日(水)20:00〜21:00(60分)
- 料金:無料
- 開催:Zoom
- 申込:こちらのリンクから
- 登壇者:宮武徹郎さん(Off Topic)、久保田雅也さん(WiL)
Column: What to watch for
生体認証×暗号通貨
人の目をスキャンしてデジタル通貨で支払う──10月21日、Y Combinatorの共同創業者でOpenAIのCEO、サム・アルトマン率いるWorldcoinがSFさながらの構想を発表しました。その内容は、現在、世界人口の3%未満とされている暗号通貨へのアクセスを拡大させ恩恵を多くの人に届けるために、イーサリアム上に構築された仮想通貨「Worldcoin」を地球上のすべての人間に提供するというもの。
Worldcoinを平等に配布するために開発した、本人確認用の虹彩スキャンシステム「Orb」(上記画像)で目をスキャンしサインアップが完了すると、ユーザーにWorldcoinが無料で提供されます。スキャン画像は暗号化されてコードになりますが、プライバシー保護のため元データは削除されます。
Orbはすでに12カ国に出荷され、10万人以上の虹彩をスキャン。毎週700人以上をオンボーディングしています。Worldcoinの構想はベーシックインカム(UBI)の概念と似ており、同社は将来的にWorldcoinをUBIを実行するためのインフラとして活用できる可能性を示しています。
(翻訳・編集:鳥山愛恵)
🚀 次回の「Next Startup」は、10月30日(土)配信予定です。
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