カット・ノートン(Kat Norton)がネット上で人気者になったきっかけはダンスでした。が、いまあなたが思ったようなダンスとはちょっと違うかもしれません。「TikTok」で約65万フォロワーを誇る彼女のダンスには、ダンスそのものとは別の“狙い”があるのです。
Gary Clark Jr.がカバーした「Come Together」に合わせてカラダを揺らしながら、ノートンは「スプレッドシートの2つの列を組み合わせる方法」をフォロワーに教えてくれるのです。内容的には退屈そのものだけど、動画からは溢れんばかりの情熱が伝わってきます。
ノートンは純粋に、みんなに「エクセル」の使い方を教えたいと思っています。そして、このささやかな目標は、27歳の彼女の人生を大きく変えました。ノートンが軽妙な寸劇やダンスを通じてフォロワーに伝えるのは、エクセルやGoogleスプレッドシートのショートカットなどの「効率化」。元々ノートンはコンサルティングの仕事に就いていましたが、「効率化」は、猛烈なスピードで仕事をこなすのに必要なスキルでした。
そして、いま彼女は、フルタイムの「スプレッドシート・インフルエンサー」にキャリアチェンジしています。
Pivoting in the pandemic
きっかけはパンデミック
TikTokは、バイラルヒットを生み出し、人を一夜にしてスターにするもの。いまでは「ミス・エクセル」とも呼ばれているノートンですが、当初から、自らのスキルセットがソーシャルメディアでも反響を呼ぶと直感したと言います。
しかし、元々ノートンは、注目されるのが好きだったわけではありません。とくに学生時代や20代前半を振り返り、神経質で口下手で目立つことを嫌うタイプだったようです。不安に悩まされ、人前で話すことを辛く感じていたとも言います。
5年ほど勤務したコンサルティング会社Protivitiでは、銀行向けに証券化の審査を行っていましたが(ノートンいわく「これはこれで楽しいんですけどね」)、空き時間を利用し、エクセルのトレーニングコースをつくり始めたのです(ニューヨークにあるビンガムトン大学でビジネススクールに通っていたころ、ほとんどの授業でエクセルが使われていたため、ノートンにとってエクセルは馴染み深いものでした)。そうしているうちに、同僚から「会社の上層部に見せてみたらどうか」と勧められ、会社も彼女のアイデアを採用。Protivitiはノートンを全米各地に派遣して研修を行うようになりました。
毎週のように出張していたノートンは、出張のないときはニューヨークの実家に寝泊まりしていました。契機となったのは、2020年3月にパンデミックが発生したとき。子どものころに使っていた部屋で毎日を送るなかで時間を持て余していることに気づいた彼女は、変化が必要だと考えました(「人生の目的を見つける必要があった」と彼女は語っています)。会社や同僚のことは好きでしたが、仕事はさほど気に入っていなかった彼女は、自分のなかの優先順位を見極めるべく、スピリチュアルな旅に出たのです。
「『インナーチャイルド・ワーク』や『シャドーワーク』にはじまり、潜在意識のリプログラミングや瞑想、『マニフェステーション』まで……さまざまなことに没頭して、自分自身のことを突き詰めていきました」というノートン。数カ月後に悩みを友人に打ち明けたところ、その友人は、エクセルの使い方をTikTokに投稿することをすすめてくれたのです。
“Left foot up, right foot slide”
インスピレーション
「パンデミック経済」下のアメリカで、家に閉じこもらざるをえなくなっていたのは、ノートンだけではありません。その規模は、実に何百万人。そしてそれは、TikTokにとってブレイクスルーの瞬間でもありました。
「TikTokをさわったこともなければ使い方も知らなかったし、動画編集なんてまったくわかりませんでした。ただ、ドレイクの『Toosie Slide』の『左足を上げて、右足をスライドさせて〜』という歌詞に合わせて機能を紹介するようなアイデアだけはあったんです」
投稿するかどうか2日間悩んだあと、髪を整えて、YouTubeで動画編集のハウツー動画を1時間ほど見て、最初の投稿を。それから4日続けて新しい動画を投稿しました。4本目の動画はエクセルの「XLOOKUP」機能についてのもので、DMXの「X Gon’ Give It To Ya」に合わせたものでしたが、瞬く間に10万回の再生回数を記録しました。
6日目には、あるテック企業のCEOから「Google Workspace製品の説明ビデオをつくってくれないか」と連絡が。さらにその数週間後には300万回以上再生の大ヒットを記録します。そこでノートンは、「さて、どうしよう」と自問することになります。「インフルエンサーってものが何をやるのか、想像すらできませんでしたから! TikTokの使い方もほとんど知らなかったですし」
Thriving in the creator economy
クリエイター経済
その後、ノートンはInstagramに進出。コンサルティング会社を辞めて起業し、マイクロソフトからMVP(Most Valuable Professional)の称号を得るまでに至ります(MVPとは、「自身の知識を熱意をもってコミュニティと共有するテクノロジーの専門家」だとされています)。
もっとも、いわゆる「クリエイターエコノミー」で成功を収めた多くの人びとと同様に、彼女もまた、メインプラットフォームからの収益シェアは微々たるものです。人気アカウントに対して再生回数に応じて広告収入を分配する「ティックトック・クリエイターファンド」(TikTok Creator Fund)はあるものの、彼女に支払われるのは月50ドル程度にすぎません。しかし、その収入が彼女がビジネスを立ち上げるのを後押ししたのもまた事実です。
実際のところ、クリエイターはTikTokやYouTube、Twitterなどのソーシャルプラットフォームを利用して視聴者を増やし、ニュースレター購読やマーチなどで収益を上げることがほとんど。「収入の95%はコース受講料」だとノートン自ら言うように、彼女は100本以上の動画を視聴できる「エクセレイターコース」を約300ドルで提供。その他、ニューヨーク工科大学などの教育機関のほか、以前の勤務先などの企業向けトレーニングも行っています。
A personality clash
勝敗を分けるは「個性」
ノートンの成功は、一般に想像される「ソフトウェアインストラクター」とは真逆な性質によるところが大きいといえます。陽気で、かつスピリチュアルな自分を隠さず、業績を自慢したりお金の話をしたりすることを恐れません。
「TikTokを始める前の4月の時点からすでに、お金持ちになって有名になって、このビジネスを回していく自分の姿を想像できていました」と、彼女は言います。「わたしはいまでこそあなたの前で『何百万ドルものビジネスを所有している』と口にできていますが、ただそこに到達するまでの時間を乗り切ってきただけなんです」
ノートンはいま、ボーイフレンドと一緒に、アリゾナのセドナやハワイ、カリフォルニアなどを行き来するデジタルノマド的な生活を送っています。話を聞いたそのときには、テキサス州オースティンに滞在していたようです。自分の成功の原動力となったのは瞑想であり、いまもその価値は大きいと強く感じているのだとか。
自分のやっていることの矛盾や滑稽さ──退屈なExcelのコードとハイテンションな配信との間のギャップに自覚的なノートン。彼女は「極端さ」が重要なのだと言います。「エクセルのような退屈なものと、ダンスのような異質なものを組み合わせたら……みんなびっくりしますよね」
今日のニュースレターは、Scott Nover(テックレポーター)が。日本版は年吉聡太がお届けしました。
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